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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
第三章 劫火の内で騎士は吼える
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劫火の内に騎士は吼える——開戦——

 ——ああ、決して忘れはしない。


 ——あの子の、惨たらしい姿を。




 ——それを指さし、嘲笑う奴らの醜悪な顔を。




 ——見て見ぬ振りをし、自分は悪くないと正当化した奴らの顔を。




 あの日、突如としてこの世界に召喚されてから、全てが変わった。


 ようやく手に入れた穏やかな日常は幻となって消え去り、地獄へと突き落とされた。


 かつては友であり、知己であった者達から言われようの無い暴力を受け、罵詈雑言を浴びせられ、嘲笑われ続けた。


 救いの手を差し伸べてくれる者は、一握りしかいなかった。そしてそのひと握りすら手から零れ、奪われた。


 希望の光だった親友の姿は幻想でしか無かった。

 

 たった一人、最期まで味方でいてくれた人は、ワタシのせいで命を落とした。




 ————決して、忘れはしない。



 ————絶対に、許さない。




 この世界に拉致しておきながら、望まぬ力を持っていたからと侮蔑し、迫害してきた奴らも。


 贄として差し出し、自分達の安全を護り、最期まで見て見ぬふりをした奴らも。


 見下し貶め、散々甚振り続け、嗤った奴らも。


 信頼を裏切り、己が欲の踏み台にし、嘲った奴も。


 自身が正しいと盲信し、独善のままに刃を振るい、ワタシ達を殺した奴も。

 




 ——そんな奴らに、ワタシが味わった絶望を与える日を。


 ——勇者共を、この手で縊り殺す機会を。





 ————この日をどれだけ、待ち望んだことか。




 突如邂逅した、忌まわしき怨敵達。それを前にワタシがまず取った行動は、奴らの分断と不意打ちによる弱体化だった。

 憎悪に呑まれ咄嗟に動いてしまったが、意外にも冷静な判断が出来ていた。


 四人の中で最も厄介なのは誰か。それぞれの得意分野がある為、一概には言えないけど、一番危険視するべきなのは間違いなく宇野晃に決まっている。

 

 単純に、奴の炎装は危険すぎる。

 

 この世界にきて奴らと行動したのは、死ぬまでの三カ月ほどだけ。けれど、その間に召喚者たちの力は概ね把握している。

 奴ら、互いに自慢するように固有スキルを見せびらかしていたからね。中にはそれを私に向けてきたクソ共もいたから。

 その中でも、宇野晃の炎装は非常に尖った力を持っている。攻撃性能は奴らの中でもトップクラス。けれどその余波を制御出来ず、周囲に炎を無駄に広げ、火災を誘発しかねない。


 一歩間違えば味方に多大な被害を与えかねない、暴れ馬。それゆえ王国上層部も、彼に非常時以外は使うことを禁じていた。

 あれから大分立つけれど、この状況を見る限り、制御できないのは変わらないらしい。あの鎧を見たことは無かったから、武装の種類は増えているのだろうけど。


 とにかく、今の惨状からしても、これ以上奴に力を使わせるのは得策ではない。他と三人と比べれば、真っ先にどうにかしないと後で詰みかねない、こっちの身を脅かす危険を奴は持っている。


 だから、まずは不意打ちで奴へと攻撃し、ダメージを与えつつ他の三人、それと同行している騎士達から分断した。

 ......まさか鎧の効果であんなに吹っ飛んでいくとは思わなかったけど。相変わらず、炎装はピーキーすぎる性能ね。


 荒野まで跳ねた奴は地に伏しているけど、まだ生きている。簡単に殺したらつまらないから、多少は手加減した。とはいえ、あの感じだとダメージは負っていても致命傷は無いだろう。


 ......それにしても、奴は何故このタイミングで炎装を使ったの?骸王の勢力を削るためか、それともワタシが霧を消したことに警戒してのものか。

 けれど、奴らの中にあの聖痕持ちの糞はいない。三塚綾がいることからも、恐らく討伐に動く前、情報を得るための偵察隊だろうに、ここで骸王を触発するメリットが分からない。


 ......まあいい。後で呪詛でも使って、無理やり聞き出すとしよう。


『......やっぱり、しぶといわね』


 炎装は武装というよりも、もはや兵器と呼ぶべき代物。そんな危険物を使いこなす為に、こいつが鍛えていたことは知っている。身体能力でいえば、召喚者達の中でも恐らくは上位に入るだろう。

 それも込みで、あの攻撃でも死にはしないと踏んでいた。


 ゆっくりと、奴の顔を覗き込む。その顔を覗き込むたびに、過去の記憶が脳裏に走る。


 ......実際のところ、ワタシはこの四人に直接暴力を振るわれたことは無い。何ならば向こうで同じクラスだったわけでも無いから、ほとんど会話を交わした事すら無い、同郷の知り合い、というのが正しいかな。

 互いに干渉しない、関わりを持たない。だから、召喚者の中では比較的マシな奴らではある。殺さなくても、いいかもしれない。




 ————なんて、誰が思うものか。




 猛る感情の熱に浮かされるように、手が伸びていく。このまま触れて、こいつの頭を割れた風船みたいに吹き飛ばそうか、そんな考えが過ぎったその時、背後から猛スピードで迫る気配を感じ、思わず口の端が上がる。


 ......やっぱり来たわね、来栖京香。


「————あき、らぁっ!」


 鋼の翼が空を打ち、風が吹き荒れる。別に大した攻撃では無いけれど、このままだと宇野をすぐに殺してしまうそうだからね。一度、下がってあげるとしよう。

 ワタシが下がると同時に、宇野の前に来栖が躍り出る。互いを心配しながら、安堵を交えたやり取りをする奴ら。


 ......ああ、腸が煮えくりかえる。


  そんな風に出来るなら、何故————。

   

    何故、私を、あの子を、————————。



 直後、やってきた新たな気配、そして覚えのある嫌な感覚。魔物にとって、最も忌まわしいこの魔力。神経を逆撫でするようなソレに、思わず顔を顰めてしまう。

 

 ワタシの周囲に、金の光が迸る。囲うように広がる多数の金の矢と、頭上から墜ちてくる聖なる槍。

 間違いなく、ガズで相手したミストより腕利きの術者。その装備から予想はしていたけど、やっぱりこの二人、教会騎士じゃなくて聖騎士よね。

 どうして召喚者達と教会のエリートが行動を共にしているかは知らないけど、面倒な相手なのに変わりは無い。


『——鬱陶しい』


 けれど、この程度で殺られるワタシじゃない。周囲に闇魔法の盾を展開し、その全てを防ぎきる。ガズでミストの聖術を受けきったのと同じ物だけど、込めている魔力はあの時の比じゃない。

 今のワタシなら、イヴが覚醒した時のアレだった受けきれるだろう。今更、こんなの効きはしない。


 聖術を防ぎ切ったところで追撃が来るかとも思ったけど、それを放った教会の騎士達は、二人の救出を優先した。女の騎士が治療にあたり、男の方がこちらを牽制している。すぐに仕掛けてくる気配が無いのは、聖術が効かなかったことを警戒してかしら?


 ......なら、今の内に話をしておかないとね。


「——フューリ」


 奴らに聞こえない程の小声でそう呟けば、視界の端で何もない空間が微かに揺らぐ。姿は見えなくても、そこに彼女がいることをワタシは知っている。


《——はい、お嬢様》

 

 直後、声にならない言葉が伝わってくる。これは《念話》という、口頭会話を必要としない伝達を行える技能によるもの。

 ワタシはまだ使えないのだけど、結構便利そうだから羨ましい。言葉を喋れない者との意思疎通も簡単になるみたいで、いつの間にかイオと色々話したらしく、結構仲良くなっていたしね。......羨ましい。


 まぁ、それはともかく。彼女には、聞かないと行けないことがある。


「向こうにイオが残ったのは、二人の考え?」


 そう、今ワタシの首元にイオはいない。宇野に不意打ちを仕掛けたあの一瞬に、彼女はあの場で降りて、南門の方に残っていたから。


《ええ、そうです。折角分断したのです、誰かが残りを相手しなくてはいけませんから》

 

 ......あの僅かな間にワタシの考えを読んでいたのか、或いは端からこういう事態になった時の為に打ち合わせていたのか。そんな疑問が頭を過ぎる。すると、念話を通してフューリの苦笑が聞こえた。


《......なんて言うのは、後付けですね。私も、彼女が残ったのには驚きました。思わず念話で、問いただしてしまいましたよ》


 念話にはもう一つ、ある程度離れた距離でも意思を伝達できるという利点がある。流石に通信の術具みたいに長距離を、とはいかないけど、ここと南門を繋ぐことくらいは可能みたい。まあこれは、人間時代から念話を使っていたフューリだから、というのもあるだろうけど。


「それで、イオはなんだって?」


《ええ、ただ一言だけ》


 フューリは一拍置くと、真剣な声色で告げた。


《——こっちにも()()、と》


 その言葉と同時に、背後から轟音が響き渡った。見ると、上空から黒紫の液体——ヒュドラの猛毒が雨となって降り注いでいた。

 ......えげつないなぁ。雨の降った範囲、猛毒のせいで見る影もないわよ、アレ。


 ——けれど、そっか。譲れ、か。


《お嬢様のおっしゃった通り、記憶は無いのでしょうね。けれど、召喚者やら王国騎士やらの姿を見た時に、相当の嫌悪感を抱いたみたいですよ?お嬢様がこちらを追う傍ら、残る方を逃がしてたまるか、と思わず降りたみたいですね》


 ......別に、城之内や三塚、そして糞ビレストの兵も、あのまま逃がすつもりは無かったけどね。

 でも、そうね。あの子にとっても奴らは仇だもの。独り占めは良くないか。


《......それと。出来れば、私にも譲っていただけませんかね?私もさっきから、もう......》


 姿は見えないけれど、念話から怒気が伝わってくる。フューリも、ワタシの記憶を見ている。もちろん奴らの行為も知っているから、腸が煮えくりかえっているに違いない。


 ......本当なら、奴らは全員、ワタシ自身の手で殺してやりたい、のだけれど。


 けれど、譲れ、と言われたんじゃ仕方ないか。それに、黒騎士の方だって心配だもの。向こうに早く合流するには、手分けして当たった方が効率も良い。


 ——何より、共に生きていくと決めたんだ。ワタシ一人で全て為そうというのは、違うわよね。


「......分かったわ、そっちはイオとあなたに任せるわ。くれぐれも、逃がさないでよ?」


《畏まりました。奴らに、地獄を見せて差し上げますとも》


 ......そして、なにより。


 無茶するな、とは言えない。


 怪我なく完勝しろ、なんて我儘だ。


 それでも、ワタシは、もうあなた達を喪いたくない。復讐と同じくらい、いいえ、それ以上に大事で、何より大切な二人を。



 だから、これだけは。




「——絶対に、帰ってきて」




《————もちろんでございます。私達の居場所は、お嬢様の隣ですから》


 その言葉と共に、フューリの気配が樹海の方へと遠ざかっていく。その気配を感じながら、ワタシは内で悶えていた。


 ......恥ずかしいっ!あんな事言ってしまうなんて!いや、本心だけどさぁっ!


 ......人形の躰で良かった。そうじゃ無ければ、今絶対に顔真っ赤だったに違いないもの。


 気持ちを整えながら、ワタシは自分の獲物への向き直る。あれだけ自信満々に宣言されては、あっちに手出しするのは野暮というもの。

 それに、あの二人なら、きっと上手くやってくれる筈。その結果を、楽しみに待つとしよう。

 さてさて、二人は何を見せてくれるかしらね?そんな楽しみを抱きつつ、ワタシは眼前の敵を見据える。


 正面に立つ二人の聖騎士、そしてその奥に座り込む宇野と、それを護るように鋼の翼を広げる来栖。

 どうやら傷は癒したらしいけど、ダメージはしっかり残っているらしい。安静を保たないといけない状態なら、それを無理に抱えて空に離脱される可能性も低い。これなら、早々逃げられる心配は無いわね。


 ——ああ、この日を何度、夢見た事か。

 

 一番殺したい奴らでは無いけれど、それでもようやく会えた怨敵達。




『——絶対に、逃がさない』




 そう宣言すると共に、ワタシは戦いの火蓋を切った。


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