劫火の内で騎士は吼える——襲撃——
——その一瞬の出来事を、デュバリィだけは捉えられていた。
彼女が事実を明らかにする中で、突如として行われた、晃の暴発。彼女はその行動に出た彼の気持ちを理解しつつも、内心では彼に対し警戒心を高めていた。
『——俺は、この世界の人間じゃない』
彼が先程言い放った言葉が、脳裏を過ぎる。その意味を、彼女は否応なく理解させられていた。
——仲間に比べたら、この世界がどうなろうと知ったことでは無い、そう言いたいのだと。
無論、極端な話であるというのは彼女も理解している。晃とて、積極的に引き金を引きはしないだろうことも分かっていた。
けれど、それを出来てしまうという事もまた事実である、先程の行動はそれを証明するものだった。
故に、彼女は晃だけでなく召喚者全員を注視していた。当然、誘拐という暴挙を行おうとしていた保守派の聖騎士も危険視していたが、これ以上状況を混沌とさせる行動を起こされてはたまらないと、四人から目を離すことはしなかった。
——それでもなお、デュバリィにはそれをただ捉える事しか出来なかった。
『————見ツケタ』
その声が響くと共に、晃の正面にソレは現れた。
————少女だった。
背丈は晃の胸元くらいまでの、小柄な少女。輝く銀の髪を揺らし、漆黒の簡素な衣服を纏っている。彼女の位置からでは横顔しか見えなかったが、それでもその少女が幼いながらも絶世の美貌を持っていることは明らかだった。
晃へと視線を向け微笑むその姿は、まるで一枚の絵画と見間違うほど美しい。
(————バケモノ)
しかし、デュバリィの目にはソレは全く別物に映っていた。
その身から発せられる瘴気は、悍ましい程に濃密だった。
銀の髪は、妖しい輝きを灯していた。
声を聞いただけで身が凍え、魂を鷲掴みされたかのように錯覚した。
闇に覆われた蒼い瞳の奥には、昏い炎が渦巻いていた。
————微かな笑みには隠しきれない、禍々しい憎悪を宿していた。
少女は危険な微笑みを浮かべたまま、片手を晃へと向け。
————その顔に触れただけで、勢いよく吹き飛ばした。
再び轟音が響くと共に、晃の姿が消え去った。直後、周囲を覆う炎の一角が消し飛び、空白の路が出来る。それが何を意味するのかは、一目瞭然だった。
「——晃っ!?」
「っ!?何が起きたっ!?魔物かっ!?」
京香の叫びと共に、周囲が混沌に包まれた。王国騎士や教会騎士が周囲を見回し、敵の影を探す。デュバリィは周囲を警戒するが、既に少女の姿は幻の様に消え去っていた。
「綾、周囲に敵影は!?」
「な、何も無いのっ!たぶん、索敵外から攻撃されたんじゃ......」
綾の言葉を聞き、デュバリィは気付く。この場に居たほとんどの者が、あの少女の姿を、今の攻撃を捉えられていなかったのだと。ほんの僅かな間に晃は吹き飛ばされ、あのバケモノは《標》の索敵に掛かるよりもなお早く、その場を離脱したのだと。
その事実に彼女は驚愕する。ここにいる者達は、決して弱くない。自身がこの中で一番強いのは確かだが、才に溢れた召喚者も、同僚の聖騎士だっていた。それでも、他の誰もがあの少女の姿をその影すら捉える事が出来なかったという事に。
しかしそれと同時に、デュバリィはそれも当然のことだとも思っていた。
——彼女は、その襲撃者の正体に心当たりがあったからだ。
横顔ではあったものの、少女の顔には覚えがあった。聞いた限りの特徴とも、一致する外見をしていた。似たような存在が、他にいるとも思えなかった。
————それが近年誕生した、人より生まれいでし、バケモノであると。
「————っ!!」
「っ京香!?」
考えを巡らせていたデュバリィは、綾の叫声で現実に引き戻された。その直後、場に風が吹き荒れる。その発生源に視線を向ければ、京香が鋼の翼を広げて滞空していた。その視線は、吹き飛んだ炎の先へと向けられていた。
次の瞬間、彼女の体が矢の如き速さで解き放たれる。止める間も無く、彼女の姿が廃都の奥へと消えていく。
「っ!私達も行きますよっ!」
それを追うように、デュバリィも地面を蹴る。敵の正体が彼女の想像通りだとしたら、晃の身に危険が迫っていることは明らか。まずは一刻も早く、彼を助けに行かなくてはいけない。
彼女の後ろに、同じ改革派の聖騎士が続く。他の者達は反応が遅れたのか、すぐに続く気配はない。けれど彼女はそれに気に留めることなく、全速力で駆けていく。
今は一分一秒が惜しかった。まずは晃と京香に追いつくことを最優先しなくてはいけない。少しすれば、彼らも遅れて動き出す筈。そうなれば、しばらくすれば合流してくる。そう考え、彼女は意識を前方へと向けた。手遅れになる前に、前へと追いつくために。
......しかし、彼女は気付いていなかった。後ろから続いてくるはずの者達が、どんどんと離れていくことに。彼らの気配が、徐々に消えていくことに。
————彼女が見落としていた、少女の首に巻かれていた白いモノが、その場に残っていたことにも。
「■■■■■■■■—————!?!?」
体を襲う激痛に、晃は声にならない叫びを上げていた。視界が激しく揺さぶられ、体が宙を舞うと共に衝撃と激痛全身に駆け巡る。
幾つもの廃墟に激突し、粉砕しながら、彼は弾丸の如き速さで吹き飛んでいく。彼の体が着弾すると共に轟音と爆炎が噴き上がり、彼の体を先へ先へ、と弾き飛ばす。ぶつかるごとに肺腑の空気が押し出され、息をすることすら満足に出来ない。
唐突に、彼の体は宙に投げ出された。廃墟の見えないソコは、都市の中央にある広場。都市の東西・南北から伸びる道が交わるその場所は大きく開けていて、かつては都市の中心地としてにぎわっていた場所だった。
衝突する物がなく、空を舞った彼の体は放物線を描きながら落下し、地面に叩きつけられる。爆炎と共にその体が再び跳ね上がり、それを数度繰り返してからようやく動きが止まる。
地に倒れ伏していた晃だが、しばらくするとゆっくりと顔を起こした。周囲の地面が赤く染まる程全身から血を流し、満足にそこから動くことの出来ない状態ではあったが、それでもまだ彼は生きていたし、何とか意識を保ってもいた。
ぼやける彼の視界に、自身が跳ね飛ばされてきた場所が映る。彼が飛んできた衝撃で一部の炎は吹き飛んでいるけれど、それでも火の手は止むことを知らず、周りは朱で満たされていた。彼が飛ばされてきた方角は見通せるが、その先に味方の影は一切見えない。かなりの距離を吹き飛ばされてきたことは、誰であっても容易に想像がつくだろう。
それでもなお彼が意識を保てていたのは、先程までは纏っていなかった鎧によるものであった。
赤を基調とした、炎を思わせる意匠を持つ全身鎧。先程彼が炎の矢を放った、真紅の弓と酷似したその鎧が、彼の命を繋ぎとめていた。これが無ければ、彼の体は今頃肉達磨と化していたに違いない。
それでも、彼が重症であることに変わりは無い。彼は自身が攻撃を受けた際、それを認識できていなかった。あまりの早業に、攻撃を受けたと気が付いた時には、既に廃墟の瓦礫に叩きつけられていた。彼の肉体強度はこの世界に召喚された当初とは桁違いに強化されているが、瓦礫の数々とぶつかりながら吹き飛ばされれば、怪我を負うのは必然だろう。その時点で既に全身には裂傷が生じ、幾つもの骨が折れてしまっていた。
しかし、その状態でも辛うじて意識を保っていた晃は、何とか鎧を呼び出し事に成功する。それによりこれ以上の外傷を受けることは無くなったものの、その鎧こそが予想外の事態を引き起こした。
——晃の固有スキル《炎装》。灼熱の炎を宿す武装を自在に呼び出すスキルであり、その力は召喚者の中でも攻撃性能だけでいえば最上位に位置する。先に使用した《三式・轟炎弓》を見れば分かるように、炎装はそのどれもが破格の性能を誇っている。
ただし、これらの武装には欠点と呼ぶべき点が二つ、存在する。
まず、炎装は武装ごとに性質が決まっており、これは変えることが出来ない点。《轟炎弓》であるなら、広範囲に炎の矢を降らせることしか出来ず、高火力の一撃を放てはしない。
そして、もう一つの欠点。炎装の炎は放出されるものではあるが、一度放たれればそれを制御する、或いは消すことが出来ないのだ。消えない炎という訳では無いため消火は可能だが、下手すると被害をいたずらに広げて火災を引き起こしかねない危険性すらある。
攻撃性能だけなら飛び抜けてはいるが、同時に制御できない破壊兵器とでも呼ぶべき代物。故に王国は晃に対し、炎装の使用を制限するように要求した。彼自身もそれを同意し、余程の事態で無い限り使用することを控えてきた。それは今回の任務でも同様。常に霧に覆われていようと、木々が密集する樹海で力を解き放てば、最悪大火災を引き起こしかねないのだから。
その一つである、《炎装四式・爆炎鎧》。炎装の中では珍しい防御に特化した武装ではあるが、これもまた尖った性能をしている。これは一種の爆発反応装甲であり、攻撃を受けた際、その表面から爆炎を放出して弾き飛ばすという機能を有している。
問題は、この爆炎もまた制御できず、どのような攻撃を受けようとも必ず炎を放出してしまうという点。
......それは、瓦礫に激突した際も、一切関係ない。
鎧により傷こそ負いはしないが、宙を飛ぶ晃は爆発の衝撃を逃がす場所が無い。それどころか爆炎によりなおさら吹き飛ばされ、本来なら廃墟に衝突した時点でいつかは止まっていた筈が、その外まで弾き飛ばされる結果となっていた。
鎧には衝撃を抑える効果もあるが、無傷ならともかく既に骨が折れた状態。結果、彼の体は鎧があってなお相当のダメージを受け、動くどころかまともに経つ事さえ不可能な状態へと陥っていた。
「がっ、あ、ぐぁっ......」
それでも、晃は何とか立ち上がろうと、己が体に鞭を打つ。このままでは、いつ魔物に襲われてもおかしくない、そういう場所であることを彼は十分に理解していた。
半身を上げ、ゆっくりと周囲、前後左右を見渡す。一先ず敵影が見えない事を確認した彼はゆっくりと安堵の息を吐く——。
『......やっぱり、しぶといわね』
——事すら出来なかった。
いつの間にか、眼前にソレはいた。いつ、どこから現れたのか、彼には全く見えてはいなかった。
目と鼻の先で、彼の顔を覗き込むようにしゃがみ込む、少女の形をした怪物。
妖しい輝きを放つ銀髪の隙間から、蒼い双眸が彼を凝視していた。片方の眼は漆黒の闇に覆われ、もう一方は眼窩に火の玉が灯っていた。
————そしてその双眸は、どこまでも深い闇を湛え、滾らせていた。
憎悪を、忌避を、怨恨を、情念を、呪詛を、害意を、憤怒を。
彼が今まで感じたことの無い、狂気を孕んだ視線が、見えない刃となって突き刺さってきた。
「............あ、っ............」
晃は目を放す事すら出来ず、体を硬直させた。蛇に睨まれた蛙の様に、否、龍を眼前にしたゴブリンのように、呼吸する事さえ出来なくなっていた。彼の人生で一度も味わったことの無い、怨嗟の濁流を前に、完全に呑まれてしまっていた。
だが、彼はそれにどこか既視感を抱いていた。あらゆる負の感情を煮詰めて凝縮させたソレを、今まで味わったことのないはずのモノを。彼は何故か知っていると、そう感じていた。
けれど、今の彼にはソレが何なのか考えることすら出来ない。目の前の怪物が取る行動をただ眺める事しか、今の彼には許されていなかった。
少女の手が持ち上がり、晃の顔に向けてゆっくりと伸ばされる。彼は避けようとすら思えないまま、ただそれを見つめる事しか出来なかった。
ゆっくりと近づく片手には、何も握られていない。だが彼にはその手が、自身の首に落とされようとするギロチンのように見えていた。一歩一歩、処刑台を上るかのような錯覚を覚える中、その手が彼の顔へと触れるほどに近づき......。
「————あき、らぁ!」
それを、一陣の風が吹き飛ばした。ようやく追いついた京香の天翼が、襲撃者を彼から引きはがした。
「っ!?げっほ、はっー、はぁっ!?」
眼前の手が消えると同時に、晃の体に自由が戻る。呼吸ができるようになった体に空気が流れ込み、思わずせき込んだ彼の前に、今度は見慣れた背中が現れた。硬質な輝きを放つその姿に、晃は思わず安堵を覚えた。
「......京、香。悪、い。助かっ、た......」
「......何とか無事だったみたいね」
間一髪のところで駆け付けた京香は、晃が何とか一命をとりとめている事に安心しながらも、彼に視線を向けることはしなかった。......否、出来なかった。
少し離れた位置で、ソレは静かに佇んでいた。彼女の放った攻撃にまるで堪えた様子すら見せず、しかしその身からさらに瘴気を迸らせる、少女の形をした怪物が。
『—————————』
少女の体から発せられる圧が、徐々に高まっていく。双眸が二人を捉え、決して逃がさないと暗に告げるように凝視していた。
そして、少女の手が再びゆっくりと彼らの方へと向けられ——。
「————洸よっ!」
「ッシ——!」
その背後から、聖なる光が襲い掛かった。京香に遅れる形で追いついた聖騎士二人の攻撃が、少女を滅せんと金色の光を滾らせる。デュバリィの放った聖光の槍が天より放たれ、少女の全方位から無数の光矢が降り注ぐ。浄化の輝きを宿した聖術が、魔なるモノへと牙を剥いた。
『——鬱陶しい』
だが、少女は一切の動揺を見せない。その周囲に一瞬にして無数の闇が出現する。それは聖術が襲いくる位置に的確に現れ、余す事無くその全てを防ぎ切った。激しい音を立て、聖術と闇魔法が激突する。聖なる光は金の燐光を迸らせながら、黒き盾を破らんとする。
——しかし、闇は揺るがない。少女の護りは崩れる兆しすら見せぬまま、聖騎士の術を完全に防ぎ切った。
「......おいおい、嘘だろ」
その光景に、改革派の聖騎士は絶句する。聖術を放った隙に、彼らは晃たちと合流を果たした。二人の内、薬を有しているデュバリィがその傷の対処にあたる。その間彼は少女と相対し、時間を稼ぐ役目を担う。同僚には劣るものの、彼とて聖騎士であり、魔物の対処には慣れている。何ならば治療している間に十分に手傷を負わせるつもりでおり、それどころかあわよくば討ち取る事すら考えていたくらいだった。
ところが、目の前の怪物は彼らの聖術をいとも容易く退けた。急いで放ったとはいえ、彼以上の使い手であるデュバリィの聖術すら物ともしない。その事実に、彼は驚愕を禁じえない。そして迂闊に仕掛ければこちらが命を刈られる、そういうレベルの存在であると、神経を張り詰めさせた。
「......なんとかなりましたか」
一方、晃の傷を見ていたデュバリィは、一先ずの処置を急ぎ終え、安堵の息を吐く。
既に爆炎鎧を仕舞った彼の体を、京香が抱きかかえている。特性上、ただ触れただけで炎を放出してしまう鎧は治癒には邪魔でしかない。そうして露わになった彼の傷は決して軽くは無かったものの、幸いな事に彼女の手持ちの薬で応急処置ができる程度のものではあった。
鎧の効果か、或いは晃の体が予想以上に頑強だったのか。多数の裂傷や骨折は見られたものの、彼に致命的な傷は一つも無かった。処置を終えた今は、表面上に怪我を負っている様子は無い。
ただし、あくまでそれは表面上の話。体が負ったダメージは簡単に癒せるものでは無く、しばらくは絶対安静すべき状態であるのに変わりは無い。ここで無茶をさせてしまえば、一度は治癒した傷が開きかねない上、下手すれば命に関わりかねない。
だからこそ、一刻も早く休める場所に避難すべき、......なのだが。
「——それを許してくれそうには、ないですね」
立ち上がったデュバリィは、同僚の横に立ち剣を抜く。その視線はまっすぐに眼前の少女へと向けられている。
その姿を観察した彼女は、自身の見間違いで無い事を確認する。それは間違いなく先程晃を吹き飛ばした者であり、そしてその正体は、彼女の予測と違わなかった。
ガンダルヴの惨劇以降、一度も教会の網に引っかかる事無く姿を消していた、特殊指名手配個体。
「......悪夢。アリス・クラウ・ガンダルヴ」
『————————』
己が正体を告げられても、少女は動きを見せない。まるで声が耳に入っていないようなその姿は、一見すると隙だらけ。しかし、二人の聖騎士はその隙を突こうとはせず、最大限に警戒したまま手を出せずにいた。
魔物にとって特攻の効果を持つ、浄化の力を宿す聖術。全力では無いとしても、教会の中でエリートにあたる彼らのそれを、眼前の怪物はいともたやすく防ぎきった。彼らが二の足を踏んでしまうのも、当然の事だろう。
安直に仕掛けられないまま警戒を続けていたデュバリィは、ふとある事に気付く。黙り込んでいるようにも見える少女の口元が、微かに動いていることに。
(......何かを呟いている?)
それが何なのか、僅かな口の動きから読み取ろうとした彼女だったが、直後再び、廃都に轟音が響いた。
思わず音のした方向へと顔を向けた一同は、絶句する。
先程彼らがいた方角、その上空から何かが降り注いでいた。黒紫色をしたソレは雨の様に地に堕ち、次の瞬間、一帯の炎が掻き消え、瓦礫が融け崩れるのを、遠目にも見て取れた。
遠方の凄惨な光景に、彼らは息を呑んだ。
そして彼らはようやく気が付いた。——彼らの仲間が、一向に合流してこない事に。
「綾、拓馬っ!?」
京香の叫びを聞きながら、デュバリィは唇を噛んだ。晃と京香に気を取られ、後ろへの意識がおろそかになっていたことに、この時になって初めて気が付いた自分の愚かさを悔いながら。
そしてもう一つ、彼女は気付いていた。眼前にいる少女と、降り注ぐ黒紫の雨。あまりに重なりすぎているそのタイミング、そして先程目にした、何かを呟くかのような言動。
それが意味する答えは、一つ。
(——悪夢は、単独で動いていない)
ただでさえ危険視される、都市の結界にすら干渉可能な魔物。そんな存在が、恐らくは強力な毒か酸を操る魔物を従えているという事実。
......仮にこれが、都市を襲撃してきたらどうなるか。容易に脳裏に浮かぶ、最悪の光景。その想像に、彼女の全身に悪寒が走った。
————そんなの、許されない。
「......京香殿。晃殿をお願いします」
背後の二人に声を掛けながら、デュバリィは油断なく目の前の怪物を見据えた。先程まで気が逸れていたように見えたソレは、今はまっすぐに彼女ら——否、後ろに座る京香と晃へと向けられていた。
身の凍えるような殺気を放つ怪物。それを受けながら、デュバリィは臆することなく剣を構える。
彼女の脳内で、警鐘が激しく鳴っていた。自らの直感が、自身に告げていた。
......この怪物は、教会の予想よりも、遥かに危険であると。
「————ここで、悪夢を仕留めます」
————そうしなければ、これは間違いなく、手の付けられない災害になると。