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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
第三章 劫火の内で騎士は吼える
111/124

亡国の騎士団

『「————————」』


 ワタシの推察を話し終えてからしばらく、誰もが口を開けずにいた。場は静寂に満たされ、音一つ聞こえやしない。


 けれど、そこには殺気と怒気が満ちていた。


 首に巻き付くイオも、肩に留まるフューリも同じだろう。二人とも黙り込んでいるけれど、その身からは殺気が漏れ出ているのがよく分かる。

 彼女達からしても、これは到底受け入れられないものなのは、容易に見て取れた。




『———————ふざけるな』




 ——けれど、この場の誰よりも憤怒し、憎悪を滾らせている男が居た。


 黒騎士に体から、その憎しみを体現するかのような瘴気が吹きあがる。歴戦の勇士が放つ猛り狂う殺意は、人形の躰であっても思わず冷や汗を流しているような錯覚に陥る。

 今にもその感情に身を任せ、その身を猛り狂わせんとする、嚇怒の黒騎士。


『———落ち着きなさい』


 ()()()()()、彼が動く前に機先を制し、呪詛で動きを拘束する。


 水を差されると思っていなかったのか、黒騎士の兜がこちらを向いた。隙間から覗く真紅の光が、その視線で射殺せそうなほどの剣呑さを帯びていた。

 けれど、ここで彼を行かせるわけにはいかなかった。


「今ここで暴れても意味ないことくらいわかるでしょう?そして、彼らを解放する手段は一つしかないことも」


『————————ッッ』


 彼らに掛けられたものの正体は予想がついた。そして()()()()()()()()()()()、今のワタシに彼らを解放する方法は無い。これは、完全にワタシの専門外の知識と技術を必要とする。それを破る手段は、ここにいる誰も持ち合わせていないし、手にすることは()()()できない。

 ここで出来ることは、彼らの魂を消滅させることだけ。そして、黒騎士はその選択を選べない。


 そのことを思い出したのか、黒騎士の殺気が収まる。まぁ、あくまで無差別に放つことが無くなっただけで、今にも漏れ出しそうなそれを何とか抑えていることは明らかだけど。


「......彼らをあのままにしておけないのは、分かる。だからこそここは抑えて、早急に骸王を討ちに向かうべきじゃないかしら?」


 そう、彼らを解放する手立てはたった一つ。元凶である骸王を殺す、ただそれしかない。

 周囲を感知した限り、骸王らしき反応は無い。広範囲を索敵したわけでは無いけれど、災位クラスがいたのなら、その気配を感じないわけがないもの。

 恐らく骸王自身は、未だギラール山脈、その奥地に潜んでいるに違いない。もしかしたら、北にある帝国側を攻めているために、留守にしているだけかもしれないが。


 ともかく、今はヒダルフィウス跡にいない事が確認できた以上、ここに留まる意味は無い。今のワタシ達に出来ることは、一刻も早くここを抜け、骸王のもとへと進む、それしかない。


 話を聞いた黒騎士は黙り込む。その様子から、彼の葛藤が手に取るように伝わってきた。それでも、どうするのが一番なのかはちゃんと伝わったらしい。再びこちらを見た彼の双眸からは、剣呑さは消え去っていた。


『............承知、した。ならば、一刻も早く奴の元に————』




 ——全員が、それを感じ取っていた。何かが近づいてくる、そんな気配を。




 索敵範囲を一気に広げる。ヒダルフィウス全域まで範囲を広げ、その正体を探る。


 都市内には、複数の種類の気配が存在した。まずは内部に点在する、個々に動く死霊の気配。これは先ほどワタシ達を案内してくれた死霊たちなどが入る。


 次に、都市南端あたり。U字の壁に近い位置に、久方ぶりに感じる気配を複数察知した。数はおおよそ五十、といったところ。ただ、それはこの樹海で感じることは無いと思っていた、意外過ぎるものの——()の気配だった。

 妙に感じ取りづらいものもいくつかあるけれど、これは間違いなく人間のもの。この樹海で、人と鉢合わせるとは思ってもみなかった。そもそも、いったいどうやってこの樹海を突破したの?それも、何のために?


 頭に掠める疑問に、()()()()()()()ものがあるけれど、今はそれどころでは無い。その人間たちは、例の気配の主ではないのだから。


 ワタシはもう一つ、気配を感じ取っていた。いや、一つというのは語弊があるか。その気配は無数に、それこそ()()()に感じ取れるのだから。それらは一方向から、塊を為してやってきていた。群れ、というにはあまりに均衡のとれた、無駄の感じない動きをしている。


 ——まるで、()()のように。


 それらは、ギラール山脈の方からこちらへと向かっていた。山脈の裾から南に向かって進み、ある場所に辿り着くとその動きを止める。そこは、ワタシ達の位置からだと北に向かった先。そこに何があるかなど、分かり切っている。


「——要塞」


 ヒダルフィウスの始まりにして、象徴。そこに無数に感じる、死霊の気配。それこそが、ワタシ達の感じ取った気配の正体だった。


『——お嬢様、彼がっ!?』


「っ、ちょっと、待ちなさい!?」


 フューリの声に、ワタシははっ、と顔を上げる。横にいた筈の黒騎士が、風を纏い、凄まじい速さで駆け出していた。彼が止まる気配はなく、こちらが静止の声を掛けてもまるで聞こえていない。


「ああ、仕方ないわねっ!?」


 彼の向かう先は、分かり切っている。ここは脇道で、例の要塞に向かうには都市の中心を南北に走る、大通りに出るのが一番。その大通りと脇道がぶつかる点に先回りで転移すると、既に彼は数m近くにまで迫ってきていた。

 急いで魔法を発動し、抑えにかかる。漆黒の鎧を、青白い鎖が拘束する。最近習得した氷魔法、それで作り出した氷の鎖。呪詛も込め、縛った対象の力を一時的に抑えこめるようにしている。


『ガッ!?一体、何をっ......』


「いいから、掴まってなさいっ!」


 突然拘束され、驚きの籠った怒りの声を上げる黒騎士。当然だろうけど、文句は後にしてほしい。叫び返したワタシは一緒に転移させたフューリ共々、もう一度転移をする。


「キュウッ!?」


『なぁっ!?』


『きゃっ!?お嬢様、こういうことをする時は、先に言ってくださいっ!』


「悪かったわっ!」


 転移した先で、宙に投げ出されそうな彼らを()()しながら、ワタシはフューリに謝る。


 ワタシが転移した先は、廃都の()()。辺りは濃霧に包まれ、かろうじて周囲が見えるのみ。ワタシは浮遊した状態で、黒騎士は空間魔法で周囲の空間を固定して、宙に留めている。なお、イオはワタシの首に巻き付いた状態で、フューリは本来の姿で浮いている。


 宙に転移した理由は、黒騎士にうかつな動きを取らせないため()()ある。ここなら、彼もむやみに動けはすまい。気持ちはわかるけれど、少しは落ち着いてほしいものね、本当。ちなみに念のため、鎖での拘束はしたまま。


 ワタシの意図を理解したかは知らないけど、黒騎士が抗議の視線をこちらに向けてくる。

 けれど、ワタシはそれを敢えて無視して、もう一つ魔法を発動した。


 途端に、周囲が闇に包まれる。亡びた都市の静寂さも相まって、まるで突然夜が訪れたようにも錯覚しそう。まぁ、ワタシの魔法なのだけど。

 その闇も、数秒の内に消え去った。無明が明けるとともに目に入ってくるのは、天の青色。久々に見る、快晴の空。


 そう、ワタシは今、周囲の濃霧を闇魔法で消し去った。あくまで濃霧だけで、死霊たちや建物跡などには一切影響がないよう、調整済み。


『これ、は......』


 霧が晴れたことによって骸王に警戒されるリスクは、この際呑む。ギラール山脈も霧で覆われている状態を見るに、もしかしたらこちらの状況を補足されていない可能性も、無いとは言えないし。

 そのリスクを呑んでなお、今ワタシはこうすべきだと考えた。黒騎士の動きを抑えながら、上から俯瞰しながら状況を見られる上空へと上がることで、情報を得るために。


 目論見どおり、黒騎士の動きが止まる。彼の目は、空の青を捉えていない。その視界が映すのは、眼下の白き廃都、ただそれだけ。


「どう、これならよく見えるでしょう?」


 そこに広がるのは、かつて国であった地、その残滓。騎士たちが集い、民が生活し、一丸となって懸命に生きてきた、——そして今は亡びた国、その名残り。


 こうして上から見ると、その惨状がよくわかる。


 周囲を覆う壁は何とか形を保ってはいるけれど、先ほど潜った時は分からなかったがかなり劣化し、今にも崩れ堕ちそうに見受けられた。


 人々が暮らしていた住宅街は、建物の多くが瓦礫の山と化していた。かろうじて姿を残してはいても、まともな家屋として機能しそうなものは一軒も存在しなかった。


 侵入した際に通ってきた農耕地跡は、荒れ果てた森と化していた。耕され、人々の生活を支えていたであろうその地は、その面影すら残していない。


 張り巡る道も、かつての姿を見ることはできない。人が歩くこともままならないものばかりで、人が絶えて久しいことを否応なく実感する。


 ——まさに、廃都。亡びた国。そう形容するしかない、悲しい光景。




 ——しかし、それでもなお、変わらないものもある。


 それは国の北部に鎮座していた。崩れた部分は見受けられるけど、他と比べてはるかに頑丈だったためか、それは国が亡びてもなお、その威容を保っていた。


 ヒダルフィウスの始まり。ある貴族が人々を護るために民とともに建造した、希望の砦。大要塞は時を経ても、まだ健在であった。



 ——既に魔物の手に堕ち、本来の役目を失っていたとしても。



 遠目にも、はっきりとそれらを捉えていた。その砦の内外を行き交う、鎧を身に纏った、無数の死霊を。黒騎士のそれに似た、しかしそれよりくすんだ色合いの、統一された意匠を持つ黒い鎧。それはここに来るまでに何度も見た、すれ違った者たちが身に着けていた物と同じ。

 騎士の国ヒダルフィウスの守護者たる、ベルメール騎士団。彼らの象徴たる鎧を纏う、死霊の軍勢。それらが砦に集結し、そこを護るように陣を敷いていた。


 ——彼らの怨敵である、骸王に隷属されながら。


 数は数万に及ぶだろうか。それだけの数の死霊がいても、軍勢に一切の乱れは見られない。


 問題は彼らの動き。陣を敷き、要塞にて敵を迎え撃つその構えを見れば、軍勢が何かを警戒していることは明らかだった。


 こちらの動きに気づかれた?まさか、死霊達に干渉したのがバレたのだろうか。けれど、あれをギラール山脈にいるだろう骸王に察知されたとは思えない。


 そこで、ワタシは思い出した。先ほど南にいた、複数の人間の気配。もしかしたら、骸王が警戒しているのは、そちらの方か?

 そいつらが何者なのか。確かめようと背後に視線を向けようとし——。


「............あれは」


 ワタシの眼は、別の者を捉えた。





 ————それは、一体の死霊であった。


 門の上、ほぼ中央に位置する場所にその死霊は佇んでいた。身に纏うは、光沢のある純白を基調とした——けれど黒騎士のそれと意匠のよく似た全身鎧。

 手に持つのは、少し錆びながらも明らかに業物だと分かる白銀の長剣。それらの武装や発する瘴気からして、他の死霊とは違う雰囲気を醸し出している。


 そして兜をかぶっていないその者は、女性だった。死霊として他よりも格上なのだろう、骨は見えず、肉も腐った様子が無く、生前の容姿がほぼ維持されているみたい。白い肌に絹のような髪。遠目でも、その人物が美人であることは容易に見て取れた。


 明らかに、将校クラスの者。恐らくは、この地に布陣する死霊の軍勢を指揮し、守護を任された特別な個体であるのは間違いない。



 その女性の姿を、黒騎士もまた捉えていた。食い入るように、呆然としながら。






 ————最も求めていたものと、一番望まない形で再開してしまったかのように。






『—————————シル、殿下』


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