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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
第三章 劫火の内で騎士は吼える
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墓地は謎を孕んで

 通常、この世界で墓地は都市内部に造られることがほとんどだ。魔物が蔓延る場所に、造ったところで誰も足を運べなくなってしまうからね。

 小規模の町や村では、そもそも墓地を造れるほどの土地が内には無いことを始めとした、()()()()()から外に造るところも多いけれど。


 そしてヒダルフィウスもまた、墓地を内部にもっていた。他より危険な地なのだから当然の話だけれど、問題は彼の国の死亡率が、他国をはるかに上回るということだろう。

 小国という時点で大国に比べたら、人口そのものはかなり少ない。しかしギラール山脈という魔境に隣接するという土地柄、その上国民の半数近くが兵役に就いており、常に魔物と相対していること。


 ——国を護るため、多くの者の命が、魔物の前に散っていったのは、想像に難くない。


 まぁ、魔物の被害とはいってもベルメール騎士団は中央大陸でも名の知れた軍隊ではあったから、毎日のように多くの死者が出たわけでは無いと思う。

 それでも、この地で生じた魔物の被害は他国の比じゃないだろう。それに、亡くなったのは当然兵士たちだけじゃなく、国の民だって含まれる。それが病気にしろ事故にしろ、或いは老衰にしろ、いずれ生命は死ぬのだから。


 そして、そんな彼らを弔うための場所を用意できるのは、ヒダルフィウスには一か所しか無かった。なぜなら、彼らは単一の都市しか領土に持たないのだから。


 その結果、ヒダルフィウスは都市内部に幾つもの墓地を抱えることとなった。ただ、それ自体は特別なことではない。先ほども言った通り、都市規模の場所なら当然のことだから。




 ——それが、国が亡ぶ種になるとは、想像だにせずに。




『......あの日の事は、今でも鮮明に覚えている』


 墓地の残骸を睥睨しながら黒騎士はそう零す。その目に映るのは、きっとかつての——国が亡びた日の惨劇なのだろう。


『なんの前触れもなく、全ての墓地から一斉に出現した死霊の群れ。予想外の事態に、騎士団は対応が遅れてしまった』


 それも当然のことだろう。普通、魔物とは外から襲い来るもの。魔境に近いこの地では、より一層その意識は強い。だからこそ、壁に覆われた内側は、彼らの安息の地——そうでなくてはいけなかった。

 その前提が崩れたのだ。動揺し、対応を誤るのも無理はない。



 ——ただし、それが命取りだった。



『......要は、お嬢様がガズでやったことと同じ、というわけですか』


「間違ってはないわね。......それより遥かに、質の悪いものでしょうけど」


 確かに、最近ワタシも偶発的とはいえ、同じようなことをしている。けれど、あの時はワタシの憎悪が糞オールヴに向いていたからか、死霊が狙ったのは彼一人だけだった。

 一方、ここで起きたのは、無差別の襲撃。都市の中心部で一斉に目覚めた死霊は、近くにいた者たちから見境なく襲っていったに違いない。


 ——つまりは、壁の中で暮らしていた、ヒダルフィウスの民へと。


『初動の遅れが、致命的だった。襲われた民が死に、その亡骸が起き上がって、同胞へ襲い掛かる。その波はあっという間に広がり、すぐに止めようのない災害へと発展した』


 まさに、ゾンビ映画のパンデミック。そうとしか呼べない事態が起きたわけね。だからこそ、この一帯がここまで荒れているわけね。......こここそが、惨劇の始まりだったのだから。


『......けれど、それなら例の砦は残っていたのでは?なのに、たった一晩で亡びたというのは、少しおかしな気がするのですが......』


 フューリの疑問も当然だろう。砦は健在、初めは民に被害が集中したなら、騎士団だってまだ戦力は十分残っていたはず。いくら墓地が複数あっても、内部からの侵攻だけで堕とせるほど彼の砦は甘くは無いはず。


 ——けれど、ワタシは想像がついてしまった。骸王が、どんな手段を使ったのかを。


「......外から崩せないなら、()から、よ」


『............まさか』


 ワタシの一言で彼女も気づいたらしい。答え合わせをするように獣の顔を横に向ければ、その視線の先にいた黒騎士は、ゆっくりと頷いた。


『......襲撃で重傷を受けた、民や兵士たち。それ以前に亡くなり、埋葬前に砦内に安置されていた、兵士

たちの亡骸。——そして、骸王には()()()()()()()()()()のだ』


『............っ』


 黒騎士は言葉を濁し、全てを語らない。それでも、()()起こったのかは明白だった。フューリも容易に想像がついたに違いなく、何も言えなくなってしまった。イオもワタシの肩に乗ったまま、いつもの元気の良さの欠片もない。


 骸王のやり方は、こうしてみると実に合理的。死霊魔法の使い手として、これ以上ない程のお手本といってもいい。都市を崩すならば、内部から。それをここまで鮮やかに為し、実際に一晩で国を堕としたその手腕は、敵ながら見事という他にない。


「——おかしいわね」


 ()()()()()、ワタシは思わずそう零していた。見事だからこそ、見逃せない異常な点がいくつもあったから。

 ワタシの言葉に、フューリは眉根をひそめ、イオも小首を傾げた。黒騎士だけは反応を示さず、ただじっとワタシを見つめてきた。


『お嬢様、今の話に何かおかしな点がありましたか?』


「ええ、おかしいわ。ありえない、と断言してもいい」


 彼女の疑問に、ワタシは即答する。どうしてこの国が亡びたのか、その流れは理解した。だからこそ、それを為しただろう具体的な手段が、ワタシには分からない。

 その疑念を、ワタシは初めから説明していく。


「そもそも、墓地の遺体を死霊魔法で操る、これがおかしいのよ」


『?墓地に遺体があるなら、当然なのでは?実際、ガズではお嬢様もやっていらしたではありませんか?』


 フューリの言葉に、ワタシは首を横に振る。ガズとヒダルフィウスでは、そもそも前提が異なる。


「あそこは、人を人とも思わない、醜悪な欲望に満ちた都市だったもの。その業の犠牲になった者達は弔われることもなく、あの地に縛り付けられてていた。屍を重ね、血を絶え間なく流していたあの地とここでは、話が違うわ」


 スィアーチを始めとしたアウルーズ商会以外の五大商会しかり、そのお抱えであったオールヴしかり、あの人攫いの宿しかり。天辺から末端まで、ほとんどが腐りきった業都とここでは、まるで状況が変わる。


「この前も話したけど、死霊術や死霊魔法の大元となるのは死者の魂といったでしょう?」


 怨念を宿し、現世に留まる魂を使役する、それこそが死霊を操る術の基本。そういう意味では例えは良くないけれど、ガズは死霊術師には理想的な地だったと言っていいかもしれない。怨念を吐く死霊が、それこそ無数にいたのだから。


 ......けれど、ヒダルフィウスはそうではない。

 兵士が多かった以上、魔物に殺され無念だった者は確かにいただろう。けれど、こうして墓地を造り、同胞を弔い供養するこの地で、死霊の軍勢を生み出すことはできるだろうか?


 ——ありえない。襲撃で亡くなった者達を使役するのはともかく、墓地に眠る者を起こすための死霊がいないのでは、話にならない。


 ワタシの言いたいことを理解したのか、フューリは困惑をあらわにする。


『けれど、実際に骸王がそのような手段を取っている以上、死霊が多く現世に留まっていたことは間違いないのではないでしょうか?』


「ありえないわ。言ったでしょう?魂は普通、輪廻に還るモノ。現世に留まるための強い想い、それがあって初めてこの地に留まり、それでも摩耗は防げない」


 前提として。魂が長く地に留まる場合、死霊に変じていることがほとんどだ。


 その理由は二つある。

 そもそも、怨念の無い魂は現世に留まる理由がない。だって、魂は輪廻に還るモノなのだから。それに抗って現世に留まるのにはそれ相応の理由、その元となる怨念——想いがあるからこそだもの。


 そしてもう一つ、魂が現世に留まる行為は、その魂を摩耗させる。死の摂理に抗い、内に宿す怨念に削られる魂が輪廻に還るまでにはそう時間は掛からない。どんなに長くても、一年と言ったところだろう。それを防ぐにはより強い存在、ようは死霊という魔物に進化するしかない。


 ガズのように、死霊に変じやすい土地なら分かる。怨念に満ちた業都は、あまりに死霊術を扱うにおいて下地が出来すぎている。死んだばかりの怨念を宿す魂も、魔物に変じた死霊だって、かの地で繰り返されてきた所業は彼らを際限なく生み出していた。

 ただし、それはあくまで特殊なケース。いくら死者が他の地と比べて多かろうと、ヒダルフィウスでガズのような事が出来たとは、ワタシには思えない。


 そしてもう一つ、ワタシにはこれを否定する理由がある。


「今のは、魂に関する話。だけどもう一つ、見過ごせない点があるの。葬儀の際に、必ず踏むはずの、ある手順。それを無かったことにはできないでしょう?」


『......とある、手順?』


 フューリは軽く獣の首を傾げる。数瞬してから、彼女はそれに思い至ったらしく、勢いよく顔を跳ね上げた。


『——()()っ!』


 彼女の口から零れ出た声に、ワタシは無言で首肯した。


 この世界では、埋葬の際は火葬が当たり前になる。それには、相応の理由がある。


 前提として、死霊が肉体を持つのには遺体の有無はあまり関係がない。たとえ遺体が無くても、魔力によって肉体を作り出す個体もいるもの。

 しかし、肉体の生成は無論それ相応の魔力を必要とする。逆にいえば、それだけの魔力を持たなければ死霊は肉体無き霊体のまま。そして大抵の場合、体を持つ個体の方が強い。霊体には霊体のメリットもあるけれど、弱点である魂が剝き出しの状態というのは何より最大の弱点だし、体を持つ個体と比べて摩耗が激しいのは当然のことね。


 だから、死者の遺体は火葬するのが基本。そうして残った骨に、ある処置を施した上で埋葬する。


 ——それが、浄化。火葬した遺骨や遺灰を聖術や聖水を用いて清め、同じく清めた木製の箱にこれを納める。これにより、死霊が遺体に宿る可能性を限りなく低くしたうえで、墓地に埋葬する。


 ちなみに聖典教会を信仰していないハイダル帝国や、小さな町村なのでは浄化を行えないため、出来るだけ骨の形を残さないように処置しているらしい。そのうえで、内部でなく外に墓地を設けて埋葬している。小規模な町村が外部に墓地を設けるもう一つの大きな理由は、この浄化の有無によるもの。


 余談だけど。金がある貴族の家、特に家族に恨まれる可能性のある一族などでは、遺骨に限らず故人の部屋なども清めたりすることもある。無論、ワタシがその例に当たるのだけど。ハーヴェスは警戒して、宝物庫を除く屋敷全体を浄化させていたから。......本当、人形様々。お父様には、本当に感謝しないとね。


 話を戻すと、魂だけでなく埋葬される遺骨という点でも、墓地の利用は無理がある。


 ——はず、なのだけど。


『......当然、この国でも浄化を行っていた。ビレストと険悪になろうと、教会や聖教国と繋がりを絶ったわけでは無いからな』


 実際、墓地の近くにある建物の一つに教会の印が刻まれていることから、神官がこの地にいたことは間違いない。


 ——なのに、何故そのような事態が起きたのか。


 可能性でいうなら、いくつか仮説は挙げられる。


「まず、骸王の力が教会による浄化を無視出来るほどに強かった、或いは特殊なものである可能性ね」


 これが一番に思い浮かぶ話だろう。特に特殊性という点は、この地に彷徨う死霊たちを縛る不可解な力の事からも、明らかに()()が存在している。

 死霊にとって、最も相性が良い依り代が自身の遺体であることは間違いない。けれど、決してそれだけが依り代となりえるわけじゃない。他人の骨でも蘇れないわけでは無いし、ワタシのように人形を使うという手だってある。ただ、よほど相性が良くなくてはその力が下がるので、死霊術師が強い個体を生み出す際は、死者自身の遺体を利用するのが鉄則ではある。


 それでも不可能でない以上、都市内で混乱を引き起こすだけなら、死霊を他で用意したうえで墓地に眠る遺骨に宿した可能性もあり得る。たとえ弱くても、魔物であれば平民などより強いのは当然の話。

 けれど、それを防ぐためにこそ、浄化は行われる。無論遺骨に行った浄化は永遠に続くものではないから、墓地に眠るモノだって年に一度はまとめて浄化を行っているはず。


 となれば、それを覆す何かを、骸王が有している可能性はとても高い。ただ、これもこれでおかしな話だけれど。いくら魔法だろうと、浄化された遺骨をそこまで操れるだろうか?

 ......このおかしさは、あれと同じだ。死霊たちを縛る力と同じ、掴めない気味の悪さを感じる。


 そしてもう一つ、ワタシはむしろこっちの方があり得ると思っている。 


「......後は、浄化が行われていなかった可能性。教会による、裏工作の可能性かしら」


『っ、それは......』


 黒騎士は息を吞みながら、しかしそれを否定できない。実際ワタシ達は、ガズで同様の手口を見ている。教会が手段を選ばない、その実例を。


 そもそも教会が浄化を行っていなかったのであれば、遺体を死霊として使役するのは容易い。ガズのように呪詛と怨嗟に満ちてはいなくても、素体が有り余っているのは同じといってもいい。


 ただし、この仮説が正しいとするなら、見逃せないことが二つある。




 教会がガズを目障りに思っていた可能性が高いことと、——骸王という災位の怪物と何かしらの繋がりを持っていた、ということが。




 教会の理念からすると絶対にありえない話。けれどそう考えないと、行動があまりに嚙み合いすぎている。偶然、というには出来過ぎだ。


 ただ、あながちこれも無い話ではないかもしれない。生き残りの目撃証言により、人型であった骸王は元は死霊術師ではないかと噂されている。人だったなら、繋がりがあってもおかしくはない。禁忌と定められている死霊術、それを使う術師と教会が関係を持っているのは、なかなか後ろ暗いものを感じるけど。


 とはいえ、証拠は無い。何より、教会が骸王と組むことによるメリットが、見えてこない。教会の名を高めるためのマッチポンプであれば、樹海攻略は失敗するはずがない。

 ......けど、そういえば教会は樹海に不可侵を貫いていた。これはある意味、骸王に敵対しないと取れなくもない。そして確か、骸王は北を——ハイダルの属国を攻めていたはず。聖教国にとって、仮想敵国の弱体化は利となるわね。

 それに樹海が出来て以降、ギラールから魔物が下りてくる数が減ったとも聞いた。それも取引した結果なら、利点とはいえるのかも。

 

 けど、さすがに国を亡ぼすには理由が弱いか。


 それにもう一つ、気になっている点。あの日のヒダルフィウスから逃げ延びた生き残り。骸王を目撃し、それでなお()()()()()()()()()()()()


 ——確かそれは、教会の神官じゃなかっただろうか。


「......駄目ね、情報が足りないわ」


 こうして頭を巡らせてみてるけれど、答えは出ない。何か1ピース、それさえあれば全て数珠つなぎに解けそうなのだけど。



 ——五十年前、この地で何が起きたのか。その結論を出すには、未だ情報が足りず、真実はこの地のように霧に覆われている。


 答えの出ないまま、ワタシ達は荒らされた墓地で、無言でしばらく佇んでいた。


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