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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
第三章 劫火の内で騎士は吼える
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鈍る足取り

 樹海中央付近に辿り着いて以降、遠征隊は中々先に進めずにいた。理由は明白、亡者の騎士団に阻まれるからに他ならない。濃霧の中から襲い掛かってくる死霊、しかも元はこの地を守護していた軍勢という高い戦力を誇る存在に、一行は今まで通りには進むことが難しくなっていた。

 幸いと言うべきか、綾の〈千里の標〉のお陰で敵の奇襲を受けることは全くない。敵も流石に、1km以上先から攻撃する手段は持ち合わせていないらしい。


 とはいえ、幾ら敵の動きが読めていても、濃霧の奥から襲い掛かってくる動き全てを捉えられるわけでは無い。どの方角から、いつ頃接敵するかは分かっても、どんな武器で、どこを狙って攻撃してくるかが分かる訳では無いからだ。そんな相手に対してはデュバリィを始めとした高い戦闘力を持つ聖騎士、或いは不可視の盾を張れる拓馬が対処をしていた。

 そうなると、自然と拓馬や綾の負担が大きくなる。固有スキルは強力な手札ではあるが、無論それ相応に体力や魔力を消費する。長時間の使用は当然負担が掛かり、自然と休憩を取る機会が増えていた。結果、進行速度は自然と当初より落ちるのは当然だろう。


 それでも不満の声が誰からも上がらないのは、二人の役目が重要なものであるからに他ならない。


 樹海の攻略が過去何度も失敗してきた一番の要因、それは複雑な地形とそこに満ちた濃霧に他ならない。聖典教会騎士団は、対魔物戦においては無類の強さを誇る集団であろう。武において高い実力を持ち、魔物に特攻ともいえる効果を持つ聖術。それらを併せ持つ教会騎士団ではあるが、彼らは決して探索に優れた一団とは言えなかった。

 彼らの索敵能力は霧の奥からの敵の奇襲を見抜けても、周囲の地形を把握は出来ない。樹海で迷いながら遅々として進まない道行きに、疲労は溜まる上に食糧も段々と減っていく。そうなればいくら彼らでも犠牲は出てしまい、戦力は減る事となる。


 京香の様に霧を吹き飛ばす、という手もある。が、そもそも樹海そのものが広大であり、しかも中に入れば方角さえ満足に把握できないのだ。その上幾ら霧を晴らしても数分しない内に鎖される為、そのたびに霧に対処していたのでは魔力がいくらあっても足りない。

 そうして樹海の半ばに辿り着くころには何カ月もかかり、戦力は衰え食糧も限界が近い状態となる。そこに統率された死霊の軍勢が襲い掛かってくれば、為すすべなどありはしない。


 だからこそ、綾の〈標〉はこの樹海攻略における鍵といえよう。彼女の力により、一行は二十日もしない内に樹海の半ばにまで到達することが出来た。食糧も想定以上に残っており、途中まで魔物との戦闘を最小限に抑えられたことで、疲労の色もそこまで見られない。

 拓馬の〈方陣〉も、一行を護る盾として多いに活躍していた。〈守護方陣〉と特徴は不可視であることもそうだが、自在に形態を変化させられることも挙げられる。魔術のように詠唱を必要とせず、瞬時に展開できる盾の存在は、何度も一行の命を救ってきた。彼の索敵能力も相まって、ここに到達するまでに出た人的被害は0。重傷を負った者すら一人として存在せず、まさに快挙といってもいい。


 そんな二人の体調を気遣うのは当然であり、命綱を自ら切るような愚か者は遠征隊の中には一人としていなかった。


「......かなり進んできたな」


 休憩を取りながら、一行はこの先の道のりを確認する。迷霧樹海が発生する前の地図と綾の〈標〉を照らし合わせた結果、既に樹海奥地——亡国の跡地までそこまでの日数は掛からないだろう場所までは進んでいる。未だ〈標〉にその姿は映らないが、決して遠いという訳ではない。


「ですか、油断は出来ません。骸王が用意している戦力が、これだけの筈がありませんから」


 だが彼らの顔に、楽観的な色は無い。デュバリィの言う通り、死霊の軍は未だ底を見せてはいない事は誰もが分かっていたからだ。


 数日前、遠征隊は千に及ぶ死霊の討伐に成功した。だがそれ以降、死霊の軍勢の動きが変化した。一行に勝る数を生かし、絶え間なく攻め続ける戦法から、同規模、或いはそれ以下の数で襲い掛かってきては即座に撤退する、ヒット&アウェイへと。面倒なのは一隊の死霊の数そのものは少なくても、死霊全体でいえば一行とは比べ物にならない程多いため、数を少しずつしか減らせない事だろう。さらに撤退までの動きも早く、討伐出来ずに逃がしてしまう事も少なくなかった。

 厄介なのは死霊特有の疲れ知らず、休息要らずな点を活かした休みの無い波状攻撃だ。しかも、彼らの気の緩みを突くように攻めてくるため、十分に休む暇すら取ることも難しくなってきていた。


 これが示すのはある事実。


 ——敵には、優れた指揮官がいる。それも、軍の指揮に長けた者が。


「恐らく、ヒダルフィウスで将をしていた者の死霊がいるのでしょう。元が死霊術師であると目されている骸王が、軍団の指揮に向いているとは思いませんから。死霊の軍勢がヒダルフィウスの兵である以上、それを指揮するのに最も向いているのはそういう存在でしょうから」


 デュバリィが呟きに、誰もが黙り込んでしまう。五十年以上もの間、樹海奥への侵入を防いできた壁の一つ、それがいかに厄介な存在であるのかを思い知らされていた為に。

 沈黙を破るように、綾が口を開く。


「あの、気になったのですが......。この場所には、国が亡ぶ前から眠っている遺体が幾つもあるじゃないですか。それらが全て死霊にされていたら、敵の数って一体どれほどに......」


 彼女の一言に、場の一部が凍り付いた。想像したくもない事実に、召喚者達の背に冷や汗が流れる。

 ヒダルフィウスは比較的新興国だった上に、既に亡びている。しかし、それでも数百年は国として存続していたのは事実であり、その間に亡くなった人数は把握しきれないだろう。その上、かの国は土地柄や建国の経緯もあって、優れた軍事力を誇っていた。聖痕を持つ聖者や帝国の強者に敵う人材は少なくとも、一般兵の実力や軍としての練度は並ぶ国無しと呼ばれる程に。

 その厄介さを今まさに味わっている彼らにしてみれば、その兵力が底知れない事は恐怖でしか無かった。


 しかし、その凍り付いた空気をデュバリィの言葉が切り裂いた。


「安心して下さい。いくら亡くなった人数がいようとも、そのほとんどの魂は既に輪廻に還っているでしょうから。いくら遺体があろうとも、死者の魂が無くては死霊術が成立することはありません」


 綾の懸念を解消するように、デュバリィは説明を重ねる。


 聖典教会では、死霊術に対する研究が進められている。無論それは彼らが使用するためではなく、それに対抗するための策を取る為であり、その過程で判明している事実がある。


 ——死霊術を成功させるのに必要なのは、死者の魂である、という点を。


 死者の魂は、その多くが亡くなると同時に輪廻へと還る。怨念などによって現世に留まる魂が居たとしても、それは長い間続く訳では無い。魔物に変じでもしない限り、その魂がいつかは還ることに変わりは無い。


「魔物と戦う事を生業としていた彼の国の場合、魔物による被害者も多かったはず。そうなると必然的に他と比べて現世に留まった魂も多いでしょうが、数百年も保てるならとっくに魔物に変じているだろう、というのが教会の研究結果です。我々もその点に関しては以前から懸念してはいましたが、大して問題は無いだろうというのが結論です」


 それに、とデュバリィは内心で付け加える。


 (......()()を行っている以上、遺体が利用されることもないでしょうし)


 それは、この世界では当然の事実。魔術の無い世界から来た召喚者たちは知りえない、ある事実がそれは無いだろうことを彼女に確信させていた。周囲を見れば召喚者以外の者たちは、誰一人として焦りの顔すら見せてはいなかった。


 彼女の言葉や場の空気から、本当に問題は無いのだろうと安堵の表情を見せる召喚者たちだったが、デュバリィはしかし、と続けた。


「逆に言うなら、ヒダルフィウスが滅ぼされた当時の民は、ほぼ全てが死霊となっている可能性が高いという事です。国を突然襲われ、滅ぼされたのですから、恨みや憎悪を抱かないはずが在りませんからね」


 今度は場全体に緊張が走った。綾が思い浮かべた最悪の想像は無いにしても、小国とはいえ一国の民全てが敵である事に、変わりは無いのだから。

 デュバリィの横にいた改革派の聖騎士が、荷物よりある資料を取り出した。そこに記されているのは教会が調べ上げた、ヒダルフィウスに関する情報。


「当時の記録から導き出した結果によると、滅びる前のヒダルフィウスの人口は、凡そ十二万人。その内軍に所属していたのは、約五万人とされています。かの国が亡ぶより数年前の記録ですが、大きな違いは無いでしょう」


「半数近くが兵士、か......」


 京香は思わずため息を漏らす。彼らの故郷では、自国を護る軍力は人口の1%にも満たない。最も割合が多い国でも一割に届くかどうかと言ったところ。それと比べて、半数近い者が軍に所属しているというのは、彼女の常識とはかけ離れたものだったからだ。


 この作戦に当たって敵戦力におおよその当たりはつけていた上、教会側との情報共有もあって事前に知っていた話ではあった。それでも、その事実に京香だけでなく召喚者全員は思わず顔を強張らせてしまう。

 しかし、他の者は顔色を変えることは無い。ここはそもそも京香達の故郷とは違う世界。魔物が跋扈するこの世界では、一人でも多くの者が戦えなくては、対抗する事さえ出来ないのだから。なので、軍に関わる人数が多くなるのは、当然と言ってもいい。


 中でも、彼の亡国は特殊な事情を持つ。


「ヒダルフィウスの場合、その成り立ちからして、魔物に対する防壁でしたから。その魔物を狩り、国を護る者が多くなるのは必然でしたでしょう。魔物の討伐で国が成り立っていたという一面すらあると言ってもいいかもしれません」


 魔物を討伐し、その素材を売買し生計を成り立てる。或いはその魔物の素材を活かし、より強固な護りを築き、武器を蓄える。魔物の中には、加工することで食する事が可能な物もある為、それらも生活の糧となる。

 ヒダルフィウスという国にとって、魔物は敵でありつつ、彼らの生活に無くてはならないものでもあったのだ。

 故に、当然それに関わる者も多くなるのは、自明の理である。


「元が一国民の死霊はともかく、兵であった者の実力は既に散々味わってきました。そして、ここから先に進むなら、より強靭な個体も出現してくるでしょう」


 その全て、五万にも迫る死霊の軍勢全てを相手取るのは、端から無謀。彼ら五十余人では対処しようも無いし、する必要もない。

 そもそも彼らの目的は、殲滅ではない。あくまで偵察であり、目的は道を導き出す事にあるのだから。数日前の大規模殲滅にしても、そうしなければ先に進めないから仕方なく取った作戦でしかない。


「ここからは、今まで以上に慎重に進まねばなりません。以前のような大規模な殲滅は、どうしようもない時の最終手段だと心得てください」


 そう告げると、デュバリィは綾と拓馬に視線を向けた。


「申し訳ありませんが、お二人の能力に頼る形になってしまいます。特に、綾殿はこの任務の最重要人物だというのに、無理をさせてすみません」


「い、いえ......。これも任務ですから......」


「索敵に関しては、あなたにも力を借りていますし。何より、こちらの戦力だけではここまで順調には進んでこれなかったでしょうから、お互い様でしょう」


 頭を下げてくる彼女に、思わず恐縮してしまう綾。対して拓馬はフォローを入れ、頭を上げるように促す。 

 彼の言う通り、樹海の中央まで順調に進めたのは、教会側の戦力があってこそ。特にデュバリィの活躍は戦闘から索敵と、二人と遜色ない働きを見せていると言っても過言では無かった。それでも大きな疲れを見せていないのは召喚達との体力等の差、それに積み上げた経験の違いによるものだろう。


 デュバリィは頭を上げ、全員を見渡した。


「慎重に、とは言いましたが、時間を掛ける程向こうに有利となります。敵に捕捉されない事を第一としたうえで、最短距離で奥に進みます。敵と戦闘になった際は即時撤退。敵がこちらを少しずつ削るのが目的なら、相手をするだけ無駄でしょう。異論はありますか?」


 その言葉に、反論の声は上がらない。教義派の教会騎士達は露骨に不満だと言いたげな表情はしているが、作戦の重要性を分かっている為文句を口にすることは無かった。


「では、もう少しだけ休息を取ったら先に進みます。各自、十分に英気を養いつつ、注意を怠らないように」


 そうして各自、周囲を警戒しつつも休息に入る。進軍時に十全に能力を使ってもらう為に、今は綾と拓馬を休ませ極力固有能力を使わせないようにしていた。そんな状態で迂闊に気を抜くような者は、この隊にはいなかった。


 デュバリィも、気を配りつつ休息を取る。いくら経験を積んでいようと、流石に疲れが溜まるのは防げない。それでも、綾に次ぐ索敵能力を持つ彼女が警戒を解くことは無いのだが。

 休息を取りながら、彼女は手元の資料をめくる。それは先程同僚が取り出した死霊であり、以前から調べ上げてきた亡国の情報が記載されている。


 彼女が見ているのは、死霊となっている亡国の民の中でも、特に危険であると目される存在の一覧。つまりは、今死霊の軍の指揮を執っているであろう、優秀な個体の候補者。

 その多くは先程も言った通り、ヒダルフィウスが滅ぶ前に死している為、死霊となっている可能性は低い。


 ——ならば残るのは、ヒダルフィウスが()()()()に、国や軍を率いていた存在に他ならない。


「......候補は、三人」


 一人は、亡国の主導者。かの国を築いた貴族、ヒダルフィウス家最後の当主。国と共に散っていった、最期の騎士王。


 二人目は、亡国の象徴。剣術だけでなく魔術にも秀でた、騎士王の娘。その実力と美しさで名を馳せた、麗しき騎士姫。





 ——最後は、亡国の英雄。その腕前は並ぶ者無しとまで言われた、最強の騎士。()()()()を纏い、()()で敵を薙ぎ払い、騎士の軍勢を率いた最後の将軍。




「——ベルメール騎士団総長、シグレ・ベルカ」




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