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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
第三章 劫火の内で騎士は吼える
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彼女の名は

「いやぁ、これがあなた方の世界の料理ですか!実に面白い!」


 そんな歓喜の声が、夜の樹海に響く。その声の大きさに、周囲の者達は声の主——デュリィへと鋭い視線を向けた。夜営の最中で、大声は御法度。魔物を呼び寄せかねないのだから。

 本人もその事にすぐに気付き、慌てて声を殺すとともに、頭を下げた。そんな彼女の殊勝な態度に、彼女を睨んだ者達もそれ以上は何も言わなかった。......ここで騒いでは彼女と同じ行動を取ることになる上に、休息中に無駄な体力を使う事を避けたからでもあったが。


 だが、彼らもデュリィが大声を上げた理由そのものは十分理解できた。それだけこの日の夜食は——異世界の料理は彼らの常識外のものだったからだ。

 彼らの手元にあるのは、片手で持てるサイズの器。その中には、薄い黄色の麺と茶色のスープ、それと幾つかの具材。


 ——そう、それこそはカップラーメン。召喚者達の世界ではごく当たり前にある、携帯食だ。


 とはいえ、これらは彼らの世界から持ってきた物では無い。あくまで再現した、この世界で生み出した品になる。

 召喚者の持つ固有スキルは何も戦闘に特化したものだけではない。中には物作りに長けた能力なども幾つか存在している。


 これは、そんな彼らが思考錯誤して生み出した品だ。元の世界の、多種多様に発展した食文化。そこに慣れた彼らでは、この世界の携帯食料は満足できるものでは無かった。普段の王城生活はともかく、任務時の食事の質は最低限もいいところで、彼らには到底耐えられなかった。

 耐えかねた召喚者達は、元の世界の食を再現することにした。固有スキルを駆使し、作成に向いてない能力を持つ者でも知恵を振り絞り、意見を出し合った。()()()()()でぎくしゃくし始めた一行だったが、この時はほぼ全員が心を合わせたと言っても過言ではない。戦闘訓練などよりも、余程連携が取れていただろう。


 そうして出来た携帯食料の一つ、それがこのカップラーメンだ。


 とはいえ、これらはあくまで試作品。なので見た目や器などは上手く出来ているとはいえ、味に関しては一段落ちる物となる。ここから実際現地で食べてみてどうだったかなどデータを取り、改良していくこととなっている。

 それでも、夜営の食事としては十分に有用。お湯を用意すれば、数分あれば食べられる。しかも、この世界で一般的とされる携帯食である干し肉などよりも余程食べ応えがある。野生動物や魔物が寄ってくる可能性から匂いには注意が必要だが、それも魔術で十分に対処可能なもの。



 

 そんな携帯食だったが、今回の遠征ではこれが大活躍していた。異なる世界の未知なる食に、王国勢教会勢関係なく皆が虜となった。初めは雰囲気最悪の混成部隊であったが、こと食事中はそんな雰囲気は霧散したのだ。それに釣られたように、日中の行軍も徐々にではあるが険悪な空気が和らいでいった。


 無論互いに心を許したわけでは無いが、少なくとも表面上は取り繕うようになり、協力する姿勢も見せるようになっていった。それぞれの目的はあれど、まずは任務に集中すべきだと冷静になったとも言えるだろう。

 行軍速度も上がり、ようやく混合部隊全体が機能し始めた。王骨騎士達も必要以上に露骨な視線は向けなくなり、召喚者達四人もようやく一息つけるようになっていた。


 とはいえ、それがあくまで最低限なのも事実。夜営中に互いの勢力が仲を深めるようなことはほぼあり得ない。食事が終われば声も交わすことなく、休みに入るか見張りに就くか、それしかない。


 ただ一人——デュリィ以外は、だが。




 樹海では、夜の移動は危険に満ちている。元々樹海の中は木々によって少し薄暗い。昼の間はそれでも歩くのには問題無い明るさを保ってはいるが、夜になるとそうもいかない。辺りは一面真っ暗闇、無論街とは違い街灯なども無い。

 更に、周囲を覆う霧が視界の不良に拍車をかける。手に持つ灯の光は霧に呑まれ、月光が差していても届くことは無い。元来夜行と言うのは推奨されないものだが、迷霧樹海ではその危険性が跳ね上がる。

 そしてこの地に巣食う魔物は、死霊系。彼らに昼も夜も関係なく、故にいつでも襲い来る。対処できる実力を持つ一行であろうとも、灯り片手では戦力は下がる。いくら索敵可能だと言っても、視界が闇に覆われた状態で戦おうとは誰も思わないのだから。


 魔術で灯りを用意するなど、手を打てない事も無い。だが、今回の任務は骸王討伐に向けて重要なものの上に、メンバーも所属がバラバラ。なので慎重を期すべきだという事になり、夜営を行う事となった。

 五十人ともなれば夜営の陣の規模はある程度は必要になる。とはいえ、陣営ごと元々用意は出来ているので、問題はほとんど無い。


 簡易の天幕を張り、陣全体を囲う結界を張る。中央に篝火を焚き、念の為に見張りを数名立てる。これがこの世界での夜営の基準だ。結界は常に張る訳では無いが、災位の魔物の領土や西方大陸など、危険が増す地ではそれらを張る為の術具を使う事が常とされている。

 術具は中々の大きさがあるので嵩張りはするが、内容量を拡張した収納があれば持ち運びにも問題無し。そもそも今回のような長期任務では食糧なども多く必要となるので、こうした内部を拡張した収納鞄は必須品。なので結界の術具の持ち運びも端から想定済み。


 ......こういう点でも、アリス一行は常識の上を行く。結界も収納も自前の魔法で何とかなる上に性能も遥かに上。夜営の安全面では、この一行とは比べ物にならないと言っていい。無論、当人たちは知るよしも無いのだが。




「さて、今日も是非話しませんか?夜はまだ長いですし、見張りをただ続けるのも暇でしょう?」


 そうして築かれた夜営の陣中央、小さく焚かれた焚火の前で、デュリィは召喚者達に笑いかける。樹海に突入してから数日、彼女はことあるごとに召喚者達と会話を重ね、仲を深めていた。行軍中や、食事の最中。それに、こうした彼らとの見張りの時間なども。無論それらに支障を来たさない程度に抑えてはいたが、それでも他の者達からすれば、時には鬱陶しく思う事もあった。


 だが、誰もそれを口に出すことはしない。——何故ならこの数日で、デュリィこそがこの部隊で一番強いのだと、誰もが実感していたからだ。


 樹海の魔物相手にはまだ数回しか戦っていない上に、実力の一端しか見せていない。それでも、その身に隠された実力を、王国勢や召喚者達は既に嗅ぎ取っていた。故に不満があっても、王国兵達が正面から彼女に苦言を呈すことは出来なかった。王国騎士達も同様。......彼らの場合は上からの命もあり、教会側に不快に取られかねない動きは出来ない事もあったのだが。


 教会側からすれば、元より彼女の実力は分かり切った事実でしかない。剣技にしろ、聖術にしろ、彼女のそれは他の教会騎士達とは桁違いの練度を誇る。他の聖騎士と比べても、実力の差は顕著。保守派の聖騎士が改革派の動きを表立って止めないのも、彼女がただ樹海遠征隊のトップだからでは無く、その力量差があるからに他ならなかった。


 そして、当の召喚者達は困惑していた。親愛を向けられることそのものは不快には思わない。だが、その理由が分からない事には一抹の不安を覚える。何か良からぬたくらみでもあるのかと勘ぐってしまうが、彼女の笑みには悪意が潜んでいるようには到底見えない。少なくとも彼らの目には、本当にただ親交を深めようとしているようにしか思えず、だからこそ疑念が生じていた。



 ——一体、何が目的なのだと。



 夜営の見張りは、各勢力から数人ずつ選出している。一勢力に偏らないのは、互いの監視も兼ねているから。流石にこの樹海で迂闊な行動をするとは誰も考えてはいないが、それでも警戒するに越したことは無いのだから。


 この日召喚者達から先に見張りに就いたのは、晃と綾の二人。後の二人は眠りに就き、他の者達もそれぞれが行動に移る。見張りに就いたのは全部で七名。その内晃と綾、デュリィの三人だけは焚火前に留まり、後の四人は陣外側の警戒に当たる。

 一見すると見張りが少ないようにも思えるが、実のところ綾とデュリィの二人がいる以上、もっと少なくても問題は無い。綾の〈千里の標〉はそれだけ有能だし、デュリィの感知能力も相当高い。ただ陣の中央で話しているだけに見えても、実際最も見張りで活躍しているのは二人だったりする。

 ......それでも、彼らに頼り切る訳には行かないので他の者達も参加してるのだが。


「で、だ。いい加減、何が目的か話してくれねぇか?」


 そうして見張りに就く中、唐突にそう切り出したのは晃だった。その目は、焚火越しにいるデュリィを捉えて離さない。彼からしても、いい加減この状況をどうにかしたい。そしてその性格上、まどろっこしいことは嫌いな彼は直球で本人に訪ねることにした。


「あ、あわわわわ......」


 突然の行動に、横の綾はどうするべきかオロオロし始める。彼女も当然気になっていたこととはいえ、まさかここまで正面から突っ込むとは考えていなかった。止めるべきか、それともこのまま事態を見守るべきか、いっそのこと京香を起こすべきか。色んな考えが頭を過ぎり、結果として行動に移せずにいた。

 一方、当のデュリィは笑みを崩さず、でも恥ずかしそうに頬を掻いた。


「......流石に、露骨過ぎましたかね?」


「当たり前だ。嫌な感じはしなかったから無理に断りはしなかったけど、いい加減気になってしょうが

ない」

 晃の返答に対し、彼女は自嘲するかのように息を吐く。


「すみません、つい気持ちが先走ってしまって......。同僚からも、少しは抑えろと言われては居たんですけどねぇ......」


 そう恥ずかしそうに反省する彼女の姿に、晃も困惑し、強く出れずにいた。元々悪意は感じなかったうえに、こうも素直では無理に問いただそうという気も起きなくなる。綾も悪い雰囲気にならなかったことに安心しつつ、状況を見守るべきだと判断する。


「......なんか、事情があるんだろう?」


 晃が話を促すと、デュリィは一旦深呼吸して姿勢を整えた。そして二人へと視線を向けると、その頭を深々と下げた。


「まずは謝罪を。皆様に不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」


「い、いいえ、別に不快って程では......」


 謝罪の意を示す彼女に対し、綾はそこまですることでは無いとフォローする。......内心では、少し怖かったとは思っていたが。

 頭を上げたデュリィは、おもむろに首元——鎧の隙間に手を入れ、ある物を取り出した。


「......タグ?」


 晃が呟いたように、それは鎖に繋がれたタグだった。長方形の金属板には、教会の紋章である開かれた本と十の星が描かれている。


「ええ、これは聖典教会に所属する者が持つ、身分証です。これを見ていただければ、私の事情を理解いただけるかと」


「「??」」


 身分証を見れば理解できる、その言葉の意図が読めず首を傾げる二人。だがとりあえずは言う通りにしてみようと、彼女が首から外したそれを受け取り、目を向ける。

 鈍く光る金属板には、先程見えたように教会の紋章が描かれている。そして裏面へと引っ繰り返すと、そこには文字が書かれていた。元の世界とは違う文字だが、召喚されてから一年近く経つ間に彼らもそれらを学んでいた。

 そこには、こう書かれていた。




 ——聖騎士:デュバリィ・イクス・テイラー——




「?名前が違うじゃん」


「え?ええ、デュリィと言うのは愛称。本名は、デュバリィと言います。けど、出来ればデュリィって呼んでください」


 ふーん、と納得したようにいう晃と、それに戸惑うデュリィ——本名デュバリィ。思っていたのとは違う晃の反応に、彼女はどうするべきか迷う。

 だが、もう一人にはその意図がしっかり伝わっていた。綾は驚愕しながら、そのタグを凝視する。その様子に晃は首を傾げ、デュバリィは意図が伝わったことに安堵した。


「......晃君、大事なのそこじゃない。テイラーって、覚えてない?」


「テイラー?それがどうし......」


 綾に問われた晃は、少し考えこみ、その意味をようやく理解した。そして再びタグを凝視すると、そのままデュバリィへと視線を移す。



 それは、この世界では最も有名な名の一つ。最も尊いとされる、古の血。



 ——聖なる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「......()()()()()()



 目を見開いてそう呟く晃の言葉に、デュバリィは静かに首肯した。


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