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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
第三章 劫火の内で騎士は吼える
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召喚者の力

 迷霧樹海は、危険に満ちている。霧により、視界は数メートル先までしか見通せず、呪詛を加わって方向感覚を失う。森は蠢いて道を断ち、潜む死霊は絶えず襲い来る。たとえ伐採したところで森はすぐに復元し、幾ら倒そうと死霊は際限なく現れる。そして、樹海の広大さがそれらの凶悪さに拍車をかける。

 そんな地を、どうやったら踏破することが出来るのか。五十年以上もの間、幾つもの方法が試され、その全てが悉く失敗に終わっていった。


 アリス達の方法は、シンプルにして埒外。死霊を配下に置き、霧を晴らし木々を動かし、真っすぐに樹海を突っ切るだけ。呪詛は難なく無効化して、目的地まで一直線に案内させる、ようは単なる力技。

 たとえ思いつくことが出来ても、呪詛魔法と死霊魔法に長けた彼女でなければ不可能な、反則業に近い正面突破と言える。死霊術や呪術を禁忌とするアルミッガ大陸では、真似できる者はほぼ存在しないと言っていい。


 そして、ビレスト王国の策も、他には真似できない唯一無二の方法と言えるだろう。


「......うん、こっちだね」


 黒々とした木々と白い濃霧に覆われた樹海を、一団が——聖典教会・樹海遠征隊とビレスト王国軍の混成部隊が進んでいく。協力する事になった教会と王国の人員、彼らから選抜された者達だ。流石に双方の部隊を全員連れて行っては大所帯になるからだ。


 ちなみに、出発前には人員の選抜では相当揉める事となった。各々が、自軍の兵を多く連れて行こうとしたからだ。


 王国軍には、自分達が上層部から命じられたというプライドがある。協力することになったと言っても、無理やり王国の領土に踏み入ってきた教会を良くは思っていない。たとえ実力で劣る事を自覚していても、それは別の話。

 ......騎士達には、それとは別に召喚者達の監視という目的もあったのだが。


 聖典教会側も、派閥で目的が違う。教義派の者は、自分の手で魔物を殺したいから。保守派の者は、足止めという目的とは違う動きをしている改革派の聖騎士達を見張る狙いで。改革派は、王国に協力しつつ関係をより良くするために。


 話は難航したが、半日かけてようやく選抜が決定した。

 王国側は、召喚者四人は当然として王国騎士が五名、兵士が二十五名。教会側からは、聖騎士が三名、教会騎士が十五名。三人の聖騎士の内二人はデュリィと改革派の男、後の一人は保守派に属する者だ。教会騎士達はいずれの派閥の者もいるが、教義派の者が多い。


 ちなみに、王国側の方が人数は多いものの、戦力差でいえばそう変わらない。召喚者達は実践経験の差もあって聖騎士達に一歩及ばないが、教会騎士だって王国騎士には及ばない。王国兵とて教会騎士よりも劣るとは言っても、腕が立たないわけでは無い。

 ......召喚者を別枠とすれば、王国が最も戦力が劣ることになるのだが。そういう意味も含め、この選抜部隊の割合は王国側の人員が多くなっている。


 選抜から漏れた者達は、街なり陣なりで待機する事となった。とはいえ暇という訳では無く、街周辺の警備や各上層部との連絡、選抜部隊に万一が起きた際への備えなど、やることは多いのだが。

 そうして決まった選抜部隊は、大した問題も無く樹海の奥地へと進んでいた。王国側からすれば、人数が減りはしたものの戦力自体は上がったと言える。襲い来る死霊への対処も、教会騎士団の手があれば大して苦労することも無く処理ができ、当初の予定よりも順調だと言ってもいいだろう。


 


 ——だが何よりも、彼らは思い知ることとなった。召喚者達の持つ固有スキル、その力がいかに優れているのかを。




 一団の先頭に立つのは召喚者の一人、三塚綾。彼女の能力こそが彼らを導く標であり、王国が骸王討伐に踏み切った大きな理由の一つだ。

 前を行く綾だが、普段とは違いその瞳が緑色に輝いている。その中央には十字の線が走り、中心から等間隔に幾つもの輪が連なっている、そして十字の交差点から伸びる線が、時計の針の様に回転している。

 それは、レーダーの信号を表示するPPIスコープと非常に酷似していた。


 ——三塚綾の有する固有スキルの一つ、〈千里の標〉。


 半径一キロ以内の地形を完全に把握する、探査能力。索敵、罠の感知を始めとする多彩な力を宿している。その上一度探査した地は記録されるだけでなく、リアルタイムで情報が更新されていく、万能地図とも呼べる能力。

 普段は索敵などの一機能が役に立っている状態だったが、事この迷霧樹海という難攻不落の地では、彼女の能力はその力を十全に発揮していた。


「......この樹海をこうも容易く進めるとは、素晴らしい力ですね」


 デュリィがその利便さに感嘆するが、当の本人にはそれを誇る様子は見られない。


「私だけでは、道が分かっても魔物への対処が間に合わないですから......」


 綾の言う通り、彼女自身の戦闘能力は召喚者の中でも下から数えた方が早い。召喚されてから半年、鍛錬も積み実戦も幾つか熟しはしたが、固有スキル無しでは中位魔物を一対一で倒すのが精一杯。()()()()()()()()()()を使えば対処のしようはあるが、如何せん〈千里の標〉と比べると消費魔力が多いため乱用は出来ない。

 濃霧の奥から襲い来る魔物はどれもが中位クラスで、彼女だけだったらすぐにやられていたに違いない。


 ——その為、彼女の能力を全面的に生かす為には、それを支える人員が必要となる。


『グ、グガガガ......』


 濃霧の中から、再び死霊が現れる。動く屍、リビングデッドやゾンビと呼ばれる魔物だ。その数、五体。だが、前を進む綾に焦りは見られない。何故なら、()()()()()()()()()()から。


『『ゴ、グガアァァァグペッ!?』』


 そんな呻き声を上げて襲いかかってくる魔物達だが、ある地点で何かにぶつかり足が止まる。だが、そこには何かあるようには見えない。

 否、見えないだけでそれはそこに()()


「——だから、俺達がいるんだろうが」


 動きが止まった死霊達へと、剣を抜いた晃と拓馬が斬りかかる。死霊達とは違い、彼らは何にも阻害されること無く、あっさりと全ての魔物を地に沈めた。

 追撃が来ないのを確認し、彼らは警戒態勢を解く。


「ありがとう、拓馬君」


「いちいち礼なんかいらないさ、こっちも良い経験になってるしな」


 綾が感謝を伝えたのは、彼女の横に立つ城之内拓馬。彼こそが、先程死霊達の動きを止めた力を使った者。


 ——城之内拓馬の固有スキル、〈守護方陣〉。


 彼の扱う、不可視の壁を生み出す能力。外からの干渉を防ぐが、内からの攻撃は可能な、まさに見えない砦。その硬度は召喚者の扱える防御系統能力では最上位に位置する、不壊の盾。

 彼の場合、綾とはまた違った索敵能力を有していることもあり、今回の任務では彼女の護衛として選ばれた人員でもある。


「あ~あ、拓馬ばっかり活躍してるし。俺にも暴れさせあだぁっ!?」


 そんな拓馬に対し、魔物と戦ってもなお暴れ足りない晃が不平を漏らすが、すかさずその頭を京香が引っ叩いた。


「あんたの固有スキルをこんな状況で使えるわけないでしょうがっ!」


「わ、わかってるって......。大人しくしているさ......」


 京香に叱られ、晃は口を閉ざす。とは言っても、彼だって自分の力をここでは——()()()()()()()()()()()状態では振るえない事は十分理解しているのだ。それでも、戦っている拓馬を見ていたら自分だって、と考えてしまう。

 それでも、京香に釘を刺されたこともあり、今はおとなしくすることにする。それでもまだ不満そうな晃に対し、京香は思わず溜息を洩らした。


「二人とも、晃の事見張っておいてね。私、少し出てくるから」


 二人が頷くの確認し、京香はその場から上空へ()()()()()。彼女はそのまま霧を抜け、樹海上空数百メートルまで上がりそこで()()。そうして樹海を上から俯瞰し、山脈との位置を見ながら目的地を確認する。

 彼女のその背中には、一対の()が生えていた。硬質さを感じさせるそれは、生物というよりも機械に近い。


 ——これこそが、来栖京香の固有スキル〈天翼〉。


 召喚者達の中でも唯一無二の、飛行を可能とする能力。ただ飛行するだけでなく、翼を駆使して風を操る事も可能な、移動と攻撃に優れた力。


 今回の任務では、上空という霧の外から進路を確認し、綾の能力と掛け合わせて行く道を決める役割を果たしている。綾の固有スキルであれば、本来ならそんな確認は必要としない。


 ただ、彼らが目的地とするのは樹海の最奥——亡国の中心地にしてギラール山脈に入る為の玄関口。そこに関する情報は、樹海が出現して以降のものは存在しない。

 昔の地図などから、亡国の中心地は大体の当たりはついているが、それが現在どこまで役立つかは不明。綾のスキルの効果範囲に入れば問題無いのだが、そもそも樹海が広大すぎる為、そこに辿り着くまでが難解。


 なので、京香がそれを補佐する。霧に影響されない上空から進むべき方角を確認するのだ。

 とはいえ、目的地の正確な位置までは把握できない。それでも霧に覆われていない山脈の地形から、予測をすることは不可能では無い。

 だからこうして定期的に空へと上がり、情報をすり合わせを行っている。

 

 ......今京香が空に上がったのは、それだけが理由では無かったのだが。


「はぁ......、息が詰まる」


 思わずそんな愚痴を零す京香だが、それも無理は無い。選抜隊の先頭を進む召喚者達と聖騎士デュリィはともかく、それ以外の者達の間に流れる空気が冷え切っているのだから。

 先日の件もあり、王国勢と教会勢は険悪な雰囲気。教会勢内でも、派閥間での軋轢があり互いが互いを警戒している。

 それは、召喚者達だって例外ではない。


「随分と露骨な監視ね、まったく......」


 樹海に入ってから、王国騎士達から向けられる視線が今までと違う事に京香は気付いていた。話し合いの後以上に険の籠った、鋭い視線。王国騎士達が召喚者の、特に彼女への監視を強めていることに。

 あの一件から、王国への叛意を悟られたことは想像に難くなかった。彼女とて、端からそのデメリットを覚悟したうえで、教会との縁を繋ぐ事を決めたのだから。

 ただあまりに露骨な監視の強化に、京香は辟易していた。アレでは気が休まる暇がない、と。


「......監視も良いけど、任務の成功を忘れてないわよね?」


 ()()()()()()もあったからこそ、王国が召喚者達の動きに過敏になっていることは彼女にだって分かる。だとしても、既に樹海という敵地に足を踏み入れているのだ。一応は味方なのだから、少しは加減して欲しいものだと再びため息を吐く。


 京香とて、すぐに王国を離れるつもりは無い。少なくとも、どの勢力にも頼らなくともある程度は生きていけるだけの力を身に着けるのが先だと、そう考えていた。教会だって、どこまで信用できたものか分かったものでは無い。

 自分の命を自身で護れるだけの力、それが無くては自由を得ることは、出来ない事を彼女は理解していた。


「......そのためにも、今は任務に集中しないとね」


 気を取り直して、京香は偵察に戻る。いつまでも空にいては、下にいる仲間達に心配を掛けてしまう。それに、いつ飛行できる魔物に襲われてもおかしく無いのだから。

 眼下に広がるのは、霧に覆われた樹海。突入した場所からはまだそんなに進んでおらず、目的地は影も形も見えない。その先に見えるは、ギラール山脈の険しい山肌。左右に果てしなく続くそれは、雪化粧に覆われている。


「この感じだと、とてもじゃないけど数日では着かないわね」


 山脈の一部、亡国の跡地と繋がっているであろう谷の位置と進行方向があっている事を確認した京香。その長くなるであろう先行きと、初日から絶望的な雰囲気の一行の事を思い出して、三度ため息を零すのだった。





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