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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
序章 〈悪夢〉の誕生
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プロローグ 悪夢の誕生 side alice

 初めまして、雀原夕稀と言います。

  ——わたしは、生まれた時から孤独だった。


 とある国の大貴族、そこの次期当主であった父。彼が見初めた平民出身の侍女、その二人の間に生まれた子供がわたし。国でも有数の大貴族、その跡取りが平民を娶るなど無論周囲から大反対されたのだが、彼はそれを押し切り彼女を側室として一族に迎え入れた。

 だから、当主以外の一族を始めとし、仕える使用人などを含んだ多くの者が、側室となった女性へと憎悪や不満を抱いた。それは彼女だけでなく、その胎の中にいたわたしも同様。生まれる前から、わたしは母と共に、その存在すら疎まれていた。


 それらの向けられる悪意が実ったのか、或いは誰かしらが仕組んだ出来事だったのか。


 ——母の胎で揺蕩うわたしの身には、いつしか〈呪い〉が宿っていた。

 

 生まれる前のわたしに巣食う呪いは、命を蝕むもの。とはいえ、大人相手ではとてもでは無いが死に至らしめるには弱いものでしか無かった。......それでも、胎児には十分に効く。

 本来であれば、その程度の弱い呪いの対処はそう難しいものでは無い。しかし、胎児という不安定な存在相手では、下手に手を出せば逆にその命を奪いかねない。いくら平民出身の側室の子とはいえ、大貴族の子息を殺すかも知れない行為を引き受けようとする者は、誰一人としていなかった。


 わたしが死にはしなかったのは、母がその呪いを引き受けたからに他ならない。我が子がその身に宿す呪いを、己が身で引き受けるという、命を削るほどの献身によって。


 多くの者が、呪いを宿す胎児を嫌悪した。平民の血を入れたからだ、貴族の恥だ、中には母子共々処分しろという声も上がっていたらしい。

 数少ない母の味方である人々も、お腹の子を諦めるよう促した。本来であれば大人なら大したことは無い呪いであろうとも、妊婦である母の体では負担が大きかった。ましてや呪いの元凶は体の内にある為、よりその身を蝕んでいくことは明白。それに母がまだ十分に若く、次の子を身籠る事もできるだろう。そう言って、彼女を説得しようとした。


 敵味方関係なく、全ての者達が彼女の出産を止めようとした。


 

 ——それでも、母は決してわたしを見捨てはしなかった。


 呪いに内から蝕まれようとも、幾ら命を削られようとも、わたしを降ろそうとは一切しなかった。我が子の命を諦めることを、頑なに認めなかった。

 常に呪いに蝕まれ、日に日に衰弱しながらも、母はわたしを護り続けた。ただ一心に、その愛をわたしに向け続けた。


 その献身の甲斐あって、わたしはこの世に生を受けた。生まれる前から宿す呪いに蝕まれていたため普通の赤子よりは弱い体ではあったが、それでもわたしの出産は成功した。





 ——その代償として、母の命を奪い去って。





 そうして生まれたわたしは、誰にも愛されることは無かった。


 ただでさえ平民の血を引いているというのに、その上呪いを宿している赤子は、一族や仕える者達にとって嫌悪の対象でしか無かった。さらに母殺しの業は、数少ない母の味方であった筈の父や使用人達すらわたしを疎む事となった。

 生まれながらにして、わたしは一人だった。誰も進んではわたしの面倒を見ようとは思わず、乳母や使用人もしょっちゅう交代していた。


 捨てられなかったのは、呪いを宿す赤子がいる話が貴族社会で広まっていたからだろう。胎児の呪いを解呪出来る人を探す過程で、わたしの存在は他の貴族にも知られていた。元々平民の側室を迎えたという話だけでも十分に話題性はあっただろうに、そこに呪いとくれば注目を浴びないはずが無い。

 そんな状況では、赤子を捨てることも難しい。呪いのせいで早死にした、という形を取ることも出来るが、それがまた新たな噂を呼ぶことにもつながりかねない。わたしが助かったのは、そんな貴族としての体裁があったからに過ぎなかった。

 

 幼いながら、わたしは自分が忌み嫌われていると分かっていた。使用人達の顔や行動を見れば、それは分かり切った事だった。初めは、それが普通の事なのだと思っていた。しかし少しずつ大きくなり、外を知る中で自分の置かれた環境が普通でない事、忌み嫌われていることは否応なく実感した。


 そして、それを変えたいと思った。誰かに必要とされたい、愛を向けられたい、そう思うようになった。

 けれど、それは簡単なことでは無い。呪い持ち、母殺し、平民生まれ、多くの要素によって大きくマイナスへと振り切ったそれを変えることは難しい。どうすればそれを覆せるのか、わたしは考え続け、そして結論に辿り着いた。

 

 ――呪いなんてあっても関係ないくらい賢く強い子になればいいと。


 それからわたしは沢山勉強した。分野を問わず、様々なものを。大貴族——公爵家であった我が家に眠っていた数々の本を読み漁り、次々と知識を身に着けた。認められたい、その一心で寝る間も惜しんで学び続けた。

 おかげで多くの知識を身に付け、精神は幼いとは思えないくらい成熟した。本当は体も鍛えたかったが、『呪い』の性で体はひどく貧弱だった。それに加えて、勉強で酷使し続けたせいで更に弱っていた。一日の多くを寝室で横たわったまま過ごさざるを得ないほどに。

 

 それでも、認めてもらえると思っていた。優秀な子になれば認めて貰えると、そうすれば家族になれるのだと。ただ、それだけを願って。




 ——結論から言うなら、わたしが馬鹿だった。わたしには見えていなかった、彼らがわたしをどう思っているのかを、それを理解していなかった。




 わたしは、気付いていなかった。自身が、()()であることを。




 十にも満たない歳で多くの書物を読み漁り、その知識を小さな身に納める。大人でさえ理解するのが難しいような書を僅かな時間で読み解く幼児、それがいかに普通から外れているのかを。

 気付ける機会はあった。言われてみれば、わたしは幼少期——赤子の時期から周囲から嫌われていることを読み取っていた。使用人達の話を聞き取り、自身がどういう生まれなのかも理解していた。普通の赤子なら、言葉を理解する事すら時間が掛かるはずだというのに。


 けれど、わたしはそれをおかしいと思ってはいなかった。生まれながらにそうだったから、それを当たり前なのだと勘違いしていた。それが、更なる乖離を引き起こす結果になると気付けないまま。


 周りは、更にわたしから離れていった。いや、正しく言うなら忌み嫌うだけで無く恐れを抱くようになり始めた。子供にしてはあまりに発達した知識と精神は、恐怖を招くだけだった。

 一族は、わたしを存在しないものとして扱い始めた。今までは面向かって嫌味の一つ二つ口にしていた使用人も、目を合わせる事すら避け始めた。


 それでも、わたしはいつか認めてもらえるのでは無いかと思い、ますます勉強に励んだ。それが避けられる原因であると分かっていながら、わたしにはそれを続けた。......それしか、わたしに出来ることは無かったから。




 ああでも、一人だけわたしを恐れない侍女がいたっけ。わたしの努力をただ唯一認めてくれた人。わたしに恐れを一切抱かず、一人の人として扱ってくれた女性。口数は少なく、周りからは冷たい人だと思われていたけど、わたしは違うと知っていた。声や表情に出さないだけで、彼女は情に深い、優しい人だったと。

 彼女がわたしを肯定し、認めてくれた時には思わず涙をこぼしてしまった。他の侍女がほとんど寄り付かないのに対して、毎日のようにわたしの所に来てくれてお世話をしてくれた。普通の人たちがするような些細な話もいっぱいした。わたしの悩みも聞いて、相談に乗ってくれた。『いつかあなたを認めてくれる人が現れる』、そう言ってくれた彼女は気付いていたのだろうか。


 ——わたしの求めていた人が、今目の前にいることを。


 彼女は、わたしにとって初めての理解者だった。面を向かっては言えなかったけど、友人のように、あるいは母のようにも思っていたのかも知れない。




 ——けど、それも長く続きはしなかった。いつからか彼女は姿を見せなくなった。他の使用人たちの話を盗み聞くと、逃げ出したと噂されていた。他にも、わたしにばかり気を掛けているから呪われたのだろう、とか散々なことを言われていた。


 恐らく、クビにされたか、もしくは始末されてしまったのかもしれない。彼女は逃げるような女ではない。わたしに良くするのを父たちが許さなかったに違いない。後から知った話だが、わたしを家族の一員として扱ってほしいと直談判もしていたらしい。それを聞いた日の夜、一晩中涙で枕を流しながら彼女に謝罪し続けた。もう彼女に届くかは分からないが、わたしにはそれしか出来なかった。




 その後、次第に食事に毒が盛られるようになってきた。

 家族にとってはとうとう、わたしは生きていることすら認められない存在らしい。少しずつ、それでも確実に、それはわたしの体を蝕んでいった。『呪い』に侵されている体は、より一層に弱っていった。


 


 ——そして、ついにその時は来た。もう体は一切動かず、息をするのもやっと。『呪い』と毒が体を蝕み、命を刻一刻と削っていく。わたしに残された時間は、もうなかった。そして、この部屋にはわたし以外に誰もいない。......わたしが家族として認めて貰えることは、結局一度も無かった。

 



 最期にわたしが抱いていたのは、家族への渇望でも、死への恐怖でも無く、——狂おしい程の憎悪だった。


 何故、わたしは呪われねばならなかった。


 何故、母は死なねばならなかった。


 何故、彼女は消されねばならなかった。



 母は、ただ子が生まれることを望んだだけだ。彼女は、わたしの事を案じてくれただけだろう。わたしは、......生きたかった、認められたかっただけなのに。




 ——何故、わたしたちの未来が、奪われねばならなかった。




 そう考えるほどに、胸の内から止めどなく憎悪が、怨嗟が溢れ出す。毒の痛みや苦しみよりも、抑えられぬ感情が死にゆく体を焦がしていく。



 ああ、何と憎たらしい。


 憎たらしい、憎たらしい、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎————。

 



 ——絶対ニ、許シハシナイ。




 そんな想いを抱きながら、わたし——アリス・クラウ・ガンダルヴは、その生涯を終えた。


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