7.神の剣ーⅡ
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――辺りはすっかり夜。
本城から割と離れた位置のとある西の森。その場所は特に使用頻度が少ないエリアだ。
とある事情から他と比べて建造物も少なく、一部は老朽化で倒壊していたり、いつの間にか手入れをする者も居なくなってしまったせいか管理は行き届いておらず、その森は今やすっかり荒れ放題。
道という道も街灯も無いに等しいこの場所は、夜が更ければ一層不気味さが増す為、普段ならば絶対に立ち寄る者は居ないだろう。
しかし今夜は違った。突如行方不明となった自国の王女様の所在がこのエリアにある、と万能な魔法道具によって判明し、賢い兄王子の指示を元に現在捜索隊が西の森に足を踏み入れていた。
『ガサ……ガサガサッ……』
騎士や兵士たちは足を一歩進めていく度に草根を掻き分けている。
「……うわぁ、流石って感じだな。見ろよ、噂のせいで誰も立ち寄ってないから草が俺の身長くらいまで伸びちまってるぜ。」
「予想以上だな。昔はちゃんと道があった筈……らしいけど、地面は草で見えにくいし街灯も壊れてるみたいだし。」
捜索を続けながら一人の兵士が伸びきった草を自分の背と照らし合わせ、手で背比べをして見せる。もう一人は所持していたランタンを前に掲げながら道を照らし、動きにくそうに歩を進めている。
「なあ……本当に此処にリディア様が居るのか?」
「おいおい、言葉は選んで話せよ。アレクセイ様がリディア様はこの近くに居ると仰有ってるんだから、俺たちは指示通りに此処を死に物狂いでくまなく探せばいいんだよ。」
「死に物狂いって。」
兵士の言葉だと、指示を出したアレクセイの言葉を疑うこと……それは主への無礼に繋がるため、もう一人の兵士はそれを諌めた。
「アレクセイ様はリディア様の魔石反応が此処を示してると仰有っていたし、きっと見つけられる筈だ。」
捜索には自信がある。というのも、リディアは護身用として持ち主の居場所を確認できる探知用の魔法道具・「魔石」と呼ばれるものを身に付けているのだ。それは本体と捜索用とで対に分かれている種類のものであり、二つの距離が近づけば近づくほど探索用の石が呼応するように光り、本体の居場所が分かる仕組みの代物だった。
「それもそうか。………………なあ、西の森は出るって噂本当かな。」
「何だよ、ビビってるのか?」
「ち、ちち違えしっ! よよよ余裕だっつの!」
「手足ガクガクしてるぞ。」
一人は何やら相当緊張している様子だった。王女の捜索が第一ではあるが、たまに必要以上に四方八方をキョロキョロと見回している。
そんな様子をよそにもう一人がふと、足を止めた。
「……ん?」
「ど、どうした。」
「……なあ、あそこに誰かいないか?」
「ひえっ……や、やめろよ! からかうなよ!」
「声、裏返ってるぞ。いや、そうじゃなくてだな。」
兵士は灯りを頼りに細目で遠くを見てから腕を上げ、「ほら。」と右手を指差した。誘導につられてもう一人もびくびくしながらその方角へ見上げてみると、すぐ先にある高めの木の上で何やら人影が見えた。
「っ!? ギャ……むぐぐ……。」
人影を目に捉えるや否やビビリの兵士は「出た! 出た!」と訴えるように悲鳴を上げようとしたが、冷静な兵士がすかさずその口を手で塞いだ。
黒いローブに身を包んだその人影は、木に登り手に持っていたランタンを一定の向きへ掲げ、それを『――キィ……キィ……』と左右に振っている。
まるで誰かに、何かを知らせる様に……。
「――おい、そこで何をしている!」
「ヒッ!?」
声をかけると人影は短い悲鳴で驚いていた。ついでに口を塞がれた兵士も声の籠った悲鳴を上げた。そして人影はどうやら男のようだ。
彼は声のした方へおそるおそると振り返る。その木の下には兵士がこちらを見上げ、ランタンの灯りを突き出して自身の姿を照らしている。
改めてその様子に男は血の気が引くかのように青ざめては更に悲鳴を上げた。
「――っ! ヒィィッ!? ち、違うんです!! 私は脅されて仕方なく…………あっ!?」
「「あ。」」
瞬間、両者共に目を点にして驚く。
『ズルッ』と、男の足が枝から滑り落ち、そのまま勢いよく落下していった。
「――あぁぁぁぁあっ!!?」という情けない叫び声と共に不運にも落ちる先で二、三本の太い枝に『ガッ!』、『ゴッ!』、『ガンッ!!』と、頭やら身体の節々をぶつけまくり、男が地面に叩きつけられる頃には気絶した状態で倒れてしまった。
不幸な自滅である。
「……な、何だコイツ……。まあ、幽れ……んん"っ……じゃないみたいで良かった……。」
「おーい、大丈夫か?」
兵士たちは男の突然の不幸に引きながらもその身を案じ、駆け寄って脈を測ってみる。
「……失神してるだけでとりあえず生きてるみたいだが、何だってこんな所に人が居るんだ?」
「おい。コイツの腕章見てみろよ。こりゃ門番の印だぜ。」
「……まじかよ。まさかここまで一人で来たのか……? 城門からだとハイキング並の距離はあるぞ。」
「うーん、一応認識票も持ってるか確認しとくか?」
落下の拍子にローブが捲れたことで男の服装と左腕に付けていた腕章を確認し、兵士らは城の門番の者であると予測した。
しかし周囲を見渡しても連れらしき者も居ないことから、尚更何故この男が城門から何キロも離れた、それもこんな森の木の上などに居るのか理解できずにいる。
不思議そうに首を傾げていると、騒ぎを聞き付けた他の騎士や衛兵らが横の茂みを『――ガサッ』と掻き分けて来た。
「――今の情けない悲鳴と音は何だ。」
彼らの後ろから静かに尋ねたのはアレクセイだった。
「ア、アレクセイ様……! いやあ、それが私共にもよく分からず……。」
アレクセイは「……?」と怪訝そうに兵士らが囲っている倒れた男に気付き、じっと視線を落とした。
「この者は城の門番らしいのですが……何故このような場所に居るのか……。」
事の次第を彼らから聞くと、アレクセイは考え込むように森の先を見据える。そして、連れてきた側近に指示を出した。
「――――アレン。」
「はい。」
名前を呼ばれた側近は、その一言だけで全て理解したかのように倒れた男の元に駆け寄って膝をついた。
「……コイツは何をしていた?」
アレクセイはそのまま兵士たちに事の経緯を訊ねた。その間、側近は男の襟元をそっと探り始めている。
「は。……何やら木の上で、ランタンをあちらの方角へ翳していた様子でした。」
訊ねられた兵士は先程の男の不可解な行動を説明し、男が向いていた方角に手を前へ翳して報告した。
(あの方角は確か……)
心の中でアレクセイが呟いていると、側近は男の首に下げた紐を見つけるとそれを掴み、紐の先を辿るように手際よく『スルッ』っと襟から取り出した。
取り出したのはトップの方に枠に嵌められた刻印付きの透明のプレート。刻印には人名と場所らしき文字が彫られており、側近は静かに読み上げた。
「王城門番兵……カイル……。認識票は本物のようですね。」
「そうか。」
側近の報告に、アレクセイは頷いた。彼は男が首に下げていた認識票を確認していたのだ。
「――アレクセイ様。この者はひょっとすると……」
「ああ。」
アレクセイと側近は既に憶測の確証を掴めている様子だった。改めて正確な位置を見据えたアレクセイは、上着の内ポケットから取り出した翡翠の石を見つめる。
石は、宮を出た時より強く光っていた。
アレクセイは納得したように「やはりな……。」と小さく呟いてから部下たちに指示を出す。
「――この先へ向かうぞ。あとこの男は拘束しておけ。おそらく関係者だ。」
「は!」
アレクセイ達一行は男が示していた方角へ……この先にある旧離宮へと足を踏み入れていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そして旧離宮・地下ではというと……――
「イーサン、大丈夫か!?」
「……問題ねぇよ。」
神剣の裏技を使った私はイーサンをかろうじて押し退けた所だった。フギルは彼の安否を確認している。
軽やかな宙返りだったな。……傷つけないようにしたとはいえ、アレを食らっておいて衝撃を緩和させるなんて……全く、随分と戦い慣れた人物だ。
彼は間違いなく、騎士団に居たらトップクラスの実力者になっていただろう。
「――アンタ、やっぱり面白ぇなぁ。」
くくくっ……と、笑いを堪えるように手の甲を口元に置き、イーサンは純粋に楽しそうな口調だった。
……ああ、嫌だ。この人、例え大怪我したとしても絶対同じ笑い方してただろうな。戦いを楽しんじゃえるタイプだよ、きっと。
味方ならともかく、敵だと凄く厄介だ。やり辛い。この状況でそんな笑み浮かべないで。怖いよ。
主人公がこんな人を相手に幾度も相対してたと思うと尊敬と同情が浮かんでしまう。
そろそろ勘弁してほしいなと思っていると、イーサンは再び剣を持つ手を握り直すと真っ直ぐこちらへ刃先を向けてきた。
「――……。」
私も静かに剣を構え直す。
今度はどうやって切り抜けようか考えていると、イーサンは悪戯っぽくにやりと笑うとすぐに剣を鞘に納めてしまった。
「……やーめた! やめやめ。」
糸が切れたように突然警戒を解いて剣を仕舞い、手をヒラヒラとパタつかせた。
「追っ手に負ける気はねぇが、オヒメサマを連れてくには時間を食いそうだ。正直手放すのは惜しいが……ま、仕方ねぇな。」
――あれ……諦めた?
どういう心境の変化だろう? 私はイーサンの心変わりの要因が分からずにいたがフギルは理解したらしく、「やれやれ」と安堵している。
「――ずらかるぞ。」
「あぁ。」
『バサッ』とローブを翻し、イーサンたちはその場を後にするため、倒れている仲間たちを抱え出した。
「ほら。お前らいつまで突っ伏してんだ、起きろ。」
「……ゲホッ!……うう。……い、いいのか頭。今夜みたいなチャンス、もう無いかもしれねぇのに……。」
「先に負けた奴が何言ってんだ。……まあ、構わねぇさ。このままじゃ分が悪い。……それに、チャンスならまだある。」
私が吹っ飛ばした内の一人が峰打ちされたお腹を押さえながら相談しているが、イーサンは大した問題にしていないようだった。
そして仲間の腕を自身の首に回しつつ、彼は私に笑みを向けた。
「悪いな、オヒメサマ。次はちゃんと相手してやるからよ。」
「……気を使わなくてもいいですよ?」
「要らん。結構です。」と含みを入れつつ、私はやんわりと微笑み返した。
私は彼らを捕まえるつもりはなかった。特に被害はないし、そんなことをしようものなら彼相手にはこちらも少々骨が折れる。
この力は無限に使える訳ではない。
「――フギル。オヒメサマの気が変わらねぇ内にとっとと行くぞ。」
もう戦意を持っていないようだし、本当に退散する気だ。
イーサンが引いてくれた心意は分からないがこれで解放されるならばそれに越したことはない。
しかし動いてしまったのは、彼だった。
「――……けんな……」
その者はフギルに抱えられながら、歯をギリギリと食い縛るように呟いた。
「――ふ……ざけんな……っの女ぁ……」
声の主は、粗暴の人だった。
「ヤられたままで終わってたまるかよっ!!」
「お、おいっ、待てっ!」
粗暴の人はフギルの制止の手を押し退け、そのまま自分の剣を抜くとこちらへ勢いよく駆けてきた。
「おらあぁぁあっ!!」
地面を蹴り、『バッ!』と高く跳び上がった彼は、私めがけて上から斬りかかるべく腕を振り下ろしてくる。
……わあ、この人タフだなぁ。みぞおちって割と痛いのにまだこんなジャンプ力が……って、違う。感心してる場合じゃない。
私は避けようとしたが、後ろは壁際で横にはイーサンたちが居て逃げ場がなかったので、防御しようとそのまま剣を上に構えた。
――ただ、刃を払おうとしただけだったのに。
「止まれ! グレン!」
その言葉に反応したのは私の方だった。
……え、この粗暴が「グレン」だったの? と、僅かに気を乱してしまったばかりに……。
「……あ。」
しまった。と気付いた時には、私の振るう腕は止まらなかった。
――この神剣は守りの剣。つまり、宿主を守るために力を発揮するわけで……。
精神を集中していないと、向かってくる害意には過敏に反応するのだ。
『――……フオォォォッ……――』
意図せず光を帯びてしまったその剣は、先程同様真空の刃――……どころじゃないくらいの強い光を放ち、私の腕が振るわれるのと同時にそれはもう『ブワァァッ!』と、天井一面に放出された。
「 !? 」
イーサンは空気の流れを感じ取ったようだったが、時すでに遅し。
『――ドゴォォオオンッッ!!!! ……――』
とんでもなくデカい光の刃を放ってしまった私は、その天井だけでなく広間一面を……粉々に……巨大な爆発音と共に破壊してしまった。
上空からジャンプして向かってきていたグレンは成す術もなく、そのまま上へ上へと吹っ飛ばされ、イーサンたちは広範囲すぎる風圧に足腰を踏ん張るも耐えきれず、同様に弾かれ飛ばされていく。
一方で、離宮の側まで来ていたらしい捜索隊は光の一閃が突然破壊される離宮の瓦礫と共に、空に放たれる光景をしっかり目撃していた。
「な、何だアレは……!?」
「……!?」
彼らも当然驚愕する。アレクセイも言葉を失った様子で目を見開いて空を見上げていた。
皆が得体の知れない謎の光に混乱する傍らでただ一人だけ、アレクセイの側近が静かに口を開いた。
「――……リディア……?」
そして。
『ガラガラガラッ!』と音を響かせて砕かれていく天井や壁や地面の破片が空へ空へと舞い上がっていく様を見た私は、剣を振るい切った状態で固まり……、
顔面蒼白で絶句してしていた……――。
――や、や……っ! やらかしたぁあっ!!
《・・・・やらかしたな。》
光はそのまま瓦礫と共に天空一閃へと、とぐろを巻きながら舞い昇っていく。
――王宮でも。
「父様! あれを……!」
「……光……」
「くくっ、何だありゃ!? 面白ぇ!」
西の窓から見える眩しい光景に一同は騒然し、ルクスも慌てている。国王もその光に魅入るが、シリクスだけはとても面白いものを見たとでも言うように楽しんでいた。
――今宵は満月だったようだ。
いつもより一層、辺りを月明かりで照らしている。
その景色を台無しにしてしまいました……。
次第に光が止んでいき、飛ばされていった瓦礫は舞い上がった風が止むとそのまま地面へ落下していき、『ガラガラガランッ!』と砕かれていく。
割れた天井からパラパラと落ちる瓦礫の粉を地下から呆然と見上げて私は、すっかり景色が良くなった夜の空を遠い目で眺めていた。
――これ、どうしようかな……。――
頭が真っ白になった。
……いや、いやいやいや。待って、おかしい。おかしいぞこんなの。
《・・・・現実逃避か? 》
――だって……! こんなに衝撃あるなんて変ですよ!
《・・・・力加減を間違えたのだろう? 》
――えぇ、吹っ飛ばしたのは私ですとも。私のミスですよ。だけど! 今見ました? 爆発しましたよ!? この剣って光の衝撃を……こう、ブワッ! と出すんですよね? なら爆発音なんておかしいです!!
《・・・・気持ちは分かるがとりあえず落ち着け。とっさに守った者が無意味になるぞ。》
言われて私は見たくない周りを見返した。床は地割れを起こしていて、すっかり地下広間の跡形も感じられなくなっていた。
あんなに瓦礫の粉や砂埃が飛び回っていたのに、私の服には塵一つ付いていない。
私のいた位置は足元の床が綺麗な円を描く様に割れており、無事だった。
……あと一人のいる場所を除いて。
私は証拠隠滅したい気持ちを抑えて正気を無理やり取り戻させると、おもむろにその方向へ足を運んだ。
瓦礫や地割れのせいで歩き辛い……。
目先の目的場所へ辿り着くとゆっくり腰を下ろし、そこに倒れたままになっていた彼……――盗賊の仲間の一人をじっと見た。
その人はまだ気を失っている。
「ごめんね、あなたしか庇えなくて……。」
咄嗟のことでこの人しかこの場に留められなかった。イーサンたちは……大した怪我になってないといいけど……。
――あの時からずっと機会を窺っていた。
流石に目の前で人が殴られてて放置は出来ない。
周りには誰もいないし……やるなら、今だ。
「すぐ楽にしてあげるからね。」
私は柔らかく微笑むと、内出血で腫れ上がったその人の頬にそっと手を触れ、静かに目を閉じた。
『いたいの いたいの とんでいけー。』
優しく歌ったその言葉と共に私の身体から『――フワァ……』っと光が現れるのを感じる。
光は粒となって現れると、私のもとからその人の怪我した傷口へと ――スゥっと入っていき、同様に身体が光り出す。
呼応するように殴られた頬や倒れた拍子にできた傷口がゆっくりと塞がっていき、先程まで苦しい面持ちで気絶していたその人は無垢な子供のような表情に変わり、穏やかに眠っている。
「――これで良し、と。」
目的を達成した私は「ふうっ」と、一息付いてその場に座り込んだ。
短く歌う程度で治せる怪我だったから歌という歌にしなかったけど……冷静になってみるとアレ、人前で歌うの恥ずかしいな……。
――にしても短いようで長い誘拐だった……。
「ん?」
……上の方で何やら足音が響いてくる。……ガチャガチャ言ってるから甲冑の音だろうか。
同時に話し声も聞こえてきた。……これ、どう説明しようかな。
などと考えている間に割れた天井から人影が現れ、下を覗いている。
その者はこちらにハッと気付くと大きな声で叫んでいた。
「――見つけた!! おい、居たぞ! リディア様だ!」
「何っ!? ……あぁ姫様! ただ今そちらにっ!」
彼らの声に他の者らも上から地下を覗くと私の姿を確認し、下に降りる手筈を出していた。
「これは凄い、粉々だ……。一体、何があったのですっ!? それにこの者たちは……」
「……誘拐犯ですって。」
私はにっこりと答えた。
――こうして、駆けつけてきた兵士や騎士たちによって私は地上へ救出。イーサンたち一行は彼らに拘束され、大人しく連行されていった。
……他の仲間たちは気を失ったままだった。
粗暴の……もとい、グレンだけは「……うぅ……悪魔ぁ……」と、うなされるように呟いていたけど。
悪魔って、まさか私の事じゃないでしょうね。
そしてイーサンはただ一人、気を保ったままゆっくりと歩いていた。……最後のひと踏ん張りで力を弱めたとはいえ、あの衝撃で意識を保てるなんてやはり大した男だ。
見たところ致命的な怪我は負っていない。派手に転んだみたいに多少の砂埃や土が身体に付いているぐらいだ。
少し掠り傷もあるようだから治してあげたいところだけど、流石に人前で歌を披露するわけには……うーん、どうしよう。
――予想より早く会ってしまったけど、これはこれで後の対策ができるというものだ。
(でも何で爆発したのかな……。)
疑問が残ってしまった。
彼は騎士に連れられ、下を俯きながらもニヤッと不適な笑みを浮かべ、こちらには聞こえない程度に小さく呟いた。
「――ますます気に入っちまったな……」
これにて、誘拐騒動は僅か三時間ちょいで解決した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今晩は、兄上様。夕食はもうお済みになって?」
やっぱり気になるのはシチューである。
「お前には恐怖心という可愛いげはないのか。」
兄上様は私に全く震えた様子がないことに不服そうだ。生憎私にそんな可愛いげはないと自負している。
それにしても、まさか捜索隊を先導していたのがこの人だとは思わなかった。案外心配してくれてたり…………いやぁ、ないかな。今だって凄い仏頂面だし、きっと何度も誘拐されてる私にご立腹だね。
「――リディア様、毛布をご用意致しました。どうぞ、こちらをお使い下さい。」
すると、騎士の一人が私に毛布を羽織ろうと差し出してくれた。
「どうもありがとう。」
私は素直に羽織ってもらおうと一歩前へ出ようとした。正直、地下は寒くて仕方なかったのだ。
と、一歩足を前に進ませた瞬間、私の視界が歪みだした。
『――ふらぁ……っ――』
あれ?
『ドサッ……――!』
「リディア!?」
ふと気を失い、倒れてしまったらしい私を咄嗟に受け止めた誰かが優しい声で口を開く。
「――……ご安心ください、アレクセイ様。どうやら疲れて眠ってしまわれたようですね。」
「そ、そうか……。」
アレクセイのいつになく慌てた様子にその者……彼の側近はくすっと、笑っていた。
「リディア様にもそのように素直なお心でご心配なさったらいいのに。」
「…………っ、煩い。」
彼の言葉にアレクセイは僅かに動揺するも直ぐに普段の無愛想に戻り、両腕を前へ組んでそっぽを向いている。
「――王女を宮へ運べ。」
「は!」
眠りについた私を、受け止めた側近は柔らかな優しい眼差しで微笑みを向けていた。
「……おやすみなさい、姫。」