5.転生王女は誘拐されるーⅡ
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――「転生」や「前世」なんてものをよもや自身が体験することになるなんて、誰が予測できるだろうか。
あの異質な空間でのやりとりから約三年と少しの間、幸か不幸か新しく生まれ直した私はその記憶を忘れて一国の姫として健やかに過ごしていた。
平和だったのはその間だけ。
自分は「リディア」という人間で、それ以外の何者でもないと思っていたのに……あれは3歳と6ヶ月余りの頃だっただろうか。その記憶は時間が経つ毎にじわじわと脳裏に蘇っていった。
――音楽が好きだった一人の少女と、その儚い夢と人生。
血溜まりの中で命が終わろうとするあの絶望感。
…………ファンタジーな存在からのファンタジーなやりとり。
そして、これらを思い出していったことで物心つく前から何気に会話していたこの頭の中の存在の正体にも気付き、記憶の全てを思い出した頃には既に私はその場で気絶し卒倒していた。……ショックすぎて。
私は前世を持つ転生者だったわけだ。
……普通信じられる? 自分はこことは異なる世界で既に一度人生を歩んでいてしかも僅か十数年で終わって、更に超難題な課題を信じ難い神々しい存在から任された状態で二度目の生を受けた……って。こんなの長いし複雑すぎるわっ!
ただ転生しただけなら幾分かマシだった。けれどまさか「本の中の世界」へ生まれ変わるなんて更に混乱する展開は流石に受け止めきれない。
しかもそれが実は本当にある世界だっただなんてもうキャパオーバーだ。頭の整理が追い付かないし現実を受け入れられない。
結果、記憶が戻った瞬間から三日ほど私は魘されるように寝込んでしまった。そしてそれから暫く心の中でグレた。今の捻くれた性格の要因である。
……今度はせめて前より長生きしたいからあの条件は呑むけども。これまでも色々難を回避してきたし、この自称神様の存在もある。
だから今回も切り抜ける術はある筈だ。
そしてとっとと終わらせて、美味しいシチューを食べたいのだ。
《・・・・案ずるのはソコか。》
――大好物なんです! ……なので神様。協力してくださいね。
《・・・・やれやれ。仕方ないな。》
「――へぇ。未来、ね……。」
「お、おい……。 この女が言うなら、まずくねぇか?『御子』ってやつは確か未来が視えるんだろ? ならこの計画、本当に失敗するんじゃ……」
「……か、頭ぁ! やっぱりこの依頼受けるべきじゃなかったんじゃねぇのか?」
先程の私の発言に対し、盗賊たちはかなり警戒しているようだ。これで怯んでくれるならまだ楽なのだが……。
「――っ……。 お、おい! て、適当なこと抜かしてんじゃねぇぞ!? どうせ誰も……この場所まで探し当てらんねぇだろうしな!」
……おっと? 意外と効いてる?
流石この人、臆病な一面は小説通りだね。
「――そう言う割には先程より声が震えてるようだけど、ひょっとして貴方……意外と臆病な人?」
「なっ……んだとっ!? このっ、毒舌……っ……腹黒女!!」
この粗暴口調の人、やたら暴言吐くなぁ……。思わずからかいたくなる。私も段々余力が出てきた。
《・・・・こやつ、腹黒とは失礼な男だな。ひねくれ王女の間違いであろうに。》
――あなたも充分失礼ですけど。
遠い目をして冷ややかにツッコんだ。
「……オヒメサマには俺たちの未来まで視えるんだ? ならアンタには、俺らからココを切り抜ける術も視えてンのかな? 」
「そ、そうだ! 王女は剣も拳も握ったことがない箱入りだって聞いてるぜ。」
「……! 依頼では、抵抗すれば多少の傷を作っても構わないって言われてたな。」
イーサンには1ミリの動揺も見られない。仲間の怯んだ様子も彼の言葉で調子を戻してしまった。……肝が鍛えられてるのはお互い様か……。
私は静かに口を開いた。
「――ラル=イーサン。」
イーサンの余裕の笑みが「ピクッと」動くのが見えた。
「出身は……隣国にあるグイード王国のスラム街。国の暗殺集団・「ガルム」に身を置いたのち、反乱分子の戦争に参加するも敗戦。
組織は散り散りに。離散した後は此処……オリエントに身を潜め、盗賊として活動していく……――と、いった経緯でしょうか。」
「――……。」
「……何なら、貴方の本当の出自もお話ししましょうか? あと他のお仲間の素性もお付けして。」
イーサンは黙ってる。……正直このまま衛兵がくるまで何もせずにやり過ごしたいところだけど、好戦的って話だから難しいかもしれない。
――『銀浪盗賊団』……。作中でも幾度となく公私において立ちはだかることになる障害、主人公の敵。存在としてはラスボス級だった。
国際指名手配犯でそれもリアル盗賊と対峙するなんてさすがに少しヒヤヒヤするけど、この人の暗殺者時代に比べたらまだ……うん、行ける気がする。……多分。
でもおかしいな……。この人たちが出てくるのって確かもう少し先だった筈なのに。相対する彼は関わってないし、誘拐イベントなんて……それも「私」を標的にした案件なんて存在しない筈だから背景が読みづらい。
だって「私」は本来、この世界に存在しない人間だし。
――というわけで原作にない事態です。ちゃんと助言して下さいね。
《・・・・分かっている。》
ここでようやくイーサンが言葉を発した。
「……オヒメサマの教科書には何でも記されてるんだな。……だが少し踏み込みすぎやしねえか? 俺は干渉されんのは好みじゃねえんだ。」
やばい、空気が変わった。表情は落ち着いてるのに声色は冷ややかだ。彼の部下たちから危害を加えられそうだったので牽制するつもりで言ったけど、今度は彼の方を焚き付けてしまったかもしれない。流石に賭けに出すぎただろうか……。
「あまり知りすぎた教科書は手放した方が良いと思うぜ。世の中には知らなくて良いことがあるってモンだ。……互いにとっても、な。」
それは教科書の始末をしようという意味でしょうか。
「難しい提案だからそれは出来ないわね。」
自分の脳ミソは切り取れない。
「……ならアンタは手を縛られてるその無防備な状態で、武器を装備した盗賊をどうにかできるのか?」
そして、イーサンの発言が合図かのように他の仲間はゆっくりと武器を構え、私を取り囲おうとジリジリ近付いてきた。
――もう仕方ないかなぁ……――
「証明してあげましょうか。」
やはり穏便には済ませられなそうだ……。
宮廷に私が誘拐された事が判明してるかどうかは分からないし、この今にもバトルが始まりそうな状況で助けが間に合う保証もない。
やむ終えず決断した私は最終手段を使うことを決心した。
そして得意気に……にっこりと笑ってみせる。その瞬間、複数が不意を突かれたみたいに頬を染めるが、私は構わずにスッと両手を上げた。
「――!? なっ! い、いつの間に縄を……っ」
「残念でした。」
『――――ザシュッ……! ――――』
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――――時は少し遡り、王宮内にて――――
宮ではすでに夕げの用意が整っており、王族用の食事室ではキラキラに磨かれた銀食器や皿が丁寧に並べられていた。
配膳担当の給仕や使用人は食事を運び、側近や護衛騎士は何人か代表で壁際に待機している。後は国王陛下と殿下方が一同に揃うのを待つのみだった。
「――何? リディアが見当たらないだと?」
「は、はい……。夕げのお迎えに参りましたところ、まだ戻られていないようで……。」
いつも刻限の五分前には必ず到着している筈の、時間前行動厳守を常に重んじている妹の姿が見えないことに疑念を抱いたアレクセイが、リディアの侍女に尋ねていた。
侍女は申し訳なさそうに答えている。彼女も他の近事たちも一生懸命探していたが見つけることができなかったのだ。
既に夕げの刻限は30分をとうに過ぎており、リディア以外は全員揃っている。
「あの……姉様なら、つい先刻まで僕と庭園でお会いしてました。僕は先に戻ったのですが……もしかしてまだ庭園に……?」
所定の席に座っていたルクスが侍女の言葉を聞いて立ち上がり、今日のリディアとの交流の次第を話す。
「――私もあいつが庭園の方へ向かうのを見た。……あの時、確か君も側に控えていただろう。」
アレクセイもリディアとの会話を思い返し、リディアの侍女の方へ振り返った。
「は、はい。あの後、庭園内での人払いを受けましたので園外に控えさせて頂いておりました。……ですが時間になっても姫様は戻られず、庭園にもお姿が見当たらないままでして……」
「人払い?」
侍女がアレクセイに深々と頭を下げて説明する途中、ルクスが迂闊そうに「……あっ」と、控え目な声を漏らした。
「……申し訳ありません、兄上……。僕が姉様とゆっくりお話がしたくて人払いをお願いしていたんです。……どうしよう……僕のせいで……」
「いや、庭園の周りに警備が居たのなら出る時に気付くだろう。人払いをしたとしても、出入り口には控えていた筈だ。……そうだろう?」
責任を感じて慌てるルクスに対し、アレクセイは冷静な面持ちで侍女に訊ねた。彼女も「はい。」と、頷いている。
「――なら、まだ庭園に居るんじゃないか?」
すると、それまで楽な姿勢で椅子にもたれて口笛を吹きながら両腕を頭に組んでいた青年……第一王子であるシリクス・ディ・オリエントが口を開いた。
「今日は晴天だったし、あいつは放っておけば何処ででも眠りこけてるからな。……案外見えない所でいつもみたいにのんびり寝てたりして。子供の頃にもそういう事があっただだろ。」
彼は悪戯っぽくはにかんで見せる。
「……有り得るのが恐ろしいな。悪戯癖のあるあいつの事だ。まさかわざと隠れているんじゃ……。」
「昔から目を離す度にふらっと何処かに消えちまうからなぁ。隠れんぼとか俺らの中で一番上手かったし。」
「に、兄様方……もう少し真面目に考えましょうよ……。」
リディアの行動を思い返す二人の兄に、弟はやんわりと突っ込んだ。
兄弟たちにとってリディアはそういう印象である。少なくとも彼女は身内の前では普段より慎ましい振る舞いが砕けているようだ。アレクセイに毒づいていた辺り、そう見て取れる。
そんなリディアの行動パターンの憶測が飛び交うなか、一人の兵士がバタバタと勇み足で室内に入場した。
「陛下! 殿下方! 大変です!」
突然、顔面蒼白に切羽詰まった様子で駆け込んできた兵士にその場の全員が注目する。しかし、兵士の無礼を見逃さなかった一人の騎士が叱責した。
「――おい、貴様! 王族への挨拶を欠くとは無礼だぞ!」
「!! も、申し訳ありませんっ! ですが急を要することでしたのでっ……」
兵士は自分の無作法に気づくと慌てて頭を垂れて謝罪していた。
「――――……構わん。どうした。」
兵士のただならぬ空気を感じ取り、許可を出したのは……――現・オリエント国王……リディアらの父王だった。その佇まいには静かな貫禄さえ感じられる。
国王の言葉で周囲は一斉に静まり返り、兵士を叱責した騎士はそのまま彼を王の傍へと通した。
兵士は乱れた呼吸を整えるよう深呼吸し、ビシッと姿勢を正すと報告を続けた。
「――っ……い、今しがた……お、王女殿下を最後にお見かけした庭園へ……赴いたところ、ガゼボの隅で、こ、これが――! 」
兵士は握り締めていた白い長リボンを見せるとアレクセイがそれを受け取り、確認する。
「――これは? ……! リディアの髪飾りか。」
リディアがいつも頭にカチューシャのように付けている彼女のお気に入りのリボンは、特注で作った金色の刺繍が施されているため、普段から顔を合わせている者ならその持ち主は一目瞭然だった。
「え……? それってまさか……」
「おいおい、嘘だろ……」
――兵士の報告を聞いた周囲の者がザワつき始める。ルクスは顔色を変え、声を上げた。嫌な予感がしたからだ。
「に、兄様……! まさか姉様は……」
アレクセイは静かに溜め息を吐いた。
「――くそ。最近は狙われることもなくなって、ようやく城下への外出許可が下りるところだったというのに……。」
歯を軋ませて何か悔やむ様子のアレクセイに、彼の側近の一人がそっと尋ねる。
「……如何致しますか、アレクセイ様。捜索の手筈を整えますか? 」
側近の言葉にアレクセイは意を決したかのように国王へ振り返った。
「……陛下。」
「うむ……。」
国王はその一言だけで理解したように頷いた。
そしてアレクセイは騎士たちに手を前へ翳し指示を出す。
「――大至急、兵を集めて妹を捜索しろ! 」
たまにアレクセイを
アレクシスと書いてしまう時がある……。