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転生王女 ~神様、転生したら王女って……どういうことですか!~  作者: シマユカ
第一章「転生王女は神の御子」
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3.少女の過去

 


「――それでは姉様、また!」


 すっかり緊張が和らいでいたルクスは軽い足どりで庭園を去っていく。どうやら私の力はあの子の緊張の糸までほどくことができるようだ。……万能だなぁ。

 私はルクスの走っていく後ろ姿に手を降りながら見送っていた。

 いつもと変わらない、屈託のない微笑みで――……。



 《・・・・相変わらず見事な作り笑顔だな。》


 ――お褒めのお言葉ですか?


 《・・・・あぁとも。役者の道も歩めたのではないか?》


 ――ご冗談を。


 《・・・・幼子の頃はまことに純粋無垢であったというに、今ではすっかり腹の内の隠し方が上手くなっていると見える。》


 ――そりゃ思い出さなければそういられたでしょうけど。


 《・・・・ほう。私を責めているか?》


 ――まさか。……カミサマ? には感謝してますよ。私にもう一度人生をくれたこと。


 《・・・・疑問系か。》


 ――だってまだ疑心暗鬼なんですもん。この頭の声の主が神様だなんて。でも感謝は本当ですので。



 本心だった。「あの人」が私を見つけていなければ、今の私はいない。そうであればきっと私はまだ成仏すらできていなかっただろう。

 私は目を閉じ――……改めて過去の記憶を辿っていく。



 ……うーん、でもなぁ……。

 やっぱり王女に転生ってのは、なかったかなぁ……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その少女は誰からも祝福されずに生まれ落ちた。

 よくある病院とか、自宅とか、医師や家族が温かく見守る中というわけでもなく。


 誰もいない小さな公園のさびれた厠で、少女は生まれた。


 父親は誰か分からない。厳密に言えば、どの人であったのか分からない、だ。

 母親は……そう呼ぶのに正しい名なのか分からないくらい、自分の娘に何もしない人だった。

 お酒にタバコ、ギャンブル中毒。おまけに男がいないと寂しくて気力も保てず、時に癇癪持ち。……といった典型的に脆くて弱い人。


 少女は孤独に育った。食べ物もロクに与えられずに……母親が殆ど帰らないアパートにいつも一人きり。


 少女はよく言われていた。

「捨てなかっただけでも感謝しろ。」と。


 けれどどんなに惨めに過ごしていても、少女にはたった一つだけ……ある才能があった。


 少女が紡ぐ、歌。


 歌えば、周囲の人は心地よさそうに聴いていた……。

 少女自身の気持ちも晴れていくような気になった。


 結局ロクでもない母親は、それを咎める大人たちによって少女を彼らに預け、以降の彼女はごく普通の日常といえる日々を過ごすなかで育っていく。


 その後の少女は里親の後押しで歌手の道を歩くことを決め、習いたてのピアノで路上から始め、小さなライブハウスへ――、気がつくとそれなりに大きな舞台で歌っていた。

 少女の歌を聴くために次第に観客も増えていき、彼女はもっとこの歌を沢山の人に届けたいと願うようになる。


 たとえ泥の中で生まれても……そこから抜け出すために必死に足掻いてただがむしゃらに歌い続ける。

 ただ純粋に、少女は自分らしく生きていきたい。……そう望んでいた……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『・・・・君は神様がこの世にいると思う? 』


『……神様?』


『そう。』



 ――突拍子もなく発せられた曖昧な言葉に、私は読んでいた本を軽く閉じた。



『……さぁ、いるにはいるんじゃないですか?……ただ、「神様という存在だけがいる。」っていうだけで。』


『どこかに存在してるだけで、「力」などはない?』


『……「私たちを見守るだけ。」ではないかと……。』


『ふふっ。……君は現実的理想主義者だねぇ。』



 ――私の淡々とした回答に、その青年はくすくすと面白そうに笑っていた。

 窓から微かに吹いた風が流れ込み、カーテンが揺れている。

 テーブルに開いたまま置いていた本のページがパラパラと捲れていた。



『よし、じゃあ質問を変えよう。死ぬときに神様に会えたとして、そこで例えば次の生命(いのち)に転生できますよ~って言われたらどうする? 』


『……何ですかその例え。……神様や転生てのはピンとこないですけど、死ぬ瞬間ってどういうものかは少し気になります。』


『! へぇ。君にそんな危険な興味が?』


『……いえ。自殺願望とかは全くないんですけど、単純にそれは一瞬なのか、走馬灯でも流れるのか、その後はどうなるのか、とか。……ただ気になっただけですよ。』


『それは死に方にもよるねぇ。』



 ……端から聞けば、とんでもない会話である。



『……この小説に出てくる神様は、人間が大好きですよね。』



 私はたった今まで読んでいた、名前のない小説の表紙を指でなぞり、その本の内容を思い返していた。



『時間を操ったり、傷を癒したり……次元を渡る?……戦いの神様って設定なのに色んな魔法を持ってるんですねぇ。万能神みたい。』


『それは神力だよ。魔法とは少し違う。』


『管理人さんも読んだんですか? これ続きが気になりますよね。……死んだらこういう神様に会うのかな。』



 先程の生まれ変わり云々の話に、少し興味がわいてきた。

 そんな私の様子を見て……フードを被ったその青年はくすりと笑みを浮かべた。



『……この神様は沢山の力を持っているけど、とても無力な存在だったんだ。現に誰も幸せにできずに、ただ見ていることしかできない。神が人間に干渉するのはとても難しいからね。』


『随分詳しいですね?』


『この物語の無力な神様や色んな事情を持った登場人物たちが、君のような……聴く人が癒されるような優しい歌をうたえる人に出会ったら、どんな展開になるんだろうね。』


 そう言って語るこの人の、普段は隠れているフードの隙間から見えたその眼はどこか寂しげに見えた。



『・・・・君は自分が死ぬとき、もし目の前に本物の神様が現れたら……どうする?』



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ――気がつくと夕日が沈みはじめ、辺りの空が赤く染まっている。今日は天気が良かったからか、見事な夕焼け空だ。


 柄にもなく昔の感傷に浸っていた間にもうこんな時間になっていたのか……。そろそろ夕げの時間になる頃だ。



 《・・・・何を考えていた?》


 ――分かっちゃうくせに。

 私が何を考えていても、ちょっとした記憶を思い返していても、脳内がリンクされてる状態なら簡単に知れちゃうんでしょ?


 《・・・・見ないようには心掛けているぞ。》


 ――それは見てる意識と道理です。



 このプライバシーもへったくれもないやりとりにも随分慣れたものだ。



 ――何度考えても、生まれた先はもっと他の考えようがあったと思うんです。


 《・・・・立場のある者になればより動きやすく良いと思ったのだがな。》


 ――庶民が王女に転生したら普通ビビりますって。思い出した時は頭が混乱しましたよ。


 《・・・・だからこそ、こうしてお前が困らぬように援護をしているだろう? 》


 ――……うーん。神様ってもうちょっと崇高というか、手が届かないというか、こんな感じに気軽に話せる存在じゃないと思ってたんですけど……。



 ……現在の私は幸か不幸か、神様なる存在に憑かれている状態。

 普通に考えれば信憑性の薄い話ではあるが、これが事実なのだから仕方ない。簡潔に言えばこんな表現になってしまうのだ。


 自称神様がこんな風に私の脳内やら精神世界やらに居憑くようになったのは、私がこの世界に転生してきた日からだった。

 何故私なのか、はたまた初めて会った時(・・・・・・・)から既に見定めでもしていたのか、何度か聞いてみたが人選は未だに確証を得ない。


 決めた理由は分からずじまいだけど、この世界での役目……それだけははっきりしてる。

 成し得なかった場合のことも……。



「……思い出したら気が重くなってきた……。」



 私も随分と重責のある役目を丸投げされたものだ。



 《・・・・ちゃんと助言はしているぞ。》


 ――ですから人の思考を読まないで下さいって。



 自称神様は不定期にちょくちょく私に話しかけてくる。

 転生してからはその姿をどこに隠しているのか分からないが、何らかの手段で私の脳内に言葉を伝えて会話をしてくる、という次第。……魔法とかの類いなのだろうか。


 話す内容の殆どは実にどうでもよい内容だらけだ。

 大半が私の心の中を勝手に読んでは混ざってきたりツッコんできたり、私の目を通してるのか他の人を無粋にウォッチングしては変なアダ名や印象を推測して遊んだり……。


 他の人には聞こえないのだから返していいか分からない独り言まで聞かせんでほしいよ。きっと性格は随分愉快でユルい人と見た。……暇か? 暇なのか?


 そんな印象からたまに存在を疑ってしまうけど、現に私はこの人が神様であることを信じざるを得ないところをこの目で見てしまっているから、直ぐにその可能性は飛んでいくのだけども。


 あと時にはちゃんとした助言を伝えてくれる。

 国の商談話では献上品を宝石の原石だと言い当てたし、裏のある人の正体とかあっさり言い当てるし。

 この人は神眼でも持ってるのだろうか……。神だけに。


 雲行きの怪しい事案は見過ごすわけにもいかないし、私もそれを教えていたらいつの間にか『神の御子』なんて大それた異名を持つハメになった。


 私は私でこの世界のことはそれなりに読んではいた(・・・・・・)けど、うろ覚えのことはこの人から聞いている。何でも分かるし、知ってるし、こういうのが全知全能ってやつなのだろうか……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「――さて、戻らなくちゃ……。」


 そろそろ本当に夕げに遅刻しそうだったので、私は椅子から腰を上げた。



 《・・・・不粋な者共が近付いて来たな。》



 神様の言葉に反応した……瞬間のことだった。


「ガササッ」という音と共に庭園の草陰から四人の人影が姿を表した。その更に奥にはもう二人ほど潜んでいる。服装は城の衛兵のものだけれど、全員顔をフードで隠していた。

 彼らはそのままゆっくりと近づきながら、私のいるガゼボの周りを囲って退路を塞いでいく。

 ……まぁ、明らかに怪しい匂い満載だ。



「……どちら様でしょう。」



 突然の事態にあっても私はさほど驚いた顔はせず、普段と何ら代わりない微笑みを彼らへ向ける。



「――第一王女のリディア・ディ・オリエント様。貴女をお迎えに上がりました。」



 一人が代表で一歩前へ出て不敵な笑みを浮かべながら丁寧に頭を垂れた。……直感でこの中のリーダー格だろう。



「……夕げの出迎えにしては随分と物騒な雰囲気ですね。」


「貴女様はこの国の宝にも等しい存在……。出迎えは充分に失礼のないようにしなくては、と思いまして。」


 ……これ、充分失礼では……?

 誤魔化す様子もなく綽々と答えたその男は右手を上げ、他の者たちに合図を送った。確認した者たちは更に私の元へにじり寄ってくる。



「……我々と共に来ていただけますね?」



 服に忍ばせていた……「香」のようなものを取り出した男は、ソレを私へ向け瓶の蓋を空けた。


 ――中からユラユラと不思議な香りが漂いはじめる。


 私はその香の匂いを嗅ぐと同時に身体の自由が奪われていく感覚に陥った。みるみる視界がボヤけ、思考が働かなくなっていく。



「えーと、何だったかな。確か……「『神の御子』は我らの手に」――……ってな。」



 男の適当そうに発した意味深な言葉を聞くのを皮切れに、私はそのまま意識を失い倒れてしまう。



『――お前は特に注意を払わねばならん――』


 兄上様の忠告を軽んじた罰かな……。



 ――……あぁ、今日は厄日になりそう……。――





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