33. ルクスの生誕パーティー ーⅡ
「ルクス殿下、この度はおめでとうございます。」
「殿下。こちら北国より手に入った品でございます。殿下がお好きとの噂を聞きつけ、是非とも今日のために献上したいと思い……」
「私は一流の職人に作らせたこちらの品を……」
「王子殿下! 私からはこちらを……」
――午後十九時。パーティー開始早々、この可愛らしい弟王子は招待客からの祝いの品を受け取るのに忙しそうだった。
「この度は心よりお祝い申し上げます、殿下!」
「ルクス様もいつの間にやらこんなにご立派になられて、私も大変嬉しく思います。ご成人まであと一年ですな……あぁ、ところで……貴方様がご成人された後のご公務についてなのですが、その際は是非とも我が家の……」
「王子殿下! 殿下は草木や華々が何よりお好きだとかっ。私のお屋敷には珍しい花がいくつも綺麗に咲いておりますの。宜しければ是非ともご覧にいらしてくださいなっ! 」
今はいうなればプレゼントを口実にしたアピールタイム。純粋な気持ちで祝う者もいれば、ゴマすりで自らを売り込まんとする者、はたまた妙な下心で近付く口実を作らんとぐいぐい来る者……思惑は様々だ。そのため、会場内はルクスが座る上座に向けて招待客たちによる長蛇の列と化していた。
「……あ、ありがとうございます。」
……大人気だなぁ……。
他人に対しては内気なルクスは、怒濤の挨拶の嵐と次々と侍従越しに渡されるプレゼントの山の対処を頑張っていた。微笑みだけは上手く作ろうとするも、どことなくぎこちない様子だ。
――で、私はというと……
「王女殿下に拝謁致します。私は子爵家の……」
「これはリディア王女、ご無沙汰しております。実は今回のパーティーではお目にかかれるのではないかと期待を隠せず……」
「殿下、そちらのドレス良くお似合いでございます! いやぁ、相変わらずお美しい! 」
私の周りにも、まぁまぁの人だかりができてしまっていた。
ちらりとルクスの方を見てみると、プレゼントの山は用意されたテーブルにどんどん高く積み上げられていた。主役であるあちらに比べたら挨拶だけで済んでる私はまだ楽な方だ。
「皆さん。今宵は弟王子の生誕祝いの為にご来場いただき、ありがとうございます。姉として、王女として感謝致しますわ。」
とりあえず私はフルスマイルで切り抜けておこう。
「殿下……! そんな滅相もございませんっ!」
「もったいなきお言葉ですっ。」
私が感謝の意を表すと、彼らはその立ち振舞いに何故か感動したように目を潤ませ、拝むような眼でこちらを見ていた。
「リディア王女、相変わらず美しい所作だ……! 」
「それにお優しい! 」
数歩離れた所でそのような評価の声までは聞こえず、私は取り囲んで来る者たちの対処で手一杯だった。
……う、やっぱり公の場に出てくるとこういうのは避けられないのか。王族がいれば挨拶を交わしに来るのが儀礼だものね……。それに今日は引き籠りツートップが揃って出てきたのだから、そりゃあ物珍しいだろう。
この世界は成人前の公式行事や公務などの参加は義務付けられていない。なので公の場に出る機会は身内のパーティーや友人のお茶会……あとは公務の見学が含まれていたりする。
貴族の子供は社交場でのお披露目まで姿を見ることができる機会は少ないが、王族だとパーティーを開くと殆どの貴族たちが出席するので割りと早めに認知される。……肖像画とかもあるしね。
特に私とルクスは人前に滅多に顔を出さない。私の場合は境遇ゆえにを理由にした面倒臭がりが要因だが、あの子は極度の人見知りと内気な性格が出てしまいがちなので、パーティーに出てもすぐに奥へ引っ込んでしまうのだ。会う機会が少ないせいか、今となってはすっかりレアキャラだ。
良い機会だし、今日でルクスも15歳になるのだからそろそろ人慣れできるといいのだけど……。
「――ところでリディア様、ご成人のダンスパートナーのお相手はもうお決まりですか?」
………………逃げるの忘れてた。
「……その件が、何か?」
「もしリディア様が宜しければ、私にエスコートを務めさせて頂けないでしょうか?」
「…………申し出は嬉しいのですが、」
「! もしや、パートナーがもうお決まりで……?」
「いえ、そういうわけでは……」
「でしたらお考えいただけないでしょうかっ。」
「……あの……、」
「是非とも前向きに! 」
……うーん……。
「――はははっ、あまり無理を言っては姫様が困ってしまいますぞ。その辺にしておきなさい。」
声のする方へ振り向いてみると、そこには見知った人物の存在があった。
「左大臣。」
「さ、ささっ、左大臣様っ!! 」
特に驚かなかった私の反応とは正反対に、先程まで食い気味に誘ってきていた男性は左大臣の姿を目に映すや否や、一気に血の気が引いたような青ざめた表情に変わり、背筋をピンと立てていた。
「卿。君も紳士の端くれならば引き際を覚えるのも、駆け引きの一つですぞ? 」
「は、はい! ご教授痛み入りますっ! 」
「はははっ、そこまで固くならずとも良いですぞ。」
相変わらず陽気に笑う人だなぁ……。
男性はそのまま左大臣と軽く会話を交わした後、私への誘いは諦めたのかトボトボと気落ちた様子でこの場を離れていった。
「――お久しゅうございます姫様。いやぁ、今夜はいつにも増して美しい装いですな。」
「左大臣は息災そうで何よりですわ。……それより、お手を煩わせてしまいましたね。ありがとうございます、左大臣。」
「いえいえ、お困りの姫を見過ごしては紳士の名折れですからな! こんな老いぼれでも出来ることはありますぞ~、はははっ! 」
年齢のわりにいつまでも陽気でやや笑い癖のあるこのご老人は、国の重鎮の一人で彼を知らない者はあまりいない有名な人物・メルディス左大臣だ。
白い髪と髭以外とてもご老体には思えない、割と大柄で背筋の伸びた容姿。これが更に強面ならば父や騎士団長に負けない、気迫ランキング上位に食い込んでいたかも知れないが、左大臣はとても明るく気取らない性格であるため、一見すると政務の統治に欠かせない大物であることが抜け落ちてしまいそうな気の良いお爺さんといった印象。
有名人であるため、人柄をあまり知らない貴族たちからは体格からの印象で今のように畏縮されてしまうらしいが、左大臣をよく知る幹部貴族などからは至って気心知れた関係性を築いている。
「……正直申し上げてしまうと、先日の騒動で姫様のお気が滅入ってしまわれているのではと心配だったのですが……いやはや、やはり流石は姫様ですな! いつもながら凜としたお姿、感銘致します。」
…………別の意味で滅入ったけどね。(うっかりホームランと公開聴取で。)
左大臣が私と会話を始めたことで先程まで群が……もとい、囲っていた貴族たちは畏縮からその場を離れ、遠巻きに私たちを待ちわびるようにちらちら眺めていた。
あの様子だと左大臣がこの場を後にした途端にまた集まってきそうだ。そんなことを考えていると、大臣は静かに私に耳打ちをしてきた。
「――ご安心くだされ。暫くはこの私めがお側に付いております故、更に騎士たちも控えさせてますのでこの空気に割り込んでくる教養のない者はそうそう居りますまい。煩わしい会話を交わす必要には及びませんぞ、ほほほ。」
「あら。ふふ、何のお話でしょう。」
……この人、たまに勘が鋭いんだなぁ。
貴族からの会話攻めばかりなのも疲れるが、観察眼が優秀な人のかわし方もそれはそれで精神がやられる。
そして教えられるがまま周りを見渡してみると、大臣の言った通り私の近くには騎士たちが数人控えているようだ。
……やはり誘拐事件が尾を引いてるんだろうか。
「左大臣はいつもお優しく気丈な方ですね。あの騒動も騒動ですが……こうして私を気遣ってくださり、陛下より信頼を置かれているのも頷けますわ。」
恐らく大臣や騎士たちが側にいる体制は誘拐の件があったからだろうな。不遜な輩が貴族たちに紛れてまた襲ってくるやも分からないし、防ぐためにこうして私の傍で警護してくれているのだろう。
「いやぁ、私なぞ只の補佐に過ぎませんよ。姫様こそあの時、腕を縛られた状態で野蛮な盗賊なぞに負けずよくぞ耐えられました。オリエント王家の強き血筋は伊達ではありませんな、はははっ! 」
「大臣は人を持ち上げるのがお上手ですわね。」
場を和ませようと陽気に振る舞う大臣に、私も特に変わりなく笑って応えた。
「――王女殿下にオリエント神の祝福があらんことを。騎士団長ジル・エンフィールドが殿下に拝謁致します。」
スマートな立ち振舞いの騎士が丁寧な儀礼でこちらに挨拶をしにやってきた。
「エンフィールド公爵。」
「おぉ、これはこれは騎士団長殿! 」
公爵、いつ見ても素敵なおじ様だ。
「メルディス左大臣、お待たせしてしまいましたね。」
「いやいや、構いませんぞ。それより陛下とのお話はもうお済みになったのかな? 」
「はい。到着まで貴方のお手を煩わせてしまい、申し訳ない。これよりは私がリディア様の警護に専念させていただきます。」
……え、団長が? 自ら?
「ははは、礼には及びませんぞ。私も久方ぶりに姫様とお話できて光栄でしたからな。」
……二人の会話を解釈すると、どうやら大臣は公爵が来るまで私の警護代わりをしてくれていたらしい。
「では姫様、私めはこれで。姫様にオリエント神の祝福があらんことを。」
「ごきげんよう、左大臣。」
大臣は別れの挨拶を済ますとこの場を後にした。
「申し訳ありません、リディア様。少々会議が長引いてしまいまして……。開場に合わせる筈が、到着が遅れてしまいました。
改めて、この度は私が先導して貴女様の警護に当たらせて頂きます。」
「……まさか公爵が直々に私の警護を務めて下さるなんて思いませんでしたわ。」
初耳ですよ。
「申し訳ありません。急遽決まった事ですので、リディア様への報告が間に合わず……。
しかし、まだ余談を許さない状況です。リディア様は傍に多くの者を連れて歩かれるのはお好きではないと理解しておりますが、その分貴女様の御身は我々が責任を以てお守り致します。」
「ふふ、それは頼もしいですね。」
厳重だなぁ……。
「それにリディア様には息子の件に関しての恩義がありますから。」
「まぁ。その件についてはもう宜しいのに……」
「それ程までに感謝しているのです。……息子もあれ以来、随分と貴女様にご執心のようですし……ふふ。」
……その笑みにはどんな意味が含まれているのだろうか。
ジル・エンフィールド公爵。髪の色や容姿は息子のセルジスとよく似ている。性格は別として。
天然仕様の温厚な性格に反してこの国最強の人物……。王国騎士団団長、国王の右腕、シリクスの剣の師匠、大戦の英雄、イケオジ……いやはや肩書きが多い。
子供の頃は私も公爵から護身術など教わってたっけ。……よく父の代わりに一緒に居てくれてたなぁ。
「公務の方は宜しいのですか? ここに来る前も陛下と会議があったようですし、幹部職の皆さん朝からお忙しそうですわ。」
話を剃らそうと、特に裏のない質問をした私に公爵は一瞬表情が固まったように見受けられた。
「…………いえ、本日のパーティーの警護状況を念入りに議論していたのです。何事も万全を越したことはありませんから。……ですので、リディア様のお気に留めることはございませんよ。」
公爵はすぐに温厚な微笑みを向けた。
「リディア様。恐らく警護は数日続くことになるやもしれません。少々煩わしく感じてしまわれるとは思いますが、どうかご容赦下さい。」
「そうですか、公爵がいらっしゃるならば頼もしいですわ。」
困った表情で申し訳なさそうに話す公爵に、私はその報告に特に追求はしなかった。大した不満を感じなかったから。
確かに私は何人も引き連れて歩くのは煩わしく思ってしまうけど、このパーティーでは素晴らしい人払いになってありがたいし、公爵の言葉が本当にはならないだろうと分かっているから何も思わないのだ。
私は公爵や周囲の人達には聞こえない声で小さく微笑み、呟いた。
「……今夜限りで必要なくなるでしょうから。」




