32. ルクスの生誕パーティー ーⅠ
――午後十八時。
王城の正門が開かれた。
そこへは今宵の祝いの場に出席するために、多くの貴族がそれぞれの馬車に乗って来場していた。
そして宴の会場では既に入場した貴族たちがそれぞれ輪を作って談笑に興じている。
――例えば、男性陣の会話では……
「今日でルクス王子は15歳か。普段の幼い印象を見ていると、もうそんな歳に成長されていたということをつい忘れてしまうなぁ。」
「容姿は華やかなのに、三人の殿下がたに比べるとやや内向的なご性分だからな。」
「でも最近は顔つきが変わってきたと聞いたぞ。ルクス様も一国の王子だという心構えができつつあるということじゃないか? 」
国民から見たルクスの印象は消極的な人物として捉えているようだ。これについては何の裏もなく間違ってはいない。
……と、何やら話は段々別の方向へ脱線していく。
「殿下のお祝いは大事だけど……やっぱり今回のパーティーで気になるのはあの方だな。」
「あぁ。王子の祝いの場となれば、あの方……リディア王女もいらっしゃるかも……!」
「《御子》ゆえ特別な存在だし、王宮から出られないのは分かってるけど……ここで開かれるパーティーにもめったに出席されないから、中々お目にかかれないのが残念だったんだ。まぁ社交デビューはまだだからダンスは申し込めないんだけどさ……。申し込みだけでもしたいなぁ。」
「全く、王宮勤めの奴らが羨ましいよ。……あぁ……最後にお会いしたのはいつだったか……リディア様、変わらずお美しいんだろうなぁ。」
「おい。お前たち、顔が緩んでるぞ。今日は王子のお祝いなんだから慎めよ? 」
そう注意を促した者も、表情がゆるゆるである。
どうやら男たちは第三王子を祝いにきた気持ちとは別に、普段中々会えない麗しの人物を一目見たいという……不純な思惑があるようだ。
――一方、女性陣の会話では……
「第三王子様は社交場に現れても、いつもすぐに帰られてしまいますから……今宵こそはあの天使の様なお姿をじっくり拝見出来るかと思うと、待ち遠しいですわ。」
「私、あの控えめながらも遠慮がちに歩まれるお姿に心癒されますの。……何というか、守ってあげたくなるような。」
「私は、言葉を交わした際……人見知りもあってか会話に困ったかのように、控え目に微笑まれるルクス様のお姿を拝見した時はもう……胸の高鳴りを覚えましたわ。こう、母性本能をくすぐられるようなっ。」
「分かりますわ! 私はそのように内向的なお方が一人、庭園へ赴かれて花を大事そうに愛でて微笑まれるお姿を見てしまったときなんてもう……! 」
「私もお見かけしたことが! あの時が本当の笑顔だと思うと、心に響くものがありましたわ!」
「あぁ……できることなら、一生見守ってさしあげたいっ! ルクス王子は私たちの癒しですわぁ、ふふふ。」
……特殊な会話で盛り上がっていた。
こちらは第三王子を愛でる会ができているようだ。皆、思い思いの自由な会話を楽しんでいる様子だった。……大半がミーハーな想いを抱いている者ばかりなのはさておき。
――そして入場扉へ続く廊下では……
「……ひっ!?」
突然、……ブルッ!と妙な寒気を覚えてしまったルクスが肩を震わせ、咄嗟に小声で悲鳴を上げた。
肩をすくめつつ、咄嗟にキョロキョロと辺りを見渡すも、今自分のいる周りにはごく真面目に役割を全うしている衛兵や護衛騎士しかいない。彼等が自分へ怖気のたつ空気を向けてくるはずもないので、今起きた症状が何なのか分からず戸惑っていた。
そんなルクスの様子を見て不思議に思った護衛の者が心配そうに尋ねる。
「ルクス殿下? 如何なさいましたか? 」
「あ……な、何でもないよ…………多分……。」
今の悪寒はなんだったのだろうか……と、頭に「?」マークを浮かべてた。
そんなルクスは先程から、入場扉の裏でそわそわと落ち着かない様子で立っている。その面持ちにはこれから出向く公の場への緊張感と、その前に名目上エスコートする相手への待ち遠しさが入り交じっているようだった。
いつもハネている髪は整えられ、白をベースとしたデザインに金の刺繍が施された正装に身を包むその姿は、若いながらも気品ある王子の姿そのものである。
すると、後ろから静かにヒールの足音が聞こえてきた。傍に侍女を控えた一人の姫君が、普段と変わらない穏やかな表情でゆっくり入場扉へと歩いてきている。それに続く壁際に配置していた見張り番の騎士たちは、自分達の前を美しい姿で優雅に通っていく彼女に思わず見惚れていた。
彼女は段々扉へと近づいていき……その前で待っている、まだ自分に気付いていない様子のルクスへ声をかけた。
「――待った? ルクス。」
「!……姉さ……っ」
待ち合わせの人物の声を聞くと同時に、――パッと嬉しそうに顔を上げて声の主へ振り向いたルクスは、その姿を視界に捉えるや否や目を奪われたかのように言いかけた言葉が止まり、口を開けたままポワ~っと惚けるような顔で彼女を見ていた。
白銀色の髪はワンアップに編み込み、後ろ髪を金の花飾りで留め、毛先にふんわりとウェーブをかけている。
ドレスは上質で品のある青をベースとしたもので、レースに施された刺繍と細やかに散りばめた真珠のデザインも合わさり、それは透明感と上品さを感じさせられた。
特に大きな宝飾品は纏わず、若い貴族女性に人気なリボンの多く付いたドレスにしたわけでもなく……彼女の身に付けている装飾は身軽で、重く着飾ったものではなかった。
けれど髪を少し結い、上質な軽いドレスを纏っただけで……彼女の清廉な美しさをより一層際立たせるのに十分であった。
「…………ルクス? 」
「へっ!?……あっ!……いえ、その……っ」
呼び掛けで我に返ったルクスは慌てふためく。
「どこか可笑しな所でもあった? 」
「いえっ! 違います、そうではなくっ……」
頬を真っ赤に染め、しどろもどろと言葉に詰まるルクスは、その動機を鎮めようと軽く息を吐いて深呼吸をした。気持ちが落ち着くと、彼は改めて自分の素直な感想を彼女へ述べた。
「とても似合っています。お綺麗です、姉様。」
「ありがとう。」
直視することに迷い、遠慮がちに微笑む可愛い弟からの賛辞に、姉も素直に礼を述べた。
***
「………………? 」
……今何となくルクスが真っ赤になっていたのは私の気のせいだろうか。かなり戸惑っていたような……?
あぁ! そうか、緊張がピークになる寸前だったのかな。この子は引っ込み思案だものね。大勢の人の前ではやっぱりまだ慣れていないのだろう、うん。きっと気持ちが作りきれていなかったんだ。
今日は祝いの場だし、思い悩みすぎて知恵熱を出さないよう私が気をつけねば。
「さ、行きましょうか。緊張は解れた?」
「……もう色々吹っ飛んじゃいました……。」
「 ? 」
何かあっただろうか……?
「――それでは殿下がた、お時間でございます。ご入場の準備はよろしいでしょうか?」
門番が私たちに尋ねた。気付けばそろそろ十九時を迎える頃合いだ。招待客はもう集まったのだろう。
今頃、パーティーが始まるまで雑談に興じて場に馴染んでいる頃だろうか。
――会場内では……
「やはりこの国イチの美形兄弟といえばオリエント王家でしょう! 四人の殿下方はスペックも高いですし! 文武両道、才色兼備ですよ! 」
「間違いありませんわっ! シリクス様は騎士団長様お墨付きの剣の使い手ですし、普段は飄々となされてますが四人の中では実は一番のキレ者だといいますっ。気さくで明るいお方で……はぁ……流石は王太子様ですわぁ。」
「あら、アレクセイ様だって一番知性に溢れるお方ですわ。宰相顔負けの頭脳の高さ! 人にもご自分にも厳しく、凛としたお背中! 《氷の王子》と囁かれてはいますが本当は思いやり深いのですよっ? 」
「私どもはルクス様を愛でることさえできればそれで十分です! あぁっ、いつまでも可愛らしく純粋なままでいてほしい……! 」
……何やら互いの推しについて会話が白熱していた。
「俺たちも王子の美形ぶりと男らしさには感慨深いものがあるよなぁ。」
「噂では、あの溢れ出るフェロモンに危うく危ない世界に迷い混む連中もいるとか。」
「私たちは歓迎いたしますわっ。あの方々に男女とも惹かれてしまうのは自然の摂理ですものっ! 」
なんとも広い心だ。
「私たちは断然王女派です! あの無敵の微笑みは必殺にも近い魅力が溢れてますわ。女性でも危うく心奪われてしまいそうな衝動にかられて……あぁ、もう……尊い……っ! 」
「俺たちもリディア様派だなぁ。綺麗だし可愛いし優しいし、一度でいいからこっちにも笑いかけられたいよ。」
いつの間にか男性陣と女性陣は一緒になってそれぞれの推しについてかなり会話が弾んでいた。
ミーハー派閥は仲が良いそう。
そして、その光景を年配の貴族たちが遠目で眺めている。
「若い連中は賑やかだなぁ……。」
「平和だ……。」
暖かいような遠いものを見るような目をしながら、静かにシャンパンを口に含んでいた。
――で、入場扉へ戻る。
会場内でよもやそんな会話が繰り広げられているとは露も知らない私達。
私の横に並んだルクスが優しく微笑み……そっと手を差し出していた。
「姉様、お手をどうぞ。」
姉弟といえ、エスコートをするその姿勢はどこか大人びているような気を感じさせる。まだあどけない子供だと思っていたけれど、どうやら紳士の心得は立派に構えているようだ。
……でも横で手を差し出しながらちょっと首をかしげてみるその表情は天然あざと可愛いっ……!!
と、悶えそうになった心の中の自分がいたことは隠しつつ、私は表情には出さずに手を取った。
「兄様たちは少し遅れてからいらっしゃると、先程伝達をいただきました。」
「本当? それは良かったわね。」
「父様は……朝からずっとお忙しそうで、まだお会いできてないので……分からないです。」
兄たちが来れる報せには喜んでいるが、父から音沙汰がないことには淋しそうだ。
……言われてみれば今日はあの人を見かけていない。というより朝食にもいなかったし、やはり会議で何かあったのだろうか?
そういえば一部の幹部貴族の人たちが慌てながら廊下を早歩きしていく姿はちらっと見たけど、問題事でも起きたのだろうか。
…………この時期に起こる展開って、アレ以外に何かあったっけ…………?
『――ギイィィィィッ』
と、考えている間に門番が扉を開ける音がした。……今は余計な事を考えるのはよそう。せめてこの時間だけは、純粋にこの可愛い弟を祝う気持ちだけ持っていれば良い。
私たちは仲良く互いの手を取って微笑み、会場内へと歩みに入る。
……あ。私としたことが、ここで最初に伝えておかなければならなかったことを、この子の謎の挙動が気になってうっかりしてしまっていた。
「ルクス、お誕生日おめでとう。」
「……! ありがとうございます、姉様。」
祝いの言葉に、弟はとても嬉しそうに満面の笑顔で応えてくれた。




