26. 転生王女の忙しない(?)1日ーⅡ
「いつもながらリディア様は素晴らしい! 」
出題された問題に時間を掛けず解いていく私に、担当の王室教師は関心の目を向けていた。
習い事や勉強などは基本、成人を迎える日まで受けるというのが主な教育期間だ。
学ぶ場所は通常なら……この国では身分を問わない学院へ行くか、貴族ならば家庭教師を雇ったり、平民の中に財が厳しい者などは独学で学んだり、はたまた学ばずに育つ者もいる。因みに学院の入学期間は14歳からのニ年間だ。
そして16歳を迎えた後、平民の場合はどこかの職に就いたり家業に携わったり……自由に旅へ出る者もいる。
貴族や王族だと上記の事以外では、政務を受け持ったり何気ない時間を過ごしたりするそうな。私の兄たちも普通に政治に関わっていたり色んな管轄を任されたりしているし、きっと私もそんなような感じになるだろう。……なるのか?
私が王女教育として学ぶ教師にも幾つか担当に分かれており……、まずは学や歴史など、知識を教える部門。更に言葉遣いやテーブルマナーなど、礼儀作法を教える部門。そして楽器やダンス、音楽など芸事を教える部門。あとは処世術や乗馬など、体を動かす事を教える部門もある。
そして一種類の勉強時間は大体一時間から二時間の間だ。で、次の授業までの休息は一時間くらい。
貴族女性なら似たようなメニューだと思うが、王族は更に難易度を上げた教育となるため、こなしていくと割と精神力も鍛えられる。
因みに貴族男性の場合、上記に加えて本格的な剣術や武術などを教わる騎士教育が追加される。なので王族の場合は王子教育とソレが含まれている。…………大変だぁ。
王室に抱えられるのはどれも選りすぐりの教育者ばかりだ。貴族や王族にとっては普通の事なのだろうけど……、マンツーマンの勉強がてんこ盛りなせいか、個人的には徹底的に監視されているみたいで……正直学生より面倒臭い。
特に知識の分野が。
「――この問題も数秒でたやすく解くのですねっ! ……リディア様は本当に才女でいらっしゃる! 」
「いえ、先生の教え方がお上手だからですわ。」
……この世界の勉学は幸いにも、私が以前生きてた世界の勉学と分野など、やり方が似ている。…………別世界とはいっても共通のものはやはりあるようだ。
まずは数学。数式の並びや解き方などは前いた世界とほぼ同じだった。……と、いうよりハードルが低めだった。
例えば、この世界の人に問えば絶対分からない言葉だろうけど…………小学校の頃に学ぶ勉学を、この世界では高校の頃に学ぶ。……という感じだ。
私が昔育った世界ならば最低でも九年から十二年。最大でも十六年かそれ以上は勉学の機会が設けられているが、今いる世界の学生期間は最低でもニ年。貴族の学業での教育機関は最大でも六年ほどなので学ぶ範囲は限られてくる。
先程の例えを用いて考えれば、集中して学んでいても大体中学くらいの勉学知識までしか学べないということになる。
どうやらこの世界での数学はあまり重用されていないようだ。他で言うなら科学などもかなり遅れている……と、認識してしまう。
……そりゃそうかな。だってこの世界には使い手こそ少ないものの「魔法」が存在するわけだし、一部の地域には「魔物」が生息しているし、日常生活には「魔石」が大活躍してるもんね。……まぁ、そのへんの説明はまたの機会とするとして。
こっちにも一応は学者なるものの職業があるけれど……その人たちだととりあえず高校めちゃ前半くらいの頭脳だそうで、研究対象は「魔」の付くものばかりだ。そりゃ皆そっちの研究に目がいくよね。
いつの世だって、人は現実より摩訶不思議なものに魅力を感じてしまう生き物だろう。多分。
……個人的に思うと、そういう研究にもあれらの勉学は生かせると思うんだけどなぁ。
――お陰で私はこの世界での勉学分野では優秀扱いされている。……その始まりはまだヨチヨチ歩きだった頃、適当に漁っていた本の中から偶然、数学字典的なものを開いた私が紙にその数式を写したり解いてしまったりしたことが要因だった。
……でもね、それ。足し算やら掛け算だよ。
その様子を見ていた世話係が仰天し、確かめるように学者たちが今現在難易度の高い数式を私に見せたところ、やはり意図もたやすく解いてしまう。そこから学者や教育者たちが「王女は才女だ! 」だのと囁き、広められたおかげで多くの者にそれが伝わってしまったのだ。
……この時、私は「やっちまった」と思った。まさかあの字典が高難度とされている本だったなんて思いもよらず、学者たちに試された出題もまさかあんなに解いて騒ぎになるようなものだったとは思いもよらなかった。
あれから「あの時はマグレだよ」感を醸し出し、何とか加減をして調整を試みたがあまり上手くいかなかった。勘の良い誰かが気を使っているだの本来の力を意図して隠しているだの余計な事を言うせいで今でも払拭できていない。……あながち間違ってないけれど。
――そしてあとは国語や外国語などだが、国語系はこの世界の単語や文字を覚えたり、それらを用いた文章を読み解くだけなので簡単だ。外国語も同じ。
そう言ってしまう理由は、どういうわけだか私はこの世界の全ての文字を読めたり言葉を話せたりできるみたいだ。
元々暗記は得意だが、自国のものは自然にその目や耳で把握できているし、やろうと思えばいつでも他国の言葉を話し、文字の読み書きが可能。言わば自動翻訳だ。
その種明かしを言っちゃえば神様なのだそう。最初に発覚した頃、自分が私の傍にいるからだ。とあっさり教えてくれた。理由を聞いても……――
《・・・・神に不可能はない。》
…………。うーん、こういうのをご都合事情というのだろうか。……まぁ、だろうね。
数学や科学などは多少の物足りなさを感じてしまうが、その代わり、教養マナーに関してはこっちの世界の方が難易度が凄い。
貴族社会が組み込まれている時代だからだろうか、所作や礼儀作法はどこの貴族の家も物心つく前から、既にめちゃくちゃしごかれる。
……それでも、例えばうちの大兄上サマの様に上手いことサボる人もいるっちゃあいるので極める者は五分五分だけどね。
あとは家柄からか政治事情に精通した若い者が多く、騎士教育のお陰か腕の立つ者も多めだ。
男性はいかに強く、将来有望であるか。女性はいかに清廉で気高くあるか、が……紳士と淑女の極め方だ。
――なのでイチ王女の私も、人一倍に教養を叩き込まれまくる訳であるが……。
「姫様ぁっ! 本日のマナーレッスンも見事な美しい所作でいらっしゃいますわぁ。」
少々語尾に癖のある礼儀作法の教師がうっとりしながら私に称賛の声を送っている。
気付けば時刻はお昼を迎えており、私の昼食はマナーレッスンの授業を設けるために私室で迎えていた。
「流石は淑女の憧れ、リディア姫! 一度教えただけで直ぐに憶えてしまわれて、見事な立ち振舞い……。はぁ、いつもながら完璧でいらっしゃいますぅ。もう私が教えることなどございませんわぁっ! 」
……また根も葉もない名称が……。立ち振舞いに関しては多少の自信があった。テーブルマナーは得意の暗記で覚えたし、所作にしても「貴族女性を演じればいい」と、思うことでクリアした。食事作法も任せなさい、だ。
………………舞台で演じたことがあったからね。
暗記と演技は得意です。
しかし向き不向きがあるとしても、やはり怒濤の時間割りだ。項目ごとに休息を五分に縮めているせいで疲労感がどっと押し寄せて半端ない。今日が終わる頃にはぶっ倒れるんじゃないだろうか? 気を引き締めねば。
――そして更に芸事部門。この時間は授業の中で割かし楽しい。好きな楽器を防音効果がある分厚い壁の部屋のお陰で惜しみなく弾けるから。
今日はピアノを練習する日だった。
「~~♪」
この世界の音楽は勉学と違って初めて拝聴する曲ばかりだった。楽器好きとしては自分の知らない楽曲があるのが新鮮で楽しいのだ。楽譜の読み方が異世界共通もあって、譜面を読める者なら弾くことができる。
好きな事をしているとやはり心まで弾むもので、奏でるピアノの音からそういった感情がやはり音楽家も理解できるようだ。私を教える音楽教師が微笑ましげに言葉を発した。
「……殿下は芸事に関して、いつもの大人びた爽やかな印象とは違った魅力を感じますね。飾らないといいますか……相変わらず素晴らしい良い音ですな。」
「ありがとうございます。」
音楽に関しては、ついいつもの強かな演技が解れてしまいがちだが……この言葉は素直に嬉しい。
…………以前はこんなに楽器豊富で、音楽環境に恵まれることはなかった。壁の薄い狭い部屋で、子供用の小さなオモチャのピアノを外に聞こえないように小さく奏でることが多かったな。
「折角、芸事の天才であらせられるのですから……殿下が成人した暁には、その腕前を皆に披露する場をようやく設けられますね! 」
気が緩んだのか、つい昔のことを思い返していると教師が喜びを隠さずに期待と想像を膨らませていた。
「殿下の噂は国中に広まっておいでですよ。皆、口を揃えて殿下がリサイタルを開く日を待ち望んでおられます!
……なんでも、成人を迎えていない未成熟なお身体では……御子たる神力を制御しづらいため、成長を待っている……のですよね? 暗殺回避や周囲に影響を及ぼさないためでもあるとか。」
……思っていたよりしっかりした引きこもり理由だった。ていうか、何で私のささやかな特技が国中なんてデカイ感じに広まってるんだろう……。そんな私の思考をよそに、教師は明るく語っていた。
「殿下がリサイタルを開く日には、是非とも私めもご招待いただきたいですっ。」
キラキラした眼差しに私は言えなかった。……リサイタルなるものを開く考えなど及んですらいなかった……だなんて、
「……え、ええ。その時になれば是非。」
私は一応濁らせつつ答えておいた。
…………にしても、そうか。言われてみればこの世界にもコンサートや舞台などは存在している。大きなホールでオペラやオーケストラ、小さな舞台でも歌劇や演劇で役者が活躍しているらしい。……引きこもってるからまだ見たことないけど。
旅芸人も当然いるし、この世界でも音楽は寛容に受け入れられている。
……私が音楽を?……大勢人のいる前で?
未知の世界にチートの力。それらを把握し、自らを上手く立ち回らせ、やるべき事をこなすために振る舞ってきたせいか……その可能性が抜け落ちていた。
――今でも、目を閉じてひとたび思い返せば……あの頃の記憶が呼び起こされる。
小さなボロい部屋での演奏から始まり、路上や人の出入りの少ないこじんまりとしたライブハウスで……声だけを武器に勝負していた思い出。
来る日も来る日も感情のままに歌い続けて……それがようやく認められて、ようやく大きな舞台での念願が叶って……。
思いっきり自由な歌を歌えた喜び、聴いてくれる人たちの歓声。あのままずっと歌い続けていたかった。音楽を奏でていたかった。
あんなことさえなければ、私は命を落とすことなんてなかったかもしれない。
「…………。」
――思い返すのは歌い続けた楽しい日々だけじゃない。私の記憶の中には、必ず最後にあの光景が目に浮かんでしまう。
全ての喜びの日々を、あっという間にドス黒いものに塗り替えられてしまうような感覚。
私の歌が届かなかったと思った瞬間……。
いつだって記憶の最後には、大事に握り締めた……歌詞が綴られた紙を手に、血溜まりの中で涙を流して倒れている自分の姿がいた。
異なる世界に生まれ変わっても、良くも悪くも……未だに消えない私の前世の記憶。
――……だけど……、
「…………。」
私は再び目を開けた。そのまま窓の向こうへ視線を流し、外の景色を眺めてポツリと呟いていた。
「……綺麗な街。」
自分の住まう美しい装飾の城。その向こうには洋風の綺麗な建物が立ち並ぶ王都の風景。……あそこに住まう人たちはどんな人なのだろうか。
「今の私は、リディア……。リディア・ディ・オリエントなんだよね……。」
過去は消えない。記憶も……。だけど、今の私は別の人生を歩んでいる。全く違う世界で、新しい人物として、別の生き方で。……この世界に生まれた意味も、すべきこともあるのだ。
「――殿下? なんと仰ったのです? 」
私の呟いた言葉を聞き取れなかった教師がもう一度訊ねた。それに対し、私はいつものように静かに微笑みを向ける。
「なんでもありませんわ。」
過去を振り替えるのは後回しだ。いつまでもしがらみに捕らわれていては今後のやるべき事に支障が出てしまう。
今はリディアとして……この世界で生きるだけだ。そのための神様との約束を果たすためにも……。
――心の中で静かに気持ちを切り替え、私は穏やかに笑って前を見る。……体力が尽きない内に、とっとと面倒を片付けよう。
「……次のレッスンは何ですか?」




