25. 転生王女の忙しない(?)1日ーⅠ
「……っう、うわぁぁぁぁあっっ!!?」
――一人の兵士の驚愕する声が、突如としてその地下牢にこだました……。
陽の光も通らず薄暗く静寂なその空間は、正ある行いをしている者なら絶対に立ち入ることはない……縁のない場所だろう。
ここへやってくるのは管轄の騎士団員と正規の申請を経て面会に赴く者……そして、悪事を働いた罪人たちが収容される場所だ。
王国屈指の実力を誇る騎士が二十四時間四六時中監視を行い、面会が許されるのもごく一部の者だけ。そして出口と入口は同じ通路にあり、……つまり一つだけしかない。
鉄壁ともいえる警備の中脱獄を企てる者は今では少なく、目論めばことごとく失敗に終わっている。
ましてや王宮の地下牢などもっての他だ。牢から脱獄しても次は城の門をくぐる手だてを考えなければならないのだから……。
そして刑を執行されぬ限り、罪人は情報を引き出すためにその日まで生かされ続ける。徹底監視によって自害することもできない……その筈だった。
けれど一人の監視員がその光景を発見してしまったことで事態は大きく急変する。
「――おいっ……! 誰か、誰か来てくれっ!」
その牢屋へ見廻りに来た一人の兵士は、目の前に広がる無惨な光景を見た途端……血の気が引いていくかのように真っ青な表情で声を上げた。
「……っ? 何だよ、でけぇ声出して。……その牢って確か例の盗賊の……――」
兵士のただならぬ様子に気付き、もう一人の兵士が呼び掛けに応えるもさほど大事ではないだろうと踏み、特に急がずゆっくり兵士の元へと近付いた。
……しかし言葉の途中、兵士の見つめる先のその牢の中が視界に留まった瞬間、その兵士の動きも……――ピタッと、制止する。
「――……っ……!?」
眼前の光景に状況が飲み込めず、驚愕の表情で思わず言葉を失ってしまう。
――殺風景な一室の牢屋。そこには……一人の遺体が壁にもたれ、力なく床に座っていた……。
「うわ……なんだこれ、ひでぇ……。」
「……自殺……じゃないよな……。」
二人の兵士は何故囚人が変わり果てた遺体となっているのか理解できず、動揺しつつも状況判断から僅かに脳を働かせ、これは自殺でないことは予測できた。
「――……っ……お、俺は団長を呼んでくるから、お前はここで現場保存頼むよ。……それと新兵は立ち入らせるなよ。外の警備と交代させる。」
「わ、分かったっ……。」
一人は表情が強ばったままではあるが、この不測の事態に今すべきことを口にし、冷静に指示を出す。
もう一人も我に返り、返事をして状況を判断した。
「……くそっ、応援も呼ばないと。他の盗賊の奴らの安否確認も急ごう。」
――この思わぬ事態が、再び不穏な影が蠢く引き金の一つとなっていることは……恐らくまだ誰も気付かないだろう。
――……と、まさか数時間前に城の地下牢でよもやそんな事態が起きてしまっていることなど微塵も知らない私は、今日開かれる場に間に合わせるべく朝から切り詰めたスケジュールをこなそうとしていた。
――まずは朝。いつもより一時間早い六時起床の為、私の担当侍女たちが部屋に揃う。起き抜けに朝の目覚めの一杯として紅茶が運ばれてきた。所謂アーリーモーニングティーというものだ。
正直私は生前から紅茶よりコーヒー派だが、流石に何年も毎朝飲んでれば次第に慣れた。…………だけどやはり本音はコーヒーが飲みたい。
朝のモーニングティーは香りで眠気を覚ましたり飲んで温まる温活が目的だが、私は更に小一時間前によるアレンとの一件で眠気などは完全に覚めてはいる。が、これも習慣とされる一つなので静かに受け入れておこう……。
――一息ついたら八時の朝食前に湯編みの時間だ。早起きはこの為でもある。
私は普段入浴は夜だけだけど、今日は生誕パーティーへの出席が控えているから入念な準備の一つとして加えられた。
「さぁ、王女殿下! 今宵のパーティーの前に私共が責任を持って腕にヨリをかけて殿下を更に美しく! より素敵に! お手入れさせていただきますわっ」
「…………え、えぇ。……お手柔らかにね……。」
苦手分野を突き付けられ、私は流石に笑顔が引きつってしまう……。
侍女たちがウキウキした様子を見せるのは大抵、私にお洒落をさせようとするときだ。女性は内側から女磨きを万全に整えていくのが美学らしい。……朝っぱらからとても面倒臭い。
今日の主役は私じゃない。けれどこれまた面倒で、社交会やら舞踏会の場に挑む際、女性は念入りに万全な準備を整えるのが淑女のマナーの一つであり、暗黙のルールだ。
なので大概、こういう行事があるときは侍女たちは張り切って私を着飾ろうとしている。この事案に特に拘ってない(興味ない)私はされるがままなので任せていれば間違いない。け……、ど…………あまり盛られないようには頼んでおこうか……。
湯編みでされるがままに侍女たちに磨かれ洗われ、しかし頭がシャキッとしたお陰で気分は爽快だ。そして入念なスキンケアが称して見事にお肌はツルッツル。これでその後のスケジュールも難なくこなせそう。
朝から優雅だって……? いやいや、本番は後半だよ。これは準備運動だよ。
――で、間を開けて朝食。
野菜の甘味がひきたつ温かいスープに、ベーコンやポーチドエッグの乗った香ばしい焼き立てマフィン。その上には味わい深い風味のオランデーズソース。
エッグベネディクトは何気に私の好物の一つです。……今日のメニューは神でしょうか。
《・・・・呼んだか?》
呼んでません。
………………にしても、今日は父がいないな。何でも早朝会議があるということだそうだが、長引いているんだろうか? いつも食事の時間には割と合わせてくるのに、珍しい。
「――姉様、今日は十九時で大丈夫でしょうか。」
喜びを隠さず、待ち遠しそうに目を輝かせていたルクスは私に笑顔で声をかけた。……やはりこの子は天使の生まれ変わりじゃないだろうか。
「えぇ、そうしましょうか。」
パーティーに参加するべく招待客が王宮へ来場する為、城が開門されるのは大体十八時前後。そして始まるのは夜の十九時。主役であるアレンの入場は開幕に合わせることになるので、私も同様の時間となる。
ニコニコと今日の待ち合わせの時刻を私に確認する純粋な弟に、私も穏やかに微笑んで答えた。
……すると、横目で聞いていたシリクスが会話に興味を持ったらしく、言葉を挟んできた。
「何だ何だ? お前たちは一緒に行くのか?」
「はい、兄上様。」
身内の中だと父や兄たちが特に多忙だ。食事の席以外では会わない日もあれば、視察や遠征などで不在の日もたまにあった。
だから今日の生誕パーティーも、彼らは開幕に合わせて来れるかどうかは直前まで分からない。政務スケジュール次第だ。
加えて私とアレンはまだ成人前もあってか、政務にじっくり携わることはまだなく、時間に多少の余裕がある。教育指導や対談などはあるが……、行動範囲が阻まれる私に至ってはまぁまぁなニートライフだよね……。はぁ。
「相変わらず仲良しで羨ましいねぇ~、なぁ? セイ。(ニヤニヤ)」
「俺に振るな。」
相変わらず内容の意図はよく分からんが、ニヤつきながら陽気に会話するシリクスにアレクセイはいつものごとく怪訝そうに躱している。
「エスコートはどうするんだ? 何ならお兄様がパートナーを努めてやろうか。」
シリクスがそう質問した瞬間……アレクセイの眉が僅かに動いたり、壁際に控えた他の騎士たちやアレンが静かながらも聞き耳をたて、ルクスまで焦るような表情に変わったりなど……、何人かがこちらへ視線を向けたことには気付かないまま私は即答した。
「……いえそんな。お忙しい兄上様の手を煩わせるなど、とてもとても。会場へはルクスと参りますので入場のエスコートは間に合ってますわ。ご心配なさらず。」
にっこりと微笑みつつ、取り乱すことなく涼しい顔でさらりと諸々のフラグを自覚なく潰した私に、シリクスはつまらなそうな顔をして口を尖らせていた。
「ちぇ、即答か。」
今はエスコートの相手選びだけでいいが、これが成人して社交デビューでもすればもっと頭を悩まされるのか……。面倒だ。
人目の多い公衆の面前で優雅にとっかえひっかえダンスをしまくるなんて面倒なことはお断りだ。絶対疲れるよ。
特に最近では一部の男性から遠回しにデビュタントのパートナーに立候補してきたり探るような会話をされたりしているので、この時点で既に疲れている。
まぁ、ともあれ今日のパーティーも私はいつものように挨拶を済ませたら、後は空気に溶け込んで適当に時間を潰そう。…………やることもあるしね。
……そして、シリクスとの会話で私に視線を向けていた者たちは……今回も私が特定のパートナーを指名しないことに安堵しているような残念なような表情をしていた……。
――そんなこんなで朝食が済んだら……いつもなら読書などのんびり自由に過ごす時間があるが、今日は予定を繰り上げているのでその時間はカットした。
なので九時半からは王室教師による勉強の時間だ。
「……て、まだ時間あるかな。」
私室に戻って壁時計を見上げ、時刻を確認した私は小さく呟いた。
時刻はまだ九時を少し過ぎた程度だった。教師は早くても十分前には来ることもあるけど、まだ微妙に時間がある。
私が受けている王女教育は、十時以降から各分野に分けて休憩を挟みながら一日の勉強をこなしていく。立場からか学ぶものが多いので、通常は二日とかに分けているのだけど……先日の誘拐事件とそれによる休息で勉学に遅れが生じており、それを取り戻す為に調整されたのだ。
それに今日は他にもやることがあるので休憩はほぼなしで詰め込んでもらった。
アレンとの約束……パーティーが始まる十九時前には、私が今日中にやるべき全ての事案を終わらせておく必要がある。体力と精神がもつか些か微妙ではあるが、可愛い弟のために頑張るのみだ。
――……と、改めて意気込みながら、私は机の上で一枚の便箋を丁寧に二つに折るとそれを封筒に入れた。
「……じゃあこれ、よろしくね。」
「かしこまりました、殿下。」
蝋を垂らした押印で封をしたその手紙を侍女に預けると、私が手紙を大事そうに扱っているのを見ていた侍女は、ふと思ったことを何気なく私に質問した。
「……あの、殿下。この手紙は一体……――」
疑問を浮かべた侍女の問いが言い切られる前に、私はすかさず自身の口元に右の人差し指を立て、「……しー。」と静止の言葉を呟き、それを遮る。
悪戯っぽくも大人びたその微笑みに、その侍女や他の注目していた侍女たちも不可抗力に頬を赤らめて、見惚れるような表情に変わっていた。
……迂闊に明かすわけにはいかない。これは内密なのだから……。
私は……くすっと微笑むと指を立てたまま侍女たちへ言葉を続けた。
「――ナイショ。」
生誕パーティーまで、あと十時間…………――。




