23. リディアとアレンーⅡ
「上がって良いよ、アレン。」
私は普段と何ら変わらない口調で彼をこちらへ招こうと呼び掛けた。けれどアレンは驚いて目を見開き、少しばかり狼狽える素振りを見せる。
「……え。いえ、それは……」
どう伝えればいいか迷うかのように、言葉を選びながら躊躇うアレンに私はその様子が理解できず、どこか焦れったさを感じてしまった。
「何迷ってるの? 小さい頃はよくやってたじゃない。」
今さら躊躇う必要性はないんじゃないだろうか。昔から遊び感覚でやってたから、彼にとっては慣れたものでしょうに。
……誰かに見られるの気にしてる? でもこの時間は巡回時じゃないし、アレンもそれくらい知っているはず……。
それに早くしないと朝日が昇ってきて、じきに兵が巡回に来る頃になるから、こちらの方が手っ取り早い。そんなに無茶な注文だったっけ?
正解が分からず、頭にクエスチョンマークを浮かべた私が疑問を抱いていると、アレンは困った素振りで苦笑いした後、諦めたように答えた。
「……うーん……、かしこまりました。」
――……タンッ……!……
軽快な足取りで近場の壁の縁や木を生かし、足場にして軽く跳ぶように駆ける素早い動きは、やはり騎士学院出身者たる所以だろうか……。
うん。流石の運動神経だ。主席なら騎士職にも就けただろうに……何故あの偏屈兄の側近などに就いたのかが未だに不思議だ。
――……タッ……スタッ……!……
……などと思っている間に、ものの数秒でこちらのバルコニーまで何の苦もなく上がって綺麗に着地するアレンに感心した私は、心の中で拍手を送っていた。
「流石、私の部屋に進入するのはすっかり慣れたものね。」
純粋に彼の運動神経の良さを称賛しただけの言葉を送ったつもりが、アレンは着地して膝まずいた姿勢のまま、小難しい表情をしている。
「……怪しい言い方をなさらないでください。」
ゆっくりと立ち上がり、またも困った顔で苦笑いするアレン。……何か駄目だった? 単に子供の頃からこんな遊びをしてたなぁ、と思い出して出た言葉だったのだけど……。
「何難しい顔してるの? ひょっとして誰かに見られることを警戒してるの?」
そう問いかけながら私は窓際のベンチへ向かい、腰を下ろして……どやっ! と得意気に言わんばかりに笑って話した。
「大丈夫! 深夜ならともかく、こんな微妙な薄暗い時間にこの辺りを巡回してる兵はいないよ。
それに誰か来たとしても、私が許したのだからアレンが咎められることはないから心配しないで。」
そう。仮にも王女である私が許したのだから誰にも口出しはさせない。おまけにアレンは信頼性の高い有能な人物に加え、私の元お遊び相手。やましいことなど何もないのだから、見た目からして無害な彼を怪しむ人などいないだろう。
それか、やはり職務的に利口になりすぎてしまう年頃なのだろうか? 不安要素を取り除いてあげようと、私は人差し指を立てて宙でくるくる円を描きつつ説明し、安心と信頼の眼差しを向け、アレンに微笑んだ。
すると彼は私の的外れだったらしい反応に手を額に当てて小さく溜め息を吐いている。
「……はぁ、心配だなぁ。」
「?」
アレンの呟かれた一言に更に疑問を抱いた私は、そうじゃないとでも言いたげな表情で苦笑いされた。
「いえ、何でも。それよりリディア様。どうぞ、こちらです。」
気を取り直したアレンは優しく微笑むと、紙袋に入ったソレを私の前に差し出してくれた。
「わぁ、ありがとう……!」
私は笑顔でお礼を言うと中身を確かめるべく、紙袋からソレを取り出した。
中には箱が入っており、上質な紙で丁寧にラッピングされ、左寄りにリボンが巻かれている。
「中身はお間違いありません。包装は、リディア様のご希望通りに包んでいただきました。」
喜ぶ私を微笑ましそうに穏やかに見つめていたアレンは、私の要望通りに事を進めたと説明してくれた。
しかし、彼の口調にはある点が引っ掛かりを残していたため、むず痒い気持ちになった私はすぐに直してもらおうと少しむくれて指摘した。
「け い ご。……二人の時はナシにしてって言ったでしょ。」
不満そうに言ってみた私の言葉に、アレンは「あ」と声をもらし、うっかりしていたように手元で口を覆っている。
「……ごめん。」
「ん、よろしい。」
おどけるように笑ったアレンは人差し指で頬を軽く掻いて答えた。特に怒っているわけでもなかったので、私もノリよく笑顔で返す。これもいつものやり取りの内だ。
きっと癖になってるんだろう。立場的に敬語で会話しないといけないのは分かるけど、二人の時までしなくてもいいのだ。こんな一時くらい、役職は抜きにしたい。
…………まぁ、その……一応? 友人なのだから……ね。
《・・・・中々微笑ましいな。》
……。だから、自然に入ってこないで下さい。
「どうかした?」
「!」
わ、ビックリした。一瞬、沈黙していた私が気になったのだろう。アレンは待機の姿勢から少し屈んで軽く覗き込むように、ベンチに座る私の顔色を窺った。
きっと、改めて友人と思えたことがこそばゆくなったのだろう私は、いつの間にか頬に照れの色を灯していたらしい。
「な、何でもない。」
はぁ、こんなモノローグまであの人に筒抜けなんて……。思考を共有したままだと、こういう時は何ともプライバシーがない。困ったことに、コレは私の方から遮断できないのだ。
当然、そのようなことを知る由もないアレンは不思議そうにこちらを見ていた。
とりあえず話を戻さないと……。
「えっと、アレン。見つけてきてくれてありがとうね。資金はあれで足りた?」
私はコレを購入するために、事前にアレンに資金を預けていた。店で素材を購入し、工房で製造依頼をしてもらうために。
「うん、充分だったよ。競争率が高かったせいか中々見つからなかったんだけど、リディア様から預かった資金のお陰でギリギリ今日までに間に合ったんだ。」
予想してはいたが、やはり私の求める代物は大人気の品だったそうだ。私はもしもの障害の時の為に、割と多めの資金を用意していたのだけど、正解だったようだ。
「素材を仲介してくれた商人も、製造してくれた工房の人も皆驚いてたよ。こんなに高い手間賃を貰ってもいいのか、って。」
「良いの。あれは私が使っても何ら問題のないものだから平気よ。」
……ふっふっふ。伊達に王女はやってない。一応、国で一番財力がある家系に生まれているのだから、私に振り当てられる毎月のお小遣いも、引っ張り出していい資金の権限もそれなりにあるのだ。王女万歳。
おまけに私は自身に関する物欲がないのでお小遣いなら慈善団体に支援できているほど有り余っている。
こんなときこそ、有効な使い道。
するとアレンは私の言葉に「ふっ」と笑みを溢し、くすくすと笑っていた。
「――そういえば、お姫様だったね。」
……そうですよ、一応。忘れてた? 割と失礼なことを言われているけど、昔から私は、王女らしからぬことばかりしてはアレンに目撃されてたからね。
それに、今回は出し惜しみはしたくなかった。
「手段も資金も厭わないわ。……なにせ、可愛い弟へのプレゼントだもの。」
――そう、今日はルクスの生誕日だ。
私は事前にあの子に似合いそうなプレゼントを探し、ようやく良さげな品を思いついたのでアレンに頼んで工房に依頼して、ソレを一から製造してもらっていたのだ。
欲しいものをルクスに聞いたけど、「姉様から頂ける物ならどんな物でも嬉しいですよ。」としか答えてくれないので、コレは果たして本当に喜んでくれるだろうか……。
「……気に入ってくれるかな。」
手に持ったプレゼントの箱を少し不安げに眺めながら呟いた私に、アレンは優しく微笑んだ。
「ルクス様はきっと、リディア様からの贈り物なら何だって喜んでくれると思うよ。」
アレンの優しい言葉に、ちょっと自信がついた。……うん。きっと大丈夫だろう。
「……ありがとう、アレン。……ところで……、」
私はもうひとつ、気になることを述べてみた。
「何でここに座らないの?」
先程からアレンはベンチに腰を下ろす私に対し、ずっと向かいの位置できっちりと両手を後ろに組んで待機姿勢をとっている。
「……いえ、やはりそこら辺はけじめをつけなければ……と、思っているので。」
「またそういうことを言う……。」
――どうもアレンは騎士学院から帰って来て以降、こうして私と会っても一定の距離を保つようになった。
話し方は戻してくれたりいつもの人の良さそうな笑顔で会話はしてくるけど……、子供の頃みたいに隣に歩いたり座ったり昼寝したりしなくなった。
何というか大人的距離感で私と接しているのだ。……え? 昼寝はダメ? いやいや、普通でしょ?
やはり立場云々で私が煩わしく感じる方向へ成長してしまったのか……。それにしたって、ちょっと頑なではありませんか。
「むぅ……。アレンなら別に良いのにな……。
そうは言っても……ついこの前、私の髪触ったじゃない。あれは良いの?」
「う。それは、その……つい……。」
髪飾りを付けてくれる目的だったから特に何とも思ってなかったけど、とりあえずそれを引き合いに出してみた私に、アレンはバツが悪そうにしどろもどろと答えに迷っている。
そっぽを向くように、むくれて呟く私を見たアレンは先程同様、困ったように笑った。
……ご理解下さいって事? やっぱり煩わしい方の大人に成長してるんだ。
私は手元のプレゼントのリボンを弄るように触り、唇を小さく尖らせてこの距離感に反対の意思表示を示していた。
……するとアレンは再び穏やかに笑った。
「その様子だと、陛下との一件は無事に解決したんだね。」
……ピタ。と、私の指の動きが止まった。……ひょっとして昨日の論戦を気にしてくれていたのだろうか? 私がキレてしまったあの場には、アレンも居たっけ……。
そう思うと、声をかけてきた時からアレンは私の顔色を窺うような眼差しを向けていたような……。
もしかして、ここを通り掛かったのも……私を気にかけていたから……?
「…………。」
――相変わらず、アレンは人の毒気を抜く天才だ。変なとこで優しさをかけるのだから、こちらとしては拍子抜けしてしまう。……本当に、流石だ。
思えば彼は昔から私と父の関係を心配していた。あの人との些細な事で、部屋に籠っては塞ぎ混んでいた私をアレンはいつも優しく頭を撫でてくれ、静かに寄り添ってくれていた。
どんなことがあっても彼は私の傍に居てくれた。
「――ねぇ、アレン。」
「うん?」
私の呼び掛けにアレンは優しく返事を返す。
「……私が外に出たら、ショッピングに付き合って欲しいな。勿論、付き人として。」
それくらいは良いでしょう? ……と、微笑んだ私にアレンは静かに応えた。
「俺で良ければ、喜んで。」
――立場が違っても、私とアレンの関係性は消えないし変わることはない。
できればたまにで良いからこうして他愛ない話を交わす間柄でいてほしい。
彼は私の唯一の、初めての友人なのだから……。




