22. リディアとアレンーⅠ
――ふと、目が覚めてしまった。
ベッドの上で、すぐ右隣の窓辺の方へゆっくりと寝返りを打ち、横になりながらカーテンの間から見えた外の様子を窺う。
まだ夜が明ける前だからか空は暗く、日の光は射していなかった。早朝を知らせる雀の鳴き声も響いてこない。
夜明けはもう少し先かな……。そして、私の起床時刻は陽も昇りきった七時頃。チラリ……と目だけを動かし、壁に掛けられた洋式の時計を見てみる。
「――……まだ五時じゃん……。」
冴えていないぼ~っとした寝起きの頭で呟きつつ、カーテン越しの様子を眺めていた。
……このままもう一度寝てしまおう。
身体を丸め、ぬくぬくと布団を被り直して再び目を閉じようとした時、ふと思い出した。
――そうだ。今日はルクスの生誕パーティーに備えて、予定を前倒して早めの支度で念入りに体制を整えておこう……って決めてたんだった。
…………どうでもいいけど、何でこの世界って「生誕日」という言い方なのだろうか。「誕生日」でよくない? こういうのが言葉の違いってやつ? ……まぁいいか。
ともかく、その前倒し予定の為に今日は六時に起こしてってリーナに伝えてたんだった。
けどまだ一時間も先の事だ。寝起きは悪い方じゃないし、このまま二度寝したとしても、どのみちリーナたちが起こしてくれるだろう。……よし、寝よう。
私は再び目を閉じ、暫し思考を沈黙させる。
「………………………………うーん、起きるか。」
二度寝は堕落の一歩だよ……。
――ネグリジェの上に長めのストールを羽織った私は、バルコニーの窓の鍵を開けて外へ顔を出した。
広さはそこそこ。私のバルコニーにはティータイムの為のテーブルと椅子、休憩用のベンチがそれぞれ設置されており、普段はここでゆっくりお茶を飲みつつ、読書をしながら過ごしている。
そして朝は身体を伸ばしがてら外の空気を吸いに出る……、というのが私の習慣となっていた。
この和かな空間が憩いの場所である。
――辺りの景色を見渡すとそこまで真っ暗ではなかった。大体の距離までは目で確認できる……薄暗いといった程度。
今の時期だと日の出は六時過ぎくらいだから、じきに夜が明けてくるだろう。
私はバルコニーの手すりの部分にそっと手を起き、軽く息をついた。段々と目が冴えてきてから、ぼんやりと空を眺めながら昨夜の出来事を思い出し、小さく呟いた。
「昨日は疲れたな……。」
――相変わらず、父とはいつまで経っても普通の会話が成り立たない……。基本、あの人とは食事時くらいしか顔を合わせないし、私的に進んで会うことはまず無い。
距離が遠いせいだろうか。父とはいつも含みのある論戦でしか会話が広がらない。
あの人は、私を見る目が……何というか、こう……物凄い険しい。
会話の際は目を瞑るか反らされるかが殆どで、まともに目を合わせた回数は数えられるほどしかなかったと思う。
……それだけじゃない。父が連れて歩くのはいつも他の兄弟だし、私はいつも徹底的に壁を作られてる気分だ。
子供の頃からあんな扱いを受けてりゃ、そりゃ関係性に亀裂も走る。
私の容姿が一番父とは似てないせいか、たまに本当に血縁なのか疑ってしまうくらいだ。
……反対にアレクセイとルクスが父に一番似ているだろう。アレクセイなんて顔を会わす度に皮肉から会話してくるもんね……。無愛想に厳しい言葉を突きつける所……あれは遺伝かな。
ルクスは……お願いだから性格まで似ないでほしいなぁ。今の天使なままの可愛いショタっ子でいてほしい。
……父に関しては、盗賊の件以降は何故かその険しい空気が多少和らいだようにも見受けられたけど、油断は禁物だ。過度な期待なんて持つもんじゃない。
――今世では、もしかしたら家族関係に多少の幸福を得られるのかと、最初は喜んでいたけど……今度も無理そうだ。
この世に生まれて良かったことといえば……、結果的に多少窮屈になりはしたが王女暮らしを満喫できたことと、可愛い弟ができたことぐらいだろうか。
有り難いことに、衣食住に困らない。
《・・・・前世では出来なかった友とかな。》
……モノローグに勝手に入り込むの止めてください。というか、何ですかそれ。前に友達が……できなかったのは……敢えてです。敢えて。
《・・・・ほう? まあ、今回は上手く立ち回れているじゃないか。リディア王女は老若男女問わず人望も人気も高い。友人希望の手紙も昔から何通も届いているだろう?》
全部、私の立場を利用しようと近付く貴族からですけどね……。文章からしてバレバレですよ。
返事がないことに痺れを切らして自ら売り込んでくる貴族も、発言内容が打算的だし……。
現実にほんとにあったのはビックリだけど……そういうのは漫画や小説の知識で既にお腹いっぱいです。
《・・・・一人くらい居るじゃないか。打算や駆け引きもない……、忖度抜きでお前と対等に向き合っている健気な者が。》
「…………。」
――前の私は、一つの夢の為にひたすら走っていたから友達を作るどころじゃなかった。
街中で楽しそうにお喋りをする学生たちの姿を見かけても、私は後ろを振り返らずに前に進んだ。
……羨ましい気持ちなんて、とっくに通り越した。
現実では付き合いの悪さで孤立してしまっていても、舞台の上に立って、新しい私を演じていれば……努力して駆け上がり続ければ、それだけ応援してくれる人がいる。
――……私には、あの舞台に立ち続けることが全てだったから……。
今世だって、余所見をしている場合じゃないんだ。私は意味を持ってこの世に生まれた……らしい。
成さなくちゃならない事があるから、あの人に喚ばれた。だからこそ、私にもう一度新しい人生をくれたあの人への恩返しのためにも、交わした約束は果たさなければならない。
――なにせ、それには私の命もかかってるんだから。
家庭環境や友達作りの事なんて気にしている暇はないんだ。……どうせ私は前回で対人関係に苦しめられた元コミュ症。こんな私にまともな友達なんてできはしない。
けれど確かに、今回の私には……唯一、友人とも呼べる人がいる。私を「只の私」として見てくれる……、貴重かつ不思議で物好きな存在が。
…………おもむろに上半身を前に倒し、手すりに額を付けてうずくまった私が自己嫌悪で溜め息を漏らしていると、どこからか微かに声が聞こえてきた。
「――……さま……」
ふいに耳に留めた声にびっくりして、条件反射で手すりに押し付けていた額を起こし、顔をバッと上げた。
……近くの近衛兵? でも、この時間にこの場所を巡回してる兵がいただろうか?
気のせいかと思って探すのをやめ、何も反応しないでいると、また同じ声が聞こえた。
「――リ……様。」
……どこからだろう? とりあえず、私は恐る恐ると声が聞こえる真下の小道の辺りを覗いてみた。
「――俺です。リディア様。」
聞き慣れた声……。
ん? 私を呼んでるの? というかこの声って……
部屋のバルコニーのちょうど真下の小道に、その青年はこちらを優しい眼差しで見上げていた。
早朝前にも関わらず、爽やかな笑顔だった。
「……アレン?」
偶然通りかかりそこに立っていたのは、私の元お遊び相手を務めていた人。
……たった一人、「友人」と呼べる人……。
「少し早いですが……お早うございますリディア様。」
相変わらず、屈託のない穏やかな微笑みを向けてくるアレンに、私の張り積めた面持ちは一気に和らいでしまった。
……この毒気を抜かれるような気分。流石だなぁ。
声の主がアレンならば警戒する必要性は感じない。私は肩の力を抜き、いつもの軽快な口調で彼に微笑んで見せた。
「お早う。……そちらこそ、随分早いお目覚めなのね。こんな時間に何処へ?」
……内心、思った。さっきの凹んでたように見える姿は発見されていないのだろうか、と。
やや気まずさを感じながらも微笑みは崩さずにアレンに問いかける私。彼は一瞬こちらの様子を窺って、何かを感じ取ったように見えた後、直ぐに笑って答えた。
「リディア様のおつかいです。」
「私?」
……何か頼んでたっけ? ……そういえば、右手に何か小さい紙袋を持ってるように窺える。
私が最近彼に頼んだことといえば…………あ。ひょっとして例のアレが手に入ったのだろうか?
そう考え、アレンに答え合わせをしてみる。
「もしかして間に合ったの?」
「はい。」
私の質問に、アレンはにっこり笑った。やはり私の予想は当たっていたらしい。
……そうか……! 中々手に入りにくい代物だったそうだから、てっきりもう間に合わないかと思っていた。本来なら私が直接買いに行きたかったけど、まだ宮から出られない身だからアレンに頼んでいたのだ。可能性の低い頼み事をこなしてくれるとは……やはり彼は有能だ。
「まだお休みなさっている頃だと思っていましたので、お昼辺りにお会いしてお渡ししようと考えていたのですが……如何致しましょう?
このまま侍女の方へ届けておきましょうか?」
私を見かけなければこのままお昼まで待ってくれるつもりだったらしい。……けれど、手元のアレを発見してしまっては早く確認したい! と、心がうずうずしていた。
それゆえ、喜びのあまり口をついていた。
「いいえ、今すぐこちらへ渡して頂戴……!」
食い入るようにうきうきと出た私の言葉に、アレンは一瞬その場で固まった。
「……え?」




