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転生王女 ~神様、転生したら王女って……どういうことですか!~  作者: シマユカ
第一章「転生王女は神の御子」
21/33

21. 国王の真意、秘書の苦悩

 


「――……これは、素晴らしい手だ…。」



 リディアが退出したすぐ後、待っていた一人の側近が陛下の執務室に入っていた。


 側近はつい今しがた、彼等が対局を終えたばかりのチェスボードを眺めながら、その美しく置かれた駒の配置に素直な感心の言葉を述べている。


 チェスを詳しく理解する者の目から見ても、どうやらこの対局には一切の無駄がなく、とても綺麗に終えられたものだったらしい。


「……にしても、まさか陛下がチェスで誰かに敗れてしまうとは……意外な事もあるんですね。」


 側近は意外に思っていた。チェスの名手である陛下が後れをとり、また、勝利したのがその娘であったのだから。

 盤を目にしても彼の腕前はさることながら、しかしそれ以上の腕前を披露してみせたリディアに対し、感心と驚きを抱いていた。


 そして密かに微笑み、表情がどこか楽しげでもあったその側近は、にこにこと陛下の方へ目を配った。

 

 彼はチェステーブルの椅子に座り、肘掛けに腕を置いて頬杖をついたまま沈黙している。

 どこか陰りもうかがえるその表情から、大体の心境を察した側近は「やれやれ……」と、可笑しそうに右手を口元に当ててくすくす微笑んでいた。



 ――側近の名はマエル・バルバート。

 バルバート侯爵家の現当主で、20歳の頃より15年ほど秘書武官を勤めている、陛下の忠実な腹心だ。

 執事の服を纏っていても手足がスラリとした長身に加え、体格の意外な良さも分かってしまう。

 そして紺色の長い髪を後ろに束ね、切れ長の目にチェーンの付いた眼鏡をかけた、クールな男前の容姿を持つ知的な人物である。


 秘書職は今の国王陛下が即位する前……彼の学院時代からの旧友だったマエルの父の代から引き継いでおり、側で仕え続けている。

 そのため、マエルは陛下の性格を実父譲りで熟知しており、大体の思考は汲み取ることができた。



 ――マエルの声が耳に入っているのか、陛下はあさっての方向を向いたままだ。その様子に彼は問いかけてみた。


「……よもや、遊戯で負けてしまったのがそんなにショックだったのですか? ……確かに珍しいことではありますが、陛下のことです。どのみち本気で挑んでいたわけではなかったでしょう?」


 陛下はそこまで本気を出していた訳ではなかった。それでも負けることはないが、かといってその程度でダメージを受ける可愛らしい精神を、残念ながらこの厳格な国王は持ち合わせていない。

 勿論、マエル自身もそんなことではないと一目見た時から気付いていたので本気で説いたわけでもない。

 恐らく陛下は別の理由で物思いに耽っているとふみ、じっ……と彼に視線を向け答えを待っている。

 その内心では…………――きっとまた王女絡みなんだろうなぁ…………と思いながら。



 マエルの静かな視線に陛下はようやく口を開き、窓の向こうを遠い目で見るように答えた。


「――……ふと、思っただけだ。あの子は日ごとに母親に似てきている……と。」


 窓の外に広がる夜空を見上げながら呟かれた一言に、マエルは……――成る程。そういうことか……。と思い、父の言う人物の容姿とリディアの容姿を重ねて思い返した。


「……亡くなられた、レティシア王妃殿下ですか? 確かに……ご兄弟の中ではリディア王女が一番、母君に似てらっしゃいますね。」


 色合いには少しの違いがあれど、あの銀髪も翠の瞳も、リディアは亡き王妃の生き写しのようにそっくりだ……と、マエルは思った。

 そして、同時に考えたくない予感も過ってしまい、軽く溜め息を漏らす。


「……はぁ。……まさか陛下、そこに気をとられてうっかり手を間違えてしまった……ということでしょうか。」


 マエルに指摘されると陛下は表情を強張らせ、少し固まった。…………二人の間に暫しの沈黙が流れる。


「……図星ですよね?」


「煩い。」


 そこには即答するのか……と、マエルは困ったように苦笑いを浮かべた。そして先程までとは多少砕けた……、普段の陛下と彼の間で交わされる口調に変えて話を続けた。


「陛下。いい加減、あの言葉足らずで頑固な態度を直しては如何です? あれではいつまでも誤解されてしまいますよ。」


「……どう接しようと、私の勝手だろう。」


 マエルのちょっとしたお小言にも、陛下は不機嫌そうに答えている。この件に関してはいつものやりとりだからだ。

 これが普段であれば、聞こえないフリをして視線を反らすというのが二人のいつものやりとりらしいのだが、今回はマエルの一言が少し気になった。

 陛下は今しがたマエルが放った言葉を辿り、「誤解とは何だ。」と訊ねる。


 誤解の意味に全く気付いていない様子の陛下に、マエルは更に深い溜め息を漏らすと右手を額に当て、表情には難色を示している。


「やれやれ。……そんなだから、周囲はおろか……ご本人様からも、「陛下は娘を快く思われていない。」と誤認されてしまうのですよ。」


「……!?」



 ――ガタッ……!……



 マエルの重く放たれた言葉に、陛下は思わず机に強く手を突いてその場から立ち上がった。

 勢い良く身体を離したせいか、叩かれた机の上に置かれたチェスボードは、振動で盤の上に並んだ駒を大きく揺らされ、二、三本横にコロコロと倒れてしまう。

 椅子は危うく後ろへ重力が下がって倒されてしまいそうになるも、そこは何とか耐えてくれたお陰で、部屋の外の門番たちにまで大きな音が響くことは免れた。


「何だそれは……? 私がいつ、そのようなことを申したというんだ。」


 陛下は珍しく声を荒げていた。寡黙に見えた表情は少しの冷静さを保ちつつも、かすかに動揺と焦りが窺える。

 マエルから聞いた話は心外だと言わんばかりに訂正の言葉を述べるが、周囲に広まるこの噂を陛下が把握していなかった事には、彼は折り込み済みだった。


 ……噂とは、不思議なくらい当の本人には気付かれないように上手く囁かれるものだ。


「やはりご存知なかったのですね。……陛下は昔からリディア王女にだけ、誰よりも厳しく接しておられたでしょう?」


「あぁ。」


 陛下は両腕を胸の前に組んで不機嫌な顔で相槌を打つ。厳しく接していた事は意図的だったらしく、自覚はしていた。

 けれど、だから何だと言わんばかりの表情だった。……まだ、気付いていない。


「――例えば……王女がご幼少の頃から、陛下はいつもシリクス王太子とアレクセイ王子のお二人だけを連れて、遊戯や公務に赴かれていらっしゃいましたよね?

 ……その後、ルクス王子が生まれてからは王子も連れて、リディア王女だけは変わらず残して。」


「うむ、そうだったな。」


 それも意図的に行った行動であった。


「城の外へ迂闊に出せないのは仕方ないとして……王宮で開かれるパーティーにも、お身内の生誕パーティー以外は殆ど参加を許さず、公の場ですら王女を出すこともせず……。」


 淡々と話していくマエルは自分で話す内容にも関わらず、眉間にシワを寄せて次第にわなわなと身体を震わせ拳を握っていた。

 そのただならぬ雰囲気の変化に、陛下も思わずたじろいでマエルを凝視してしまう。


「――挙げ句の果てには、王女と顔を会わせる度にひと波乱が起こりそうな論戦しか繰り広げず、彼女の行動範囲を制限させるような発言ばかり……。」


「………………そう、だな……。」


 最初こそ相槌を打ちながらマエルの話を聞いていた陛下も、流石にマエルの事細かに説明されていく、これまでの自身の行いを振り替えさせられたせいかようやく自覚し始め、目線が泳ぎ、言葉も吃り始めた。


「過去より貴方様が行った……リディア王女に対する所業のどこに、あの噂を掻き消す要素があると言うのですか。」


 ――ピシャッ! と言い放ったマエルの厳しい指摘に陛下は衝撃を受けたように険しい表情をし、その顔には冷や汗が見受けられる。そして口籠るように言葉を絞り出した。



「――……全て仕方のない事だ。あれには理由もある……と、お前も知っているはずだ……。」



 視線を反らしつつ、不器用そうに答える陛下に対し、マエルは白い目で容赦なく言葉を返す。


「ええ、それは存じております。……私は(・・)ね。……しかし、陛下はいつも遠回し過ぎるのです。あれではリディア王女が冷遇されているようではありませぬか。」


 真面目な顔で手厳しいマエルの指摘に、かの厳格な国王もたじたじだ。

 この件に対する今の状況では、完全にマエルの気迫の方が勝っているだろう。


「……っ……王宮で生活する分には、何不自由なく過ごさせている。だが、望むものを与えようにも……あれは高価な宝石やドレスはおろか、何にも興味も示さん。

 …………誰に似たのか一向に欲も出さず、尚且つ本心が見えん奴にこれ以上どうしろというんだ。」


 ――彼女の性格は前王妃に似たのだろう……。そして頑固な部分は父譲り。……という予想に至るが、マエルは敢えて言うまいと耐えた。そして言葉を選ぶ。


「……恐れながら陛下。あの方は贅を尽くした物では靡かないかと……。」


 マエルの冷静な助言に、陛下も「そうだったな……。」と、手の尽くしようがないかのように再び椅子に座り、項垂れた。

 悩みながら右手で頭を抱える様子に、マエルは思わず小さな笑い声を漏らす。


「……ふっ、……陛下は相変わらずリディア王女にだけは不器用なのですね。」



 ――これだけは陛下が昔から特定の人物に対してのみ、直せない一面の一つだ。改めようと心がけているのに、いざ本人を目の当たりにしてしまうと本心とは裏腹な態度を出してしまう。……そして、やらかしてしまった後で後悔してしまうパターンの繰り返しだ。


 身内で彼女に悪い意味で過度に接するのは、いつも決まってアレクセイか陛下か、彼の双子の弟……リディアにとっては叔父にあたる人物だが、その三名だけである。


 叔父の方はともかくとして……上の二人は同じような原因で、周囲から彼女とは不仲に思われがちなので、悩みの種は共通だ。



 ――マエルはクイッと眼鏡のブリッジ部分を軽く押し上げなから、案じる声を漏らした。



「……やれやれ。アレクセイ様もお可哀想に……。素直になれない性格はもはや遺伝ですな。」


「煩い……。」


 マエルの冷やかしに、陛下は不機嫌に答える。





 ――陛下の真意は、どうやら表向きの言動とは違う意図にあるらしい。





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