20. 転生王女は賭けてみるーⅡ
――それは、この世界とは別の……とある世界の、とある図書館での出来事……。
『……毎日こんな埃っぽい所に居て、読書か寝てばかりじゃないですか。ほかにやることはないんですか?』
――私の辛辣な一言に、フードを被ったその人は本を読みながらスルメイカをもぐもぐと口に加えたまま振り返り、目を見開いてこちらを見ていた。
『……ひひはひふほほんほーひひょうひゃひゃいへぇ。』
……喋るか食べるかどちらかにして下さい。
その人はスルメをごくりと飲み込んだあと、いつものお調子者っぽく、改めて返答をした。
『――僕はここの管理をするという役目があるからね。……そういう君こそ、こんな古びた小さな図書館に足しげく通ってるじゃないか。レッスンとやらはいいのかい?』
『今日は午前中に終わりました。……私はちゃんと調整して来てますので。』
管理という割には清掃が行き届いてないようですが……と、いうのはもう言わないでおこう。この人がだらしないのはいつもの事だ。
『一番は本を読むことだけど、僕だって開いた時間にチェスくらい嗜むさ。』
……これは以外だ。
『チェス? できるんですか。』
『君は僕を何だと思ってるんだい。』
……謎の引きニート。……とも言えない。
『言っておくけど僕はチェスが得意なんだ。そこいらのプロにも負けたことはないんだよ。』
『へー。』
『その顔、信じてないだろう……!』
困った顔でツッコまれた。……そんな、スルメをヒラヒラと持ちながらだらしのない姿勢で言われても……。
第一この人にそんなオシャレな特技があったとは、シンプルに驚きだ。
けれど……プロに負けないと言っても範囲は以外と広いし、中級くらいだろうか……?
『じゃあ、どのくらい強いんですか。』
私の何気なく放った言葉に、その人は……フッと笑みを浮かべてみせた。
『とりあえず、世界一には勝てるくらいだよ。』
――…………何て、高らかにドヤ顔で言ってた事は本当だったんですね。
《・・・・やっと信じたか?》
――あのときは若干ムカついたこと、謝ります。
《・・・・そんな事を思っていたとは初耳だ。》
――言い方が、何か鼻についたので。
因みに私はチェスをルールくらいしか把握していない。実際にやったのも生前の携帯ゲームくらいだ。
そんな私が世界級の腕前の人と対戦するのは無理がある。だから、協力してもらうことにした……。
――やっぱりこの方法は駄目でしたかね?
《・・・・一対一で対決しているから問題ないだろう? お前は私の指示通りに駒を進めているだけなのだから。まぁ、相手が違ってはいるがな。ハハハ。》
――何だか楽しそうですけど。
《・・・・いやなに。久方ぶりに腕の立つ者に巡り会えたせいか、心が踊る気分だ。この者は中々に面白い。》
……面白い? ……よく分からないけど、とりあえずは勝てそうでよかった。
私のチェックという言葉に父はまさかといった表情で静かに目を見開いていた。
油断してくれている内に割と優位に進めることができたと、神様は言っていた。先程の落ち着いた会話の空気が一転して、緊張感が高まっていく気配に変わる。
「……ふ。……そうか。随分と大勝負に出たと思ってはいたが、お前には確かな勝算があったのだな。素晴らしい手だ。」
良かったね、神様誉められてるよ。
父はようやく本腰を入れるかのように椅子に座り直していた。
「だが私も負けてやる訳にはいかんな。
……お前の安全は、この宮だけだ。」
そう言いながら駒を動かし、チェックを防いでみせた。……最後の言葉は小さな声で聞こえなかった。
……昔から分かってはいたことだけれど、やはりこうも徹底されては、ひねくれた私の心も多少は悲しさを覚えてしまいそうだ。
「……自由を主義とするこの国で、父上様は私の自由を縛るのですね。」
思わず、ぽろりとそんなことを口走ってしまった。父は盤上を見つめたまま黙っている。
――父が私を快く思っていないのは知っていた。
恐らく父は、私の事を目の上のたんこぶとでも思っているのだろう。子供の頃からこの人は私に厳しかった。……というより睨まれ続けた記憶しかない。
母が死んでからは特に私を見る目が鋭くなった。多分、恨んでいるのだ。
……私の存在が、自分の愛する人を奪ったから。
そして父は別の理由で意図的に、私を外に出さないのだ。本来ならアレがあれば外に出ても危険な目に合わないはずなのだから。
……正直なくても問題はないのだけど、私の本当の力を知られてない状況であれば、アレ一つで万事解決するはずなんだ。
「……いつから知っていたんだ……?」
……さっき言ってしまったアレについてのことだろう。父は私が把握しいたことに気付いていなかったようだ。国の機密事項だもんね。
「オリエントの大神官様がお造りくださった……《月の魔石》の存在ならば、数年前より存じておりましたわ。
石と所有者を身の危険から守れるように、周囲が見た目にはその者が違う人物の姿で映る……秘匿の魔法が込められた魔石……。
大神官様が、私を想って長い時間をかけてお造りいただいたそうですね。」
私は穏やかに微笑みを向ける。
「そこまで知っていたか……。」
父は軽い溜め息をもらした。
「……偶然、聞いてしまったのです。父上様と大神官様がお話されているところを。……立ち聞きしてしまい、申し訳ありません。」
謝罪の言葉を述べつつ、私は座った姿勢でそのまま頭を下げた。……聞いちゃったのは本当だけど、魔具の存在自体は元々知ってたんだけどね。……あの本で。
「その時、大神官様は仰られていましたね。……月の魔石を造ったのに何故それを私に与えないのか。……何故父上様が預かったままなのか。」
――コトッ…………。
私は駒を進めた。……再びチェックだ。
……あの言葉に対し、父はこう返していた。……「――私はこの先、リディアが外に出る必要性はないと考えている。」……と。
つまり父の本音は、私を一生宮の中で過ごさせる目論みだったというわけだ。
大神官様も父の言葉に衝撃を受けていた。
それほどまでに私が見聞を広めるのが嫌なのだろうか。どんだけ嫌っているのだろうか。
それ以上の会話は聞きたくなくて、あの時は直ぐにその場を立ち去ったけれど、今でも父はその考えを曲げるつもりはないらしい。
はなから父は、約束を果たす気はなかったのだ。
……畜生。録音して証拠固めときゃ良かったよ。
「それ以上のお言葉は聞いておりませんが、父上様がお考えになられることは、私には図りかねます。
……けれど、貴方様がどんな風に私を思われていようと、私は自分の願いを取り下げることは致しません。」
今度も焦ることなく冷静に駒を動かし回避したあと、父は私の言葉に張り詰めたような表情をしていた。
……父には父の考えがある。それが例えどのようなものだったとしても、私も私の決意は変えない。
「――私は、外を……この世界を、もっともっと知りたいのです。」
思いを馳せるように微笑んだ私を見た父は、何かと重ねたようにこちら見て小声で呟いていた。
「――…………レティシア……。」
その言葉に気づかないまま、私は最後の一手として駒を進め、盤の上に置いた。
「……チェックメイトです。」
――ハッ! としたように、父は自分のキングの駒の前に置かれた私の駒を見て、暫く固まっていた。
何故そのような局面に運んでしまったのかを思い返すように盤を見つめたあと……、ようやく理解して静かに目を瞑った。
「……不覚をとってしまったようだ。」
父は自分のミスだと言うようにそのまま椅子の背へともたれかかった。
「対した腕だった。お前は本当に多芸多才なのだな……。」
これに関しては、私の功績じゃないですけどね。
「いいえ。父上様が手加減して下さったお陰ですわ。」
とりあえず恐縮しておこう。会話をしながらだったし、あまり本気を出してなかったようだと神様言ってたし。あくまでマグレですオーラを放っておけば大丈夫だろう。……次やることになったら負けとこう。
父は、あまり悔しそうではなかった。代わりに一つ、疑問を放ってみせる。
「……まるで、見えない大きな存在と対局しているような気にさせられたな。」
…………ぎく。
流石に相手は神様でした~。とは言えない……。
「しかし、勝敗は確かに決した。珍しくお前が自分の意見を通してきたのだから、これ以上往生際を悪く振る舞ってはいかんな。」
――これは……、どういう心境の変化だろうか? 今しがた何やら呟いてから堅い表情が若干和らいだ気がする……。
私に対しては特に何も認めることがなかった父が、……私に……微笑んだ……?
「……リディアよ。」
「は、はい……。」
私は思わず姿勢を正した。……空気が変わったせいか、今頃になって緊張してしまったのだうか。
「…………お前の外出を認めよう。」
――……!
「……本当ですか?」
「あぁ。お前の決意は分かった。……しかし、自身の存在を軽く考えず、極力控えて行きなさい。」
父は溜め息を漏らすも静かに言葉を続けた。……あの父が……、初めて私の言葉を聞き入れた……。
「ありがとうございます。父上様。」
私は椅子から立ち上がると、丁寧にドレスの裾をつまんで父に礼をし、感謝の意を現した。
……ようやく難関を一つクリアできた。……神様にもお礼をしなくては。
そんなことを考えていると、父はおもむろに椅子から立ち上がって政務机へ向かった。
上着のポケットから何やら二種類の鍵を取り出して、その一つを引き出しにある鍵穴に差し込み、錠を開けた。
そこからやや高価そうなデザインの木枠の箱を手に取ってみせてくれる。……何だろう?
《・・・・魔法の封がかかっているな。》
――え、そうなんですか?
父はその箱を机の上に置き直し、二つ目の鍵で箱の錠を外した。そして蓋を開けると、菱形の綺麗な紫色の宝石の姿が見えた。
……この特徴……もしかして……、
「――月の魔石だ。」
……やっぱり、これがそうだったのか……。実物はこんなにも神秘的なのね……。
石の美しさに思わず見とれてしまう。
「これをお前に渡そう。」
「……え、よろしいのですか?」
本当に?
……あんなに渋っていたのが一体どうしたんだ。
「これは元々……ラモールの奴がお前にと、日夜を惜しまず造りあげたものだ。お前に渡すのは当然だろう。」
いや、それはそうですけど。そんないけしゃあしゃあと言われては反応に困るよ。
……ひとまず、受け取ろう。
「ありがとう……ございます。」
少し動揺しながらも私は父から魔石の入った木箱と、魔法の鍵とやらを受け取って礼を言った。
――勝ったとしても一抹の不安はあった。もしも父が認めてくれなかったら、と考えてしまっていた。
それでも、この分らず屋! とでも言い回して次の対策を練っていたとは思うけど……。
……私は賭けに勝った……?
「じきに日付が変わる……。明日はルクスの生誕祭だろう。準備に寝坊しないよう、もう部屋に戻りなさい。」
父は落ち着いた口調で私に促した。
……時計を見ると、気付けばもう間もなく二十三時を迎えていた。……そうだ。明日をわだかまりのない気持ちで迎えるために今日中にこの問題を片付けるつもりであったのだった。
「……父上様。約束を果たすお考えに戻して頂き、感謝致します。」
私は執務室を出る前に再度、父に深く礼をした。姿勢を戻すと扉の方へと振り返り、ドアノブを開けて部屋を去る。執務室を出ると扉のすぐ横でやはり父の側近が控えていた。
側近の人は私が出てきたのを確認すると、直ぐに頭を垂れて応接間の扉を開けてくれた。
……私たちの会話、聞こえてたかな? 城の壁だしある程度の音は漏れないだろうけど、聞かれてるとしたらちょっと恥ずかしい……。
そう思いつつ、私は父の部屋を後にして、廊下で待機していた侍女と共に自分の部屋へと戻っていった。
自室に入り、侍女たちが遅めの入浴の準備を進めてくれてる最中、私は心の中で深く深く溜め息を吐いていた。
――はぁ。…………つっっっかれたぁ……っ!!
暫く、ボードゲームはごめんだね。




