16. 不安な食卓ーⅢ
――子供の頃から《神の御子》として周囲にそれはそれは大事に扱われてしまった故か、その裏で昔から誘拐や暗殺が絶えなかった。
理由は様々。
神様の力を授かった私を手に入れることで、得られるものがあると考えられたからだ。
――とある帝国では繁栄と栄光を目論み、とある宗教国では歪んだ信仰心と世界の浄化が画策され、野心の高い馬鹿者共はそういった思惑を持つ国や人に私を高値で売り飛ばす事などを考えていた。
……どいつもこいつも、神の力という魅力的なスキルに目が眩んだ愚か者ばかりだ。
まぁどれも、王国でも指折りの優秀な騎士による護衛と、実行されそうになったらそれはそれで私が本性と少しの神力を出せば大抵皆逃げ帰るか失敗に終わって捕まっていった。
勿論、その時の証拠隠滅も私はぬかりはない。
しかしそのせいか私の身を案じた者たちが過保護にも私を、城の中でのみの生活を送るように薦めたのだ。……いざ外に出て思わぬ奇襲などで敵に捕まらない為に。
おまけに私はというと、小さい頃は神力の制御が上手くなかったので、内緒で特訓したり人知れず敵を追い払う度によくぶっ倒れていた。
昨日のうっかりホームランの後のように、バタンと。
原因は体力の消耗だし、それは成長するごとに必要な運動量をこなしていればおのずと解決するものだ。
……昨日のはほんと偶然、偶然。
けれど私のこの症状に対して周囲は私が病弱であると誤解してしまい、昔は余計に心配されていたものだ。
なので子供の頃、「神の御子はその神秘の存在に生まれると引き換えにお身体が丈夫ではない。」などという噂が流れてしまっていた。
その後、自力で制御問題を解決した今の私は健康体そのものである。
すっかり突然ぶっ倒れる様子も見られないので、噂は自然と消えていったけれど……城から出れないのは何とも不自由だ。
生活にはさほど困らない。……ここは王城だし広いし、私は王女だし基礎教育は抜かりない。
……引きこもっているからとはいえニートでもない。家の中だけど、宮内ならば行き来自由だし……人の出入りもあるから色んな人と顔を会わせてはいる。
淑女の嗜みとして、適度な運動もしている。
――ただ、不便ではないけど不自由なのだ。
理由が理由でも、このまま一生城から出なければ国の王女的に、これからの公務的に、見聞的によろしくはないだろう。
――これから起こる事も、神様との約束事も守れなくなってしまう……――。
けれど周囲の過保護はそう簡単には覆らない。
蝶よ花よと育てられていても私の心の中は生まれたときから割と大人の方だ。
……なので幼くして己の将来の篭の鳥状態を案じた私は一つの予防策を考えた。
それを大神官と国王陛下によって約束へと取り付けている。
――城の中のみの生活は、私が成人を迎える歳まで。……と。
神殿の成人の儀はこの国にとって欠かせてはならない大事なものだ。
何せ、我らがオリエント神の祝福の儀式であるわけだから、信仰深い民にとっては重大イベントだろう。
よって、これを欠かそうものならば病欠の理由以外はさして認められない。
この国には居ないだろうが……貴族も平民も等しく、成人の儀は正しく執り行われなければならない。
最も……パーティー、デビュタント云々は貴族ならではだけど、平民の間でも団体で祭りを開いたり、聖堂で行われるミサに出席するという習わしがあるくらいだ。
サボれば一生地獄の批難の声が上がること間違いなし。
――私は、これを利用した。
いくら守るべき《神の御子》なる存在であろうと、故に病弱な王女であろうとも、私もいちオリエント国民ならば当然成人では正しい儀を受けなければならない。
その為に城から出て神殿へと赴くのは、立場的に必須事項となる。
……その年の成人を迎えた王族は筆頭に立って最初の洗礼を受けるのだから。
貴族も平民も、成人を迎えれば共に神殿で儀を受けるのだけど、これには順番が予め決められている。
出生登録は神殿に記されているので誰が成人したのか神官からは把握されているのだ。
順番は、一番位の高い身分の者が最初となる。
……つまり王族であればその者から順に。
当時の私は言葉巧みに大神官を誘導した。
「――如何なる身分も、成人の儀を行わなければ民の反感を買ってしまう……。
それどころか、神力を授かる存在である自分が神殿に赴かなければ、よもや神の怒りまで買ってしまうのではないか……」と、進言してみたのだ。
嘘は言っていない。可能性を延べたのだ。
すると青ざめた大神官はすぐに国王陛下と相談し、さすがにこればかりは避けられないのではという話になる。
そして更に私は畳み掛ける。
「――成人の儀を執り行えば、神の御名のもとにその者が成人を果たしたと認められることになる。
……つまりは、成人の習わしが適応されるということになる。この国の成人の意とは、己の意思と自由の尊重。……自身の足で踏み出す意義を知るべし……と、いうもの。
成人しても尚、城の中でのみ過ごすことしか許されない私は果たして自由であるのだろうか……」
といった内容を強かにも毎度毎度、延々と大神官に囁きかけた。
因みに当時の私はまだ6歳である。
一時期、ノイローゼ気味になってしまった大神官は国王陛下と話し合いを兼ねて兼ねて兼ねまくり、ようやく陛下が決断したことで、私は約束を取り付けることに成功したのだ。
……あの時は神様から《・・・・その歳で呪いを覚えたか。》と、囁かにツッコまれていたものだ。
その後、あと六年ほど私は頑張った。
周囲を安心させるために自分を狙う輩の徹底的な排除と、ぶっ倒れないよう基礎体力を上げるために死ぬほど運動し、バレたら怒られるから表向きには遊びの延長でアレンとかと剣の稽古をして密かに鍛えたりして、簡単には捕まらない適度な体術も身に付けた。
色々な努力の甲斐あってか私は神力を上手く扱えるようになっていた。
以上が私の引きこもり生活の主な事情である。
……まぁ、終いには12歳に起きたとある事件が思わぬ形で幸を呼び、私を狙う人たちは続々と排除されるか心変わりされたなどとしてパッタリと止んだ。
以来、私は三年ほど安息の日々を過ごせてた。
……だからだろうか。
油断していたんだろうなぁ。
あと一週間だと気が抜けて、本来ならば城に侵入した時点で気付けていたはずの盗賊たちの介入に、私は気付かなかった。
あの時の自分をひっぱたいてやりたいよ。
スピード解決したものの私はあっさり誘拐されるし、更には力加減を久々に間違えて離宮を破壊して事を大きくするわ、最終的に電池切れでぶっ倒れるわ……。もう散々だった。
――このままでは、これまで築いてきたものが全て水の泡になりそうな予感がする。
そんな事態にならないよう、私は最終手段を頭から捻り出してみた。
正直、上手くいくかは皆目検討がつかないけれど、もうやるしかない。
父は手強いけれど、私には神様が付いている。
何とか乗り越えてみせようじゃないか。そんでもってあの未来を何とかするためにも。
――あぁでも本当、何で不穏な事件の当日が私の生誕日なんだろうか。余計にややこしい……。
《・・・・神の悪戯だろう。》
――自分で言いますか。それ。
……あ。あと明日はルクスの生誕パーティーだから、早く終わらせて明日に備えて寝たい。
《・・・・では早く始めようではないか。》
――私は一つの扉の前に立っていた。
軽く深呼吸をし、気持ちを整えて前を見据えると、私はその扉の両サイドに門番として控えていた衛兵に穏やかに指示を出した。
「扉を開けて下さる?」
『ギィィィィ……』と、ゆっくり扉が開かれていく。その先には窓から見える夜空を静かに見上げていた……父の姿が見えた。
その碧い瞳には常に一点の方向のものだけを鮮明に映しているように感じる。
……相変わらず、母様の星でも眺めているのだろうか……。
少し、私の心に憂いが浮かぶ。
父は入室した私に気付くと、すぐにこちらへ向き直った。私も真っ直ぐ、父の正面へ足を進めた。
微笑みは崩さず、いつも通りの姿勢で。
そんな私の姿を見て、父は何か呟いている。
「……似てきたな。」
「……え?」
今、声をかけたのだろうか? その言葉が聞き取れなかった私は反射的に聞き返した。
「……いや、何でもない。」
何となく物憂げだった父はいつの間にか元の無表情の貫禄ある顔に戻っていた。
少し気になる所だが、時刻はもう就寝時間に近づいている。……私は早々に、この部屋に訪れた本題に入るべく、父に尋ねた。
「――父上様。……私と賭けをしませんか?」




