15. 不安な食卓ーⅡ
長いテーブルのお陰で椅子は近すぎず遠すぎない位置に配置されているため、狭さや隣の肩が当たるなどの圧迫感は全く感じないゆったりスペースだと思う。
ちょっとくらい万歳して両腕を横に振るっても、隣の人の肩に当たることはまずないだろう。
……まぁ、しないけどね。
今晩の夕げのメニューは前菜から白のポタージュスープ、新鮮な海の幸のカルパッチョ、メインにローストされたお肉、デザートに季節の果実が彩られたケーキ。……といった感じだ。
盛られる量は少ないけれど種類が多いので、これらを最後まで完食すると結構な量になる。
少ない量で多種類を堪能できる素晴らしいコースだ。
うちは別に食事中に会話をしてはならないというルールはないので、話したいことがあればその相手と普通に話し、なければ黙々と食べるだけ。
中には私語厳禁の家庭もあれば対極に、一家団欒を志すべく常に喋り続ける家庭もあるらしいけど、この王室では至って普通の方だと思う。
私は自分から話題を振ることはあまりない。個人的に、食事に集中してしまう方なので。
父やアレクセイもそうだろう。
ルクスは元の消極的な性格から時々。
なので話を振るのは専ら陽気なシリクスの方から始まり、徐々に色んな話題に広がっていく感じだ。
――そして今日はルクスの話題から始まった。
「明日はルゥの生誕パーティーだなぁ。」
「……シリクス兄様。せめて人前でのその呼び方はお止めください。」
シリクスから振られた話題に触れる前に、ルクスは彼から呼ばれる自身の愛称について静かに制止を求めた。
複雑なお年頃になったせいなのか困ったように恥ずかしがっている。
……子供扱いに思えてしまうのだろうか。
しかしシリクスは不服そうだ。
「なんだよー。セイといい、俺の弟たちは年々素っ気なく育ってくよなぁ。」
「シリクスがお気楽すぎるだけだろう。」
唇を軽く尖らせてブーイングを放つシリクスに、アレクセイが自分のお皿のお肉を丁寧にフォークとナイフで切りながら静かに反撃していた。
「な。リディーは愛称呼び嫌じゃないよな?」
シリクスは希望を求めるように横にいる私の方へキラキラとした眼差しを向けてくる。
私は直ぐに笑顔で答えた。
「勿論ですわ。兄上様のお好きなようにお呼びくださいませ。」
……かといって限度はあるけどね。
変なあだ名とかで呼ばれるのはごめんだけれど、シリクスは別にいじめっ子っていうわけではないのでそういった方向には走らないだろう。
けれど彼は私の答えに完全には満足しなかったようで、新たな疑問を問いかけてきた。
「……そうやって一見受け入れてくれてるように見えて、リディーはずっと「兄上様」呼びだよな。」
……そうきましたか。
私は食べ進めていたフォークを持つ手を思わず止めていた。
「昔は「お兄様」って呼んでくれてたのに、何でそんな堅い呼び方に変えたんだ?
……なぁ? セイ。お前も可愛い妹から昔みたいに呼ばれたいよな?」
「……知らん。」
シリクスの同意を求める声に対して、アレクセイは素っ気なく答えた。いつも通り、眉間に皺を寄せながらもその頬は気のせいか僅かに赤く見える。
……とりあえず何か答えておかなければずっと聞いてくるだろうなぁ。
「――特に意味はありませんわ。……大人になる過程の嗜みです。」
私はやんわりとその話題を避けた。
確かに意図的に堅い方の呼び方で彼らを呼んではいるけど、理由はあまり聞かれたくはない。
シリクスは「ふーん?」と多少の疑問を残しつつも、すぐ思い出したように別の話題に切り替えてきた。
そこまで執着した話ではなかったのだろう。
「そういえば、この一週間後にはリディーも生誕日だっけ。」
「はい。16の歳を迎えますわ。」
――そうなのだ。ルクスと私は年子である故か生誕日が近い。明日、この王城で弟の15回目の生誕パーティーが終われば、次の週には私の16回目の生誕パーティーが控えている。
これが一般家庭だったなら、近い日であれば一緒に祝っちゃえばいいのでは? という発想が浮かぶのだけど……これでも私たちは王族だ。
一人一人きちんとそれぞれの日に祝いの場を設け、手抜きをせずにその人だけの特別な時間を過ごす……というのが習わしとなっている。
祝ってくれる国民も招待客の貴族たちも、その習わしには快く賛成している。
……いい国だなぁ。
――それに今年の私の生誕日は、人生に一度きりの特別な催しが付いている。
「リディーもいよいよ成人かぁ。……普通の生誕日もだけど、女性は男の成人と違って準備とか色々かかるんだろ?
ドレスは普段より一層力入れて、デビュタントに向けてダンスの練習とパートナー探し……。
特に王女は開幕のダンスもあるしなぁ。」
シリクスは右手に持っていたナイフを置き、思い出す限りの成人の生誕準備をつらつらと指を折りながら数えている。
「あと神殿に出向いて成人の儀を受けて……あ、そうか。リディーもこれでようやく城の外に出られるんだな。」
「ええ、そうなのです。」
兄には落ち着いた口調で返事をしたものの、私の心の中ではえもいわれぬ気持ちが高まっていた。
――実をいうと、私は今年迎えるその日を以前より心待ちにしていたりする。
……正直にぶっちゃければ延々と続くドレスの試着やら女の子の憧れらしいデビュタント云々は心底どうでもいい。
ダンスは好きだけれど。
何より、私が気にするのは「その日、城の外に出る」という一点だけだ。
――子供の頃からずっとこの日を待っていた。
あらぬ誤解と噂が巡りに巡ったり、狙われ続けた日常なども、12歳のとある出来事を境にピタリと止んだ。
以来私は数年間、平穏な日々を送り続けることが出来ていた。
昨日のひっさびさの誘拐はスピード解決だったし、うっかりホームランも後押しするように奇跡の解釈が生まれたし、犯人である盗賊たちは全員檻の中に連れられたし、手引きした協力者も捕まった。
それ以外でもう私をどうにかしようとする馬鹿な考えを起こす者はまずいないだろう。
私の長年に渡る洗練された外面によって、今ではすっかり皆友好的。
信頼も支持も根回しも抜かりはないはず。
これで来週の私の生誕日は心許なく迎えることができるだろう!
そして初めて本当の外に出て神殿で成人の儀を執り行えば、晴れて私は自由が与えられる!
この国の成人とは、自分の足で、自分の意思で、自由に道を選ぶ人であれ。という意味になるのだ。
私の引きこもり生活は特殊な事情によるものだけど、このままの現状が続いてしまうと困る事がある。
なので私は成人の生誕日を利用する日を心待ちにしていた。
――と、何やらまるで私が成人をすごく楽しみにしているような語りになってしまっているようだがそうではない。
私の生誕日には、私が行かなければ解決できない事案が潜んでいる。
そしてその結末は最悪。とまではいかないけれど、確実にバッドな方向まっしぐらなのだ。
私は何がなんでもその事案を変えなければならない。故に、その為に外へ出ることは必要不可欠だ。
――この物語の不幸な出来事を変える。……それが神様と交わした約束だから。
生誕日まであと一週間……。
私は兼ねてより人知れず行ってきた準備を、心の中で順を追って確かめていき、当日のイメージトレーニングを想像していた。
何点かの不安には気付かないフリをして……。
そしてシリクスと会話の続きをするため言葉を発しようとした時……ふと、父が先に口を開いた。
「――そうか。リディアももう成人か。」
私たちの話を静かに聞いていた父は感慨深そうに微笑んだ。
「時が経つのは早いですよね、父上。
……リディー。準備は大変だろうけど、それが終われば念願の外だな。」
私が成人を迎えたら城の外に出る許可が降りることは、家族や側近たちには周知の事実だ。
シリクスは屈託のない言葉を私に向けている。きっと本心で祝福してるのだろう。
こういうときは、兄らしい。
……しかし、シリクスの言葉に父は少し黙りこみ、険しい目をして眉間に皺を寄せていた。
そして考えがまとまったのか、ゆっくりと言葉を放った。私にとっては衝撃の一言を。
「――いや、その件についてだが……今回の事で考えを改める必要がある。」
…………。
「つまりどういうことでしょう?」
間を置いてアレクセイが問いかけた。
「……リディアが城外に出るのは暫く見送りとしようと思っている。」
「…………っ!」
『――――カシャーンッ! ……』
その音が聞こえた瞬間、周囲の視線は満を持した国王陛下の言葉ではなく、持っていたフォークを力を失った左手から思わずこぼれ落としてしまった私へと一斉に向けられていた。
恐らく、はたから見れば私はいつもの微笑みが保てていなかったであろう。
さすがにこの展開は前もった下準備にはない、不足の事態ともいえるからだ。
……何となく、昨日から分かってはいた。
けれど、くそぅ。……やっぱりそうきたかぁ。




