14. 不安な食卓ーⅠ
――午前の会議から数時間が経過し、そろそろ夕食時の頃合いとなっていた。
「――姉様! その後お加減はいかがですか?」
一日ぶりに食事室へ入室した私に気付いた弟は笑顔でこちらに駆け寄ってきていた。
「ルクス、心配かけてごめんなさい。もう十分休めたから問題ないわ。」
私は、身体を気遣ってくれるルクスを安心させようと、優しく微笑んで見せた。
……むしろあれから誰も何もさせてくれないので、暇すぎて寝過ぎて身体がやや痛いくらいだ。
私たちはそのままテーブル席へ移動する。
――この食事室は割と広い方だ。清潔な白い壁、床には赤い絨毯が一面に広がり、大人な高級感が漂っている。
お金持ちの貴族などの家にありがちの白いレースの布がかかる長方形のテーブルは、部屋の扉から入って左中央の位置に。
その上には既に丁寧に磨かれた銀食器たちとお皿が綺麗に並べられている。
テーブルは左側のテラスから近いため、おかげで朝はテラスから差し込む気持ちのいい日の光が眠気を覚ましてくれるのだ。
そして右端には王室シェフが控える給仕コーナーが待機されている。
料理を提供するためのワゴン、パンや水のポット、ワインなどが既に用意されているのだ。
シェフたちはその場所で料理の仕上げなどを行っており、いつでも出来たての料理が堪能でき、おかわりまできちんと控えている仕組み。
両脇には複数の騎士と、王族に仕える各側近が待機している。これはどこにいてもいつも通りの光景だ。
因みに待機位置はそれぞれ決まっている。
片側の壁には上座から国王陛下の側近。その次に第1王子の。次に第2……といった順番だ。反対側の壁際には王国騎士団数名が並んでいる。
……まぁ私の側近はゼロに等しいから担当侍女が二、三人だけだけどね。
私が席に座ると、既に隣の席でくつろぎながら座っていた者が陽気な口調で声をかけてきた。
「――よぉ、リディー。」
……身内の中で私の名前を愛称で呼ぶのは、亡き母様を除くと一人だけだ。
「ごきげんよう。兄上様。」
――私を呼んだのは、シリクスだった。
彼は楽天的な素振りでこちらに笑いかけた。……私も特に変わらず自然な笑みを向ける。
するとシリクスは私の様子を意味深に窺うと、顔を横に向けながら頬杖をついてにやっと笑っていた。
「……へぇ。誘拐騒動からまだ一日しか経ってないってのに随分と涼しい顔してるじゃないか。
まるで何事も無かった……みたいな。」
……これは、カマをかけてるのだろうか。
けれど私はさして動揺することもなく、すかさず言葉を返した。
「そんな、兄上様ったら……。あの時、私は助けが来るのを信じていただけですもの。
実際皆様の迅速な救助のおかげで事なきを得られ、その後も侍女たちが献身的に私を支えてくれました。……沈んだ姿なんて見せられませんわ。
……ですので私はもう、大丈夫なのですよ。」
私は「あくまで乗り越えました」オーラを放ち、控え目に微笑んで見せる。
すると私たちのやりとりを見ていた周囲の騎士や侍女たちが目を潤ませて感慨深く呟いていた。
「ひ、姫様……! 私共に心配をかけさせまいとして……。」
「王女殿下……何てお優しい……!」
シリクスは心打たれた彼らに一瞬目をやり、続けて私に視線を戻す。
「……相変わらずお前は取り繕うのが上手いねぇ。昔からその無敵の微笑みで何人の純粋な奴らがほだされてきたことやら……。」
そちらこそ、相変わらず核心をつくような口調だ……。
――第1王子、シリクス・ディ・オリエント。
私より青みがかった白銀色の髪。硝子の瞳を除けば、兄弟の中で私はこの兄上様に似ている方。
なのだ、けど……正直に言って私はこの人の事が苦手である。
「……兄上様は私をからかうのがお好きなようですね。」
私は屈託のない微笑みを返す。
「俺はただ、可愛い妹の行く末を案じてるだけだが?」
兄上様も愛想よく返した。
…………うーん。相変わらず読めない人だ。
真っ向から無愛想に嫌味を言ってのけるアレクセイとは違い、シリクスは愛想こそはいいものの、言葉の節々に相手を探るような言い回しをしてくる。
普段から飄々としていて、なのにどこか隙がなく掴み所のないせいか本心が分かりずらいのだ……。
そんなことを考えていると、側仕えが扉を開けてアレクセイが入室してきた。
彼は私がいるのを目で確認するとすぐにこちらへつかつかと向かってくる。
「――リディア。その後、医師の診断はどうなっている。」
「? はい、問題ありませんわ。体調も良好だと仰っておりました。」
私がそう言うと、アレクセイは静かに胸を撫で下ろしたように見えた。
「……そうか。ならいい。」
……あれ? いつもなら嫌味な言葉で声をかけてくるのに、今日は怒気のようなものが感じられない? ……まぁ、普段から眉間に皺を寄せてつっかかられるよりはマシだけれど。
そんな兄の後ろには補佐官であるアレンが控えていた。……ふと目が合い、彼は私に穏やかに微笑みを向けたので私も自然ににこやかに返した。
するとアレクセイの挙動の変化を見逃さなかったシリクスは何かに勘づき、ほくそ笑むとすかさず口を挟んだ。
「――おやぁ? セイ、さてはお前かなり心配してたんじゃないのかぁ?」
「……なっ!? 何を言っている、シリクス! そんなわけがないだろうっ!」
シリクスの言葉に珍しく動揺したアレクセイは慌てた様子で何やら弁論している。
「何故私が、かように可愛いげの欠片もない妹の心配なんぞせねばならんのだ!」
……ちょっと。本人の前なんですけど。
私は頬に怒りの四つ角マークを付けながらも、とりあえず笑顔を作って二人のやり取りを静観していた。
「セイ~。いい加減素直にならねえと嫌われるぞ? 大体お前はいつも回りくどいんだよ。
口を開けば憎まれ口でしか会話ができない。その裏で様子を探るのは部下にやらせる……なんて、……くくっ。どこの世話焼きだよ。」
「……っ! よ、余計なお世話だ! ……というより、いい加減その名で私を呼ばないでくれ!」
兄二人がやいのやいのと言い争う姿をよそに、ルクスや周囲の者もいつもの光景だと言わんばかりに困り顔で溜め息を漏らしている。
……やれやれ。何の話をしているのかは分からんが、この二人は相も変わらず仲が悪い。
いつも真面目に凛々しく振る舞い、常にビッシリした服を着こなして襟やネクタイもしっかり締めているアレクセイをよそに、シリクスは普段からマイペースな自由人。服装は軽装のものを好むせいかどんなにちゃんとした正装でも襟元は開け、袖も捲って着崩している状態だ。
所謂、ちゃらんぽらんな兄と堅実的な弟……というのが二人の特徴。
端的に言って、反りが合わないのだろうなぁ。
最もシリクスの方は私たち弟妹を愛称で呼ぶし、からかうのは愛ゆえにと豪語しているらしいのだが……。
――こんな口調や振る舞いをしている人が、まさかこの国の王太子でもあるだなんて世も末だ。
だけどこの人、頭脳や剣術もアレクセイに引けを取らないほどずば抜けているのだ。
彼は何をするにしてもどこか余力を残しているようで……その実、他者の本質を見抜く審美眼は王国随一なんだとか。
王位継承権は長男ゆえに王太子を賜るシリクスが第1位だけど、周囲は継承権第2位である次男のアレクセイとの派閥に分かれているらしい。
裏ではシリクスのお気楽ぶりに不満を募らせる者もいるようだけど……。
「――あ、あのぅ……殿下方。そろそろ国王陛下がいらっしゃいますので、その……。」
二人のやり取りを遠い目で眺めていると、近侍の一人がおそるおそる彼らの間に入り仲裁を試みていた。
「大体、お前はいつもいつも……!」
「おいおい、仮にも兄貴だぞ? たまには「お兄様」とか呼んでみてくれよ~。」
「誰が呼ぶかっ!」
どうやら近侍の声が小さかったらしい。仲裁の声にも構わず次第に言い争いはヒートアップしていき、互いの日常の不満の話に遡っている。
――これ、いつ終わるんだろ……。そう思ったとき、彼らの側に貫禄のある大きな姿がぬっと現れた。
「……お前たち、何をしとるんだ。」
――ゴゴゴゴゴッ。という迫り来る効果音が聞こえてくるように辺りの空気が瞬時にピりついていくのを感じた。
そしてその張り詰めた緊張感を一番感じ取ったのは、"あの人"の鋭い眼光を浴びてしまった兄二人だった。
「!? ち、父上……!」
アレクセイが青ざめた表情で、自分達を見下ろしている"あの人"に視線を向けた。
シリクスは「あちゃ~」と呟きながらその笑顔は引きつっており、弟と同じく血の気が引いている様子だ。
二人の視線の先には我らが父、この国の主でもあるオリエント国王の姿があった。
思わず静止する彼らに構わず父は口を開いた。
「……近侍の声が届かなんだか? 給仕が首を長くして待っておるようだが。」
静かなる貫禄とはまさにこれだろう。
立ち姿だけで他者を怯ませ、その低い声には十分な威圧感。
我が父ながら、さすがの存在感である。
「いえ、これはその…………っ。」
いつも堂々と主張をするアレクセイも冷や汗を隠しきれず、歯切れの悪い言葉を発している。
一方でシリクスはというと、多少の焦りを残すもそっぽを向いてとぼけるように口笛を吹いていた。
父は二人をひと睨みしたのち、小さく溜め息を吐いた。
「……さっさと席につかんか。」
「「…………ハイ。」」
兄たちは声を揃えて素直に従った。次男は「不覚……。」といった苦い顔をし、長男は遠い目で苦笑いを浮かべていた。
――この二人をたやすく鎮めることができるのは恐らく父だけであろう。
さすがは父強し。
――これで食事室に家族全員が揃い、気を取り直して給仕がようやく食事を運ぶべく動いた。
……待たせてゴメンネ。
私たちの席順は入口から遠い席……つまり上座には国王である父。
そこから見て向かいの左側に長男と私。右側に次男と三男が着席した。
ひと悶着? はあったにしろ、父の静かなる渇のお陰でとりあえずはゆっくり夕げの時間にありつけそうだ。
――さて、いただくとしましょうか。




