おいしいパスタのお店
よく晴れた日の昼下がり。
若い女二人が、昼食のために連れ立って街を歩いていた。
「でね、この先にあるパスタ屋さんがね、すっごく美味しいの!」
「そうなんだ。楽しみね。」
その若い女は、友人に手を引かれて、急かされるようにして歩いていた。
目的のパスタ屋は、美味しくて評判の店だという。
そうしてその若い女と友人が曲道を進むと、
目の間に人がずらっと並んでいるのが見えてきた。
「うわぁ、すごい行列ね。あれが今から行くお店なの。」
その若い女が行列に驚いたのを見て、友人は誇らしそうに応える。
「そうなの、いつも行列してるのよ。でも並ぶ分、味は保証するわよ。」
その若い女と友人は、行列の最後尾に並ぶと、期待に胸を膨らませた。
その若い女と友人が行列に並び始めて小一時間ほど。
ふたりはやっと店内に案内された。
店内は外国の小物などで飾り付けされた、無国籍料理店のような佇まい。
当然、どのテーブルも人でいっぱいだった。
その若い女と友人は、店員に案内された席について、一息ついた。
「店内も混んでるわね。」
その若い女の感想に、友人は肩をちょっとすくめて応える。
「でもテーブルが広いから、席はゆったりしていて落ち着くでしょう。
それもこの店のポイントなのよ。」
「そうね。それで、どのメニューが美味しいのかしら。」
その若い女と友人は、メニューをパラパラとめくる。
「どれも美味しいわよ。でも選ぶなら、パスタがいいかしらね。」
友人が、メニューのページを指差す。
そこには、様々な種類のパスタの名前が並んでいた。
「パスタね。どれにしようかな。」
その若い女と友人は、
文字だけのメニューでもパスタの種類を理解できる程には詳しい。
各々メニューを吟味していると、
そこに、水が入ったグラスを持った店員が、注文をとりにやってきた。
待ちきれないとばかりに、友人がすぐに注文を始める。
「あ、店員さん。あたし、春野菜とキノコのクリームペンネ。
トマトとチーズのバゲット、それとサラダね。」
それにつられて、その若い女も慌てて注文する。
「わたしは・・・マカロニグラタンとピザトースト、それとサラダ。」
「春野菜とキノコのクリームペンネ、マカロニグラタン、それと・・・。
以上ですね。かしこまりました。しばらくお待ち下さい。」
店員は丁寧にお辞儀をすると、キッチンに向かっていった。
それからしばらく。
その若い女と友人が、料理が来るのを待っていると、
周囲のテーブルから、他の客たちが舌鼓を打っているのが聞こえてきた。
「美味しい!こんなに美味しいパスタ、食べたことがないわ。」
「他の料理も美味しいけど、やっぱりこの店はパスタが一番ね。」
その若い女と友人は、うずうずしながら料理が到着するのを待った。
「・・・美味しい!」
料理が到着するやいなや、その若い女は早速料理を頬張り、感嘆の声を上げた。
「行列してでも、この店に来て良かったでしょう?」
そういう友人も、料理を口に入れて幸せそうな顔をしている。
その若い女は、料理の美味しさの秘密は何かと興味津々で、
自分が食べているマカロニグラタンをじっと見つめている。
「このマカロニ、どうしてこんなに美味しいのかしら。
ただのマカロニじゃないみたい。
もっと細いパスタが束ねられて、
それがひとつのマカロニになっているような、そんな食感。」
友人が手を打って応える。
「あ、それわかる。
あたしが注文したこのペンネも、細いパスタで編んであるような感じ。」
ふたりがパスタの美味しさの理由を話し合っていると、
飲み物を持ってきた店員が、テーブルに近づいてきた。
その若い女が店員に、興味津々で尋ねる。
「店員さん、この店のパスタ、どうしてこんなに美味しいんですか?」
店員は、ちょっと照れたように応える。
「わたくしはただの給仕ですので、料理については詳しくありませんが・・・。
やはり、料理は食材が命だというのが、シェフの言うところです。」
店員は、キッチンの方を見ながら話した。
その店のキッチンは、奥まったところにあって、客席からは見えなかった。
その後、その若い女と友人は、食事と会計を終えると、
大きくなったお腹を抱えて店を出た。
「あ~美味しかった!あたし、もうお腹いっぱい。」
「そうね、わたしもお腹いっぱいだわ。」
店の外にはまだ、たくさんの人が行列していた。
それを見ながら、その若い女と友人は話をする。
「また来たいけど、やっぱり行列がすごくて大変そうね。」
「それだけがネックなのよね。
いっそ、あんな料理を自分で作れたら良いんだけどな。」
その時、行列の向こうの車道を、黒い軽トラックが近づいてくるのが見えた。
黒い軽トラックは、その若い女と友人の横を抜けて、
店の裏側の方にゆっくり走っていった。
友人がそれを目で追いながら言う。
「ねえ、あれ、食材の搬入じゃない?」
「そうみたいね。」
「ちょっと見に行ってみましょうよ。」
「食材の搬入を?そんなことをして、どうするの。」
「この店で使っている食材が、どこの食材なのかを調べて、
店の味を自宅でも再現できたら素敵じゃない。」
「それはそうだけど、食材の詳しいことなんて教えて貰えるかしら。」
「教えて貰えなくても、ダンボールを見れば産地くらい書いてあると思うわ。
とにかく、行ってみましょうよ。」
「う、うん。いいけど・・・。」
そうしてその若い女と友人は、
黒い軽トラックを追いかけて、店の裏側に向かった。
店の裏側には、店の裏口と作業用の空間があった。
そこに、先程の黒い軽トラックが止まっていて、
黒い服の作業員がダンボール箱などを搬入している最中だった。
その若い女と友人は、邪魔にならないように、少し距離をとってそれを見ていた。
友人が目を輝かせて言う。
「あのダンボールに書いてある名前、あたし知ってる。有名な農家の野菜よ。
高くて出荷数も少ないけど、美味しいって評判なの。
店員さんの言った通り、食材には気を使っているのね。」
野菜の他にも、食用油や小麦粉などが搬入されていく。
そうして食材を搬入し終えると、黒い軽トラックは走り去っていった。
「・・・行っちゃったわね。料理の参考になった?」
「いくつかは、あたしが行きつけの八百屋で手に入ると思うけど、
全部は無理かなぁ。」
「後は料理の腕次第ね。行きましょうか。」
その若い女と友人は、店の裏側から立ち去ろうとした。
その時。
どこかから、人の声のような動物の鳴き声のような、かすかな声が聞こえた。
それが聞こえたのか、その若い女がふと立ち止まって聞き耳を立てる
友人が怪訝な顔をする。
「どうしたの。まだ何か見たいものあった?」
その若い女は、驚いた表情で耳を澄ませて言う。
「今、何か聞こえなかった?」
「何かって?」
「何か、聞いたことが無いような、動物の鳴き声みたいな。そういう声。」
友人はキョトンとして応える。
「あたしは、何も聞こえなかったけど。」
その時どこからか、またその鳴き声がした。
今度は、友人にも確かに聞き取れたようで、うんうんと頭を縦に振っている。
聞こえてきた声は、今までに聞いたことがないような、獣の鳴き声のようだった。
その若い女と友人は、声を出さずに目配せする。
聞こえてきたその鳴き声は、今いる店の裏口がある面から折れた向こう、
影になって見えない方から聞こえてくるようだ。
その若い女と友人は、忍び足で店の裏口のドアの前を通り過ぎ、
店の建物の向こう側を覗き込んだ。
店の裏口がある面の、その向こう側。
その若い女と友人は、建物の影から向こうをそっと覗き込んだ。
そこには、ふさふさとした大きな何かがあった。
それは、乗用車ほどの大きさはあろうかという、
巨大な犬のような虎のような獣だった。
それが何匹も、犬のように行儀よくおすわりをしている。
獣たちを覆っている毛は、緑色だったり小麦色だったり。
カラフルなその毛は太く、ボールペンくらいの太さはありそうだ。
その若い女は、巨大な獣たちを見て息を呑んだ。
「何・・・あれ。」
友人も、獣たちの姿に釘付けになっている。
「わからない、あたしはあんな動物、今までに見たことが無いわ。」
「外国の犬、かしら。」
「どうかしら。あんなに大きな犬がいるなんて、聞いたことがない。」
その時、その若い女と友人の背後、
店の裏口から、人が出てくる気配がした。
その若い女と友人は、焦って辺りを見渡す。
「人に見つかったらまずいわ。一先ず、あの茂みに身を隠しましょう。」
その若い女と友人は、手頃な茂みを見つけて身を潜めた。
入れ違いに、店の裏口のドアが開く。
出てきたのは、先程店の中で応対した店員だった。
店員は、手に大きなハサミと籠を持っている。
茂みに身を潜めているふたりには気がついていないようで、
目の前を素通りして、大きな獣たちに近づいていく。
その店員の姿を見た大きな獣たちは、
大きな尻尾を振って嬉しそうに店員にじゃれついた。
全身を巨大な舌で舐め回されて、店員がくすぐったそうに笑う。
「こらこら、あぶないから大人しくしてなさい。」
その店員は、手に持っていた大きなハサミを使って、
獣たちの太い毛をジョキジョキと刈って籠に仕舞っていく。
しばらくして、手に持った籠が埋まるくらいに毛を刈り終わると、
毛が短くなった獣たちを、やさしく撫でた。
「よしよし、いい子たちだ。終わったよ。
もう春だから、早く毛を刈らないと暑くて大変だろう。
でも食材は無駄に出来ないし、もう少し辛抱してるんだよ。」
毛を刈り取られた獣たちは、嬉しそうに体を擦り付けている。
その時、裏口から声が聞こえた。
「マカロニ、もう一人前追加だー!刈って来てくれー!」
「はーい!わかりましたー!」
大声で返事をした店員は、まだ残っていた獣の毛をジョキジョキと刈っていく。
刈り取られたその大きな毛は、中身が空洞になっていて、
どこかで見たことがあるような、何だか美味しそうな見かけをしていた。
それを見て、その若い女と友人は小声で話す。
「見た?あの毛って、もしかして・・・。」
「う、うん。こだわりの食材って、まさか・・・。」
気味が悪い光景のはずだった。
しかし、刈り取られた毛を見ていた目が、驚きから別の表情に変わっていく。
さっき食べたごちそうの味が、口の中いっぱいに蘇る。
その若い女と友人は、大きな獣を見た驚きも忘れ、
刈り取られたその毛を見て、ゴクリと喉を鳴らした。
その顔には、先程までの怯えた表情は既になく、
獣のような獰猛な顔になっていたのだった。
終わり。
イタリア料理とかの外国の料理や材料の名前って、なんだか動物の名前みたいだなぁ。
と思って、この話を作りました。
美味しい食事の味を覚えると恐ろしい、というテーマも入れました。
この物語の結末は複数考えたのですが、その中で一番穏便なものになったと思います。
お読み頂きありがとうございました。