神樹の根
地面から現れたのは巨大な木の根だ。
ヘビのように地上を這い、俺たちに襲いかかる。
「これもお前の術か?」
木の根をかわしながら男に問いかける。
「いや、俺ではない」
「ならコイツは何なんだ?」
木の根は執拗に俺たちを追い回し、それぞれの腕や足にからみついた。
「きゃああ!」
シュリが両足を縛られ、地面へと引きずり込まれそうになっている。
「シュリ!」
手に持ったヤタオロチで前を塞ぐ木の根に斬りかかる。
大木のように太い根だが、割と簡単に切り落とせた。
「うーむ。こいつは神樹の根じゃな」 織姫が言った。
神樹だと? またわけの分からないものが現れた。
「シュリ、そこを動くなよ」
そう言って、シュリを囲む木の根をすべて切り落とす。
解けた木の根を振り払い、シュリが慌てて俺の隣に駆け寄った。
「あ、ありがとう……助かった」
「いいさ。それより何でこんなものが地面の下から飛び出してくるんだ?」
「分からない。もしかしたら洞の地下に封じられていたのかも……」
「一連の騒ぎで封印が解けたってことか? ……ともかくここにいたら危険だ。シュリはキツネ男を連れてカイエンの元へ行ってくれ。こいつは俺たちが何とかする」
「け、けど……」
「足手まといじゃ、メスだぬき。さっさと行け!」
「くっ……、分かったわよ!」
相変わらず言い方が悪いな織姫。この際仕方ないが……。
「イヌナギと、他の妖狸族にも伝えてくれ。ここは危険だから近づくなと!」
「ええ、伝えるわ!」
話しをする間も、木の根が休まず襲いかかってくる。いくら切り落としても、根はすぐ再生されるのだ。それらを躱し、振り払いながらシュリとキツネ男を追いやる。
「それとシュリ」
「何?」
「キツネ男に治癒の文珠を使ってくれないか?」
男は俺の術の影響でかなりの体力を奪われていた。本人もしんどいだろうし、放置しておくわけにはいかない。
「……なぜ? この男は里を……」
「事情があるんだ。決して悪いやつじゃない。俺が責任を持つと、カイエンにも伝えて欲しい」
「………………分かった」
「ありがとう!」
シュリとキツネ男が去ったのを確認し、木の根が突き出している箇所へ駆けつける。
「この地下から根が伸びてるみたいだ。織姫は……」
「妾も行く!」
やっぱりか。
「しょうがないな。気をつけろよ」
「ハシラがいれば大丈夫じゃ」
信頼してくれるのはありがたいが、俺の心配する気持ちも分かって欲しい……。
俺たちは木の根を伝い、地下へと降りていく。
途中、根の攻撃が止み、静かになった。
「襲ってこない?」
「霊核がそばにあるんじゃろう。下手に襲って自分自身を傷つけぬ為じゃ」
「木にも霊核があるのか?」
「神眼を使え。霊力を辿ればそれが見えるはず」
実はさっきからやっているが、ここは霊力が強すぎるのだ。神眼を使ったとたんに、視界が光に覆われ何も見えなくなる。それを織姫に伝えると、
「まだコントロールが出来ていないんじゃろ。ゆっくり修行させてやりたいが、今はそんな時間もない。ともかく根を伝い、中心部までゆくのじゃ」
織姫によれば、神眼をコントロール出来れば、微細な霊力から巨大な霊力まで、何段階かに分けて視認することが可能になるとのこと。ハシラヌシも若い頃にこの調整が難しく苦労したと聞かされたそうだ。
「神樹とは、霊力の塊で出来ておる。むしろ、この世界の霊力は神樹から漏れ出たものと言っても過言では無い」
「神樹から漏れてる?」
「そうじゃ。神樹は別の名で“世界樹”とも呼ばれておる。その名の通り、あらゆる大陸に根を張り、この世界の根幹として存在してる樹なのじゃ」
「そんな大事なものを斬ってしまって大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃ。というより神樹を斬ることは出来ぬ。この世界そのものじゃからの」
「じゃあどうやって根っこの暴走を止めるんだ……?」
「斬れぬのは本体の方じゃ。この地下にある霊核ならば斬っても問題ない」
「霊核を斬れば暴走は止まるんだな?」
「止まる。少なくともこの森一帯の根は大人しくなるじゃろ」
「なら急ごう。こうしている間にも里が危ない」
根が通った穴はそれほど広くはないが、俺が子供サイズのためギリギリで通ることが出来た。しばらく降りていくと、やがて広けた洞窟に出る。
洞窟の中央では、樹の根が集まり心臓のような形となって鼓動を打っていた。
「あれが神樹の霊核だな」
「うむ。気をつけよ。やつら本気で襲ってくるぞ?」
今までも十分に本気さを感じたが……。
やがて織姫の言う通り、数十本もの樹の根が先端を尖らせ一斉に襲いかかって来た。いちいちヤタオロチで切っていてはキリが無いので、出来る限り避けながら霊核に近づいていく。
俺がそばに寄ると、霊核の鼓動が早まり、根の内部が赤く光っているように見えた。いよいよ危ないと感じたのか、なりふり構わず木の根が襲ってくる。それらを躱しながら、渾身の力で霊核を斬り払う。
木の根がピンと伸び、その後力を無くしたようにぐったりと地面に垂れた。
霊核の中心にあった赤い光が弱々しくなり、やがて消える。
とりあえず暴走は止められたようだ。
「霊力は神樹から漏れ出たものと言ったよな?」 織姫に問いかけた。
「そうじゃ」
「霊核を切ってしまったらどうなるんだ? この地の霊力が消えてしまうのか?」
「それはない。神樹の根はあらゆる場所を巡っておるし、霊核も一つではなくあちこちに分断されておる。ここを切った所で霊力の量は変わらぬ。それに……」
「それに?」
「神樹の霊核を切ったところで、一時的なもの。数年もすれば再びこいつは復活する」
「なるほど。……つまり今こいつを斬っても、数年後にはまた里を襲うかもしれないってことか……」
「そうじゃな。恐らく、今まで無事じゃったのは耀玉とやらのおかげじゃろ。どういう効果か知らぬが、神器である以上強い霊力を持ってるはず。それをキツネが持ち出した為に、一気に神樹が暴れたのじゃ」
「再び耀玉を使えば復活を抑えられると?」
「どうじゃろうな。神器はハシラヌシの作った物じゃが、何かの封印術と一緒に納められていた可能性が高い。一度封印を解いてしまったら、それまでと言う気もするがの」
「そうか……」
「ともかく今は倒せたのじゃ。先のことは後で考えれば良い。最善を尽くしたのじゃから」
「まあな」
俺たちは枯れたようにしなびた根を伝い、再び地上に出る。
そこにはカイエンとシュリ、イヌナギがいた。
そばにはキツネ男もいる。両手をグルグルと縄で縛られている。
だが俺の術で受けたダメージは消えているようだ。
「ありがとうシュリ。文珠を使ってくれたんだな?」
「あ……、う、うん」
どうしたんだろう。シュリが急に顔を赤らめた。
「カイエン、すまない。俺のわがままで……」
「とんでもございません。あなた様はこの里を救ってくれたのです。ご命令とあれば、いかなることでもお聞きいたしますぞ」
命令なんて仰々しいものじゃないが……。
「神樹のことはカイエンも知っていたのか?」
「はい……。耀玉を託された折り、少しですがハシラヌシ様がお話をして下さいました……」
「そうか。それとカイエン、良ければその九狐族の男と少し話しをさせてもらえないか? どうも事情がありそうなんだ。部外者の俺が首を突っ込んで申し訳ないんだが……」
「とんでもございません、ぜひ。我々も事情を知りたいと思っていたところでございます。今朝方の茶室をお使い下さい」
「すまない。みんなも同席を頼めるか?」
「もちろん」 シュリが言った。
「何が何だかさっぱり分からねえが、構わないぜ?」
そういやイヌナギ、お前どこまで男を捜しに行ってたんだ……?
俺たちは茶室に行きキツネ男を座らせると、それを囲むようにどっかりと腰を下ろした。尋問形式で少しイヤだが、仕方ない。
イヌナギとシュリが、刺すような殺気でキツネ男を見ている。相当ご立腹なのは分かるが、これじゃ事情を聞く雰囲気ではない。
もっとも当のキツネ男は平然としているが。
さて、何から話してもらおうか……。