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魔天の花嫁  作者: 国中三玄
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妖狸の里


「本っ当にすまなかった!! 許してくれ!」


 イヌナギが手を合わせ、深々と頭を下げた。


 誤解とは言え、俺たちに殺意を向けてしまったことを思いのほか気にしているようだ。


「あ? ざけんなよ。そんな詫び一つで許せると思っておるのか? お?」


 口が悪い。本当に悪いよ、織姫。


「す、すまねーー!!」


「い、いいんだイヌナギ。織姫のことは気にしなくて」


 土下座せんばかりのイヌナギを慌てて止める。


「はぁああ? 何でじゃ、何でじゃ!! こういうやつにはガツンと言ってやらねばモゴモガ……」


 こういう時はとりあえず口を塞いでおこう。


「ぷっはー!! ……何でもかんでも口を塞げばモガモゴ……」


 もう一回塞いどくか。


 織姫が俺の手をタップしてきたので、そっと手を離し顔を覗き込む。


「ふう。……分かった! もう言わん! それで良いんじゃろ!?」


「よし! 良い子だ!」


 頭をよしよしと撫でてやる。


「むきゃーー!! 妾はガキじゃなーーい!!!」


 これはこれで騒がしい……。


 そうして俺たちは平身低頭なイヌナギに連れられ、妖狸ようりの里へと向かった。


「怪我はもう大丈夫なのか?」


「ん? ああ。さっき文珠もんじゅを使ったからな」


「文珠?」


「術を込めた玉さ。自分の霊力を消費せずに色んな術を使えるんで、魔物たちの間では重宝されてる」


 そう言ってイヌナギは、腰に下げた巾着袋から幾つかの玉を取り出して見せてくれた。ビー玉ほどの大きさで、表面に文字が書かれている。


「さっき使ったのは治癒の文珠だ。他にもあるぜ、炎の文珠に雷の文珠、隠遁いんとんの文珠もある」


 何だと……? じゃあそれを使えば俺も透明になれるのか……?


「おいハシラ。何か良からぬ事を考えておらぬか?」


「い、いや? 何でだよ?」


「何となく。鬼の直感じゃ」


 織姫のやつ、変なところで勘が鋭いな……。


「ふーん、そういやあんたら鬼なんだよな? どうりで強ぇーはずだぜ」


 歩きながらイヌナギが言った。


「その刀も見事なもんだ。なんてぇ業物わざものなんだい?」


 腰に差したヤタオロチを指差す。


 ――さきほどの戦いの後、抜き身のヤタオロチをどうしたものか悩んでいたが……。それを察したように刀身が自ら繭を吐き、即席のさやを作りだした。織姫曰く、繭は自在に解けるため、鞘から剣を抜く行為が省略出来るようになったそうだ。正直そんな機能求めてないが……。


「ヤタオロチじゃ。そこらの刀と一緒にするなよ。格が違うのじゃからな」


 織姫が自慢げに答える。


「ヤタオロチ? 何だか聞いたことあるような……ないような。にしても、あんたらまだ子供じゃねーか。一体どうしてこんな森の中にいるんだ? しかも寝間着姿で」


「んー、まあ大した理由じゃないんだ。着物を買える場所を探してるんだけど、途中道に迷ってね。そしたら火熊とイヌナギに鉢合わせして……」


「じゃあ、とんだとばっちりじゃねーか。ついてねーな、カカカ」


 お前が言うな。

 こいつ、喉元過ぎれば忘れるタイプか。


「しかし着物が無いなんて不憫な話だ。一体どんな野郎があんたらに追い剥ぎなんてするんだ?」


「たわけ。誰が追い剥ぎなんぞされるか。二人とも着物が血まみれになったゆえ、脱ぎ捨てただけじゃ」


「へー……。ち、血まみれ? ……そいつは物騒だねぇ」


「ああ。なんせ心臓をぶち抜いたからの。血がどっぱどぱじゃ」


「…………」


 ……織姫よ。言い方というのはとても大事だぞ? イヌナギのやつ青ざめてしまったじゃないか。絶対勘違いされてるぞ?


「そ、そうかい。いやぁ……しかしさっきは済まなかったなぁ」


 ほら見ろ、完全にびびって、喉元過ぎた話をまた持ち返して謝ってるじゃないか。

 そりゃ、どう見たって俺たちは無傷なのに、着物が血まみれになったとか聞かされたら……悪い方に想像するよな……。


「し、しかし、そこのお嬢ちゃんはどうして服の中にすっぽり収まってんだい? いくら坊やが強くたって、立ち回りする時には、何かと不便だろ?」


「いちいち、どーでも良いことを気にするのー。着物がないと言うたではないか。素っ裸なんじゃ。これで外をぶらつくわけにはいかんじゃろ?」


「……ん? 素っ裸なのか、今? そこで?」


 いかん。イヌナギが俺を見て急速に引いているのが分かる。

 裸の少女を懐に入れて歩く子供なんて、客観的に見れば確かに変態だ。だがこれにだって訳が……


「へ、へぇー……そうかい。ま、まあ色々あるよな!」


 色々でまとめるな! 

 明らかにお前の目は“変態ひとごろし野郎”を見る目じゃないか!

 それってどうなんだ、火熊ひぐま操った奴よりポジション低めか!?


 ……結局、気まずい沈黙の中、歩くこと数十分。

 織姫がうたう鼻歌だけが暢気に辺りに響き渡っていた。



「……さて。着いたぜ?」


 イヌナギが立ち止まる。

 しかし、目の前には先程までと同じ、森が広がるだけだ。里なんてどこにも見えない。からかわれてんの?


「ちょいと待ってな。今入り口を開くから」


 どういうことだ?

 首をかしげ見ていると、イヌナギが近くにあった大きな石に手をあてた。

 すると、ふいに石の表面に模様が浮かび上がる。

 

「さっき俺が使った隠遁いんとんて術をな、里全体にかけてんのさ」


 なるほど。それでただの森にしか見えないのか。術、すげー。


「出入りする度に隠遁を解くのもまどろっこしいんでね。こうして特定の場所に入り口を作り、霊力を当てれば扉が開くようにしてあるんだ」


「ふむ。岩に刻んであるのは隠遁の術式か……。いちいち詠唱せんで良いのは便利じゃが、他の奴らに入り口を開けられてしまうのではないか?」


「それを防ぐために、術式そのものに二重の鍵をしてある。術式を開くための鍵と、発動させるための鍵。妖狸族の血筋しか、鍵を開けられないようにしてな」


「ふーん。それならば安心じゃの」


「ところがどっこい。ちっとも安心じゃねーことが、今朝証明されたのさ」


 イヌナギの言葉に疑問を向ける前に入り口が開き、俺たちはいつの間にか里の中に立っていた。

 里は、広々とした数十軒の屋敷が並び、広場や集会所、所々に作物を育てる畑もあった。清涼な川が中央を流れ、人々の生活の痕跡を至る所に感じられる。

 ……しかし今は、そのほとんどが灰となり、崩れ落ちてしまっていた。


「火熊が言っていたのはこれか……」


「ああ、そうだ」


 イヌナギが遠い目で里を見渡した。


「あまりに突然の出来事さ。誰かが隠遁を開き、キレた山ノ神を引きずり込んだ。

 そしてあっという間に……里を消し炭に変えちまったのさ」


 ……これは想像していたよりもひどい。

 いくら操られていたとは言え、これをした張本人である火熊をイヌナギはあっさり許した。その度量の広さに、思わず感心せずにいられない。


「……幸いなことに今日は、儀式を行う日だった。里の連中はみな広場にいたから、誰一人死ぬことなく怪我人もいなかった。それがせめてもの救いかな」


 そうは言っても、これを元通りにするのは、かなりの時間を要するだろうな。一体誰が何の目的でこんな事をしたのか……。


「っと……、俺は里のおさを呼んでくる。あんたらは少しここで待っていてくれるかい?」


 そう言ってイヌナギが、里の奥へ駆けていった。


「月の都もこんな感じじゃったの……」


 織姫が懐でつぶやいた。そう言えば、織姫と出会ったあの都もヤタオロチに破壊されたんだっけ。


「どうなってるか気になるか?」


「別に……」


 そう言って織姫が懐に顔をうずめる。なぜだか思わず、ヨシヨシと頭を撫でてあげた。


「……だから、子供じゃない!」


 なんて言いながら、まんざらでもなさそうだ。


「おい、待たせたな」


 そうこうしているうちにイヌナギが戻ってきた。

 隣には、どことなく風格のあるおじいさんを連れている。イヌナギと違って人間の姿をしていた。


「こちらが妖狸族の長、カイエン様だ」 イヌナギが言った。


「この度の話、イヌナギから聞きました。……大変な無礼をしてしまったようですな。申し訳ありませぬ」


 見た目が子供の俺に対しても丁寧な物腰だ。相手によって態度を変えない人というのは信用できる。


「済んだことですから。お気になさらず」


「何と懐の深い……。里はご覧の有様ですが、出来る限りのおもてなしをさせて頂きたい。よろしいですかな?」


「いえ、そこまで長居するつもりもありませんし、お気遣い無く」


「ハシラ、妾は腹が減ったんじゃ! せっかくの好意なんじゃから、甘えたら良いではないか!」


 んな事言ったって……。里がこんな状態で客のもてなしとか、どう見たって負担でしょうが。


「織姫様の言う通りです。さあ、こちらへ」


「わーい! ほれハシラ、行くぞ!」


「……やれやれ、しょうがないな」


 そういやこのじいさん、どうして織姫の名前を知ってるんだ?

 まさか本当に、織姫の顔パス文化が存在するんじゃ……?


「イヌナギ、お前はシュリと一緒に里の片付けをしなさい」


「何ぃ? やだよ、シュリのやつすぐ怒るし」


「良いから行け」


「はいはい……。じゃあな坊や。あとでまた話そうぜ」


 そう言うと、イヌナギは他の妖狸族に合流し、カイエンというじいさんと俺たちだけになった。


 カイエンは里はずれの小さな茶室に俺たちを案内した。

 

「ワシが趣味で作った茶室でございます。あらかたの屋敷は焼かれてしまいましたが、ここだけはどうにか無事でした」


 簡素だが趣のある部屋だ。こういうのを何造りというんだっけ……? 教科書で習ったが覚えていない。

 魔物というから少々野蛮な連中を想像していたが、なかなか高尚な文明を持っているようだ。見た目もそうだが、ほとんど人間と変わらない。


「あなたはイヌナギのように獣の姿をしていないんですね?」


「そうですな。獣にもなれますが、あれは戦いに用いる姿。こちらが本来の我々の姿なのですよ」


 なるほど。そういえば他の妖狸族たちも皆人間の姿をしていたな。


「それにしても……久しいですな。ハシラヌシ様。鬼に転生していたとは、驚きましたぞ?」


 …………。

 …………何ですって?


「お、俺がハシラヌシの生まれ変わりだってどうして知ってるんだ!?」


「何をおっしゃいます。このカイエンの能力をお忘れですか?」


 忘れたも何も、知らねっすけど。


「うんうん。やはりそうじゃな。どこかで見覚えのある顔じゃと思ったが。貴様、ハシラヌシの配下におったな。まさか今も妖狸族の長をしているとは思わなんだが」


「織姫様も久しゅうございます」


 小さくなったことには驚かんのかい。


「うむ、しかしカイエンとやら。このハシラは確かにハシラヌシの転生者ではあるが、残念じゃが記憶までは持ち越せなかったようじゃ。貴様も含め、前世のことは何も覚えておらん」


「……そうでございますか。いや、それでも、こうしてお目見えできたことは感激の極みでございます」


 カイエンがそっと涙ぐんだ。申し訳ないが、知らない人が自分を知っているというのは、戸惑いしか感じない……。


「カイエンさんも魂の鑑定が出来るんですね?」


 俺は、月にいたホオズキというウサギを思い出しながら尋ねた。


「いえ、鑑定というほど大げさではありませんが、百眼ひゃくがんという術を使います。ハシラヌシ様の神眼しんがんに属する術で、相手の霊力値や魂の出自を読み解くのです」


「そりゃすごいな」


「何をおっしゃいます。ワシの術など、ハシラヌシ様の模造品のようなもの。神眼に比べれば、稚児ちごのままごとにも等しき術でございます」


 謙遜がすごい。


「カイエン。ハシラは神眼のことも覚えておらん。が、幸いにも使うことは出来る。恐らく生前のハシラヌシが“御魂継みたまつぎ”をしていたのじゃろう」


「なるほど……あのお方ならば有り得ますな」


「良ければ神眼のことを話してやってくれぬか? かつてハシラヌシと共に戦ったお主ならば、妾よりも術に詳しいはずじゃ」


「もちろんですとも。ワシの拙い話で良ければ、いくらでもして差し上げますぞ?」


「うむ。助かる」


 カイエンが姿勢を正し、神眼とハシラヌシについて語り出す。


 術もそうだが、何より知らない自分のことを聞かされるのだ。ワクワクするような、不安なような、不思議な気持ちで耳を傾けた。




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