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魔天の花嫁  作者: 国中三玄
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呪詛


「織姫か。いいぜ、俺は家族を傷つける者に遠慮はしない。呪いごと、てめぇの命をぶった斬ってやる」


 ハシラヌシが一息に地面を蹴り、織姫に斬りかかる。

 織姫は咄嗟に呪文をつぶやき、一帯に黒い炎を放った。


「黒煉獄か、やるね。だが……」


 ハシラヌシは右手の指をいっぱいに開き、再び強く握り返す。その瞬間に、地面を覆う黒い炎が暴風に揺らめくようにかき消えた。


「!!?」


 戸惑う織姫にかまうことなく、ハシラヌシは一閃の刃を胴体めがけて振り抜いた。

 織姫は咄嗟に刀で受け止めるが、剣圧に耐えきれず後方へ飛ばされる。そこへハシラヌシが霊術を放った。


空蝉うつせみ、界の糸」


 細くしなやかに物体化した霊気が、稲妻の速さで空中を走り、織姫の心臓に絡みついた。


「ぐうっ!!!!」


 糸となった霊気がギリギリと音を立て強く弦を張る。


「一対一で俺に勝とうなんざ百万年早いんだよ……」


 ハシラヌシが強く心臓を引っ張り、織姫が苦しみのあまり声にならない咆哮をわめき散らした。


「やめて」


 その時だった。

 弱々しい声がハシラヌシの耳に届く。

 ふいに声のする方を向くと、カリンがゆっくりと体を起こしこちらを見ている。口元には血を吐いた跡があり、体中に痛々しい刀の切り傷が見えた。


「カリン……、大丈夫か?」 ハシラヌシが言った。


「あたいは……大丈夫、なのかな? 分かんないや。ずいぶん怪我しているみたいだし……ダメかも」


「すまない。気付いてやれなくて……」


「兄さんのせいじゃないよ。……それより、その鬼に手を出さないで……」


 カリンが言うと同時に、けたたましい鳴き声が響いた。


「い……痛い!! 痛いようっ!!」


 声の主は織姫だった。


「あん? 痛いのは当たり前だろうが。てめえのしでかした事の重みを、万分の一でも知りやがれ!!」


「妾が何をしたというのじゃ!! あああっ、心臓が痛い!! 早く、何とかしろ!!」


 わめき出す織姫を、困惑した思いでハシラヌシが見つめる。


「兄さん……、術を解いてやってくれよう……」 カリンがつぶやいた。


「カリン、どうしてだ?」


「この子は……悪い奴じゃないよ。今の今まで操られていただけさ。天帝にな……」


「……ここで何があったんだ?」


「あたいとセイは森に魁朱の実を採りに来たんだけどね、そこへ突然天帝が現れたんだ。……まるで神様を気取ってるみたいにさ、空から降ってきた」


 ハシラヌシは織姫の心臓に巻き付いた糸を少しずつ緩めながら、無言でカリンの話の続きを待つ。


「天帝はこう言ったんだ。ミズノハを渡せって。そうすれば、セイが天界から逃げたことも、地上であたいと結婚したことも不問にしてやるって……」


 カリンが気色ばんだ顔になり続ける。


「だから断った。あたいたちは自分の娘を天界なんぞに行かせる気はないって。あたいらを殺したいなら殺せばいい。でもミズノハだけは渡さないって、……そう言ったんだ」


「……カリン」


「……そしたら、天帝が一人の女の子を召喚したんだ。……その織姫って子さ。……で、コイツを代わりにお前たちの娘にしたら良いって言いやがったんだ。信じられるか? その子の目の前でだぜ?」


「なんでコイツがミズノハの代わりなんだ?」


「さあね。でも、……いらなくなったと言ってた。素質はミズノハの方が強いから、交換したいんだって。……あいつ頭おかしいよ。まるで獣と話してるみたいに、会話がちっとも通じないんだ」


 ハシラヌシは無言のまま話を聞いている。


「でも、あたい達に何を言っても無駄だと分かった天帝は……、その子に呪詛をかけた」


「意識を操る呪いか?」


「そうだよ……。そっから、その織姫って子が暴れ出して……、このザマさ」


 カリンはうつ伏せに横たわるセイに目をやる。ぐったりとしたまま、ぴくりとも動かない。


「……あたいをかばって真っ先に斬られた。セイはもう……ダメかもしんない」


 カリンが涙ぐむ。


「ちっ……」


「でも兄さんダメだよ。……その子を倒すのは違う。あたいらと一緒なんだ、その子も天帝に傷つけられた一人なんだ。呪詛は心臓にかけられていた。だから兄さんの術で呪いが解けたんだ。……お願いだよ、その子を責めないでくれよ」


 ハシラヌシはしばらく迷ったが、ぐっと歯を噛みしめながら織姫の心臓に絡んだ霊気の糸を解いた。


「……っ、はぁはぁ」 織姫が地面に膝をついた。荒く息をしていたが、やがて気を失いその場に倒れ込んだ。


「ありがとう……兄さん」


「カリン、今、治癒の術を使えるやつを探してくる。待ってろ」


「兄さんいいよ。大丈夫……。あたい、セイと一緒に逝くよ」


「バカ言うな……カリン」


 その時、草の中を踏み入る音がしてハシラヌシは顔を上げた。


「ミズノハ……」


 目の前の光景に呆然とするミズノハがそこに立っていた。背後にアマツネもいる。


「すまん、ハシラヌシ。止めたのだが……。しかしこれは……」


「カリン!! セイ!!」 ミズノハが横たわる二人の元へ駆け寄る。


「ミズノハか……。ごめんな……明日の儀式、出られそうもないや」


 カリンが弱々しく言った。


「何で……どうして……? カリン……嫌だよ!」


「おい、泣くなよ。せっかくキレイな着物なのに、泣いたんじゃ似合わないだろ……」


「……誰が……誰がこんなことしたの?」


 泣きながらミズノハが、奥に倒れている織姫へと目をやる。


「あの女……鬼の女……、よくも……よくもっ!!!!」


 ミズノハは立ち上がり、怒りのままに禍々しい霊気を吐き出した。大気がうねり、辺りの木々が一斉に強く揺れる。


「ミズノハ、ダメだよ……」 そんなミズノハを見ても、カリンは穏やかに、優しく語りかけた。


「私は許さない……!! カリンとセイを傷つけたやつを、絶対にっ!!!!」


 強烈な殺気とともに織姫へ襲いかからんとするミズノハの前に、ハシラヌシが立ちはだかる。


「何で邪魔をする、ハシラヌシ!!! そこをどけ!!!」


「……ミズノハ。……これがもう最後かもしれねーんだ。……カリンの話を聞いてやれ」


 静かにハシラヌシが言った。ミズノハは徐々に表情をゆがめ、再び涙で顔を濡らす。


「兄さん、すまない」カリンがつぶやいた。「ミズノハ、おいで」


 ミズノハがひざまずき、カリンのもとへ顔を寄せた。


「あたいたちは大丈夫……。心配しなくて良い。そこにいる鬼のことも憎まないで……。あの子は何も悪くないから……」


「でも……でも……」


「愛してるよ、ミズノハ。……お前ともっと長く生きていたかったけど……そうもいかないみたい。先にあの世で、セイと仲良く暮らすよ。ああ、けどあっちにはミズノハの本当のお母さんもいるんだった。仲良くなれるかな……」


「……あたしのお母さんは、カリンだけだよ……」


「ふふふ、嬉しいね。でも、あんたを生んでくれた人のことも、忘れないでやって……」


「……分かった。分かったから……死なないで」


「ごめんね……」


 カリンはそう言うと、ゆっくり目を閉じた。そして小さく息を吐き、覚めない眠りにおちていく。


「カリン……」






 天帝が再びハシラヌシ達のもとへ訪れたのは、それから3日後のことだった。


 雷鳴が響くと同時に天帝が空から降り立ち、堂々とハシラヌシの屋敷の門をくぐり抜けた。そして土足のままずかずかとハシラヌシの部屋へ踏み入る。


「……貴様がハシラヌシとかいう人間か……」


「……ひょっとすると、天帝さんかい?」


 ハシラヌシがふっと笑ったのを、天帝は怪訝な目で見つめる。


「いかにもそうだ。……ここに私の娘がいると思うんだがな。返してもらおうか?」


「お前の娘? ああ……それなら蔵に幽閉してるよ。ちょいと悪さが過ぎたんでね」


「鬼の一族を物置のゴミと一緒にするとは面白い。……それとだ、ここにはもう一人鬼がいたはずだ。若干、穢れた血が混じってはいるが」


「ミズノハのことかい?」


「ああ確か、そんな名だった。……賤しい名だ」


 ハシラヌシは口元の笑いをこらえるのに必死だった。

 セイとカリンを殺され、いざ手を下した鬼も天帝の操り人形でしかなかったとなれば、怒りの矛先が無く、もやもやした葛藤を心に留めておくのも限界に近かった。


 そこへ、真に憎むべき相手である天帝が、わざわざ出向いてきたのだ。そして噂に違わぬ性根の悪さに、ハシラヌシは感謝さえ覚える。これほど遠慮なくぶちのめせる相手は久方ぶりだと……。


「天帝さんよ。ひとつだけ聞いて良いか?」


「却下する。女二人を私の前へ連れてこい。用件はそれだけだ」


「残念だ。じゃあ……」


 ハシラヌシがつぶやくと、一瞬で風が巻き起こった。

 天帝が眉をぴくりと動かすが、何が起きたかまでは把握出来ない。


「一体何を……」 天帝が言いかけたとき、自らの異変に気付いた。


 ずるりと右腕が剥がれ落ちたのだ。


「……貴様っ」


「悪いね。手癖が良くないってアマツネにもしょっちゅう言われるよ」


 ハシラヌシがいつの間にか刀を抜いて座っていた。


「この私に向かって……」 天帝がそう言いかけたとき、再びハシラヌシが動き、天帝の肉体のあらゆる場所を斬りつける。天帝は「ぐうっ!!」と唸り、体をよろめかせた。


「聞きたかったのはこうだ。一体どうして一人で来たんだ? とね。ちょっとばかり俺をなめすぎたんじゃないか?」


 天帝が信じられないものを見る目でハシラヌシを見つめた。


 魔物の頂点に絶対的に君臨する男、ハシラヌシ。

 噂は聞こえていたが、所詮人間。尾ひれがついて、良いように言われているだけの仮初めの王というのが天帝の見解だった。

 だからこそ、たった一人護衛もつけずにここへやって来たのだが、それが大きな誤りだったことに気付き、わずかながら天帝は後悔した。


「黙れ……人間め」 天帝はそう言うと、治癒の霊気で肉体をなぞり、傷を負ったあらゆる箇所を瞬時に元通りへと回復させる。


「へぇ、そいつはいいね。何回でもぶった斬れる」 ハシラヌシがひゅうっと口笛を吹きながら言った。


 天帝は思わず背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 これは恐怖? ありえない感情に、天帝は首を振ってそれをかき消す。


「やむを得んな」 霊力消費の高さから滅多に使わない必殺の術を呼び出す。「インドラの矢」


 突如空が真っ暗になり、光の柱が屋敷をめがけて降り注いだ。これこそ天帝の持つ最強の術。自分以外のそこにある全てを空虚な灰に変えてしまう術だった。

 

 



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