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魔天の花嫁  作者: 国中三玄
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道に迷った?



 そこは中津国なかつくにの中心にある花櫚かりんと呼ばれる場所。

 一年中花が咲き、満開の桜は常に山や谷を薄紅色で覆っていた。


 花びらの舞う中でひときわ美しい赤色の天守閣は、花櫚の女王が住む木華コノハナ城。



「それでだ」


 花櫚の女王、ミズノハが口を開く。


「復活したヤタオロチが消えたというのは本当か?」


「はい」


 鎧に身を包んだ巨躯の男が答えた。 

 城の守人もりびとであり、女王直属の部下でもある。武とまつりごとの両方を担い、女王から絶大な信頼を得ている男だ。名をヒジリと言う。



「消えたというよりも、再び封印されたと。天界の使者からはそう報告がありました」


「封印されただと?」


「信じがたいことですが」


「ふむ。信じがたいというよりもだな……」


 ミズノハが、拳を作り頭をコツンと叩く。ヒジリはそれが、ミズノハが不機嫌な時に行う癖であることをよく知っていた。


「ありえないのだよ。ヤタオロチが封印されるなど」


「もちろん、かの魔獣が恐るべき霊力を誇示していたことは、歴史が証明しております。ですが、封印されてから数百年。その間にヤタオロチの霊力が弱まったという可能性は?」


「だとしてもだ。大陸を一つ滅ぼした魔獣だぞ? 霊力が弱まったところで、国を一つ二つ滅ぼせる力を持っていても何らおかしくはない」


「しかし封印されたのは事実です。ヤタオロチは消え、神器が復元されました。先程確認しましたが、他の神器との共鳴反応も出ております。間違いありません」


「ならばそうなのだろうな。だが……分からぬ。かつてのハシラヌシでなければ、アレは封印出来ないはずだ……」


「織姫様がなさったのでは?」


「いや……、織姫とて無理だ。ヤタオロチの存在は、ことわりを外れている。封印どころか、傷のひとつも負わせられまい」


「……そうですか。現在、他の使者も天界に送り、詳しい情報を集めているところです。何か状況が掴めれば良いのですが」


「回廊は閉ざされたままではなかったか?」


「天津国から通じる回廊を使っております。幾分、通行料が高額ですが、この際仕方ないかと……」


「強欲な天津国の連中に借りを作るのは癪だがな。お前の言う通り、今回は仕方ない」


「はい。ですが問題は……」


「うむ。神樹しんじゅの復活だな……」


「やはり?」


「ああ……。神樹が芽吹いているのが確認された。

 ヤタオロチが復活したことで、双極そうきょくにある神樹も目覚めたのだろう」


「世界の改変が始まるのですね」


「そうなるな。

 ハシラヌシが改変を取り消してから300年――。

 やはり、問題を先送りしただけに過ぎなかったか……」


「神樹が芽吹いたとあれば……、花が咲き、果実が実るまでどのくらいの猶予が?」


「分からぬ。

 過去の改変を知る者は生きていないからな。

 明日かもしれぬし、10年後かもしれぬ。誰にも分からぬのだ」


「そうですか……」


「だが、改変の兆しを知った以上、行動せぬわけにはいかぬ。

 改変の鍵はヤタオロチにあるのだ。誰が奴を封印し、そして霊刀が今どこにあるのか、その行方を必ずや捜し出せ!」


「はっ!」


 守人であるヒジリが部屋を去り、天守に一人残されたミズノハは、外に散る無数の花びらを片手ですくった。


 霊力によって長寿であったミズノハもまた、かつてのハシラヌシと直接会ったことのある数少ない人間の一人であった。


「覚えているか? ハシラヌシ。

 お前と見たあの桜。――今はこれほど大きくなったのだぞ?」


 そうつぶやくと、そっと手のひらを返し、花びらを宙へ戻した。


 その表情は悲しげで、何かしらの決意を秘めている。


「今こそ約束を果たすぞ、ハシラヌシ。

 ……例えお前の意志がそれを望んでいなかったとしてもな」


 ミズノハはきびすを返し、城の奥へと消えていった。






------------------------------------------------



 屋敷を出てから数十分。


 歩けども歩けども、森ばかり。


「なあ、織姫」


「なんじゃ」


「俺たち今どこに向かってるんだ?」


「どこじゃと、お・も・う?」


 うざっ。


「まさかと思うが……。道を知らないわけじゃないよな?」


「はん! 知らぬわけがなかろう!」


 自信たっぷりだな。


魔天ヶ原(まてんがはら)と言えば、かつてハシラヌシと妾が暮らしていた国じゃぞ? こんな森、庭のようなもんじゃ。いや、庭の隅の小さな茂みのようなもんじゃ!」


「なら良いけど……。どこまで行っても森ばかりで、ちっとも進んでる気がしない。あとどれくらいで服を買える場所に着くんだ?」


「んーー……どうじゃろうなあ。確かに場所は知っているんじゃが、何せ300年ぶりじゃからの。記憶が今いちはっきりせんのじゃ」


「…………。道を忘れたってこと?」


「うむ!」


 おい!


「じゃあ……俺たち道に迷ってるんじゃないのか?」


「なるほど。そういう解釈も出来るの」


 そういう解釈しか出来ねーよ。


「気長に行けば良いではないか。どうせ時間はたっぷりあるんじゃ」


「そうかもしれないが、じき夜になるだろ? こんな森で野宿なんて出来るか」


「ああ。トイレもないしの」


 言うなよ。少し我慢してたのに。


「おや? ハシラ。トイレを少し我慢してる顔じゃの」


 どういう顔!? 


「妾のことは気にするな。見渡す限りの自然、好きな場所で好きなだけ用を足せば良い! 何なら妾も一緒に……」


「結構です!」


 800年も生きると、恥じらいとか無くなるもんなのか?


「ほれ、先は長いんじゃ。今のうちにさっさとして来い」

 

「分かったよ、もう……。付いてくんなよ?」


「え? それは無理じゃ。裸じゃし」


「はぁあああ? じゃあどうすんの?」



 …………結局、耳を塞ぎ目を閉じるという約束で、織姫を懐に置いたまま用を足すことに。一体、何プレイだ。


 しぶしぶ木陰で用を済まし、先程の道へ戻る。


「小僧が寝ぼけて立ちションしているみたいじゃったな! だっはっはっは!」


 ……それは寝間着を着ているからか?


「つうか、目を閉じてる約束はどうしたんだ!?」


「あ? 何のことじゃ?」


 コイツ……。



 その時だった。

 頭の中にザワザワとした声が突然響く。

 全身の毛穴が開き、息が冷たくなる感覚があった。


 以前、サクヤが織姫に殺気を向けた時を思い出す。あの時と同じ感覚だ。


「織姫……様子が変だ」


「ん? 最後によく振らなかったのか?」


 ちっがーーーう!!!


「そうじゃない、何かがこっちに迫って来る!」


「む……確かに……霊力の気配が……」


「東の方角。大小二つの何かだ!」


 その直後だった。

 閃光が煌めき、爆発音と共に巨大な火柱が空へ昇る。そして木々の奥から、炎の塊がゴウゴウと燃えているが見えた。


 まさか……魔物か?



火熊ヒグマじゃ!」


 織姫が叫ぶと同時に、巨大な熊が大木を薙ぎ倒し、目前に踊り出る。

 その体長は十メートルを超え、体は炎に包まれていた。8本もの足を持ち、怒濤の如くこちらへと駆け抜けてくる。


「くそ、間に合わん! ハシラ! 飛べ!」


 言われるままに、思い切り飛び上がった。

 驚くほどの跳躍力で、巨大な熊の遙か頭上へと一瞬で移動する。


「ハシラ、よく聞くのじゃ! 魔獣アレは結構強い。今の妾では勝てぬゆえ、着地したらすぐさまヤツの反対方向に走るのじゃ。ハシラの脚力ならば、逃げ切れるかもしれん!」


 空中で織姫が早口に言葉を並べる。

 織姫が焦るということは、ホントにヤバイんだろう。言われるまでもなく、俺は逃げる気満々だ。


 火熊は俺たちの存在に気付いたのか、立ち止まり、地響きのような咆哮を吐いた。

 木々が揺れ、空気が振動を伝えるその中で、俺たちは地面に着地し、全力で走り出す。


「あいつは誰だ?」


 走りながら俺はふと、火熊とは別のもう一つの影に気がついた。先程感じた小さな気配だ。


「誰かがおるのか? ふむ……」


 織姫が目を凝らして火熊とその付近を見渡す。


「いや……誰もおらぬが……しかし」


「どうした?」


「おかしな気配はするな……」


 織姫が鼻をすんすんとならした。


「ハシラには分かるということか。ちなみにどんな姿か見えるか?」


 見えるかだって? 火熊から逃げ切るのに必死で、よそ見をする余裕なんてないって。……だがなぜか、はっきりと頭の中に姿が浮かび上がってきた。


「オオカミ顔の人間……いや、恐らく魔人てやつだ。赤い鎧を着ている」


「ならば妖狸族ようりぞくじゃ。この近くに確か里があったはず」


「火熊を煽って俺たちにけしかけてるのかな?」


「いや……火熊は元来大人しい魔獣じゃ。めったにキレたりせんし、妖狸族の霊力ではヤツを手なずけるなど出来ぬはず。魔物同士の争いに、たまたま妾たちが巻き込まれたと考えるのが妥当じゃろう」


「ただのとばっちり?」


「そういうことじゃな。しかしそれであれば、火熊も妾たちを深追いすることはしないはずじゃ。このまま振り切れば問題な……」


 その時、サッカーボール大の火球かきゅうが後方から飛んできた。

 火球は俺たちの横をかすめ、前方の大木に直撃する。瞬間、周囲の木々ごとぜて木片が飛び散った。


「ヤタオロチの火球よりずっと小さいのに、すごい威力だな」


 あの時、ヤタオロチの火球が放たれていたことを想像すると、ゾッとした気持ちになる。


「感心しとる場合か! 連投されたら避けきれぬであろう!?」


「織姫、あのでかい氷山を落とす術は使えないのか?」


氷塊術ひょうかいじゅつか? ……この体でどれほどの威力のものが作れるか……。じゃがやってみるか」


「頼む。ぼちぼち追いつかれそうだ!」


「少し時間をもらうぞ!」


 木々を避けながら走る俺と違って、火熊は一切の障害物をなぎ倒してくる。

 直線距離を走るだけあり、俺と火熊の差は徐々に詰まってきた。

 というより、なぜ俺たちを追いかけるんだ!?


 織姫は懐で目を閉じ、両手を合わせて何かをつぶやいている。耳を澄ますが、どうも俺の知らない言語のようだ。

 数秒経って、「準備完了じゃ!」 と織姫が言う。


 両手を合わせて、最後の呪文らしき言葉を高らかに言った後、宙に自らの手をかざした。

 ……しかし、

「!!? ……魔法陣が発現しない!」


「呪文を間違えたんじゃないか? それか舌でも噛んだか?」


「妾が間違えるはずなかろう! けどなぜじゃ! 術が成立できない何かがあるのか……? わ、分からん!!!」


「シンプルに考えれば……術を使うための霊力が足りないってことじゃないか?」


「……………………そういうことか!」


 よし、解決! ……じゃねーよ!


「それじゃ火熊が止められない! 他の術はないか?」


「氷塊術が無理ならば他のも無理じゃろうな。威力は高いが霊力をばんばん消費する術ばっかりじゃ」


 それは困ったな。このままじゃ、じきに追いつかれる。


「ハシラ、こうなればお前が戦うしかない!」


「お、俺!?」


「心配するな。鬼の肉体と、霊刀ヤタオロチを持っているではないか!」


「けど戦いなんて……」


「ひと太刀浴びせれば良いのじゃ。火熊が一瞬でもひるんでくれれば、その隙に逃げ出せる!」


 ……こりゃ腹くくるしかないか。

 って、ヤタオロチがねーーーー!!!! そういえば着替えをしたときに、回廊の休息所だった屋敷に置きっ放しだった。


 …………どうする、俺?



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