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魔天の花嫁  作者: 国中三玄
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天界の牢獄


 ここは天界。無機質な岩肌が延々と続く大地の中心に、広大な月の都がある。

 都で一際大きな建造物は、天宮てんぐうと呼ばれるもの。天帝を始めとした月の皇族たちの住まいだ。

 5層10階建ての天守に、地下は月と地上をつなぐ回廊が設置されている。そのさらに地下深くに、死狭ノ不義(しざまのふぎ)と呼ばれる巨大な牢獄があった。

 天界や地上の重犯罪者が捕らえられているほか、問題を起こした皇族の血縁者が謹慎させられる場所でもある。松明の明かりさえ届かない最奥の間。織姫はそこに1人捕らえられていた。重要犯罪者でさえ収監されない閉ざされたその部屋に、ひとつの小さな影がひたひたと近づく。


「………………ヒマじゃ」


 織姫がつぶやいた。


「暗いし、なんもないし。これじゃ退屈で死んでしまうの」


 誰にともなく独り言を放つ。


「ヒマじゃ、ヒマじゃ。誰かおらんのかーー?」


 真っ暗な部屋に織姫の声がこだまし、反響する。


「…………はあ」


 何だか虚しくなり、ため息をついたその時だった。


「織姫様」


 耳元で誰かが囁いた。


「……む? ヒマすぎてついに幻聴まで聞こえるように……」


「違います、織姫様」


 今度ははっきりと聞こえた。織姫があたりを見回す。といっても、真っ暗闇で何も見えない。

 その時、シュッという音とともに、部屋に突然灯りがともった。


「だ、誰じゃ! ちょ……まぶしいわ!!」


「あの……すいません……」


 ようやく目が慣れ声のする方を向くと、そこには着物を纏った一羽のウサギが立っていた。

 長年織姫に使える家臣、神楽族かぐらぞくのホオズキだった。


「ホオズキ!!」


「しっ!! ……織姫様見つかってしまいまする」


「平気じゃ。こんな地下深く、見張りでさえ近づかんわ」


「……そうかもしれませんが」


「それより、よくこんなところまで忍び込めたな?」


「隠密行動にはいささか自身がありますゆえ」


「大したもんじゃ。しかしなんでここに?」


「なんでって……、織姫様を逃がすために決まっておりましょう!?」


「ほほう、何とも殊勝な心がけじゃ」


「悠長なことを言ってないで、さっさと逃げますよ。天帝に見つかったら、えらいことになりますからね」


「……うーん……せっかくじゃが、妾は逃げなくて良い。ここにいる」


「ど、どうしてですか!?」


「どのみち寿命はもう無い。逃げたところで長生きせぬし、それに……」


「…………。……ハシラ様のことですか?」


「………………」


「織姫様……、心中はお察ししますが……死んだ殿方を追い自らも人生を放棄するなど、織姫様らしくないのではありませんか?」


「妾らしいって何じゃ」


「織姫様と言えば、こう……いつもテンションが高くうるさくて、どなってて、口が悪くて……」


「悪口ではないか? あ?」


「す……すいません。しかし、あなた様はいつも明るく、太陽のような方でございました」


「……太陽? んー……」


「例えが気に入りませんか?」


「いや……そうじゃないけど……、でも妾はやっぱりもう無理じゃ。愛する男が死ぬところを二度も見たのだぞ? もう立ち直れんて……。むしろ妾じゃから、ちょっと落ち込んだ感じのテンションでいられるが、並の乙女なら死ぬぞ? 悲し死にするぞ?」


「…………そもそもの話ですが、ハシラ様は本当に亡くなったのですか?」


「……たぶん」


「亡骸を見たのですか?」


「……見てない」


「じゃあ死んでいないかもしれませんね」


「……でも、天帝の術だぞ? インドラの矢だぞ? 都だってまるまる吹き飛ばす術を、ハシラ個人に使ったのだぞ? あんのイカれクソじじいは!」


「……ですが、仮にもハシラヌシ様の転生者。まして今は、鬼の肉体を持っていらしたお方です。簡単に亡くなるとは思えませんがね」


「……そんなことを言ってもな……。もはや確かめようもない」


「確かめようもないって……、織姫様ご自分の務めを忘れたのですか?」


「務め? ん?」


「はぁ……。最近ずっと、おサボりになっているから、肝心なときに忘れているのですね? 思い出してください、織姫様。あなたはこの天界にて、魂を織り紡ぐことを生業なりわいとしていたではありませんか!」


「…………そういえば…………」


「そういえば、じゃないですよ! 地上や天界に出た死者の魂を織り紡ぎ、輪廻転生の糸につなげて差し上げるのがあなたの務めでございましょう?」


「ほうほう。そうじゃったな。すっかり忘れてた。えーっと……50年は働いてない気がする」


「100年です」


「ひゃっ……、え? そんなにか?」


「おかげで死者の魂はたまりにたまっております。事が片付いたら、きっちり働いてもらいますよ?」


「えええー? 無理じゃって、妾死ぬもん! ハシラがいないなら生きてたってしょうがないもん!」


「だーかーらー、このっ……バカ姫が!!」


「はうっ! ホ、ホオズキがキレた……」


「そりゃキレますよ! さっきからぐちぐちと腐った寝言吐きやがって、いい加減にしろってんだ!」


「お、お前、妾より口悪くないか……?」


「ともかく! あなた様には生来、死者の魂を視る能力が備わっておるはず。天界に集った死者の魂にハシラ様がいないか確かめてみれば良いでしょう?」


「……もし、いたら?」


「その時はその時です!」


「え〜……いやじゃなぁ……」


「織姫様!」


「わ、分かった、分かった。……おっかないのう」


 織姫は目を閉じ、魂の行方に意識を澄ました。

 天界である月の周囲を、無数の魂が巡っている。これら全てが輪廻転生を待ち詫び、悠久の時を過ごしているのだ。


 真っ黒な空に浮かぶ無数の魂に、織姫は母を思い出す。

 御霊織みたまおりの務めは、母から受け継いだもの。今は亡き織姫の母は、いつも穏やかで心優しく、織姫に目一杯の愛情を注いでくれた女性だった。織姫にとってハシラヌシ以外に唯一心許せる存在。かけがいのない大切な人。

 そんな母を、父である天帝は殺した。織姫をかばったことが逆鱗に触れ、理不尽にその命を奪われたのだ。


 母の死を思い出し、心に深い悲しみが生まれるとともに、天帝への憎しみが増す。


「織姫様、邪念が見えまする。御霊織りは空っぽの心で行うのだと、母君も申していたはず」


「……分かっておるわ。うっさいの」


 織姫は再び目を閉じ、無数の魂の元へ意識を飛ばす。比較的新しい魂は月の上部を巡っている。

 ハシラが死んだとすれば一昨日以降。月の最も高いところにいるはずだ。




「……いない」


「? 何かおっしゃいましたか?」


「いない、と言ったのじゃ」


「……ハシラ様の魂が、でございますか?」


「そうじゃ! いない! ハシラは……まだ死んでおらん!」


 ホオズキがにんまりと笑って織姫を見る。


「なんじゃホオズキ。その気持ち悪い顔は」


「……気持ち悪いとは失礼な。ハシラ様のご存命を共に喜んでおりましただけです」


「アホか。そんなくだらない顔してるヒマがあるのなら、さっさとここを抜け出すぞ!!」


「それでこそ織姫様」


「ハシラが妾を待っておる! 愛する男の元へ。いざ地上へ!

 ………………じゃがどうやって抜け出すのじゃ?」


「……とりあえず、この部屋を出てから考えましょう」


「そうじゃな!」



 織姫とホオズキ。小さな二人が、広大な地下の闇へと飛び出した。






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