救出の道筋
「織姫はどこにいったのだ?」 アマツネが言った。
「天帝に連れて行かれたよ。何も出来なかった……」
「天帝か。あいつの術は我にも敗れぬからな。恐らくハシラヌシにもだ」
「ハシラヌシにも? でも天界に攻めてこられないよう恐れていたそうだが……」
「結託した魔物たちを恐れていたのだろう。どれだけ強くても多勢に無勢。天界に住む鬼の数などたかが知れておるからな」
「何でも焼き尽くすあの光を三つも同時に落とすくらいなのにか?」
「インドラの矢か。あれは天帝の切り札だ。全身全霊で相手を滅ぼしたい時に使う。天帝といえど術の後しばらくは、まともに神術も使えぬはずだ」
それほどの必殺技をしょっぱから使うとは……。余程俺を憎んでいるようだな……。別に好かれたくはないが、そこまで人に嫌われた経験もないので若干戸惑う。
「神術か……。魔物たちは霊術と呼んでいるよな?」
「霊術と神術は別物だ。鬼や、一部の魔物のみが使える神の力。それが神術。ハシラ、お前の神眼も神術だぞ?」
「……今いち区別がつかないが、俺が天帝の金縛りを解くことが出来なかったのは、相手が神術を使っていたからか? けど俺の神眼も……神術なんだよな」
「お前の神眼が力を発揮するのは霊術に対してだけだ。あるいは霊力を源とする、サクヤの呪いなどもそうだ。しかし、相手が神術となれば話が違う。物を言うのは、力と経験だ」
「俺の神眼は通用しない……?」
「今のままではな」
「……ハシラヌシでもない俺が、天帝に勝てるか?」
「……勝たねばならぬのか? やつはお前が死んだと思っている。静かに暮らしていれば、この地上で見つかることなどまずない」
「織姫がまだ天帝の所にいるからな。あいつは俺の花嫁だ。取り戻さないと」
「ふふふ。転生してもなお婚姻を結び直すというのか? 妬けるではないか。面白い。……だが、天帝とまともに勝負するというのは賢くない。さっきも言うたが、ハシラヌシでさえ恐らく勝てぬからな」
「うーん。それなんだよな……。しかしどうしたものか。織姫には時間がないからな……」
「時間がないとは、どういうことだ?」
俺はアマツネに、織姫から心臓をもらった経緯を話した。
「フフフ、心臓を差し出すとはあっぱれ。ただの生意気な姫様ではなかったということか。フフフ、これはハシラヌシも我になびかぬはずだ。完敗だな」
何に負けたんだ……。
「だがハシラ。心臓の代わりならば心当たりが一つある。それを与えれば、織姫は本来の生を全う出来るはずだ」
「本当か!?」
「ああ。だが、現時点での織姫の寿命が迫っているのは事実。当然時間もない」
「教えてくれ。どうすればいい?」
「神器の一つに、黄泉国ノ勾玉と呼ばれる物がある。そこに封じられているのは、織姫の母親の心臓だ。それを織姫の肉体に再び封じ直せば良い」
「母親の心臓? なんだってそんなのが? 力のある魔獣だけじゃなかったのか?」
「色々と事情があるのだ。ハシラヌシとて、決して好きで心臓などを封じたわけではない」
そりゃそうだろ。どんなサイコパスだよ。
「織姫は知っているのか? 自分の母親の心臓が神器になっていることを」
「どうだろうな。ハシラヌシのことだ、織姫に伝えてはいないかもしれぬ」
おいおい。とんだ地雷物件なんじゃないのか? ……それって。
だがそれで織姫の命が助かるならば、是が非でも手に入れなければならない。
俺のために織姫を死なせる訳には行かないのだから。プロポーズの返事さえ、まだしていないんだ。
「とりあえず事情はいい。勾玉はどこにあるんだ?」
「我の時代から変わっていないのであれば、天津国の南にある、竜王の洞へ祀られているはずだ」
「天津国……。人間の国か」
「そうだ。わずかだが魔物もいる。しかし、人に擬態し紛れておるからな。恐らく協力は期待できぬだろう」
「かまわない。しかし、神器の封印を解けば神樹が復活するんだろ? それはやはりマズイのか……」
「かまわんだろう。もう復活は始まったし、我を封じた鏡や、お前のヤタオロチも封印は一度解けたのだ。今さら神器の役割など無いにも等しい。遠慮なくぶんどって来い!」
「……わかった!」
「勾玉を手に入れたら、次は天界に向かう方法だ。これは、天と地をつなぐ回廊を通るしか方法はない」
「回廊ならこちらへ来るときに使ったな。真っ暗だが、わずかな時間で地上に着いた」
「一度通っているならば話は早い。回廊は地上に二つ。魔天ヶ原北の森と、天津国のシンラという都市だ。勾玉を回収してからならば、シンラから天界に向かう方が早いだろうな」
「なるほど。竜王の洞で封印を解き、シンラから天界に向かう。……よし分かった」
「天界と言っても広いぞ? 織姫の居場所は分かるのか?」
「いや……だが、天界の牢獄に閉じ込めると言っていた」
「牢獄ならば、天界には一つしかない。死狭ノ不義と呼ばれる場所で、天宮の地下深くに広がる堅牢な洞窟だ。入るのも、出るのも困難だぞ」
「立ちはだかるものは全部ぶった斬るさ。ヤタオロチでな」
「ぶった斬るか。フフフ。織姫に似てきたな」
「そ、そうか?」
「フフ、まあいい。それくらいの気概でなければ、天帝から姫様を奪うなど出来ぬからな」
「なら、早速行ってくるよ。織姫が待ってるからな」
そう言って立ち上がる。
「天帝は冷酷だ。それなりの覚悟もしていくのだぞ? なんなら我も一緒に……」
「アマツネはこの里を守っていてくれ。それと、良かったら妖狸族の里もな。どちらも大変な状況だ。アマツネがいないと」
「……うむ。そうだな。また猪牙族が攻めてこないとも限らぬしな。いや、むしろ攻め来てくれぬだろうか。仕返ししたくてウズウズしてるんだが」
これは怖い。完全回復したアマツネが相手なら、文字取りあいつら瞬殺なんじゃなかろうか……。
「ま、……ほどほどにな。恨みを買えば、またいつかひどい目に遭わされる」
「気が小っさいの。恨みなど買うのは、相手が生きておるからだ。死ねば手は出せぬ。そうであろう?」
本当に怖い。相手がちょっと気の毒に思えるが、……でもアマツネやハクレン、カイエンさんまで死なせた人たちだしな。……まいっか。
「色々教えてくれてありがとう、アマツネ。じゃあ行ってくる!」
「ああ待てハシラ。我らを助けてくれた礼をやろう」
「? 今話してくれた情報で十分礼になったよ」
「それとこれとは別だ。人間の世界に行くのだろう。鬼の姿では不都合も多いからな」
そう言ってアマツネが俺の頭をさっと撫でる。
すると、俺に生えていた2本の角が一瞬で消えてしまった。
「これで、貴様はただの人間の子供だ。もちろん見た目だけで、中身は鬼のままだがの。困った人間の子供ならば手を差し伸べる者も多かろう?」
「……一体何をしたんだ? ……まさか、改変の力を使ったのか?」
「うむ。角を消し、皮膚を張り直しておいたぞ」
「んな大げさな……。別にいいのに」
「いやいや甘く見ない方が良い。人間は視野の偏った者が大勢いるからの。魔物や鬼などとは知られぬ方が良いのだ」
「そういうもんか? ……でもありがとう」
「気をつけてな。また会おうぞ」
アマツネが優しく微笑んで手を振った。
手を振り返し、里を後にする。
待ってろよ織姫。必ず俺が助けるからな。
まずは北の大地を目指し、森を思い切り駆け抜けた。




