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魔天の花嫁  作者: 国中三玄
1/54

再会

本文の最後に挿絵を追加しました。



 突然ではあるが、俺は異世界に転移した。


 転生ではない。なぜなら死んでいないから。

 ……まだ、かろうじてだが。


 今、目の前では巨大な竜が口から火を吐き暴れまくっており、

ぶっちゃけこの命も長くない予感はしている。


 一体ここはどこだろう。

 真っ暗な空に荒涼とした大地。

 日本造りの神殿と、清潔そうな白木の建造物。

 街並はまるで、神様でも住んでいそうな美しい都だ。


 ……もっとも今は、軒並み竜にぶっ壊されて廃墟と化してはいるが。


 なにゆえこんなことになったのか。

 普段通り会社に向かって電車に乗ったところまでは覚えているのだが、そこから先はご覧の有様だ……。

 異質な世界と、存在しないはずの竜。

 ラノベでよく知る西洋の世界観とは違うが、ここが異世界であることに疑いの余地はない。


 ならば俺にもチートな技が?


 ……いやいやそんな力は1ミリも感じない。

 転生ならばともかく、向こうの世界の俺がそのままここにいるだけだ。


 ならば出来ることはひとつ。


 さっさと逃げ…


 ドン!


「ジャマじゃ! どけ!」


 え? え? 第一異世界人(いせかいびと)発見?

 にしても乱暴だな。


 後ろから突き飛ばされて思わず尻餅をつく。 

 見上げるとそこにはみやびな着物をまとった一人の女の子が立っていた。


「ボーっとすんな小僧! お前も他のやつらと一緒にさっさと逃げんか!」


 小僧って……。明らかにあなたの方が若いんですけど。


「よりにもよって今頃封印が解けるとはの。マジでくそじゃ!」


 口悪いな、おい。


「ともかくわらわがここにいるのは誤算じゃろう。トカゲめ見とけよ!」


 そう言うと女の子は手を合わせ、ぶつぶつと何かを唱えはじめた。

 その様子を呆然と見つめる俺。


 さっさと逃げればいいのだが……なぜだか俺はその子から目が離せなかった。


 ひとつはその子の美しさ。


 乳白色の肌と絹織りのように長い髪。瞳は大きく星海せいかいの闇を湛え、小柄な体躯に紅の衣をまとう姿は、お伽話のお姫様をも連想させる。人形のように整った顔立ちと、溢れ出す清廉せいれんな雰囲気。なんて詩的な言葉が飛び出すほど、正直、俺がこの人生で目にしたどの女性よりも美しかった。


 もうひとつは、(これは俺の勘違いかもしれないが)

 その子になぜか見覚えがあった。


 どこかで会ったのか、一瞬目にしただけなのか……。

 漠然とした既視感が何かを胸に訴え、その場を離れられずにいる。


「よっしゃ、これならどうじゃ、くそトカゲ! 妾がぶっ潰してくれるわ!」


 にしても口が悪いな……。


 直後に女の子の体が青白く発光したかと思うと、空中に魔法陣の模様が出現した。

 瞬間、辺りの空気が凍りつくように冷たくなり、竜の頭上から巨大な氷山がいくつも降り注ぐ。


「これで生きておったら賞賛ものじゃぞ!」


 マジかよ……。

 魔法か何か知らないが何でもアリだなこの世界。


 何千トンもあるであろう氷の塊に押し潰され、さすがの竜もぺったんこ、と思ったが……。


「むむ……?」


 轟音と共にたちまち氷が蒸発し、その身を炎に包んだ竜が蒸気の奥に姿を見せる。


 しかも見るからに無傷だ。


「ありゃ。妾の最強の術なんじゃがな。むー、打つ手無しか。困ったのー」


 困っているようには見えないぞ……


 俺は立ち上がり、そびえ立つ竜を眺めた。

 黒紫くろむらさきの、ガラスようなうろこをまとうその姿には神々しさまで覚えてしまう。

 女の子が圧倒的な力を持っていることは分かったが、それ以上に竜は絶対的な存在なのだろう。


「む? なんじゃお前まだ逃げてなかったのか?」


 女の子が俺に気づき言った。


「相手があれじゃどこへ逃げても同じだろ?」


回廊かいろうを使えば良いじゃろうが」


「回廊?」


天宮てんぐうの中にある。そのまま地上へ逃げよ」


「あんたはどうする?」


「トカゲをくい止める」


「くい止めるって……、かなわないことはさっき分かったろ? どうやって?」


「どうもこうもやるしかないんじゃ! さっさと行け!」


「だが……」


 そう言いかけてふと気付く。

 先程は見上げる体勢で気付かなかったが、女の子の前頭部には2本の角が生えていた。

 まさか……鬼?


「行けというとるじゃろ! ボンクラめ! この織姫おりひめがなんとかするから安心せい!」


 そう言いながら、どかどか背中を蹴ってくる。

 名前が織姫? まるで七夕……


「つうか、いたたたっ! 背中を蹴るな」


「うるさい、行け!」


 そのとき竜が鋭い雄叫びを上げた。

 耳を裂くような振動が辺りを貫き、どう猛な殺意が伝わってくる。


「ほれ見ろ! やつめ完全にキレてしもうたじゃないか!」


 俺のせいじゃない。むしろあんたの氷が原因だろ……。

 竜が大きく口を開くと、中心に光が集まり太陽にも似た小さな火球かきゅうが生まれた。


「あ……。あっれはヤバイやつじゃ。間違いなく死ぬな」


「はぁぁ? さっきまで、やるしかないんじゃとか熱い感じで言ってたのに?」


「無理なもんは無理じゃ。あきらめも肝心だぞ?」


 嘘だと言ってほしい。


 そうこうしているうちに大気が赤く染まり、熱風が押し寄せる。

 なるほど、この子があきらめる意味も分かる。まるで核爆発でも起こるかのような雰囲気だ。


「あーあ。こんなときにハシラがおってくれたらな……」


 織姫という女の子がつぶやいた。

 聞き間違いか? 

 ハシラというのは俺の名前だが……。


 次の瞬間、灼熱の炎が世界を包む。


 せっかく異世界に来たのに……。かわいい女の子に会えたのに(中見が少し残念だけど)……。まさかこうもあっさり焼かれて死ぬなんて。親父、おふくろ、先立つ不幸を許しておくれ……。



 ………………



 ………………



 ………………



 ………………あれ?



「死んでない?」


 気付くと辺りは先程の荒涼とした大地に戻っている。赤く染めていた炎は消え、隣に立つ織姫も混乱した顔で俺を見る。


「織姫、と言ったよな? あんたが……」


「……妾ではない」


「けど俺たち生きてるぞ?」


「あの竜じゃ。なぜかは知らぬが、一度発動した術を自らかき消した」


「……なんで?」


「だから知らんって言ったじゃろ! あほか!」


 短気なやつ……。



 竜はゆっくり俺たちに歩み寄ると、すぐ近くで止まり、深々とこうべを垂れた。


「忠誠の儀……か」


 織姫がつぶやく。


「どういうことだ?」


「こやつにもう敵意はない。生涯の忠誠を誓い、許しを請うておるのじゃ。

 ……お前にな」


「俺に!? ……な、なんで?」


「知るか!! 何でもかんでも人に聞くな! 考えろ!」


「わ、分かるかっつーの! 竜を見るのも生まれて初めてだってのに!」


「妾にだって分からんわ! ともかく早くせい! こやつの気が変わらんうちにな」


「早くって何を?」


「鼻先に触るのじゃ! それが許しを与えたことになる」


 そんな簡単なことで良いのか。それなら……。


 って本当に大丈夫か?

 油断させてがぶりとか、シャレにならないんだが。


「大丈夫じゃからとっととやれ!」


「お、おう」


 見透かされたか。


 俺は恐る恐る竜に近づき、鼻先にそっと手を触れる。

 竜は体をわずかに震わすと、ぱたぱたとしっぽを振り始めた。


 不覚にもちょっとかわいいと思ってしまう。

 たった今殺されかかったというのに、つい子供の頃飼っていた柴犬を思い出してしまった。


 いきおいづいて鼻先をガシガシとなでると、竜はますます嬉しそうにしっぽを振った。

 次第に眠くなったのか、とろんとまぶたを下げる。


「暴れ回って疲れたろ? 少し眠るといいよ。おやすみ」


 そう言うと竜は、鼻から小さく息を吐き、完全にまぶたを閉じた。

 その途端、竜の体が白く光り、みるみる縮んだかと思うと、無数の粒子となって宙に消えてしまった。そしてカランと、鞘に納められた1本の剣だけが目の前に落ちてきた。


「あれ……、竜は……?」


 あの巨大な図体が一体どこに消えたんだ……?


「封印されたのじゃ。再び、その剣にな」


 そう言って、目の前に落ちた剣を織姫が拾い上げる。


霊刀れいとうヤタオロチ。神々さえ恐れるいにしえの魔物“ヤタオロチ”を封じたことから、同じ名を冠している」


「つまり、今のでかい竜がヤタオロチだったのか?」


「そうじゃ。そして……」


 織姫が鞘から剣を引き抜いた。

 黒光りした鋭い刃には赤い波紋が浮いている。


「貴様は一体誰じゃ」


 織姫が俺の喉元に刃を突きつけた。


「だ、誰って……」


「あの竜は、かつてのあるじであるハシラヌシ以外に懐柔かいじゅうすることは決して無かった」


「ハシラヌシ……?」


「地上と天界、すべての世界において最強であり、千姿万態せんしばんたいな魔物どもを従えた魔天まてんの王だ。それが! なぜ! ハシラヌシでもないお前にヤタオロチが忠誠を誓う!?」


「……だから俺にも分からないって言っただろ? ……物騒だから人に刃物を向けるな」


 織姫は少し考えるそぶりを見せた後、剣を再び鞘にしまう。


「お前……名は何と申すのじゃ?」


「……天野ハシラだ。歳は32で……」


「ハシラ……だと?」


「そうですけど……」


「…………マジで? 嘘……いや、でもマジで?」


 ど、どうした? 

 織姫はなぜだか急に顔を赤らめて背中を向けた。

 そして俺の顔をちらりと見ては、慌てて目をそらす。

 ……本当にどうした?


 しばらくすると織姫が再び俺を向いて言った。


「す、すまんかったな。ちょっと動揺してしまった」


 動揺してたんだ。


「じゃが……まだそうと決まったわけではないからな。調子に乗るなよ!」


 何がだ。


「……ちょっと待っておれ」


「あ、ああ」


「ホオズキ! ホオズキはおるか!」


 誰かを呼んでいるようだ。


「は! お呼びでございますか?」


 甲高い声とともに、何もない中空から突然ウサギが現れた。

 織姫のように着物をまとい、何より……しゃべった?

 こいつもただのウサギじゃなくて、魔物の類いなんだろうか。


「ホオズキ、民達たみたちの避難ご苦労であったな」


「は! しかしその必要はもうないようで」


 ウサギが辺りを見渡しながら言った。


「うむ。ヤタオロチは再び封じられた。もう安心じゃ」


「いやはや、さすがは織姫様……」


「妾ではない。封じたのはこの男じゃ」


 それを聞いてウサギがまたキョロキョロ辺りを見渡す。

 一度俺と目が合うが、思い直しまた辺りを見渡す。


 分かるよ。俺でさえまだ信じられない。


 ウサギは再び俺を見て、赤い目を大きく見開いた。


「え? コイツが?……マジ?」


 突然のタメ口!


「マジじゃ……」


 あんたも普通に応じるんかい。


「ですがこの者は……? に、人間でございますか!?」


「そのようじゃな」


「天界に人間がいることも驚きですが、まさかヤタオロチを封じるなどと……、ご冗談をおっしゃっているのでは……」


「冗談ではない。この男は……名をハシラと申すそうだ」


「ハシラ……ですと?

 ……まさか」


「そのまさかじゃ」


 何だ。二人とも何でそんな深刻そうな顔をするんだ?

(といってもウサギの方は表情が分かりにくい)


「なるほど、それでわたくしをお呼びになったのでございますね。……魂の鑑定をせよと」


「頼めるか?」


「もちろんでございます」


「な、何をするって?」


「ご心配なさらずとも、あなたはじっとしておればよろしい。少々お手を拝借」


 ウサギが俺の手を取り目を閉じた。

 不思議と体が温かくなり、ぬるい風が体内をゆっくり巡る気配がする。


「これは……!!」


 ウサギが意味深に言った。


「どうじゃ?」


 織姫も興味津々だ。一体何をしてんだ?


「間違いございません! 転生者です! ハシラヌシ様の!」


 ……ハシラヌシって、さっき言ってたやつか? 魔物達を従えて云々かんぬんって。

 おいおい冗談は……


「ハシラ!!!」


 突然、織姫が俺に抱きついた。


「ちょ、ちょっと待て! 角が痛い! さ、刺さる!」


 マジで危ない。頰をすりつけないでくれ!


「ハシラ! 会いたかった! 会いたかったぞ!!」


 何がなんだかさっぱり分からない!


「感無量でございますな」


 ウサギまで涙ぐんでるし!

 何なんだよコレ!


「織姫、どういうことか説明して……」


「うぇ~~~ん!! ハシラぁーー!!!」


 涙ぼろっぼろじゃん……。

 さっきまでの強気な感じはどうした。


 つうか鼻水やばっ。


「鼻……拭いてもらえます……? あの、服に付いちゃうんで……」


 そっとポケットティッシュを差し出す。


鼻紙はながみか? すまんのぉ。ハシラはやっさしいのぉ!」


「……どうも」


 ぶぉおおっ、と鼻をかみ再び俺の胸にうずくまる織姫。

 だから角が怖いんだって……。


「あの、ウサギさん? いや、ホオズキさんでしたっけ?」


「なんでございましょう? ハシラヌシ様」


「それだよ。ハシラヌシってやつのことはさっき織姫に聞いたけど、俺がそいつの転生者……生まれ変わりってマジなのか?」


「マジでございますハシラヌシ様」


「全然覚えてないけど?」


「普通は前世など覚えておりません」


 ……ですよね。


「じゃ、じゃあ、仮に俺の前世がハシラヌシだったとして……、この子はなぜこんなに泣いているんでしょう?」


「覚えておらぬのかハシラ!? 妾じゃぞ!? この織姫をちっとも覚えておらぬのか?」


「うーん……。あ、でもほんの一瞬、どこかで見た気はしたな」


「魂の記憶ですな」


「そうか……やはり……わずかでも覚えておってくれたのか……。あざっす!!」


 ちょいちょい言葉遣いが変なんだよな……この人たち。


「ハシラヌシ様は覚えてないでしょうが、この織姫様は、ハシラヌシ様の奥方なのでございます」


 ……なんですと?


「奥方って……。結婚してたってこと? 前世の俺と……?」


「さようでございます」


 ウサギが神妙な顔で答える。


 俺、こんなかわいい子と結婚してたの? 


 う、うらやましい! 前世の俺!!

 つうか合法? どう見たって未成年だろ。


「そなたが先立ってから300余年……。妾は本当に寂しかったのだぞ?」


 めっちゃ年上だった。


「300って……。織姫今いくつだ?」


「? ………790……。いや、もう800歳までいったか?」


「おおよそそれくらいでございましょう」


 なげーよ寿命が!!

 そんだけ生きてまだこの若さなの? どれだけ生きるの?


「織姫様の父上である天帝は、確か3000歳ほどでしたな」


 もはや歴史!


「長生きなのは分かったよ……。俺がハシラヌシの生まれ変わりなのも……あんたらが言うならそうなんだろう。でも突然そんなこと言われてもどうしていいか……」


《……殺してやるわ………ひめ……》


 ……え?


「どうしたのじゃ?」


「いや……いま声が……」


 幻聴か? 

 今までそんなもん聞いたことないが……。


 …………。


《よくも……織姫……!》


 ! 今度ははっきりと頭に響いた。

 後ろ暗い殺気が、背後から押し寄せるのを感じる。


「織姫! 伏せろ!!」

「なっ!?」


 とっさに織姫を押し倒した。

 その刹那、鋭い痛みが胸を貫く。


「ぐ……ふっ……?」


「ハシラっ!!!!」


 俺は膝を落とし、地面にへたりこんだ。


 痛い……めちゃくちゃ痛い。なんだこの経験したことのない痛みは。

 胸のあたりだ。何が起きたか気になるが……見てはいけない気もする。


 そーっと視線を下に向けてみた……


「げっ……」


 ……あーやっぱり見るんじゃなかった。

 

 血まみれになった鋭い剣先が、よりにもよって俺の胸から突き出ているじゃないか!


「ハシラ!! た、大変じゃ!」


 胸に刺さった剣が、ゆっくりと後ろへ引き抜かれた。

 何者かが背後に立っている。


「サクヤっ! 貴様!!」


「あらあら残念……」


 ぎこちなく振り返ると、そこにいたのは妖しげな笑みを湛えた、これまた織姫に負けず劣らずの美女だった。白銀の髪をなびかせ、黒く艶やかな着物を纏っている。


 この世界では美人がデフォなのか?


 なんてくだらないことを考えているうちに、足元の力が抜けてうつ伏せに倒れる。


「ヤタオロチの混乱に乗じて織姫を殺すつもりだったのに……。勘の鋭いぼうやだわ……」


「よくもハシラを!!」


「うふふ。怒らないでちょうだい。今日はこれで引き下がってあげる。怒ったあなたを相手にするのはさすがに骨が折れるものね」


「ざけんな年増!! 逃がすと思うなよボケが!!!!」


 だから口が悪いって……。


「ふふ、あなたほど歳は取っていないわ。オツムの年齢は、あなたの方が若いようだけど」


「……? オツムの年齢は、妾の方が若い……とは?」


 分かってない。こいつ皮肉を分かってない。


「そういう所よ。じゃあさよなら織姫。ぼうやもね」


 微笑み、ウインクをしてふっと消えるサクヤという女……。


 つうか、人を剣でぶっ刺しといて罪悪感ゼロ?

 とんでもない女だな……。


「くっそーー!!! やるだけやって逃げおった!! あームカつくムカつく!!」


「どこに潜んでいたのでしょう……? まさかヤタオロチもあの女が……」


 ホオズキが首をかしげる。


「それはないじゃろう。あの女、秘めた霊力は妾と互角じゃが、それで解けるほど封印はヤワでない。なんといってもハシラヌシが施したのじゃからな」


「ふむ……確かにそうですな。しかしこのタイミングでヤタオロチ、サクヤ、そしてハシラヌシ様の転生者が現れるとは……。単なる偶然とは……」


「何かしらの意図を感じるな。……うむ。しかし今考えて分かることでもあるまい。それよりもっと大事なことが何かあった気が…………、

 あ!!!! そうじゃった!!! ハ、ハシラ、大丈夫か!!!?」

 

 思い出して頂けたようで……。


「ダメかもな……。もう手足の感覚がない。目も霞んでる」


 うつ伏せのまま答える。

 もはや地面に触れている感触すらない。


「心臓を貫かれております……。即死でもおかしくないかと……」


 冷静な分析ありがとうよ、ホオズキ。


「治癒の術を施す! ホオズキ、お前も霊力を貸せ!!」


「織姫様……、治癒の術は心臓に使えませぬ。外傷や他の臓器の回復ならば可能ですが……心臓だけは特別なのです。命の根幹を司る場所……。換えはききません……」


 ホオズキが残念そうにうつむいた。


 なるほど、あきらめるしかないってわけか……。


「……いやじゃ、またハシラを失うなど嫌じゃ!!」


「織姫様……」


「心臓の換えはきかぬだと!? ならば! ……ならば妾の心臓を移植すれば良い!!」


 ……何言ってんだコイツ。


「バ、バカなことをおっしゃらないで下され!! このバカ姫が!!」


 さらっとディスってないか……?


「心臓がなくとも妾には霊核れいかくがある。死にはしない! そうであろう!?」


「……むっ!! し、しかし鬼の心臓を人間に移植するなど、うまくいく保証はありませぬぞ!?」


「うまくいかない保証もあるまい!?」


「ですが……」


 やれやれ、まるで駄々っ子だな。


「……織姫、無理すんな……」


「ハシラ! 口をきくな、傷が開くではないか!」


「……いいんだ……。俺の体のことは俺が知ってる……。もう助からないよ」


「そんなことを言うな! せっかくまた巡り会えたのだぞ!? 妾をまた一人にする気か!?」


「悪いな……」


 俺も同じだよ織姫。

 異世界に飛ばされ、最初に出会った人が前世の嫁さんだったなんて、最高の偶然じゃないか……。

 しかもこんな美人て。

 現世で独身の呪いをかけられていた俺としては、結構テンションが上がったのだが……結局また一人で死んでいくとはね。


「織姫ありがとう。だが、お前の心臓はいらない。……どうか俺の分まで……生きて……くれ」


 ガクッ


 ……決まった。

 なかなか良いセリフだな。

 絶世の美女に見守られ死に行く男……。

 最高にドラマチックなシチュエーションだ。

 

「そんな……ハシラ! ハシラ!!!」


 ごめんな……織姫。生まれ変われたら、また会おう。


「ハシラ! 妾、もう自分の心臓ぶち抜いてしまったんじゃが!! これは一体どうしたらいい!!?」


「はぁあああーー!!?」


 思わず覚醒しちまったぜ。

 

 最後の力で上半身を引き起こして織姫を見る。


 言葉通り、織姫の胸部は血に染まり、手にはドクドクと脈打つ心臓が握られていた。


 ……初めて見たわ。生臓器。

 ガチでキモい。


「おい! なんじゃそのイヤそうな顔は!」


「そ、そんな顔してないって」


「いーや。妾は見逃さなかったぞ? せっかく妾が心臓を差し出しておるのにお前……」バタンっ

 と、話の途中で織姫が急に倒れた。


「織姫? 大丈夫か?」


「気絶です。……当然でしょうな。自ら心臓を引き抜いたのですから」


 ホオズキはそう言うと、織姫の胸に手をかざし光を当てる。

 恐らく傷口を塞いでいるのだろう。


「まったく。無謀と言うかアホと言うか……」


 結構ディスるな、このウサギ。

 

 ホオズキは織姫の手から心臓をそっと拾いあげる。

 ウサギなので分かりにくいが……表情から察するに、ドン引きしてるっぽい。


「……まあ……愛する方のために心臓を差し出すのですから。健気な所もありますな。我が姫は」


 健気っていうか、一歩間違えたらメンヘラ一直線だが。


「この心臓の熱き鼓動、そしてぬくもり……。織姫様のご厚情でございます。さぁ、冷めないうちにどうぞ」


 スープかよ。


 ホオズキの手が光り、心臓を持った状態で俺の胸に押し当てる。

 心臓はそのままゆっくりと俺の体内に沈み込んでいった。

 

 やがて胸の痛みが消え、みるみるうちに傷が塞がっていく。

 体が熱くなり、新たな鼓動が脈打ち始めるのを感じた。


「織姫様の命の力でございます」


「うん。そうだな……」


 今度は仰向けに横たわる。

 相変わらず手足の感覚は戻らないままだ。


「どうやら無事に適応できたようです。しかし定着までは時間がかかるでしょう。おそらく数週間は体を動かせません」


「それはいい。けど織姫はどうなったんだ? 大丈夫なのか?」


「妾は平気じゃ」


「気がついたのか!」


「織姫様も養生くだされ。ハシラ様と同様、しばらく体の自由はききませんぞ?」


「かまわぬさ。それより妾をハシラの隣に寝かせておくれ」


「もちろんですとも」


 ウサギが手を広げると織姫の体がすっと浮かび、そのまま俺の隣へ寝かせられる。織姫の大きな瞳に間近で見つめられ、目のやり場に困る。


「……織姫、心臓がなくて本当に平気なのか?」


「……ああ。妾には霊核といって、霊力を貯蔵する器官が備わっておるのでな。心臓などなくとも問題はない。せいぜい数週間意識を失い、目覚めたときには肉体の大半を失っているくらいじゃ」


 それは大問題じゃないか?


「ホオズキ、このまま我らを回廊に転送してくれ。しばらくの間、地上に身を隠す」


「かしこまりました」


「妾の留守中、天宮を頼むぞ」


「命に代えましても」


 ホオズキが何かを唱えると、急に視界が暗転した。


「暗くなった?」


「回廊に入ったのじゃ。じき地上に着く」


「回廊って何だ?」


「天の回廊。我らがいた“月”と、地球をつなぐ道じゃ」


「へぇ……。って、俺たち月にいたのか!?」


「当たり前じゃろう?」


 俺にはちっとも当たり前じゃないんだが。


「そもそもハシラ。お前はどこからやってきたのじゃ?」


「どこって言われてもな……どう説明したらいいか……」


「妾に隠し事か? 心臓まであげたのに?」


 恩着せがましい……。


「そういうんじゃないって。異世界から来たなんて言ってもすぐには信じてもらえないだろ?」


「なんじゃ異世界から来たのか。ふーん」


 あっさり信じた。しかも興味なさそう……。


「それは大変じゃったな。見るも聞くも初めてのことばかりで混乱したじゃろう? お疲れさまじゃ」


 突然のねぎらい。


「お、おう。まあな」


「地上でしばらく休め。サクヤにも見つからぬ場所があるのでな」


「サクヤ……。あいつはどうして織姫の命を狙ってるんだ?」


「知らん」


 知らねーのかよ。


「そもそも、あやつのことは名前しか知らん。なのにずいぶん前から妾の命を狙ってくるのじゃ。本当にうっとおしい」


「うっとおしいって……。余裕だな。命狙われてんのに」


「あんな女ザコじゃ。気にするだけ時間の無駄。……それよりも、着いたぞ」


 視界が明るくなると、そこは板の間に畳を置いた、広い武家屋敷のような場所の一室だった。


「回廊を渡る者たちの休息所だ。たった今回廊を塞いだゆえ、妾たち以外は入れないがな」


 障子戸は開け放たれていたが、どういう場所なのか、外はすべて金色に染まり何も見えない。

 俺たちの体はふわふわと宙空を浮かんだまま部屋の中央に来ると、敷かれた布団の上にすとんと落とされた。ホオズキの念力か知らないが、ここまで気を利かせてくれるとはありがたい。


「ああ、布団じゃー、布団で寝れる!」


「やけに嬉しそうだな。いつもは違うのか?」


「妾はほとんど眠らないのでな」


「どうして?」


 まさか恐ろしくブラックな仕事にでも就いてんのか?


「遊ぶのが楽しすぎてちっとも寝るヒマがないのじゃ。賭札に花札、闘技場にもよく行くぞ」


 ギャンブルばっかりじゃねーか。


「そもそも月に昼や夜は無いしな。ご自由に遊んで下さいと言われておるようなもんじゃろ?」


 違うと思う。


「よく体力が持つな。俺ならぶっ倒れる」


「我ら鬼は体内に霊力を貯蔵しておる。さきほど申した霊核という器官のおかげじゃ。霊力さえあれば体力はいくらでも補えるからな」


「さらっと言ってるが、やっぱ織姫は……鬼? なのか?」


「角があるんじゃ。どう見ても鬼じゃろ」


「いや、そうかなとは思ってたけど、改めて本人から聞くと、カルチャーショックというか何というか……」


「異世界から来たのであれば仕方がないな。この世界の詳しい話は、また後日、互いの肉体が回復したら話すゆえ、今はしばし眠ろう」


 確かに、布団のぬくもりのせいか眠くなってきた。織姫も少し眠そうだ。


「ハシラ……」


「何だ?」


「突然、未知なる世界へ落とされたのじゃ。不安があって当然じゃろうが……妾がおる。例え転生した今であっても、妾の夫はハシラだけじゃ。必ず守るゆえ、心配するなよ」


「……あ、ああ」


 何と男前なセリフ。突然どうした。


「目覚めるまで妾が添い寝する。安心して眠るといい」


「織姫……」


「あ、添い寝と言えば……妾、寝屁をこくかもしれん。そのときは目をつむってくれるか?」


 ……………。


「いちいち言わなくていいんじゃないか?」


「いや、大事なことじゃ。親しき仲にも何とやらと言うし。じゃが目をつむれというのも変か。鼻をつまんでくれと……」


「あー、もう分かった……。寝るから静かにしてくれ」


「そうじゃな。……それとハシラ」


「今度は何だ?」


「言うまでもなく、ハシラには鬼の心臓が入っておる。それがハシラの肉体にどんな影響を与えるか分からないのでな。……目覚めたら、覚悟しておけよ」ニヤ


 ニヤって何だよ。こえーよ!


「織姫、覚悟って……一体俺の体どうなるんだ? ……織姫?」


「……くかー」


 寝てる!!


 脅すだけ脅して、寝てる!!


 まあいいか。どうなったところで受け入れるしかないんだし。

 俺もさっさと寝よ。これからのことは……目覚めてから考るか。





/////////織姫

挿絵(By みてみん)


/////////サクヤ

挿絵(By みてみん)



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