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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
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第9話 白玉楼、桜の宴

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

「美味しい! このシチュー美味しいなー。入ってるのが人間の肉だったら、もっと良かったけど」

「……貴女に美味しいと言われるのは、不安ね」

 そんな会話が聞こえてくる。

 ぼんやりと、霧雨魔理沙は目を覚ました。

 柔らかな布団の中である。

 広い部屋だった。

 ベッドが2つ置かれていて、片方を魔理沙が使っている。

 もう片方には、包帯の塊がいた。

 ぐるぐる巻きの包帯の隙間から、長い舌がペロリと伸び現れ、空になったシチュー皿を舐め回している。

「もっと! もっと、ないのかー?」

「残りは魔理沙の分よ。少しは遠慮をしなさい、まったく。これだから下等妖怪は」

 看護と給仕をしていた1人の少女が、そんな事を言いながら振り向いてくる。

「お目覚めね魔理沙。気分はどう? どこか痛いところはある?」

 言われて魔理沙は、自分の身体にも包帯が巻かれている事に気付いた。身に着けているのは、包帯と下着だけだ。

「……そうか。私……死にかけてたんだよな……」

 包帯の下で、傷口がじんわりと温かい。薬草、であろうか。

「お前が……助けて、くれたのか」

「魔理沙をね、死なせるわけにはいかないから」

「……うん。多分だけど私、名乗ってはいないと思うぜ」

 魔理沙は見回した。馴染みのある自分の部屋、ではない。

 霧雨魔法店の自室とは比べ物にならないほど、綺麗に片付いている。家具・調度品の配置も、洒落たものだ。

 世の数多の男たちが夢見る『女の子の部屋』そのものだ、と魔理沙は思った。

 カーテンの隙間に、夜闇が見える。

 今が夜なのは間違いない。自分は一体どれほどの時間、気を失っていたのか。

 ともかく。理想的な少女の部屋の主に、魔理沙は微笑みかけた。

「お前が何で私の名前を知ってるのか、気になるところだが……まあ礼が先だな。助けてくれてありがとうよ。ルーミア、お前もな」

「魔理沙は無茶をするからなー」

 包帯の塊が、言った。

「博麗の巫女は一体、何やってるのかなー? 魔理沙に異変解決を押し付けて、まったくもう」

「……そう言うな。霊夢にはな、傍にいて守らなきゃいけないものがあるんだよ」

 布団で、魔理沙は苦笑を隠した。

 自分1人で異変解決。そう意気込んでみながら出鼻を挫かれ、この有り様である。

(私も……お前を馬鹿には出来ないな、レミリア……)

「駄目よ、自分を霊夢と比べては」

 部屋の主の少女が、食事を持って来てくれた。

 ルーミアが食していたものと同じであろうシチュー。トレーの上で、ほこほこと香ばしい湯気を発している。

「貴女は貴女で、霊夢にはないものを持っているのだから。それより召し上がれ、お腹が空いているでしょう?」

「……お前、霊夢の事も随分と馴れ馴れしく呼ぶんだな。まあいい、確かに腹は減ってる。いただくぜ」

「悪食の人喰い妖怪が美味しいと言って食べていたもの。味は少々、不安なのだけど」

「魔理沙のお口に合わなかったら、私が食べるぞー」

「ふむ……いや、普通に美味いな」

 魔理沙は、スプーンを止められなかった。

「私も料理はするけど、腕前はお前の方が上か……悪いなルーミア。これ全部、私がもらうぜ」

「むー」

「ま、お前も普通の食べ物の美味さがわかったろ。人間を喰うのは、出来ればやめとけ」

 言いつつ魔理沙は、熱いままのシチューを体内に流し込んだ。

 この熱さが、心地良い。思い出したのだが自分は確か、体内外から冷却されて凍え死にかけていたのだ。

 レティ・ホワイトロックと、魂魄妖夢。反目し合っていたようだが、連携をされると厄介だ。まるで紅魔館の門番とメイド長のように。

(くそっ……こっちも、やっぱり人数が必要か……)

 空になったシチュー皿にスプーンを放り込みながら魔理沙は、恩人である少女に視線を投げた。

 もう1つ、思い出した。

 この少女は確か神綺と名乗っていたが、魔理沙はそれは違うと思ったのだ。

 小さな人形が、1体。布団の上にちょこんと立って、魔理沙を見つめている。

 ビーズの瞳を見つめ返しながら、魔理沙は訊いた。

「こいつは……お前の家族か? なあ人形使い」

「私の子供たちの中で一番、出来の悪い、かわいそうなアリスよ」

 人形使いの少女が、答える。

「ねえ魔理沙、貴女からも喝を入れてあげてちょうだい」

「……よろしくな、アリス。無理をするなよ」

 魔理沙は、人形の頭を撫でた。

「何があったのか知らないけど……ご主人様の期待通りにやるだけが、道じゃあないだろ? 人形使いの思い通りに動かない人形なんてのが、いたっていいじゃないか」

「……それはもう人形ではないわ。人形としての価値を失った、惨めな何かよ」

 人形使いが言った。

「私、アリスにそんなふうになって欲しくはないの。本当はね、やれば出来る子なんだから」

「やれば出来る、いいじゃないか。人形なんかやめて、別の何かになればいい。糸で操らなくても自力で動ける何かに、さ」

 魔理沙は、人形から人形使いへと眼差しを移した。じっと、見据えた。

「人形使いだって、本当はそれを望んでるのかも知れないぜ」

「利いた風な事を言わないで!」

 人形使いの少女が、叫んだ。

「魔界の造物主・神綺は、アリスにそんな事を望んでいない! 神綺は……私はね、アリスに、私の一番になって欲しいだけ。要領良しの夢子なんかじゃない、私は貴女に一番になって欲しいのよアリス! 貴女は……本当は、出来る子なんだから……」

 少女の理知的な瞳が、現実を見失っている。

 たおやかな全身で、目に見えぬ魔力の炎が燃え上がっている。

 下手をすれば、その魔力が弾幕となって迸りかねない。

 構わず、魔理沙は言った。

「……私にも、わかるぜ。アリスは本当に出来る子だ。誰かの一番なんて、目指す事はない。自分で……自分の力で、もっと凄いものになれる。そうだろう? 人形使い」

「魔理沙……貴女は……」

「わけのわからないものから、アリスを解放してやろうぜ」

 魔理沙の言葉に、人形使いは応えない。現実を見失ったまま、青ざめているだけだ。

 いや。震えるその瞳は、懸命に現実を見つめようとしているのか。

 扉を叩く音が聞こえた。叫び声もだ。

「ごめんください! 誰のお家か知らないけど開けておくれよ、怪我人なんだよ!」

 聞き覚えのある声。

 魔理沙が思い出す前に、ルーミアが反応した。

「チルノだなー」

「あいつが? 何で……」

 確かに、チルノの声ではある。切迫している。

「咲夜が! このままじゃ咲夜が死んじゃうよぉおおおおお!」



 西行妖には、花を咲かせないで欲しい。

 魂魄妖夢は常々、そう思っていた。

 花も葉もない無数の枝を、様々な方向に伸ばし広げる桜の巨木。

 冥界を睥睨するが如く聳え立つ、その姿は、まるで巨大な骸骨のようで荘厳この上ない。

 祖父・魂魄妖忌が、まさにそのような人物であった。

 聳え立つ巨大な死神。それが魂魄妖忌だ。

 その名の如く人々に忌み嫌われ、それ以上に恐れられていた。

 剣士とは、そうでなければならない、と妖夢は思う。

 親しまれ軽んじられるよりは、憎まれ恐れられるべきなのだ。

 愛されるのは1人、西行寺幽々子だけで良い。

 その幽々子が、西行妖の満開を望んだ。

 ならば己の思いなど押し殺し、ただ春を集めるだけだ。死神の如き巨木に、花を咲かせるために。

「咲いたわ、妖夢」

 西行寺幽々子が、声を弾ませている。

「見て。四分咲き、といったところかしら……よくやってくれたわ妖夢」

 まだ五分咲きにも満たない。満開には程遠い。

「……それは春告精の力でございます、幽々子様」

 妖夢は俯き、言った。

「私は、何も……不手際続きにて」

「何を言っているの。春が、目に見えて効率的に流れ込んで来るようになったわ」

 妖夢が悪戦苦闘しつつ無様ながらにこなした仕事を、幽々子はこうして評価してくれる。

「幻想郷から冥界へと、春が流れ込む経路を……苦労して、作り上げてくれたのでしょう? 本当に、お疲れ様。今日くらいはゆっくり休むといいわ」

「……博麗の巫女とその一味が、動いております。休む暇など」

「重苦しいわね貴女、相変わらず」

 暗い声が聞こえた。ヴァイオリンの調べと共に。

「とても重苦しい音楽が、貴女の中から聞こえるわ。嫌いではないけれど……その重苦しさ、半分以上は貴女の心のありようが原因よ」

「もったいないなぁー。あんたならね、もうちょっと脳みそ溶けるくらい平和で明るくて脳天気な音楽が出せるはずよ魂魄妖夢。ほらほら、こんな感じぃー」

 人を小馬鹿にしたようなトランペットの音色。

 妖夢は見上げ、睨みつけた。

 ゆらゆらと舞う桜吹雪の中。3人の少女が、各々の楽器と共に漂っている。

「他人の心を勝手に聞き取ってしまう……それが音楽の才能というものか? 覗き魔にも等しいプリズムリバー楽団よ」

 妖夢は声を投げた。

「ここ白玉楼は、あらゆる霊を受け入れる。幽霊、悪霊、怨霊、そしてお前たちのような騒霊までも……幽々子様の広き御心に感謝して、もう少し慎ましく振舞ってはどうだ」

「残念。幽々子さんはね、慎ましい私たちなんて必要としてないわけよ」

 リリカ・プリズムリバーが言った。

「それよりも、ちょっと恨み言を聞いてあげなさい……ほら。この子がね、貴女に言いたい事たくさんあるって」

 プリズムリバー3姉妹が、ふわりと道を空ける。

 1人の妖精が、妖夢の眼前に降り立った。

 空中から見下ろす事も出来たはずだが、わざわざ地上に降りて来て、いくらか上目遣いに妖夢をじっと見つめている。

「リリーホワイト……ふん。確かに、お前の心には渦巻いているだろうな。私に対する罵詈雑言が、山ほど」

 妖夢は、鼻で笑って見せた。

「お前は、西行妖に花を咲かせてくれている。良い仕事だと思う……仕事さえしてくれれば、私など何を思われようと言われようと一向に構わん。渦巻いてるもの、吐き出してみろ。怒りはせんよ」

「…………レティを、虐めていませんか?」

 リリーホワイトは言った。

「レティに……ひどい事を、しないで……」

「残念だったな。レティ・ホワイトロックは今や私の、使い捨ての労働力だ。大いに、こき使っているとも!」

 妖夢は、嘲笑って見せた。

「お前がこうして人質になっているせいで、あの冬妖怪は私の言いなりだ。奴隷として使い捨てるに決まっているだろう!? ああ悔しかろう悲しかろう。だが、お前たちにはどうする事も出来ない! せいぜい私を憎むがいい、さあ罵詈雑言を浴びせてみろ……おい貴様、おかしな音楽を奏でるな!」

 のんびりと明るく平和的で間の抜けた、トランペットの調べが響き流れる。妖夢の叫びに、馬鹿にした感じに調子を合わせてだ。

 奏でているのは、メルラン・プリズムリバーである。

「だぁって、本当におかしいんだもの。これがね、今のあんたにふさわしい音楽よ」

「騒霊が……! この白楼剣で、斬り砕いてくれようか!」

「騒霊よりもやかましいぞ、半人半霊。少し静かにしたらどうだ。ここは幽玄を重んずる場所だろう」

 妖夢に続いて白玉楼に歩み入って来た何者かが、言った。

「で……誰が、こき使われていると? 使い捨てられると? 誰が半人剣士ごときの奴隷だと?」

「貴様、誰が入って来て良いと言った!」

「ここに私を連れて来たのは貴様だ」

 レティ・ホワイトロックが、じろりと妖夢を睨む。

 その目が、リリーホワイトの方を向く。

 春告精の小さな身体は、その時にはすでに、レティの豊かな胸に飛び込んでいた。

「レティ……! 会いたかった……」

「リリー、ごめん……お前を、起こしに行けなくて」

「本当よ! レティが起こしてくれなかったら……私の朝は、春は……来ないんだからぁ……っ」

「ごめん……」

 レティが、しっかりとリリーホワイトを抱き締める。

 西行寺幽々子のたおやかな片手が、妖夢の肩をぽんと叩いた。

「……ねえ妖夢、貴女には無理よ」

「な、何がでございますか……」

 ひんやりとした心地良さが、肩から体内に染み込んで、心臓を優しく包む。妖夢は、そう感じた。

 幽々子の端麗な唇が、そんな妖夢の耳元で、囁きを紡ぐ。

「憎まれ恐れられるなんて、貴女には無理……妖忌と同じ事をする必要はないのよ」

「何を……仰せられます……」

「レティ・ホワイトロックを、リリーホワイトに会わせてあげたい……貴女が私にそう許可を求めてきた時にはね、思ったものよ。ああ、この子は妖忌とは全然違う……ように見えて、肝心なものだけはしっかり妖忌から受け継いでくれていると」

「わっ、私はただ! この冬妖怪を効果的に働かせるためには、定期的に人質との面会を」

 妖夢の言葉を聞かず、幽々子は告げた。

「レティ・ホワイトロック。貴女の大切なリリーホワイトを、幻想郷から奪ってしまった事……申し訳なく思います。彼女のおかげで、西行妖は目覚めのきっかけを得ました。本当にありがとう、春告精」

「いえ……西行妖は、まだ……」

 言いつつリリーホワイトが、レティの抱擁の中から顔を上げる。

 そこへ、幽々子が微笑みかける。

「いいのよリリーホワイト。妖夢の言う通り、貴女は良い仕事をしてくれたわ……レティと一緒に、幻想郷へお帰りなさい」

「幽々子様……本当に、ありがとう。だけど……それは出来ません」

 春告精が、西行妖を見つめ見上げる。

 まだ半分も咲いていない、中途半端に肉を残した腐乱死体のような桜の巨木。

「私……この子を、満開にしてあげたいの……ごめんね、レティ」

「……そう言うと思ったよ」

 レティが、リリーホワイトの頭を撫でる。

「花を咲かせられない桜……そんなものを、放っておけるリリーじゃないもんね」

「無理をしては駄目よ? 2人とも」

「無理などしていない。西行寺幽々子、私は引き続き貴女の先兵として、西行妖の開花を妨げる者どもと戦おう」

 言ってから、レティは妖夢の方を向いた。

「貴様との、うんざりするような付き合いも、あとしばらく続くという事だ。まあ、お互い我慢しようじゃないか。西行妖が満開になるまで、な」

「満開になったら……貴様の屍を、西行妖に捧げよう。切り刻んで肥やしにしてやる」

「……凍らせて粉砕してやる」

「やってみろ!」

「貴様もだ、今すぐ!」

「ああもう、やめなさいよ2人とも。メル姉も! 何か戦いっぽい曲を吹いてんじゃないわよ!」

 リリカが割って入って来る。

 リリーホワイトが、にこにこと微笑んでいる。

「……ありがとう妖夢さん。レティの、友達になってくれて」

「何を…………!」

 妖夢は、それきり何も言えなくなった。レティも固まっている。

 幽々子が、楽しそうに手を叩く。

「さあさあ、皆でお花見をしましょう」

「幽々子さん……貴女って、たちが悪いわ」

 ルナサ・プリズムリバーが、無礼な事を言っている。

「優しい言葉をかけながら結局、最終的には……誰もが自分の思い通りに動くよう、事を運んでいる。カリスマ、というものなのかしらね。あの紅魔館のお嬢様と、少し似ているわ」

「ふふふ。紅魔館の方々とも、いずれ仲良くしたいわ」

 幽々子が扇を開きながら、西行妖を見上げた。

「西行妖が満開になったら……幻想郷の皆様を招いて、盛大なお花見をしましょうね」

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