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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
8/48

第8話 それぞれの夜明け前

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 魔法の森からも、随分と遠ざかってしまった。

 もはや、ここが幻想郷のどの辺りであるのかもわからない。

 ひたすら空を飛ぶ。飛びながら、かわす。それ以外の事が出来なかった。

 色とりどりの弾幕、槍ほどに巨大化した時計の針、光の剣、可愛らしい素手。

 様々な攻撃が、様々な方向から博麗霊夢を襲う。

「くぅっ……!」

 カラフルな光弾の嵐を、霊夢は忙しく制動を駆使して回避し続けた。

 空中で立ち止まる。別方向へ飛翔し、すぐにまた急停止する。その繰り返しである。

 血液が、内臓が、体内のあらゆるものが容赦無く揺さぶられる。それでも弾幕の直撃を喰らうよりは遥かにましだ。

 あの薬がない今、1発でも当たれば、良くて致命傷。

 そんな光弾が無数、舞うように躍動し続ける巫女の細身を超高速でかすめて行く。

「狙いが、正確になってきた……生まれつきの化け物が、順調に喧嘩慣れしてるわねっ」

 白い付け袖をはためかせながら、霊夢は呻いた。

 4人いるフランドール・スカーレットの1人が、正確に弾幕の狙いを定めながら霊夢を追って来る。

 すなわち、他の3人が奇襲を狙っているという事だ。

 霊夢は、右手でお祓い棒を振るった。重い衝撃が、右の細腕を容赦無く痺れさせる。

 斜め後方から振り下ろされて来た、巨大な時計の針を、お祓い棒で受け流したところである。棒の角度を僅かでも誤っていたら、棒どころか腕が折れて砕ける。

 痺れに耐えながら、霊夢は身を翻した。しなやかなボディラインが、紅白の巫女装束もろとも竜巻の如く捻転する。スリムな脚線が、袴スカートを払いのける感じに一閃する。

 斬撃のような蹴りが、3人目のフランドールを直撃していた。

 至近距離から弾幕を撃ち込もうとしていた吸血鬼の少女が、小さな身体を痛々しく前屈させる。

 その間、4人目のフランドールが、霊夢の背後で光の剣を振り上げる。

 振り下ろそうとする、その動きが一瞬、止まった。

 虹色の光が、フランドールを取り囲んでいた。

 夢想封印。七色の大型光弾が複数、獰猛に輝きながら高速旋回をしている。

 それらを、光の剣で斬り砕くか、回避するか、構わずこのまま霊夢を叩き斬るべきか。ほんの一瞬、フランドールは迷ったようである。

 その一瞬の間に霊夢は、キラキラと鋭利に輝く光を、フランドールの小さな全身に打ち込んでいた。

 そうしながら、その場を離脱。残されたフランドールは硬直している。

 そこへ夢想封印が全弾、集中直撃。

 光の爆発が、夜空に咲いた。

 一瞬の真昼のような輝きの中から、1人に戻ったフランドールが弱々しく墜落して行く。

 霊夢は、それを追った。

 裕福な民家、と思われる場所であった。豪農の屋敷、であろうか。

 その庭で、フランドールは地面に激突し、投げ出されていた。

 霊夢は、ふわりと着地した。

 仰向けに倒れたフランドールが、起き上がろうとして思うように動けず、震えている。

 その小さな身体のあちこちに、鋭く煌めくものが突き刺さっていた。

「封魔の針……パスウェイジョンニードルよ」

 霊夢は歩み寄り、片膝を折った。そして、動けぬフランドールにお祓い棒を突き付ける。

「どうしたの? ねえ妹様。あんたが虫けらみたく扱ってる姉上はね、こんなもの一瞬で振り払って見せたものよ」

 フランドールは、何も応えない。震えながら辛うじて上体を起こし、霊夢を見上げている。

 睨みつけている。

 それは今や、人形の美貌ではなかった。

 虚ろなほどに澄んでいた真紅の瞳は、炎を宿している。映り込んだ霊夢の姿を、焼き払うかのような炎。

 可憐な唇は凶暴にめくれ上がって、鋭く愛らしい牙が剥き出しになっている。

 それは、このフランドール・スカーレットという少女が、姉レミリアに対してすら見せる事のなかった表情。

 怒りの、形相であった。

 見下ろし、見据えながら、霊夢は微笑んだ。

「いい顔……しようと思えば、出来るじゃないの」

「そこまで」

 声がした。

 豪農の邸宅らしき民家の住人が、1人。いつの間にか縁側にいて眠たげに目をこすり、庭先の不法侵入者2名を観察している。

「その子……殺そうとするなら、止めるよ。ここで残酷な事、荒っぽい事、許さないね」

「……失礼、ごめんなさい。すぐに出て行くから」

 お祓い棒を油断なくフランドールに突き付けたまま、霊夢は言った。

「お家の中に引っ込んでてね。こいつの視界の中に入っちゃ駄目。下手すると貴女が、荒っぽくて残酷な目に遭っちゃうから」

「危険な妖怪、危険な人間。野放しに出来ないね」

「危険な人間……私の事? ふうん」

 縁側に腰掛けている、その少女を、霊夢はちらりと観察した。

 起き出して来たところなのだろう。霊夢よりいくらか年下と思われる小柄な細身に、パジャマを着用している。

 頭にはナイトキャップと、獣の耳。作り物ではない。

 ぴたぴたと縁側を叩く猫の尻尾は、二股である。

「確かに……あんたたち妖怪から見れば、若干は危険かもね私」

「博麗の巫女の噂、聞いた事あるよ。欲にまみれた人間、だから迷い家へは入れない。そう聞いてたね」

 明らかに人間ではない少女が、枕を抱えたまま、そんな事を言っている。

「だけど……そんな奴でも何かのはずみで偶然、迷い家へ入ってしまう事はある。藍様、そう言ってたね」

「迷い家……そう、ここって迷い家なの」

 豪農の屋敷、と思っていた邸宅を、霊夢は見回した。

「欲の少ない、心の綺麗な貧乏人しか見つけられないし入れない場所……そう聞いてるわ。ここから、お椀の1つでも持ち帰れば、物持ち金持ちになれるって話」

「そういう目的の奴、迷い家には絶対、辿り着けないよ」

 迷い家の住人である少女の目が、霊夢とフランドールを見据えたまま光っている。まさに夜間の猫だ。

「そういう目的でないなら……泊まってくといいね。その子、怪我してるよ。博麗の巫女に叩きのめされて、ね」



 巨大な宝珠のような光弾が複数、博麗神社の雪景色を赤く照らしながら紅美鈴を襲う。

「こんなものでッ!」

 拳で、手刀で、蹴りで、美鈴は全ての光弾を粉砕した。

 光の破片を蹴散らして、小さなものが超高速で突っ込んで来る。小さな、だがとてつもなく強固なもの。

 レミリア・スカーレットの体当たりだった。

 美鈴の呼吸が一瞬、止まった。心肺が粉砕されたかと思えるほどの衝撃。

 美鈴は吹っ飛び、雪と地面を一緒くたに削りながら踏みとどまり、身構え直した。

 そこへレミリアが、なおも容赦無く襲いかかる。燃え盛る光の槍を、小さな片手で突き込んで来る。

 右肘で、美鈴はその一撃を迎え撃った。

 白い、気の輝きをまとう肘打ちが、光の槍を粉砕する。

 キラキラと降り注ぐ光の破片を浴びながら、美鈴は呻いた。

「調子を、取り戻してきた……とでも言うんですかレミリア様。思ったより、やるじゃないですか」

「美鈴のおかげよ」

 レミリアが微笑む。

「霊夢に守られて、惰眠を貪っていた私を……貴女が、目覚めさせてくれたわ。本当にありがとう」

「もちろん、そんなつもりはありませんよ!」

 美鈴の形良く鋭利な左手が、虹色に輝く。

 色とりどりの光弾の嵐を、美鈴はレミリアに投げつけていた。

「大人しく惰眠を貪ってて下さい。守られるだけの無力なお嬢様で、別にいいじゃないですかあっ!」

「……そうね。守られるだけ、それも悪くはないと思い始めていたところ」

 レミリアは羽ばたいた。巨大な翼が、虹色の弾幕を打ち払い粉砕していた。

「だけどね、フランが動き始めたなら話は別。私は、あの子と対峙しなければならない。あの子が、咲夜を、霊夢を、傷付けようとしているのなら……私は、止めなければ」

 言わせず、美鈴は踏み込んでいた。

 気の光を帯びた右掌を、レミリアに叩き込む。

 吸血鬼の令嬢の小さな身体が、前屈みに折れた。

「それが寝言だって言ってんだよ、レミリア・スカーレット……」

 物理的破壊力をも有する気力の光を、美鈴は右手からレミリアの体内へと迸らせていた。

 白色の輝きが、翼ある少女の可憐な胴体を貫通する。

 血を吐き、落下し、雪に沈むレミリアに、美鈴は声を投げた。

「私なんかと、こんな、いい勝負してるようじゃ……ね。あの妹様に、勝てるわけがない。ま、意外と頑張ったのは認めてあげます。だからもう大人しくしてて下さい」

「……本当に……強く、なったわね。美鈴……」

 レミリアが、俯いたまま上体を起こす。なおも立ち上がろうとしている。

「今……ご褒美を、あげるわ……」

「寝言が止まらないみたいですねえ、じゃあもう本当に眠らせてあげるしかないですねえぇっ!」

 弱々しく上体を起こした少女に、美鈴は容赦無く蹴りを振り下ろしていった。

 直撃。レミリアが砕け散った。そう見えた。

 レミリアの破片が無数、激しく羽ばたきながら美鈴を取り囲み、旋回する。

 蝙蝠の、群れであった。

 息を呑み、構えようとする美鈴の周囲を、螺旋状に高速飛翔しながら、蝙蝠たちは一斉に光弾を吐き出していた。

 全て、美鈴に命中した。

 竜巻に呑まれたかの如く全身を捻転させ、よろめきながら、美鈴は血を吐いた。悲鳴は、吐血に潰された。

 そんな美鈴の頭上、上空で、蝙蝠の群れは集結・結合し、レミリア・スカーレットの姿形を取り戻す。

「スカーレット家の当主に、よくぞここまで刃向かったもの……紅魔館、不動の門番! 貴女を讃えてあげるわ!」

 レミリアが、その愛らしい両手を地上に向かって振り下ろす。

 真紅の宝珠が、隕石の如く美鈴を直撃した。

 レミリアの、全ての魔力が注ぎ込まれたのではないかと思えるほど巨大な光弾。

 大量の雪が蒸発し、土と石畳の破片が噴出する。

 博麗神社の境内に、隕石孔が出現していた。

 その中心部で、ボロ雑巾のような様を晒しながら倒れている己の姿に、美鈴は呆然と気付いた。

(…………強い……)

 そう、思うしかなかった。

(これが……レミリア・スカーレット……)

「大人しく寝ていなさい美鈴。貴女なら、寝ていれば治る程度の痛手よ」

 レミリアが、ふわりと着地した。そして歩き出す。鳥居を、くぐろうとしている。歩いてだ。

 空を飛ぶ力が、もう残っていないのかも知れない。

 そんな状態でレミリアは、あの妹に立ち向かおうとしているのか。

「……行かせま……せんよ……」

 隕石孔の中央で、美鈴はよろよろと立ち上がった。

「あんたが私に勝って、中途半端に自信付けて……妹様に挑んで、殺される……そんな事になったら、私のせいです。咲夜さんからね……レミリアお嬢様を絶対、動かさないようにって言われてるんですよ私……」

「美鈴は本当によく頑張った。咲夜にはね、そう伝えておいてあげるわ」

「あんたの身に何かあったら、一番……立ち直れなくなるのは咲夜さんだって事、まだわかんないんですかああああッ!」

 美鈴は駆け出し、踏み込み、レミリアに拳を叩きつけていった。

 そして吹っ飛んだ。

 少女吸血鬼の小さな身体をすっぽり包んでしまえそうな大型の翼が、美鈴の拳のみならず全身を打ち据えていた。

(何て事……)

 吹っ飛びながら、美鈴は心の中で呻いた。

(私のやった事は……レミリアお嬢様を止める、どころか……本来のレミリア・スカーレットを、覚醒……)

 狛犬の像に、美鈴は激突した。

 そのまま雪の中にずり落ち、即座に立ち上がり、美鈴は地を蹴った。

「けど、駄目……今のあんたは私より強いだけ! 妹様と戦って生きてられるわけがない! だから、行かせはしない……」

 またしても、美鈴は吹っ飛んだ。

 レミリアの一撃、ではない。彼女も、吹っ飛んでいる。

 弾幕、であった。

 美鈴の背後から、何者かが光弾の嵐をぶちまけたのだ。

 その直撃を喰らって仲良く吹っ飛んで行く美鈴とレミリアに、

「いい加減にして下さぁあああああいっ!」

 弾幕を放った何者かが、怒声を投げる。

「貴女たち2人! お互い守ってあげたい気持ちがあるのに、よくわかんない意地を張って弾幕戦までやらかして! 違うでしょ!? 守るっていうのはぁ、そうじゃないでしょうがッ!」

 境内のどこかに激突し、美鈴は気を失った。



 博麗の巫女も霧雨魔理沙も、おかしな薬を服用しながら戦っていた。

 人間である彼女たちが、スカーレット姉妹との戦いをどうにか生き延びる事が出来たのは、あの薬のおかげであると言っても過言ではないだろう。

 1人、露台に立って月を見上げながら小悪魔は、霧雨魔理沙との会話を思い返していた。

 竹林の連中が作った薬。魔理沙は、そう言っていた。

 迷いの竹林に、奇妙な者たちが住んでいるという噂は、小悪魔も耳にしている。

 医者あるいは薬屋のような事をしている、らしい。

 その噂が、ほぼ真実に近いものである事は、あの薬の存在が証明している。

 死にかけていた人体を、一瞬のうちに修復してしまう劇薬。確かに、パチュリー・ノーレッジの身体には合わないかも知れない。

 だが、あのような薬を調合出来るほどの薬師ならば。

「……パチュリー様を、助けてくれる……かも知れない」

 欄干を掴みながら小悪魔は、冬の夜空を見上げた。

 いや、本当は春であるはずなのだ。

 桜の咲く時期であるはずなのに、冬の寒さが荒れ狂い、パチュリーの身体を蝕み続ける。

「どうしたんですか? 小悪魔さん」

 1人の妖精メイドが、いつの間にか傍にいた。

「大妖精……」

「パチュリー様、さっきまでずっと咳をしていましたね。苦しそうでした」

「……ようやく、お休みになられたところよ」

「小悪魔さんも休みましょう」

「……貴女もね。こんな時間まで、働かされて」

 小悪魔は、微笑んで見せた。

「咲夜さんがいないんだから、メイドの仕事なんてもう少し適当に流せばいいのに」

「絶対にばれます。あの人が帰って来たら」

 十六夜咲夜が戻って来る事を、大妖精は信じて疑っていないようである。

「……貴女、逃げないの?」

 小悪魔は訊いた。

「お嬢様も咲夜さんもいないのよ? 紅魔館から逃げ出す、絶好の機会だと思うけど」

「ここのお嬢様方の事は私、まだよく知りませんけど、咲夜さんの事はわかります。ひたすら恐い人です」

 大妖精も、月を見上げた。

「私……咲夜さんから教わらなきゃいけない事、まだ沢山あります。早く帰って来て欲しいです」

「……あのチルノとかいう奴の事は、どう? 咲夜さんより心配なんじゃないの」

「チルノちゃんは……」

 月の中に、大妖精はチルノの笑顔でも見出しているのだろうか。

「……いつも、どこかへ飛び出して行っては危ない目に遭って、でも何だかんだでちゃんと無事に帰って来てくれるんです。竹林で迷子になった時も、そうでした」

「そう、それよ。迷いの竹林」

 チルノの事など、小悪魔にはどうでも良かった。

「貴女たち妖精、幻想郷のどこにでもいるのよね。あの竹林にも……あそこに住んでいる、薬屋さんだかお医者さんだかについて貴女、何か知らない? 妖精のお仲間から、何か聞いたりとか」

「皆さんご存じの噂話、程度の事しか私は知りませんけど……」

 沈思しながら、大妖精は視線を動かした。冬の夜空から、霧の湖へと。

 冷たく凍りついた湖面を、紅魔館の露台から見渡す事が出来る。

「私に色々良くして下さる人魚さんが……竹林にお住まいの、とある妖怪さんとお知り合いなんだそうです」

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