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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
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第6話 スカーレット姉妹の春雪異変

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 人里で、子供の喧嘩を仲裁した事がある。

 兄弟喧嘩であった。

 弟は兄の横暴が許せず、兄は弟が逆らってくるのが許せない。

 よくある事だ、というのは、兄も弟も姉も妹もいない霊夢にもわかる。

 その時は、半ば無理やり仲直りをさせた。兄の方が、頭にたんこぶを作る羽目になった。

「あんたはね、わかってると思うけど、たんこぶで済ませる気はないから」

 眼前で印を結びながら、霊夢は言った。

 夜空に佇む巫女の周囲を、2つの陰陽玉が旋回する。その速度が、凄まじい勢いで上昇してゆく。

「……あれの延長みたいなもんでしょ、あんたたちの喧嘩なんて」

 霊夢の言葉に、フランドール・スカーレットは応えない。

 宝石のように煌めく翼を揺らめかせ、飛翔しながら、緑色の線を夜空に引いている。縦横無尽に、冬の夜闇を切り取るが如く。

 その線は、弾幕であった。小さな緑色の光弾が無数、直線状に並んでいるのだ。

「ああ、でも姉妹喧嘩っていうのは、あれよね。兄弟喧嘩より陰湿なのよね……無理なく自然な形に、大人を味方に引き込んだりして」

 霊夢の周囲では、2つの陰陽玉が超高速で旋回し続けている。

 2つではない、無数の陰陽玉が出現しているようでもあった。

「……いるんでしょう? 子供同士の姉妹喧嘩に介入して、結果的にあんたみたいな危険物を幻想郷に引き込んだ、たちの悪い大人が」

 夜空のあちこちで、爆発が起こった。

 緑の直線が揺らぎ、崩れ、無数の光弾となって霊夢を襲う。

 爆発の炎が、そのまま巨大な光弾となって、同じく霊夢を襲う。

 大小の弾幕であった。

「そいつの事、教えて欲しいんだけど。あんた、そいつに閉じ込められていたんでしょ? 五百年くらい」

 霊夢は印を切った。

 無数の陰陽玉が、フランドールに向かって流星雨の如く飛ぶ。

 その間、霊夢は、降り注ぐ大小の弾幕をかわし続けた。

 爆炎のような大型光弾、緑色の小型光弾。共に、恐るべき破壊の魔力の塊である。四肢をかすめただけで手足がちぎれ、胴体をかすめただけで臓物まで叩き潰される。

 そんなものたちが顔面の横を、剥き出しの肩や腋の下の近くを、超高速で通過してゆく。

(当然わかってるわね、博麗霊夢……あの薬、ないんだからね)

 自身に言い聞かせながら、霊夢は付け袖をはためかせて身を捻り、弾幕の襲来に対して少しでも身体の面積が小さくなるよう努めた。

 もう少し胸が大きかったら当たっていたかも知れない、と思わなくもない。

 一方フランドールは、回避などしていなかった。可愛い右手で巨大な光の剣を振り回し、陰陽玉をことごとく粉砕している。

 砕け散った陰陽玉が、光の破片となってキラキラと消滅する。

 それを蹴散らしながら、フランドールは斬りかかって来た。

 可憐な美貌には表情がなく、澄んだ真紅の瞳には感情の輝きがない。

 だが、斬撃の動きに込められた殺意は本物だ。

 目の前にいる相手が、憎いわけではない。単なる障害物、だから排除する。

 そんな憎悪なき殺意を宿した光の刃が、霊夢に向かって一閃する。

 ふわりと回避しながら、霊夢は叫んだ。

「夢想封印!」

 いくつもの虹色の光弾が、あらゆる方向からフランドールを襲う。

 光の破片が、飛び散った。

 フランドールの斬撃が、夢想封印を薙ぎ払ったのだ。

 虹色の光弾も、光の剣も、砕け散っていた。

 徒手空拳のフランドールが、しかしすでに霊夢の眼前にいる。

 愛らしく無表情。まるで人形のような美貌が、至近距離から霊夢を見つめる。

 虚ろなほどに澄んだ赤い瞳の中で、霊夢の顔が青ざめ、強張り、ひきつっている。

 自分は今、恐怖心に近いものを抱いている。それを、霊夢は自覚した。

 恐怖とは、警告である。

 己の中の、思考や感情よりも原始的な部分が、危険を感知し、それを声高に叫んでくれているのだ。

 だから恐怖心を、忌避すべきではない。

 警告に従って、霊夢は身を捻った。

 小さな、だが凄まじい何かが、腹の辺りをかすめた。

 フランドールの、可憐な左手。

 ぬいぐるみより重いものを保持する事も出来ないと思える五指が、今、自分の身体に突き刺さるところだった。それを霊夢は確信した。

「この……ッ!」

 フランドールの顔面に、霊夢は平手打ちを叩き込むかのように呪符を貼り付け、霊力を流し込んだ。

 呪符が、爆発した。

 霊力の爆撃に吹っ飛ばされたフランドールが、空中でふわりと体勢を立て直す。

 可愛らしい美貌は、全くの無傷で、相変わらずの無表情だ。

「あんた今、その小っちゃな手で……私の命、握り潰そうとしたわね……」

 距離を隔てて睨み合ったまま、霊夢は言った。

「今、わかったわフランドール・スカーレット。あんたの攻撃で一番、警戒するべきは弾幕とか剣じゃなくて……素手。徒手空拳のあんたが、一番やばいわ」

 左手で、お祓い棒を構える。右手で、何枚もの呪符を扇のように広げてゆく。

「そんな化け物……レミリアに、近付けるわけにはいかない……」

 そこで、霊夢は止まった。言葉も身体も、硬直していた。

 周囲に、無数のナイフが浮かんでいる。浮かんだまま静止して、霊夢を取り囲んでいる。

 ナイフの時間だけが、止められているのだ。

「そこまでよ博麗霊夢。フランドール様への、それ以上の無礼は許しません」

 十六夜咲夜が、静止したナイフに爪先を載せていた。

「妹様、紅魔館へお戻り下さいませ……レミリア・スカーレットなど、放っておかれるのがよろしいでしょう。あの者は敗者、今や博麗の巫女に飼われるだけの小動物。勝者たる妹様にお時間を取らせるほどの存在ではございませんわ」

 咲夜の言葉に、フランドールは何も反応しない。澄んだ人形の眼差しを、霊夢に向けるだけである。

 油断なく見つめ返しながら、霊夢は言った。

「……メイド長が、こんな所にいていいの。あの紅魔館って所、あんたがいないとどうにもならないんでしょ?」

「大妖精がいるわ。あの子はとても優秀、臨時のメイド長なら充分に務まる逸材よ」

 言いつつ咲夜が、ちらりと視線を動かす。

 博麗巫女と吸血鬼との戦いに割って入る事も出来ず、空中で立ち竦むだけの、1人の妖精の方へと。

「大妖精が心配しているわ、チルノ。貴女も一緒に帰りましょう」

「……あたいも大ちゃんも、帰るお家は紅魔館じゃなくて霧の湖にあるんだけどな」

 チルノが文句を漏らす。

「それより咲夜……フランはお姉ちゃんの事、放ってなんかおかないぞ」

「わかるわ。妹様がレミリア・スカーレットに対し抱いておられる憎しみは、私たちごときの想像を絶するもの。ですが妹様、あのような小動物のためにそこまで御心を煩わせるなど」

「そうじゃない! 美鈴も咲夜も、わかってなぁあいっ!」

 チルノが叫んだ。

「フランはいつか絶対、お姉ちゃんと仲直りする! あんたたち紅魔館そうなったら全員で、フランのお姉ちゃんにお帰りなさいをしなきゃいけないんだぞ! あと、ごめんなさいもだっ!」



 フランドールに、腕を、翼を、引きちぎられた。

 あれに比べたら、随分と優しい攻撃ではある。

 それでもレミリア・スカーレットは叩き落とされていた。空中から、博麗神社の境内へと。

 吸血鬼の少女の小さな身体が、狛犬像に激突して跳ね、そのまま雪の上に落下する。雪の中へ、柔らかく埋まる。

「妹様の攻撃に比べたら……私の拳なんて、攻撃と呼べるものでもないでしょう」

 紅美鈴が、ふわりと降下して来て雪の上に立った。

「それでもね、今のあんたをぶちのめすには充分です」

「…………強く……なったわね、美鈴……」

 雪に埋もれたまま、レミリアは辛うじて声を発した。

 美鈴が、溜め息をつく。

「現実を見て下さいよレミリア様。私が強いんじゃあなくて、あんたが弱すぎるんです」

 雪の中から、レミリアの身体が浮かび上がる。美鈴に胸ぐらを掴まれ、持ち上げられていた。

「知ってますか? 私ら妖怪ってね、精神的な痛手に弱いんだそうですよ。心が折れれば、力も折れる……まさしく今のレミリア様です。こんな状態で紅魔館に帰って来てもねえ、また妹様にむしられるだけですよ? 博麗神社で大人しくしてなさい」

「フランは……」

 宙吊りのまま、レミリアは弱々しく訊いた。

「咲夜は……パチェは? ねえ美鈴……みんな、元気なの……」

「あっははははは。パチュリー様がお元気なわけないじゃないですか、もう」

 笑いながら美鈴は、レミリアの顔面を狛犬像に叩き付けた。

 痛い、と悲鳴が聞こえたような気がした。レミリアの悲鳴ではない。

「例によって死にかけてますよ。魔力も限界で雨も止んじゃいました。つまりね、妹様が紅魔館を飛び出して行かれたって事です」

 無言で歯を食いしばるレミリアに、美鈴が続いて膝蹴りを叩き込む。むっちりと力強い太股が、少女吸血鬼の小さな身体をズドッ! とへし曲げた。

「愛しい姉君を、今度こそ死ぬまで引き裂いてちぎってむしるために、ね……」

 へし曲がったレミリアを、美鈴が物のように放り投げる。そして。

「それを今、咲夜さんが止めてるところです……あんたをねえ、守るために!」

 空中で放物線を描くレミリアに、美鈴が右手で狙いを定めた。

 形良く鋭利な五指から、虹の嵐が放たれた。そう見えた。

 色とりどりの、気の輝き。弾幕である。様々な色の光弾が、嵐となってレミリアを直撃する。

 小さな全身から血飛沫を放散しながら、レミリアは錐揉み状に吹っ飛び、落下し、雪に埋まった。

「レミリア様が、いらん決意を固めて妹様と対決しようとする。咲夜さんはね、それを心配しているんです」

 さらなる攻撃をしようとせずに、美鈴は言った。

「頼むから大人しくしてて下さい。咲夜さんに心配かけるのは……許しませんよ」

「……咲夜……が……」

 弱々しく雪に溺れながら、レミリアは呻く。

「フランと……戦って、いる……?」

「何度でも言いますが、あんたを守るためですよレミリア様」

 言いつつ美鈴が、境内を見回した。

「博麗の巫女は……留守、のようですね。なるほど、妹様への迎撃に出ましたか」

「霊夢も……」

「咲夜さんと博麗の巫女が、2人がかりでレミリア様を守っているんです。わかりますか? ここで大人しくさえしていれば、あんた安全なんですよ」

 美鈴が、くるりと背を向けた。

「私も咲夜さんの加勢に行きます。余計な事しないで下さいね」

「……ありがとう、美鈴……」

 その背中に言葉を投げながら、レミリアは弱々しく羽ばたいた。翼で、雪を押しのけた。

 そして、立ち上がる。

「お前も……咲夜も、パチェも……情けない私を、フランから守ってくれているのよね……」

「情けなくたっていいじゃないですか。ここで、博麗の巫女に守られながらのんびり暮らす。それでいいじゃないですか。咲夜さんもパチュリー様も、気が向けば時々くらいは会いに来てくれますよ」

 振り返らず、美鈴は言った。

「……妹様は、恐い御方です。あんたが恐がるのもわかります。無理に恐怖を克服する必要もないでしょう」

「……フランは、私の妹よ……」

 よろり、とレミリアは雪を踏んだ。美鈴に向かって、踏み出した。

「私は……フランと、向き合わなければならない……」

「……中途半端に叩きのめしても、駄目みたいですねえ」

 美鈴が振り返り、睨み、片手を掲げる。

 虹色の弾幕が、迸ってレミリアを直撃した。

 血飛沫を、大量の雪を、飛び散らせながらもレミリアは踏みとどまった。

「……そうよ、紅美鈴……本気で、私を打ち倒して御覧なさい」

 血まみれの顔で、レミリアは微笑んで見せた。

「お前の本気など……フランの遊びに比べたら、何程のものでもないわ」

「あんた……!」

「私はね、本気のフランと向き合わなければならないのよ。あの子の、本気の憎しみと」

「それで罰を受けた気分にでもなろうってのか。いい加減にしろ」

「私は、あの子からスカーレット家の家督を奪い取った。それを後悔してはいないわ。だって私は姉だもの。長幼の序は、守らなければ」

 雪が、ぼんやりと赤く照らされてゆく。

 赤く輝く宝珠のようなものが、レミリアの周囲に生じ、浮遊している。

「あんなスキマ妖怪に頼らず……私は、自力でそれをするべきだった」

「寝言は寝て言え! あんたの自力が、妹様に通用するとでも思ってるのか!」

「そうね、私はフランに殺されるかも知れない。そうなったら、せいぜい私を嘲笑いなさい」

 宝珠にも似た真紅の光弾が、レミリアの周囲で輝きを増してゆく。

 そして、血まみれの吸血鬼をさらに赤々と照らし出す。

「たとえ笑われても……私は、495年前に自分でするべきだった事を、今からでもしなければならないのよ。スカーレット家の当主として、いえ……姉として」

 真紅の輝きの中で、レミリアは微笑んだ。

「……それも、少し違うわね。レミリア・スカーレットという1つの存在として」

 同じく確固たる一存在である、フランドール・スカーレットと相対する。

 それも、言葉にしてしまうと陳腐なものになる。

「とにかく私はフランに会わなければいけないの。だから美鈴、そこをどきなさい」

「ふざけるなよ……」

「あくまで立ち塞がると言うのなら、それも一興。紅魔館の主として、お前を罰します」

 レミリアは、にこりと牙を剥いて見せた。

「……心して私に刃向かいなさい、華人小娘」

「ふざけるなよ、レミリア・スカーレット……!」

 雪を蹴散らし、蹴立てて、美鈴は踏み込んで来た。

「お前! 咲夜さんの気持ちがわからないのかああああああッッ!」

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