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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
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最終話 Old World

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 盃と盃を、触れ合わせた。

「……まったく、大変な目に遭ったわ」

「お疲れ様、とは言ってあげる」

 西行寺幽々子が微笑んだ。

 並の人間であれば、この笑顔を向けられただけで安らかに往生してしまうだろう、と八雲紫は思った。

「私や妖夢と同じ程度には、貴女も痛い目に遭ったのね紫。偉いわよ」

「……魂魄妖夢は、今どこに?」

「見回りに出たわ。冥界の治安維持も庭師の管轄、なんて言いながらね」

 小さな盃を、幽々子は一気に乾した。

「……あの子、気を利かせてくれたのよ。ふふっ……私と紫を、2人っきりに」

「私が、彼女に嫌われているだけだと思うわ」

 言いつつ紫も、盃の中身を呷った。そして気付いた。

「このお酒……」

「そう、あのお酒よ。私たちの、唯一の戦利品。何百年もかけて、ちびちびと愉しんでいるの」

「……優雅なのか貧乏性なのか、わからないわね貴女」

 白玉楼の庭園を、紫は見渡した。

 満開の桜。ふわふわと舞う、花吹雪。少し前までプリズムリバー楽団がここにいて、西行寺幽々子に捧げるための楽曲を奏でていたという。

 惜しい事をした、と紫は思うが、静寂の桜も悪くはない。

 そんな白玉楼の春そのものを睥睨する、死せる巨木。冥界のどこにいても視界に入る、咲かぬ桜の大樹。

 巨大な骸骨の如き枝振りを、紫はぼんやりと見上げた。

 これまでの西行寺幽々子は、西行妖から投影された幻のようなものであった。

 レミリア・スカーレットは、妹に怯えながら必死にそれを隠し通し、偽りのカリスマを演じ続けていた。

 そして自分・八雲紫は、結局のところ戦いから逃げ回る臆病者でしかなかったのだ。

 この度の異変を経て、幽々子とレミリアは明らかな成長を遂げた。自分はどうなのか。

 幽々子が、じっと紫を見つめている。

「……まだまだ、ね」

「あれだけの異変を起こしておいて、まだ暴れ足りないの?」

 紫は苦笑する。幽々子も微笑む。

「暴れ足りていないのは紫の方。随分と痛い目に遭った、のは認めてあげる。でも貴女、あの博麗霊夢と……本気で、戦っていないでしょう?」

「……ひどいわ。幽々子まで、私をいじめるのね」

「八雲紫が本気の弾幕戦を行えば、人が大勢死んで冥界に流れ込んで来る」

 幽玄そのものの桜の風景を眺めながら、幽々子は言った。

「……白玉楼がこんなに静かなのは、貴女が本気で戦っていない証拠よ。まあ仕方がないわね、紫は優しいから本気で戦う事が出来ない」

「もう酔っ払っているの?」

「本当の事よ紫。貴女は優しいから、結局……私を、殺してはくれなかった」

 紫は息を飲んだ。

 幽々子は、冥界の背景を成す西行妖の威容を、ぼんやりと見上げている。

 亡霊は、己の死を受け入れた瞬間、消滅する。

 だが。己の死を受け入れた上で、その先に進む事が出来るとしたら。

(亡霊の、新たなる段階……私は幽々子に、それを期待していなかったわけではないけれど……)

 思いつつ、紫は問いかけた。

「幽々子……貴女、思い出した事はあるの?」

「朧げな、夢のようなものが、私の脳裏に浮かんでは消えてゆく……このところ、そんな毎日よ」

 眼前を舞う桜の花びらを、幽々子は扇で弄んだ。

「それは記憶、なのかも知れない……単なる妄想かも知れない。はっきりする事はないでしょうね。私が」

 花を咲かせず葉も開かず、ただ巨大な骸骨のごとき様を冥界全域に晒し続ける桜の大樹を、幽々子は見つめている。

「……どろどろ、ぎらぎらしたものを……私が、取り戻さない限り……」

 扇の陰で、綺麗な唇が歪んでいる。それが微笑であるのかどうか、紫にはわからなかった。

「取り戻したい、とは思わないわ。失ってしまったものを欲しがるのは、とても無様な事……だけど、ねえ紫。どうしましょうか? あれを、ずっと西行妖に任せきり……というわけには、いかないと思うの。いずれ、どうにかしなければ」

 幽々子が見据えているのは、西行妖ではない。

 かつて彼女が、西行妖の中へと置き去りにしてしまった何かだ。

 それを見つめ、幽々子は言った。

「……私が……やらなければいけない事、よね……」



 縁側の下を、覗き込んでみる。

「見ぃつけた! なんて、ね……」

 レミリアとは、何度も隠れん坊をして遊んだ。

 日が落ちてからの隠れん坊であるから難易度も倍増しである。吸血鬼が夜の暗がりに身を潜めると、普通の人間ではまず見つけられない。

 他愛のない子供の遊びも、レミリアと一緒であれば時を忘れた。

 博麗霊夢は縁側に腰を下ろし、ぼんやりと月を見上げた。

 博麗神社のどこを探しても、床板を剥がしてみたとしても、レミリアを見つける事はもう出来ない。

 数日前、境内で少しばかり派手な戦いをした。

 あれも含めて、自分は長い夢を見ていたのではないか、と霊夢は思う。

「レミリア……」

 縁側に座ったまま、呟いてみる。当然、返事はない。

 夢などで、あるはずがなかった。

 魔理沙の薬草のおかげで傷はほぼ完治したが、痛みは身体が覚えている。

 自分は、八雲藍と盛大に殺し合ったのだ。殴り合ったのだ。

 それを、レミリアが仲裁した。

 愛玩動物でしかなかった少女が、博麗の巫女と大妖怪の戦いを仲裁したのである。

 自分は仲裁されてしまったのだ、と霊夢は思った。小動物であるはずの少女にだ。

「……何よ、いきなり立派になっちゃって……」

 そんな言葉が、漏れてしまう。

 限界だった。見上げた月が、ぼやけてゆく。

「レミリア……レミリアぁ……」

 霊夢は、涙を流していた。

 酒の匂いがした。

 涙目で、霊夢は睨みつけた。

「……いつから、そこにいたのよ」

「おめえがな、1人でかくれんぼやってる時から、ずっといたよ」

 伊吹萃香が、いつの間にか隣に座っていた。

「……やるか? 弾幕戦」

「今、そんな気分じゃないから……」

「そっか。じゃあ、こっちだな」

 萃香が、瓢箪の中身を盃に注ぎ、差し出してきた。

「呑め」

「……人間が呑んでも、大丈夫なお酒なんでしょうね」

 そんな事を言いながらも、霊夢は盃を受け取っていた。酒の香りに、抗えなかった。

 唇を触れる。舌を触れる。口の中に、少量を流し込む。

「甘……」

 盃の中身を全て、体内に流し込んでいた。

「何これ、甘い……すごい、すっきりしてて……もっとこう、口の中火傷しそうなの想像してたのに」

「酒ってのはな、当たりが強けりゃイイってもんじゃねえのさ」

 萃香が、もう1杯をトプトプと注いでくる。

 霊夢は一気に呷り、盃を乾した。そして叫んだ。

「……レミリアのばかやろーッ!」

「そうそう、馬鹿野郎だ。大抵の事ぁそれでいいのさ」

 自分の盃にも霊夢の盃にも酒を注ぎながら、萃香は笑う。

「天狗の新聞、見たか?」

「見てないわよ。そんな気分じゃないし」

「おめえと、あの八雲藍がな、素っ裸で組んずほぐれつしてるとこバッチリ載ってんぞ。まあ射命丸の奴ぁ性格腐ってんから、肝心なとこ写ってねえけどな」

「ま、あの天狗はいずれ裸に剥いて縛り上げて晒すとして」

 霊夢は、今度はちびちびと酒を啜った。

「……私が、撮られてしょうがないくらい無様な戦いをしたのは間違いないから」

「博麗の巫女、脱がされるってんで人里じゃ大評判だぞ」

「それで、この神社の参拝客が増えてくれればいいんだけど」

 ちらりと、霊夢は萃香を睨んだ。

「……妖怪どもが入り浸ってるようじゃ、無理かな」

「はっはっは、あきらめろ。おめえはな、こっち側よ」

 萃香が笑い、酒を飲む。

 霊夢は盃を乾し、立ち上がった。

「何か持って来る。たくあんとか、ふうきみそとかで、いいわよね」



「レミリアのぉ、大バカやろぉおおおおお!」

 霊夢の叫び声が聞こえた。伊吹萃香の、馬鹿笑いも聞こえた。

 近付いてはならない、と高麗野あうんは思った。

 博麗の巫女と、鬼。とてつもなく危険な宴が、社務所の方で催されているのだ。

「こっちはこっちで、楽しくやろうよ!」

 サニーミルクが言った。

 スターサファイアとルナチャイルドが、狛犬像の前で敷物を広げ、酒や重箱を並べている。

「今日は、夜桜が綺麗よね」

「本当……良かったわよ、ちゃんと桜が咲いて」

「ささ、あうんちゃんも降りて降りて」

 サニーミルクが、狛犬像を台座から引きずり降ろそうとする。

 あうんは困惑した。

「で、でも……私には、狛犬としての役目が……」

「巫女が馬鹿騒ぎしてるのに、狛犬さんだけ真面目にお仕事なんて馬鹿らしいでしょ」

 ルナチャイルドが言った。

 あうんは結局、酒の香りに抗いきれず、台座から転げ落ちていた。

 妖精たちが抱き止め、上座に座らせてくれた。

 盃を持たされた。スターサファイアが、容赦なく酒を注いでくる。

「あうんちゃん、ご苦労様。怖い怖い弾幕戦に付き合わされて、私たちの事も守ってくれて」

「……ごめんなさい。あの花冠、使って壊しちゃいました」

「今度、何回でも使えるやつ作ってあげるよ!」

 サニーミルクが明るく騒ぐ。

「さ、行き渡ったとことで乾杯よ。鬼のいる、鬼みたいな巫女もいる、博麗神社の夜桜に」

「静かな月夜の晩に……まあ全然、静かじゃないんだけど」

 ルナチャイルドが微笑む。スターサファイアも笑う。

「うふふ。長い冬の終わりと、短い春の始まりに」

「あうんちゃんと一緒に、かんぱーい!」

 妖精3名が、唱和した。俯き加減に、あうんは合わせた。

 博麗神社の境内で、不法侵入者である妖精たちが、狛犬を巻き込んで宴会を始めてしまった。

 巻き込まれるまま、あうんは酒を飲み、重箱に箸を伸ばした。

「美味しい……妖精さんって、お料理も出来るんですねえ。甘く見てました」

「妖精ってね、お酒好きが多いのよ。そりゃもう妖怪に負けないくらい」

「おつまみ作らなきゃ、って事にはなるわよね」

「それなら霊夢さんとも仲良くなれます。うっかり怒らせちゃったら、何かお酒に合うもの作って奉納して下さい」

「……ものすごい搾取されそうな気もするけど」

 ルナチャイルドが呟く。

 霊夢の奇声と、萃香の笑い声が聞こえて来る。

 明日の博麗の巫女は、完全に行動不能であろう。

 ゆっくり休めば良い、とあうんは思った。



「強いわね、貴方」

 八雲紫が言った。何の事だ、と俺は思った。

 紫が何を言っているのか、俺にはわからない。

 俺は今、紫に何かをされた。それはわかる。

 殺してもらえるなら、むしろ望むところであるが、そうではなかったようだ。

 俺は、生きている。相も変わらず、無力で無様な姿を晒している。

 強いわけがないのだ。

「貴方の輪郭……とても、強いわ」

「輪郭……」

 呆然と、俺は言った。

「俺は今、自分がどんな姿をしているのか……よく、わからん。醜くて、グニャグニャしていると思う……輪郭なんてもの、あるわけがない」

「それが、あるのよ。貴方という存在を、他の誰からもきっちりと区別する、とてつもなく堅固な境界線」

 見えないが、俺にはわかる。

 紫は今、この上なく優しい笑顔を、俺に向けてくれている。

「私は貴方に、弾幕戦の強さは期待していない……その輪郭の強さを、どうか失くさないで」

「俺は……弾幕戦も、強くなりたいな」

 自覚している。今の俺は、美人の女教師に褒められている、童貞の中学生みたいなものだ。

 そんな俺を、紫は笑っている。

「貴方も見たでしょう? 弾幕戦なんて、藍がいれば充分なのよ」

「お前、慌てなくても強くなってるね」

 橙もいた。

「だけど藍様に追い付こうなんて無理よ。お前はお前、出来る事すればいいね。橙と同じね」

「同じわけがあるか……」

 橙は、紫にとって、かけがえのない存在だ。

 俺など、良くても拾われた動物だ。しかも可愛くない。

「紫様、準備が整いました。さあ参りましょう」

 八雲藍の声がする。

 俺は、藍ではなく橙に訊いた。藍は恐い。

「……出かけるのか?」

「お花見よ。白玉楼のバケモノのせいで来なかった春、やっと来たね」

「そうか。楽しんで来るといい」

 俺は、この迷い家の留守番である。大役である。

「……いいか、よく聞け罪悪の袋」

 恐ろしい八雲藍が、ずいと近づいて来て言った。

「貴様も、行くのだ」

「え……いや、しかし」

 俺など連れて行ったら、春の景色が台無しになる。酒も弁当も不味くなる。

「幻想郷は、全てを受け入れる」

 紫が言った。

「……と言えるほどでは実はないけれど、貴方を受け入れる事くらいは簡単よ。さあ、行きましょう」

「俺は……」

「前も言ったね」

 橙の可愛らしい手が、俺の汚らしい身体のどこかを掴んだ。

「お前、居候。拒否権ないよ。橙たちと一緒に行くね」



 博麗霊夢が、死んでいた。

 霧雨魔理沙は縁側に腰掛け、声をかけた。

「おーい、どうした。また私の弾幕でもぶちかましてやらないと、生き返らないのか?」

「生きてるわよ……死んでるけど……」

 畳にごろりと横たわったまま霊夢が、辛うじて聞き取れる声を出す。

「あー……口当たりの良さに、騙されたわ。不覚……」

「……良かったな霊夢。新しい、居候だぜ」

 魔理沙は言った。

 同じく畳に横たわった伊吹萃香が、へらへらと笑いながら眠っている。時折、おかしな寝言を呟いている。

 霊夢が、そちらを睨んだ。

「……勘弁してよ。レミリアと比べてまあ、可愛くないの何のって」

 などと言いながらも霊夢は、この鬼を博麗神社から放り出したりはせず、仲良く二日酔いの醜態を晒している。

「で……魔理沙は何の用? この酔っ払いを引き取ってくれるわけ?」

「どっちの酔っ払いだよ。ま、どっちだろうと面倒は見きれないけどな」

 魔理沙は言い、1つ間を置いた。

「……パチュリーの奴な、永遠亭って所にいるらしい。竹林の奥、あの薬を作った連中が住んでる場所だ」

「永遠亭……ね」

 霊夢は、頭を押さえながら上体を起こした。

「……あの薬を、もっと大量に手に入れられないかって考えてたのよ。パチュリー・ノーレッジを上手いこと橋渡しにして、交渉出来ないかしら」

「お前の交渉ってのは、あれだろ。よこせ、金は払えん……以上。そこで話が終わっちまう」

「……外の世界に、お金……奪いに行きましょうか」

「やめろよ博麗の巫女……」

 魔理沙は、二日酔いどころではない頭痛を覚えた。

「お前って奴は、そういうところ全然変わんないよなあ。そろそろ付き合いも長いけどお前、初めて会った時から」

 頭痛すら砕けて失せるほどの衝撃が、魔理沙の脳を揺るがした。

 1つ、恐ろしい事に気付いてしまったのだ。

「何よ魔理沙。あんたと初めて会った時の事なんて、もう覚えてないっての。あれよね、気がついたら何となく一緒に弾幕戦やったりしてたわよね」

「私は……」

 己自身の事を、魔理沙は確認してみた。

「……実家には、長いこと帰ってなくて……」

「何、顔出す気になった? 付き合おうか? 霖之助さんが一緒の方がいいわね」

「……こーりんは、ずっと私の兄貴みたいなもので……」

 疎遠ではあるが、父親の顔はもちろん覚えている。声も思い出せる。散々、口喧嘩をしたものだ。

 森近霖之助が度々、間に入って収めてくれた。

「だけど結局、私は家出する事になって……1人で、魔法の修行を……あれ?」

 魔法の修行など、1人で出来るわけがない。

 師匠が、いるはずなのだ。

 記憶の中に、父親はいる。霖之助もいる。

 だが、師匠であるはずの誰かの姿が、見当たらない。そして。

「いない……」

 魔理沙は、頭を抱えた。

「お前が……いないんだよ、霊夢……」

「……私、ここにいるけど?」

「お前と私……一体、どこで、どんなふうに出会った……っけ?」

 覚えていない、と霊夢は言った。違う、と魔理沙は思う。

「覚えてないとか、忘れたとかじゃあない……お前が、いないんだよ。私の記憶の中に……私は、お前と出会ってなんかいないはず……だけどお前は私の友達で、私にとってそれは当たり前の事で」

「何度でも言うわよ魔理沙。私は今、ここにいる」

 二日酔いの真っ最中とは思えぬほど、霊夢の口調は力強い。

「……それじゃ、不満?」

「いや……ごめん、霊夢。変な事言って」

「魔理沙って、何だかんだで根はすっごい真面目なのよね」

 萃香の頬をつまんで引き伸ばしながら、霊夢は言った。

「だから色々、難しい事を考えちゃう。悪いとは思わないけど、まあ程々にね」

「そうだな……考えれば考えるほど、おかしな気分になっちまう」

 どのような気分か。言葉にするとしたら、1つしかない。

「何か、得体の知れない怪物が……私の記憶を、歴史を、喰っちまったみたいな……」



 上白沢慧音は、歴史を記していた。

 この度の、長き冬の異変。知る限りの事を後世に伝えるべく、白紙の巻物に筆を走らせている。

 無論、稗田家の幻想郷縁起とは比べようもなく内容の薄い、史料としての価値が低いものに仕上がるだろう。

 そして。書き記す事の出来ない、歴史もある。

 慧音は筆を止め、声をかけた。

「霧雨魔理沙に、会いたいのではないのか? 会って来てはどうかと思うが」

「……あの子の歴史を壊しちまう事にしか、ならないさ」

 慧音にしか聞こえない声。

 慧音にしか、存在を認識する事の出来ない者たちが、そこにいる。

「未練がましい、とは思うよ。いいさ、年寄りの未練を嘲笑うといい」

「ふふ……羨ましいわ。貴女のところの子は、しっかりしている。それに比べて」

「そうだな、あの子は少しばかり危なっかしい……そこが良い、と私は思うけれど」

 誰からも、忘れ去られた者たち。

 死んだ、わけではない。ただ、誰にも思い出してはもらえないだけだ。

「……他にも、やりようはあったはずだ。今からでも、やりようがあるはずだ」

 慧音は言った。はたから見れば、独り言だ。

「あなた方と幻想郷、折り合いを付ける道は必ずある。現に」

「彼女は元々、幻想郷の出身だ。私たちとは違う」

「上白沢慧音……ありがとう。貴女の気持ち、とても嬉しいわ」

「お気持ちだけで、充分なのですぅ」

「私ら別に、死んだわけじゃないからね。誰も知らない場所で、こうやってのんびり暮らしてる。それでいい」

 慧音にしか聞こえない、他の誰にも届かぬ言葉であった。

「今、幻想郷に……我々の歴史があっては、いけないのさ」

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