第46話 燃える博麗神社(Extra Stage 後編)
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
八雲藍が、姿を消した。
代わりに出現したのは、弾幕である。
レミリア・スカーレットが放つ、宝珠の如き赤い光弾。あれに似ていた。
12個の、大型光弾。
それらが前後左右上下、斜め上方に斜め下方……12の方向から、博麗霊夢1人に集中して行く。
「させない……!」
十六夜咲夜が、力を解放した。
解放された力が、四角形に広がって行く。
パーフェクト・スクウェア。そう名付けられた巨大な四角形を、咲夜は霊夢に投げ付けていた。
弾幕のみを消滅させる、方形の結界。
それが、しかし砕け散った。
赤い、光の刃が、結界の破片を蹴散らして回転する。
「十六夜咲夜……君の、戦いの才能は素晴らしい。博麗霊夢に匹敵し得る、かも知れない」
八雲藍の、声だけが聞こえた。
「様々な戦い方を、実戦で身につけてゆく。大急ぎで強くならざるを得ない、人間ならではと言えるかな……だが、それは無理だ。いかに君でも、覚えたての技で私の弾幕を全て消す事は出来ない」
12個の大型光弾。その全てが、巨大な刃を生やしていた。
光の剣を伸ばした真紅の大型光弾たちが、12の方向から霊夢を取り囲み、旋回している。
赤き光の刃が内側を向いていたら、霊夢は切り刻まれているところであろう。
12本の剣は、しかし全て外側を向いていた。
「霊夢を……孤立、させようってのか……」
呻きながら霧雨魔理沙は、魔法の箒にまたがったまま身体を傾けた。
いくつもの青白い光が、傍を高速通過して行く。
光弾の列が、縦横無尽に空中を走っていた。
姿を消したまま八雲藍は、2種類の弾幕を操っていた。
刃を生やした12の赤き大型光弾が、旋回速度を上げて巨大な球形を成し、その内部に霊夢を閉じ込めている。
青白く小さな無数の光弾が、格子状の列を成して夜空を切り裂き、魔理沙と咲夜を牽制する。
博麗神社の上空に、真夜中の太陽が出現していた。巫女を内包する太陽。
プロミネンスの如く12方向に剣を伸ばした、真紅の球体。その中に、霊夢は幽閉されている。
一体化したかのように高速旋回する12個の大型光弾が、猛回転する斬撃で、魔理沙と咲夜の接近を拒んでいるのだ。
「なす術なく見ていたまえ、2人とも……博麗の巫女はね、今から独りで死んでゆくのさ」
太陽の中で、落ち着きなく周囲を見回していた霊夢が、正面を向いて目を見開いた。
八雲藍が、そこにいた。
斬撃を繰り出し続ける球体の中で、霊夢は今、九尾の大妖獣の裸身と対峙している。
「この露出狂……わざわざ、1対1で私と戦うために」
霊夢が牙を剥いた。
「こんな、回りくどい事を! 私を、問答無用で切り刻む事だって出来たんじゃないの!?」
「……お前には少し、絶望を味わってもらおうと思ってね」
圧倒的な胸を霊夢に突き付けながら、藍は言った。
「見ての通り……霧雨魔理沙も十六夜咲夜も、お前を助ける事は出来ない。どう思う?」
「私が自力で、あんたをぶちのめす! それだけの事!」
裸の大妖怪に向かって、霊夢は片手を突き出した。
その掌で、光が球形に発生し、膨張してゆく。光の陰陽玉。
それが、膨れ上がって藍を直撃する……前に、凄まじい回転によって叩き潰された。
大妖獣の裸身が、猛回転して九尾を振り回しつつ、至近距離から霊夢に激突したのである。
高速旋回する複数の光球、である太陽の内壁に、霊夢は背中からぶつかった。
霊力で全身を守った、ようではあるが霊夢は血を吐いた。
「うっぐ……ッ!」
「誰かの助けがなければ、異変のひとつも解決出来ない巫女。それが貴様だ、博麗霊夢」
回転し、黄金色の火球と化したまま、藍は霊夢を太陽の内壁に押し付け続けた。
「霧雨魔理沙と十六夜咲夜。その両名がいなければ、貴様など西行寺幽々子に殺されたまま……その魂を、今頃は白玉楼の床の間にでも飾られているところよ。残された屍の方が、おぞましい妖怪と化していたかも知れん。何しろ貴様、死んだ後の方が強いのだからな!」
燃えるように獣毛を揺らめかせる火の玉と、ほぼ一体化するほどの速度で旋回する大型光弾たちが、霊夢の身体を前後から磨り潰しにかかっていた。
霊力で懸命に全身を防護しながら、霊夢は火花を飛び散らせ、歯を食いしばる。
藍は嘲笑う。
「貴様の生命に価値はないという事だ博麗霊夢、死ね! 無駄に潜在能力を溜め込んだ屍、私が有効活用してやる。罪悪の袋と同じようなものに成り果てるがいい、そして紫様のお役に立て!」
「……ふざけるなよ、お前」
怒りの言葉を漏らしたのは、霊夢ではなく魔理沙だった。自然に、そんな呻きが出た。
魔法の箒を操縦し、青白い光弾の列を回避しながら、魔理沙は小型八卦炉を眼前に浮かべた。怒りの炎が、チロチロと燃え溢れる。
それが、
「霊夢を、何だと思ってやがる!」
爆炎と化し、迸った。
怒りのマスタースパークが、格子状の光弾列を薙ぎ払いつつ、斬撃の太陽を直撃する。
爆炎の閃光が、青白い光弾を全て焼き払い消滅させながら、しかし12本の光の剣に切り刻まれていた。
呆然と息を呑む魔理沙の視界内で、切り刻まれたマスタースパークが散り消えてゆく。真夜中の太陽の中で、八雲藍が相変わらず霊夢を磨り潰し続ける。
「わかったろう、今や誰もお前を助ける事は出来ない! 哀れなる博麗の巫女、お前は独りで死んでゆくのさ」
歯を食いしばり、吐血を噛み殺しながら、霊夢は懸命に霊力を漲らせて全身を防護した。
霊力では守りきれないものが、しかし磨り潰され、火花に焼かれ、焦げてゆく。
紅白の巫女装束が、焦げた布切れと化し、舞い散っていた。
裸になりながら、霊夢は吼えた。
「……死ぬのは、あんたの方だってのよ! この痴女妖怪!」
焦げて消えゆく袴スカートの中から、形良く鋭利な太股が跳ね上がる。
膝蹴りが、藍の回転を止めていた。
へし曲がった妖獣の裸身を、霊夢は太陽の内壁に押し付けた。自分がされていたように。
そして、拳を叩きつけてゆく。その拳が、藍の掌で受け止められる。
再び霊夢は、膝蹴りを打ち込んだ。その脚に、白い大蛇のようなものが絡み付いた。
藍の、裸の美脚だった。凶悪な色香を詰め込んだ太股が、霊夢の強靭な脚力を圧迫している。
「その往生際の悪さ……嫌いではないよ博麗霊夢。足掻く獲物を美味しく仕留めるのが、妖獣の悦び」
冷たく微笑む藍の美貌が次の瞬間、衝撃に歪み、鼻血を散らせた。
霊夢が、頭突きを叩き込んでいた。
「……この……ッ! 小娘がぁあああああああッッ!」
藍が、白く鋭い牙を剥き出しにした。
次の瞬間、鮮血が散った。藍が噛み付いたのか、霊夢がまた頭突きでも食らわせたのか。
ともかく。博麗神社の夜空に浮かぶ太陽の中で、裸の巫女と裸の妖怪が激しくもつれ合い、揉み合い、殴り合っている。噛み付き合っている、ようにも見えてしまう。
「……こりゃ駄目だ、早いとこ止めないと」
格子状の弾幕をかわしながら、魔理沙は言った。
「低次元な晒し物になる一方だぜ」
「……今が夜で、良かったわね」
咲夜が近くで、時の止まったナイフの上に降り立った。
「でも……どうしましょうか魔理沙。あの光の刃、貴女のマスタースパークでも私のパーフェクトスクウェアでも消滅させる事が出来ない」
言いつつ咲夜が、そのパーフェクト・スクウェアを夜空に拡張した。
青白い格子状弾幕が、光の方形に薙ぎ払われて消え失せる。
「その、弾幕を消す結界で……私を包む事は、出来るか?」
魔理沙は言った。咲夜は、即座に意図を察してくれた。
「……突っ込もうと言うの? 魔理沙」
「お前のその術に、私の魔力を上乗せする。それで行ける、気がする」
「……貴女の死体。残っていたら、回収してあげるわね」
咲夜が、何枚もの光の方形を投げかけてくる。
夜空を薙ぎ払う巨大さはない、小型のものが複数。人間大の、光のカード。
色とりどりのそれらが、魔法の箒にまたがる魔理沙を上下左右から取り囲む。
「こちらの方はプライベート・スクウェアとでも名付けましょう。効果は全く同じ、あとは貴女の魔力次第……思いとどまるなら今のうちよ、魔理沙」
「……行って来るぜ。ありがとうよ、咲夜!」
魔理沙は箒を駆り、加速させた。星型の光が、キラキラと流れた。
夢想封印の如く虹色に煌めく光のカードが何枚も、加速する魔理沙の周囲を旋回している。
虹色の流星と化したまま、魔理沙は太陽に突っ込んで行った。旋回するプライベート・スクウェアに、己の魔力を流し込みながら。
プロミネンスのように伸びた光の刃が、立て続けに斬りかかって来る。
それらが、旋回する光のカードとぶつかり合う。
「うぉおおおおおおおおおおおっっ!」
魔理沙は叫び、さらなる魔力を解放した。
解放されたものが、火花散らす光のカードに注入される。虹色の輝きが、強まってゆく。
強く輝くプライベート・スクウェアが、全て砕け散った。
光の剣たちも、砕け散った。
旋回する12個の大型光弾が、全て砕け散っていた。
煌めき舞い散る光の破片を蹴散らしながら、魔理沙は減速をしない。太陽を粉砕した勢いのまま、突っ込んで行く。
「何……っ……!」
霊夢の髪を掴み、霊夢の裸足に顔面を蹴られながら、藍が息を呑んでいる。
そこへ、魔理沙はぶつかった。
真夜中の太陽を打ち砕いた流星が、九尾の大妖獣を直撃していた。
轢かれ吹っ飛ばされた藍が、魔法の箒にばら撒かれた星たちの直撃を空中で喰らい続ける。そして博麗神社の境内へと墜落してゆく。
箒の上で霊夢の裸身を横抱きしたまま、魔理沙はその様を見やった。
「……ちょっと魔理沙、どういうつもりよ!」
霊夢が、掴みかかって来る。
「手ぇ出さないでって言ったわよ私!」
「お前が楽勝で勝ててないから、手を出したぜ」
魔理沙は言った。
霊夢の顔が、血に染まったまま怒りに歪み、睨みつけてくる。
まっすぐに、魔理沙は見つめ返した。
「わかっては、いるんだよな? 霊夢」
「何がよ……!」
「お前がここで八雲藍を……たとえ死ぬまでブチのめしたところで、だ。レミリアが、お前のところへ帰って来るわけじゃあないんだぜ」
正論でしかない、と魔理沙は思った。
「……駄目だな、私も。ただ正論を言うだけの奴になっちまってる。こんなんじゃ全然ダメだ」
「魔理沙……」
「なあ霊夢。レミリアの代わりにさ、私がしばらく一緒に暮らしてやろうか?」
「……あんた、可愛くないから駄目」
「ははは、ひどいぜー」
おとぎ話に出て来る王子様が、姫君を抱き上げるように。魔理沙は、裸の霊夢を両腕で抱き上げた。白馬ではなく箒の上でだ。
高速飛行する魔法の箒にしがみついて空中戦をこなす少女の腕は、細くとも強靭である。
その腕で魔理沙は、霊夢のスリムな裸身を抱き締めた。しなやかな感触が、腕に、胸に、心地良い。
「うーん、私が男だったらなあ。このまま、お持ち帰り」
「……あんたを、死ぬまでブチのめしてあげようか?」
「冗談、冗談。さ、ともかく夜遊びは終わりだぜ」
魔理沙は、境内へと箒を降下させた。
藍が、血まみれの裸体をよろよろと立ち上がらせている。
「まだ……ッ! まだまだ、私は戦えるぞ。博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、さあ3人まとめて」
「終わりよ、八雲藍」
凜とした声が、裸の大妖獣をビクリと硬直させた。
「馬鹿げた戦いに……これ以上、咲夜を参加させるわけにはいかない」
「レミリア・スカーレット……貴女の、出る幕ではないぞ……」
「お前の出番も終わり。まあそれなりには趣深い見せ物ではあったけれど、そろそろ終幕になさい」
すやすや眠るフランドールを抱き上げたまま、レミリア・スカーレットは篝火の明かりの中に佇んでいる。
魔理沙は、目を見張った。
魔王が、そこにいる。本気で、そう思った。
「八雲紫の仇討ちなら、この程度で充分でしょう」
レミリアの言葉に、藍は応えない。牙を剥くだけだ。
凶暴な、手負いの獣。今の藍は、まさにそれだ。
手負いの妖獣を、レミリアはただ見つめている。
可憐な美貌に、表情はない。真紅の瞳に、感情の光はない。
フランドール・スカーレットの、人形の美貌とは、しかし違うと魔理沙は感じた。
単純な感情ではない、重く禍々しい何かを、レミリアは幼げな美貌の内側に隠している。隠されたものが、ほんの少しだけ、澄んだ真紅の瞳に浮かび上がっている。
それが、手負いの大妖獣に向けられているのだ。
藍が、牙を剥いたまま獣の唸りを発した。九尾が炎の如く揺らめき、優美にして豊麗な裸身は歪にねじ曲がりかけている。骨格が、獣のそれに変わりつつある、あるいは戻りつつある、と魔理沙は思った。
自分と咲夜とフランドールをことごとく手玉に取った八雲藍が、怯えているのか、とも。
「……これか、八雲紫……こいつが、お前の狙いか……」
魔理沙は呻いた。
「レミリアが……とんでもない化け物として、目覚めちまった……」
「……言っておくけれど私は何もしていないわ。これはね、レミリア・スカーレット自身の資質よ」
言いつつ八雲紫が、美しい指先で空間の裂け目を開いた。
そこから、橙が飛び出して来た。折り畳んだ衣服一式を抱えている。
「藍様、服」
「橙……まだ、そんな場合では」
「服! とっとと着るね!」
「わ、わかったよ……」
橙に涙目で睨まれ、藍はいくらか正気を取り戻したようだ。
「待ちなさい。服もそうだけど、手当てをしましょう」
咲夜が、藍の傍らに着地した。
魔理沙は、霊夢の身体をそっと石畳に下ろした。
「こっちも手当てだな。立てるか?」
「……こんな傷、一晩寝てれば治るわ」
「お前。自分が人間だって事、忘れかけてるだろ」
「ち、ちょっと待って……その薬草、染みるから嫌いだってば……」
「安心しろ、ちょっと改良したから」
「って痛い、痛い痛いいたぁい! どの辺が改良よ、前より痛いじゃないのよォ!」
「痛みは3倍、効果は5倍だ。我慢しろ、あの薬よりマシだろ」
泣き喚く霊夢の身体に魔理沙は無理矢理、薬草の調合物を塗りたくり、包帯を巻き付けた。
高麗野あうんが、歩み寄って来る。社務所から、何かを取って来たようである。
「……お手当てが済んだら、霊夢さんも服を着ましょう」
紅白の巫女装束と下着、それにお祓い棒。予備である。
涙を拭いながら霊夢は受け取り、手早く下着を身体に巻き付けた。
ちらり、とあうんを睨む。
「それ……」
衣服とお祓い棒、だけではなかった。
折り畳まれた日傘を、あうんは手にしている。
何も言わず、控え目な手つきで、霊夢に差し出す。
紅白の衣をふわりと身にまとい、霊夢は睨み据えた。
上目遣いに、あうんはその眼光を受け止める。
腰が引けている。だが、両手は引っ込めない。
その手から霊夢は、奪い取るように日傘を受け取った。
そして、ずかずかと石畳を踏み蹴り、歩み寄って行く。つい今まで、裸で掴み合っていた相手にだ。
「……あんた、強かったわよ。そこのスキマ妖怪より、ずっとね」
「貴様は……八雲紫の本気があの程度だと、まさか思っているわけではあるまいな?」
応急手当てを受け、きっちりと服も着終えた八雲藍が、言った。
「露払いに過ぎぬ私を、容易く倒せぬようではな。紫様の真の弾幕を賜るなど、到底」
「……どうして皆、そうやって私をいじめるの?」
紫が扇子を開き、口元を隠した。
「さっきの私が正真正銘、本気の八雲紫よ。あれ以上は、逆さまに振っても何も出ないわ」
「じゃあ今度、逆さまに振り回してあげる」
霊夢の言葉と眼光が、紫に向けられた。
「……本気じゃないにしても、戦ったのはまあ認めてあげるわ。あんたとは、何か腐れ縁になりそう。今じゃなくても、いつかはぶちのめすから」
「さっき、酷い目に遭わされたばかりよ?」
そんな紫の言葉を無視して、霊夢はレミリアを見た。
「……立派な化け物に、なっちゃったのね」
「私はただ、フランと仲直りをしただけよ」
すやすや眠る妹を愛おしげに抱いたまま、レミリアは微笑んだ。
「霊夢、貴女とも仲直り……いえ。霊夢と私は別に、仲違いをしたわけではないわね」
その言葉には応えず霊夢は、傍らに立つ咲夜に、日傘を押し付けた。
無言で、咲夜が受け取る。それで終わりだった。
八雲の主従、紅魔館の主従に、霊夢は背を向けた。
「あんたなんか……いつかまた思いっきり、叩きのめして……うーうー泣くだけの小動物に、戻してやるから……そうなったら、また飼ってあげるから……」




