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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
42/48

第42話 燃える博麗神社(4)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 博麗神社から、赤と青の光が立ちのぼっていた。夜空が2色に染まっている。

「始まってるぜ!」

 魔法の箒に跨ったまま、霧雨魔理沙は叫んだ。

 叫びながら、思う。

 あの赤と青の光。間違いない。博麗霊夢の、封魔陣である。

 博麗神社の境内で、霊夢が何者かと戦っている。

 何者であるのかは、何となくわかる。後ろにいる十六夜咲夜にも、わかっているようだ。

「貴女もそうだけど、霊夢はそれ以上に……あの八雲紫と、仲良く出来るはずがないと思っていたわ」

「にしても霊夢の奴、殺る気満々すぎるだろ。あれは」

 並の妖怪であれば5、6匹はまとめて擂り潰してしまうであろう封魔陣である。

「霊夢があそこまで怒り狂ってる、って事はつまりレミリアもいるって事だな」

「……恐らくは、妹様も」

 スカーレット姉妹が、揃って紅魔館を飛び出して行ったという。

 追いに出た咲夜を拾い、魔法の箒の後ろに乗せ、夜空を飛んでいるところである。

 境内の有り様が、視界に入った。

 5、6匹では済まない、と魔理沙は思った。

 妖怪の群れを一気に圧殺出来るほど巨大な、光の壁が2枚。赤と青の結界が、1人の女を左右から押し潰そうとしている。

 美しい女、の姿をした1匹の大妖怪を。

「くっ……!」

 八雲紫は、いくらか苦しげに美貌を歪め、自身の周囲に箱型の結界を張り巡らせ維持していた。

 その結界の上から、2色の封魔陣がガリガリと圧迫を加え、火花を散らせている。

 赤と青の圧殺結界を霊力で操作しながら、霊夢は身体をも動かしていた。

「でぇえええええええいッッ!」

 獣の如く吼え、踏み込み、お祓い棒を振るう。

 紫を護る箱型結界が、封魔陣に圧されてビキビキッ! とひび割れてゆく。赤と青の光壁にも、亀裂が走る。

 そこへ、お祓い棒が叩きつけられた。紙垂が、巨大な刃の如く一閃する。

 その一撃が、結界を全て粉砕していた。

 紫の箱型結界も、霊夢の封魔陣も、もろともに砕け散っていた。

 散華乱舞する光の破片を蹴散らして、霊夢はさらに踏み込む。お祓い棒が紫を襲う。

 光が回転し、その一撃を弾いた。

 紫の日傘。光を発しながら回転し、霊夢の一撃を受け防いでいる。

 その光が、回転しながら空中に残った。卍型に猛回転する、それは光の刃であった。

 円盤状の斬撃が、霊夢を襲う。

 防御のため全身に漲らせていた霊力を、霊夢は前方に解放し展開させた。

 光の防壁が、出現していた。そこに卍型の回転刃が激突する。

 防壁も刃も、砕け散っていた。光の破片が舞い散り、消えてゆく。

 霊夢と紫は、距離を取って対峙していた。

 いくらか離れた場所に、魔理沙は箒を降ろし、咲夜と共に着地した。

 着地と同時に、咲夜は叫んだ。

「レミリアお嬢様! 妹様!」

「……来てしまったのね、咲夜」

 レミリア・スカーレットが、フランドールと共にいる。仲の良い姉妹に戻った、と言うべきなのだろうか。

「夜が明ける前には帰るから安心なさい。私はね、霊夢の戦いを見届けたいのよ」

 その霊夢は、こちらを見ない。だが気付いてはいるようだ。

「……手、出さないでよね魔理沙」

「じゃあ楽勝で勝てよ。お前が負けそうになったら私、手ぇ出すからな」

「それは困るわね」

 紫が言った。こちらを見ずに、片手を動かしている。弾幕を放つのか。

 いや。綺麗な指先で、紫は空中をつついていた。

 空中が裂けた。空間の裂け目が、そこに出現していた。

 その裂け目から、おぞましいものが産み落とされ、石畳にべしゃりと着地する。

 魔理沙は息を呑んだ。

 咲夜は軽く、目を見張っているようだ。

「お前……生きて、いたのね」

「……貴様が……殺して、くれなかったから……な」

 どこから声を発しているのか、わからない。

 醜悪な肉塊である。それは、妖怪の醜悪さとは何かが違う。

 人間の醜悪さだ、と魔理沙は感じた。自分の中にも同じものがいるに違いなかった。

 西行寺幽々子の言う『どろどろしたもの』が、これであろうと今ならば思う。

「……大妖精が言ってた。パチュリーの奴、迷いの竹林に行っちまったんだってな」

 魔理沙は帽子を取り、頭を下げた。

「八雲紫、頼む。正直に答えてくれ……お前の所に今、パチュリーがいるのか?」

「いないわ」

 霊夢と睨み合ったまま、紫が即答する。

 魔理沙は信じる事にした。紫が自分を騙す理由が思い付かない。

「そうか……いや私、パチュリーがまだこんな事やってるのかって思ってさ。あいつ、やりかねないところがあるからな」

「その子はね、パチュリー・ノーレッジの最高傑作よ。と言っても、貴女たちと戦えるほどではないけれど」

 紫に「その子」と呼ばれた肉塊が、いきなり裂けた。その裂け目から牙が現れる。巨大な口だった。

「……紫……俺は、こいつらと……戦えば、いいのか……?」

「私に、霊夢との戦いに専念させて欲しいわ」

 紫が言った。

「霧雨魔理沙に十六夜咲夜……はっきり言って、橙に切り刻まれているような貴方では過酷過ぎる相手よ。やれるかしら?」

「やるさ」

 パチュリー・ノーレッジの作品が、躊躇いもなく答える。

「切り刻まれても、戦う……俺は、紫が戦えと言うのならば」

「切り刻まれる……それが一体どういう事なのか、お前には教えてあげたはず」

 咲夜が1歩、進み出た。

「……充分では、なかったようね」

「おい咲夜……」

「魔理沙。この汚物の処分、私に任せてくれないかしら」

 咲夜の綺麗な手に、奇術の如くナイフが出現していた。

「許せないわ。外の世界の人間の、分際で……誰かのために、命を捨てて戦う? この宇宙で最も穢らわしい生き物の分際で……お前、一体何を言っているの? お前のような蠢く腐肉に、無様な悲鳴以外の音声を発する資格があるとでも?」

「外の世界……か。俺のいた場所は、そう呼ばれているようだな……」

 パチュリーが使っていた者たちと比べて、格段に強く人間としての自我を保っている。この姿でだ。

 それは、とてつもなく残酷な事なのではないか、と魔理沙は思った。

「……お前も、元々は外の世界の人間か? そんな感じがする……」

「言葉を話す事を禁止する、と言っているのが……わからないようね」

 惨殺するつもりだ、と魔理沙は思った。

 かつて生きた人間であった、この肉塊を、咲夜は惨たらしく切り刻み、嬲り殺しにするつもりだ。

 魔理沙は、八卦炉を取り出した。

 マスタースパークで、苦しみもなく消滅させる。この哀れなほど醜悪な生き物にしてやれる事など、それしかない。

「……霧雨……魔理沙、だったな。お前……」

 かつて人間であったものが、言った。

「俺は、お前が……俺たちを助けてくれた事、覚えている……そこにいる博麗の巫女に殺されかけていた、俺たちを……」

「……何で、博麗神社に戻って来たんだ」

「バカだから……としか、言いようがないな……」

 笑った、ようである。

「バカなりに、今は……押し通したい、ものがある。だから……戦わせて、くれないか」

 醜悪な全身が、爆ぜた。そう見えた。

「俺は……罪悪の袋……」

 肉片が、体液の飛沫が、飛び散った。

「この世で、最も穢らわしいもの……生命ですらない、殺しても殺した事にならん。せいぜい惨たらしく、切り刻むがいい……!」

 飛び散ったものが、光り輝いている。煌めきながら、咲夜を襲撃する。

 それらは、光弾だった。

「弾幕……!」

 魔理沙は唸り、咲夜は無言のまま優美にステップを踏む。その傍らを、光弾の嵐が虚しく通過する。

 罪悪の袋が、無数の光に穿たれて揺らいだ。

 痛ましいほど醜悪な全身に、何本ものナイフが突き刺さっていた。

 それらナイフが、即座に押し出されて石畳に落下する。

 罪悪の袋が、膨張していた。いくつもの傷口から体液が噴出し、その全てが光弾に変わった。

 自分の血を、肉を、光弾に変えている。魔理沙は、そう思った。

 この醜悪な生き物は、己の身を、命を削って、弾幕を放っているのだ。

 それも、咲夜には容易くかわされた。

「狙うな!」

 魔理沙は、思わず叫んでいた。

「狙ったら、かわされる。当たり前だろうが! 自分に向かって飛んで来るって、わかってたらかわされるに決まってるだろ!」

 考える前に、言葉が出ていた。

「咲夜ごめん。こいつちょっと見てらんないからアドバイスするぜ」

「何なら、加勢してあげてはどう?」

 咲夜が微笑む。

「私……貴女と戦ってみたい気持ち、無いわけではないのよ魔理沙」

「同感だぜ。けど今は私、こいつを見届けたい気分でな」

 光弾の群れを放出し、萎んだ身体を、罪悪の袋が再び膨張させてゆく。

 命尽きるまで、弾幕を放ち続ける。その思いを、魔理沙は見て取った。

 そして言葉をかけた。

「いいか、弾幕ってのは狙って当てるもんじゃあない。相手に自分から当たりに来させるんだよ。大量の弾で迷路を作れ。罠を張れ。私自身、上手く出来てるワケじゃないから偉そうな事言えないけどな」

「哀れみなら、やめた方がいいわよ魔理沙」

 紫と睨み合ったまま、霊夢が言った。

「……そいつが、余計に苦しむだけ」

「苦しみながら戦ってもらうぜ。ここで死ぬにしても、な」

 魔理沙は言った。

「わからないのかよ霊夢……幻想郷に今、新しい弾幕使いが生まれようとしてるんだぜ。放っとけるワケないだろ!」



 八雲紫が、扇を開いた。

 開かれた扇が、光を放つ。いくつもの鋭利な煌めき。

 咲夜のナイフにも似た、光の手裏剣だった。

 襲い来るそれらを、霊夢はかわさない。またしても前方に霊力を展開して防壁を成し、光の手裏剣をことごとく防ぎ弾く。

 そうしながら霊夢は、左右2つの陰陽玉を高速旋回させた。無数の残像が、霊夢を取り巻いて宙に残る。

 残像であるはずのものたちが、紫に向かって飛翔した。陰陽玉の形をした、光弾であった。

 それらが飛んで行く先に、しかし紫の姿はすでに無い。

 霊夢が、後ろを振り振り向きながらお祓い棒を振るった。

 紫が、空間の裂け目から現れたところであった。

 お祓い棒の一撃を紫は、畳んだ扇子でピタリと受け止めた。

「貴女の……実戦技術の向上は、とどまるところを知らないわね霊夢」

 密着し震える扇子とお祓い棒を挟んで、紫と霊夢は眼光をぶつけ合う。霊夢の眼光は熱く険しく、紫のそれは冷たく鋭い。

「霊力で肉体の強度を上げ、敵の攻撃を身体で受け止める……そこから、霊力そのものだけを防御手段として放出・展開する技を生み出したのね。素晴らしい戦いの才能よ。とても危険だわ」

「ふん? 確かにまあ、あんたら妖怪どもにとって危険な存在であろうと心がけてはいるけれどっ!」

 霊夢の爪先が、真下から真上へと一閃する。

 これほど鋭い蹴り、美鈴でも果たして放てるものか、とレミリア・スカーレットは思う。

 その蹴りを、しかし紫はフワリと後方にかわしていた。

「心がけている割に……普段の修行鍛錬が、足りていないようね」

「するわけないでしょ、そんなの!」

 霊夢は踏み込み、お祓い棒を突き込んだ。またしても扇子で止められた。

「実戦で死ぬ思いしてるのに、何で普段から大変な思いしなきゃいけないのよっ」

「死ぬ思い、と言うか……実際、死んだのよね貴女は1度。幽々子に殺されて」

 1度、死んだ。霊夢が確か、そんな冗談を言っていたような気がする。冗談ではなかったのか。

 自分が博麗神社で安穏と過ごしている間、霊夢は想像を絶する戦いを強いられていたのだ、とレミリアは思った。

「あんた……本当に、隠れて見てたのね。私や魔理沙の戦いを」

 右手のお祓い棒で紫を牽制しつつ霊夢は、左手で何枚もの呪符を扇状に広げた。

「……私ね、隠れてコソコソやってる奴って大ッ嫌いなの!」

 霊力を宿して淡く輝く呪符の束を、霊夢は白兵戦の距離で紫に叩きつけてゆく。

 日傘が、回転した。

「貴女の死体、とても強かったわね」

 卍型に回転する光の刃が、呪符を全て切り刻んでいた。

「くっ……!」

 霊夢は、陰陽玉を旋回させた。横殴りに弧を描く陰陽玉が、卍型の回転光を粉砕する。

 光の破片を蹴散らしながら、霊夢はお祓い棒を振るった。蹴りを叩き込んでいった。

 全てピタッ、ピタリと、紫の扇子で止められていた。

「死んだ後の方が強い……これはね、生きている意味がないという事なのよ?」

「なら殺してみろ! この腐れスキマ妖怪!」

 霊夢は激昂し、紫の扇子を掴んだ。

 扇子を奪おうとした、わけではない。紫のたおやかな手を、細腕を、掴んで引きずり寄せていた。

 引きずり寄せた紫の身体に、霊夢は形良い尻をぶつけてゆく。

 紫は、投げ飛ばされていた。

 優美な細身が、背中から石畳に叩き付けられる。

 間髪入れず霊夢は、光り輝く呪符を、倒れた紫の身体に貼り付けたと言うより叩き込んだ。

 夢想封印1発分、に近い霊力が呪符に流し込まれてゆくのをレミリアは見て取った。

 呪符が、爆発した。石畳の破片が飛び散った。

 爆発が、紫の身体を地中深く押し込んだ、ように見えてしまう。

 空中に、裂け目が開いた。

 そこから紫が現れ、石畳に降り立ちながらも、弱々しく膝を折る。

「次から次へと……新しい攻撃を、思いつくものね」

 半ば座り込むような格好のまま、紫は苦しげに微笑んだ。

「霊夢、貴女には修行も鍛錬も全く足りていない……確かに、必要ないのかも知れないわね。貴女は、実戦を重ねるだけで際限なく強くなってしまう。心の成長を、置き去りにしたまま」

「心の成長って何。私に、聖人君子にでも成れって言うの?」

 踏み込んで行く霊夢に向かって、紫は扇子を開いた。

「貴女は……幻想郷を守る、博麗の巫女なのよ」

 光弾が、光の手裏剣が、大量にぶちまけられていた。

「それなのに私情で戦う事をやめられない貴女が、心の成長を遂げずに力だけを増大させてゆく……これは、とても危険な事よ。わからないの? 博麗の巫女が、幻想郷で最も危険な妖怪に変じてしまうかも知れないのよ」

「八雲紫……あんたって一体、何様?」

 ぶちまけられたものを軽やかに回避しながら、霊夢は言う。

「陰でコソコソやってるだけの奴が、この幻想郷でどれだけ偉いってのよ。ねえちょっと」

 霊夢を直撃し損ねた光弾や光の手裏剣が、見えない壁にでもぶつかったかのように砕け、消滅してゆく。

 先程から見ていても、かわされた弾幕が博麗神社の敷地外へと飛んで行った様子はない。境内で、消えてしまう。

 レミリアは振り向き、褒めた。

「お前、なかなか良い仕事をするわね」

「……まあ、狛犬ですので」

 高麗野あうんが、特に誇らしげにでもなく応えた。

「ついでに言いますと、貴女や紅美鈴さん、それに伊吹萃香さんが、やたらと境内の石畳を壊してくれましたけど直したのは私です。皆さん、あんまり暴れないで下さると助かるんですが」

「また石畳に大穴が空いてしまったわね。一番、暴れているのは霊夢ではなくて?」

「……そうかも知れません」

 溜め息をつくあうんに、鞠のようなものがコロコロと近付いて声をかける。

「こ、狛犬さん。これ、ほどいて欲しいね」

 注連縄で荷物の如く縛り上げられた、化け猫の少女。確か、橙と呼ばれていた。

「駄目ですよ。ほどいたら貴女、また霊夢さんに襲いかかるでしょ」

「しないね。もう大人しくしてるよ、だから」

「……しょうがないですねえ。ほどいてあげますから、動かないで下さいね」

「動かないけど応援はするね。紫様、頑張れー!」

「ちょっと、大人しくしてて下さいってば」

 そんなやり取りを背景にしたまま、レミリアは戦いに見入った。

「もう1度だけ……いや、何度でも言ってあげるわ」

 言葉と共に、霊夢が踏み込む。斬撃にも似たお祓い棒の一撃が、紫を猛襲する。

「私、陰でコソコソやる奴が大嫌い。暗躍でもしてるつもりの奴が大っ嫌い、自分じゃ戦わない奴が大ッ嫌い! 人が戦ってる後ろでね、将棋の名人を気取ってる奴が大嫌いなワケよ、わかる!? つまりアンタは生かしちゃおけないって事!」

 紫のたおやかな手から、日傘が叩き落とされていた。橙が悲鳴を上げた。

「紫さまぁー!」

「ちょっと、暴れないで下さいってば!」

 あうんと橙が、注連縄でひとかたまりに絡まり合い、巨大な鞠になっていた。

 レミリアは呆れた。

「何をどうしたら、そうなるのよ……こら、やめなさいフラン」

 フランドールが、絡み合う少女2人をまとめて転がしにかかる。

 妹の首根っこを掴んで引き寄せながら、レミリアは呟いた。

「八雲紫……お前は霊夢に、秩序の守護者の役割でも期待しているの? だとしたら霊夢の事を、全く理解していない」

 戦っている2人に声は届かない。レミリアの、単なる独り言である。

「……霊夢はね、こちら側よ」

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