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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
40/48

第40話 燃える博麗神社(2)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定 小湊拓也

 レミリアと一緒に寝て、レミリアと一緒に起きて、レミリアと一緒に食事をして、レミリアと一緒に弾幕戦をする。レミリアと一緒に風呂に入り、レミリアと一緒に寝る。

 そんな毎日だった。

 変化など必要ない、と博麗霊夢は思っている。ここ博麗神社は、自分とレミリア・スカーレットだけの、小さなお城なのだ。

「さあ霊夢、弾幕戦よ! 今日は負けないんだから!」

「ふふん。今日はどのくらい手加減をして、どんなふうに遊んであげようかしらね」

「うーっ、そんな事を言っていられるのも今のうちよ!」

 レミリアが、空中で偉そうに翼を広げる。

「私の新しい弾幕『刈安色の錯綜迷夢』を受けてみなさい!」

 可愛らしい手足の躍動に合わせて、光弾の嵐がぶちまけられる。

 ぶちまけられたものが、霊夢を強襲しながら渦を巻く。

「……ふふん? いつもみたいな、力任せの弾幕じゃあないのね」

 霊夢はふわりと飛翔し、その渦の中に自ら迷い込んで行った。

 光弾の、渦の巻きようが、そのまま迷路になっている。霊夢は、そう感じた。

「面白い弾幕じゃないの。レミリアにしては、頭を使ってる……」

 そこで、霊夢は息を呑んだ。

 弾幕の迷路。その発生源となっているのは、レミリアではなかった。

「……あんた、何者!?」

「うっふふふ、何を言っているんですか。可愛い可愛いレミリアちゃんですよー」

「ふっ……ざけるなぁあああああああああああッッ!」

 霊夢は、嵐の如くお祓い棒を振り回した。紙垂が、荒々しく弧を描いて弾幕の迷路を粉砕する。

 それに合わせて、いくつもの虹の塊が飛翔した。色彩豊かな大型光弾。

 夢想封印が、レミリア……の姿をした何者かを、直撃する。

 光の爆発の中、その何者かは言った。

「……境内で、篝火を焚いて待ちなさい。レミリア・スカーレットが、間もなく貴女に会いに来ます。決別を告げるために」

「何を……」

「私は獏。時にはこうして、予言者の真似事をする時もあります。予知夢というやつですね」

 博麗神社に、またおかしな妖怪が迷い込んだ。退治するしかない、と霊夢は思った。

 思った事を、読み取られた。

「やめておきなさい博麗霊夢。いくら貴女でも、夢の中では私に勝てません。それよりも貴女は、決別をきちんと受け入れないと駄目ですよ」

「わけの、わからない事を……っ!」

「すぐにわかります。貴女は、現実を見つめなきゃいけません……博麗の巫女。貴女にね、夢の中へ逃げ込んでもらっては困るんですよ」

 獏が言った。

「……貴女には、いずれ月の都を救ってもらう事になります。だからそろそろ、ちゃんとして下さい。立ち直って下さい……レミリア・スカーレットが、立ち直ったように」



 霊夢は、目を覚ました。

 博麗神社、社務所兼自宅の一室である。

 布団の中で、霊夢は上体を起こした。

 隣にレミリアがいない。

 夢の中にいるのか、と霊夢は思った。もう1度、眠りに落ちたら、会いに行けるのか。

 霊夢は頭を押さえた。

 夢の中にいたレミリアは、しかしレミリアではなかった。

 レミリアに化けた何者かは、夢の中らしく世迷い言を口にしていた。

「馬鹿も……休み休み、言いなさいってのよ。ねえレミリア……」

 まだ夜中である。月明かりが、うっすらと射し込んでくる。

 その淡い光の中で、霊夢は微笑んだ。

「あんたが……あんな様から、立ち直るわけないじゃないのよ……ねえ……?」



「君も大変だなあ、八雲藍」

 女神が、玉座の上から優しい言葉をかけてくれる。

「あやつが自分で動かぬせいで、君が挨拶回りや顔繋ぎに走り回らなければならない。こんな所にまで来てくれて、まあ嬉しいよ。歓迎する」

「……私ごときが、御尊顔を拝する栄誉を賜りました」

 八雲藍は平伏した。

「どうか、お許しを……本来であれば、我が主・八雲紫が自ら身を運ばねばならぬところ」

「あっははははは。あやつと私が直に顔を合わせたら君ぃ、大変な事になるよ」

 女神が笑う。

「話し合いが、殺し合いにしかならない。幻想郷全域を巻き込んでの弾幕戦だよ。久しぶりに、やってみたい気持ちはあるが」

 その美しく禍々しい微笑みが、藍に向けられる。

「……どうかね八雲藍。あやつの代理として、やってみるかい? 私と、弾幕戦を」

「……お望みとあらば」

 平伏したまま、藍は跳躍に備えた。

 女神は、まだ笑っている。

「ふふ……冗談ではないところが実に君らしいな八雲藍。紫のために必要とあらば、私と刺し違える気でいるのだろう。まったく、恐るべき式神に育ったものだ」

「恐縮……」

「優秀な式神がよく働くから紫の奴、際限なくぐうたらになってゆく。駄目よ? あいつを甘やかしては」

 女神が、西行寺幽々子と同じ事を言っている。

「まあ、それはともかく用件はわかっているよ。月から来る連中に備えろと言うのだろう? 言われるまでもない、やるさ。幻想郷を守るために」

「お頼み申し上げる……」

「幻想郷を守る……ふむ、あやつらだけを守らない、というわけには、まあ……ゆくまい、か」

 女神が、謎めいた事を言う。

 藍は、少しだけ顔を上げた。

「あやつら……とは?」

「迷いの竹林に棲む者どもよ」

 女神は、溜め息をついたようだ。

「次の異変の、元凶とも言える連中さ。まあ、そのような輩でも守らねばならん。何しろ……全てを受け入れるのが、幻想郷だからな」



 夢に、神様が出て来て何かを告げる。

 幻想郷ならば、ありそうな話ではある。

 あれが神であったのなら、先程の夢はすなわち神託であったのか。自分は巫女として、それに従わなければならないのか。

 否、と博麗霊夢は強く思う。

 あれは断じて、神ではない。強大な力を持ってはいるが、間違いなく妖怪だ。

 それでも霊夢は、その妖怪に言われた通り、博麗神社の境内に篝火を設置していた。

 紅白の巫女装束を身にまとい、お祓い棒を携え、拝殿の前に佇んでいる。

 物々しく見えるのだろう。狛犬の像が、おずおずと言う。

「あの、博麗様……どうなさったんですか? こんな時間に」

「……ごめん。もしかして、寝てた?」

 狛犬像の頭には、小さな花冠が載せられている。

「寝てましたけど平気です。それより博麗様」

「霊夢、でいいわよ」

 言いつつ霊夢は、月を見上げた。

 満月である。隕石孔が、くっきりと見える。

 妖怪は、満月の光の中でこそ、真の力を発揮するという。

 つまり、と霊夢は思う。紅魔館で自分と戦ったレミリア・スカーレットも、冥界で暴れたフランドール・スカーレットも、本当の力を見せていなかったという事なのか。

「……レミリアは吸血鬼だから、夜道に迷うなんて事ないとは思うけど」

 霊夢は言った。

「こんな夜中でも私は起きてるから、いつでも帰っておいでって事……あいつに教えたげようと思ってね。篝火を炊いてみたわけよ」

「博麗さ……霊夢さんは、あの人がこの神社に必ず帰って来ると」

「当たり前じゃない。他にねえ、レミリアの帰る場所がどこにあるって言うのよ」

 笑いながら霊夢は、改めて満月に見入った。

 冷たく清かなる天体を背景に飛翔浮揚する、小さな人影と、目が合った。

 獰猛に燃え盛る、真紅の瞳。

 夜闇に煌めく七色の光を背負い、はためかせて、その少女は空中に佇み霊夢を見下ろしている。睨んでいる。

「動かないで」

 動く気配を見せた狛犬像に、霊夢は命じた。

「……あれは、私の相手」

「霊夢さん……!」

 何か言いたげな狛犬と、それ以上の会話をしている暇もなく、霊夢は跳躍していた。猛然と、お祓い棒を振るいながら。

 七色の翼を広げた少女が、上空から斬りかかって来たところである。紅く燃える光の剣が、霊夢を襲う。

 その斬撃が、お祓い棒とぶつかり合う。

 凄まじい火花が、フランドール・スカーレットの顔を照らし出していた。

 人形の美貌、ではない。この少女が、今のところ博麗霊夢に対してだけ浮かべる表情。

 憎悪、憤激。可憐な顔立ちが、燃え上がるほどの敵意に歪み捻れている。剥き出しになった鋭い牙が、可愛らしい。

 本当に良い顔をする、と思いながら霊夢は着地した。

 いくらか距離を隔てて、フランドールも着地する。激突に弾かれた巫女と吸血鬼が、弾幕戦の間合いで睨み合う。

「そう……そうなのよねフランドール。レミリアを守るには……まず、あんたをこの世から消さないと」

 霊夢は言う。フランドールは、相変わらず無言である。

「レミリアをいじめに来たの? なら、まずは私を殺さないとね」

 今レミリアは不在であるが、それを言ったところで意味はない。

 レミリアがいたとして、フランドールに面会を許可するつもりが霊夢には毛頭ないからだ。

 フランドールは、無言のまま殺意を燃やしている。レミリアではなく、視界内の霊夢に対してだ。

「……そう。レミリアじゃなくて、私をいじめに来たってわけ」

 自分の顔面がニヤリと凶暴に歪んでゆくのを、霊夢は止められなかった。

「相変わらず、私しか眼中にない……と。照れるわねえ、嬉しいわ。私も今ね、ちょっと誰かをぶちのめしたくて気が狂いかけてるの。うってつけの相手が来てくれた、と」

 霊夢の左右に、2つの陰陽玉が浮かんだ。

 何枚もの呪符を、扇のように広げながら、霊夢は言った。

「あんた……よく見たら、怪我してるの?」

 フランドールの一見、華奢な手足に、包帯が巻かれている。

 そのような負傷、意に介した様子もなく、フランドールは斬りかかって来る。光の剣が、一閃しながら巨大化する。

「……そうよね、あんたが相手だもの。怪我してるからって手を抜いたら、失礼よねっ」

 霊夢が迎え撃とうとした、その時。

「やめなさい、フラン」

 声がした。

 フランドールの動きが、ぴたりと止まった。燃え盛っていた光の剣が、小さく萎み、消えてゆく。

 誰の声なのだ、と霊夢は思った。

 レミリアの声に似ている。だが、あり得ない。

 ひと声で、フランドールを止める。そんな事が、レミリアに出来るはずはないのだ。

「霊夢への無礼と乱暴は、許さないわよ」

 静かな威厳に満ちた声。やはり、レミリアの声であるはずがない。

 威厳。霊夢の知るレミリアとは、全く縁のない単語である。

 夜闇が凝集・実体化したかの如く、その少女は、いつの間にかそこにいた。

 桃色のドレスをまとう、小さな身体。

 可憐な手足に、フランドールと同じく包帯が巻かれている。ドレスの下にも巻かれているのだろう。

 痛々しく負傷している少女に、しかし霊夢は圧倒されかけていた。

「…………レミリア……」

「……心配をさせてしまったわね。ごめんなさい、霊夢」

 レミリア・スカーレットが、妹と同じ真紅の瞳を向けて来る。

 血の真紅、炎の真紅、得体の知れぬものの真紅。

 得体の知れぬ何かが目覚めてしまったのだ、と霊夢は思った。レミリアの中で、本人にとっては眠らせたままでいた方が幸せであったに違いない何かが。

「レミリア……怪我、してるじゃないの……」

「咲夜が、少し大げさに包帯を巻いてくれただけよ」

 レミリアが応える。

「今宵は満月。私もフランも、この程度の怪我はすぐに治るわ」

 フランドールが、レミリアに傷を負わせた。もしそうならなフランドールを生かしてはおかないところであるが、霊夢は思う。あり得ない、と。

 スカーレット姉妹が喧嘩をして、レミリアがこの程度の負傷で済むはずはないのだ。フランドールを相手に、互角の姉妹喧嘩など出来るわけがない。

 姉の傍らでフランドールは、人形に戻っていた。

 表情のない美貌が、しかしレミリアと目が合った一瞬、俯き加減に微笑んだのを、霊夢は見逃さなかった。

 軽く、レミリアが妹の頭を撫でる。

 フランドール・スカーレット。

 霊夢の知る限り、この世で最も凶猛なる妖怪が、姉に頭を撫でられて微笑む妹になってしまったのだ。

「……そう……妹と、仲直り……出来たのね。レミリア……」

 そんな事を言うのが、霊夢は精一杯だった。

「まあ……良かったじゃないの。ねえフランドール……レミリアをいじめないなら、私が許可するわ。お姉ちゃんに会いに時々、この神社へ来てもいいわよ」

「違うわ、霊夢」

 レミリアの静かな口調が、霊夢を圧す。どこかへ追い詰めてゆく。

「時折、私に会いに来るのは貴女の方。いつでも紅魔館へいらっしゃい……弾幕戦の相手なら、いくらでもしてあげるわ」

「……何があったのか知らないけど、疲れてるのねレミリア」

 無理矢理に、霊夢は微笑んだ。

「お話は明日。さ、今日はもう寝なさい。お風呂、一緒に入ろうか?」

「霊夢。私は貴女に、お礼を言いに来たのよ」

 聞きたくなかった。だがレミリアは続けた。

「……今まで、本当にありがとう。どんな言葉も空々しくなってしまうけれど」

「やめて……」

「幻想郷へ来て、貴女に会えて、本当に良かったわ。これからは私、紅魔館の主として……博麗の巫女と、戦ったり協力したりする事になるわ。どうぞよろしくね」

「……紅魔館の、主……あんたが……? ふふっ、あっははははは、ねえ夢見てんじゃないわよレミリア。一体どうしちゃったの……」

 霊夢は身を屈め、レミリアの肩を掴み、目の高さを合わせた。

「わたしと一緒のお布団で、うーうー言ってた小動物が……紅魔館の主になって、博麗の巫女と張り合う? ねえ正直に言ってレミリア。一体どこで、誰に、何を吹き込まれたの?」

 八雲紫。

 殺さねばならぬ相手の名前が、霊夢の頭の中で大きくなってゆく。

「かわいそうなレミリアを……騙して、何か良からぬ事をしようって奴がいるのよね?」

「私を、かわいそうと言う……そんな資格があるのは霊夢、貴女だけよ」

 レミリアが微笑んだ。

「憐れみを受けるほど、無様な姿を見せていた私……受け入れなければ、いけないわね。受け入れた上で、私は次に進む。このレミリア・スカーレット自身の意思よ。そんな私を、まあ何かに利用したい者はするといいわ。出来るものなら、ね」

「次に進む……って、あんた……どこへ行こうってのよ……」

 レミリアに対し、憎しみに近いものが、霊夢の中では燃え上がっていた。

「……あんたなんかが、どこへ行けると思ってんのよ……あんたがねえ、私と一緒のお布団やおこたから出て! 自力でどっか行けるとでも思ってるわけ!? 笑わせるんじゃあない!」

「霊夢……貴女をね、力で振り払う必要があるかも知れないとは思っていた」

 レミリアの視線が、口調が、哀しみに近いものを帯びている。

 霊夢は、レミリアの肩から手を離し、飛び退った。

 悲しみと同時に、とてつもなく危険な気配が、レミリアの小さな身体から溢れ出したのだ。

「……私と……戦おう、って言うの……」

 本気の、弾幕戦の気配であった。

「……いいわ、教えてあげる。あんたなんか所詮、私のペットでしかないって事をねぇえ……!」

「やめておきなさい。死ぬわよ、貴女」

 言ったのは、レミリアではない。

「……博麗の巫女を、死なせるわけにはいかないわ」

 博麗神社の夜景が、ぱっくりと裂けていた。

 その裂け目の縁に豊麗な尻を載せ、空中に腰掛けている1人の女。

 若く、美しい。外見は、だ。

 夜なのに日傘を広げたまま、その女は言った。

「今の貴女では……レミリア・スカーレットには絶対に勝てないと。そう言っているのよ、博麗霊夢」

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