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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
39/48

第39話 燃える博麗神社(1)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

「あたしたち妖精が、どうして死なないのか。ルナはわかる? スターは知ってる?」

 博麗神社の境内で、妖精3匹が騒いでいる。

「それはね、悪戯をするためなのよ! 悪戯をしない妖精なんて、お酒の出ない宴会みたいなもの。あたしたちは悪戯に命を賭けなきゃいけない……それも弱い者いじめみたいなヤツじゃ駄目。悪戯がバレたら殺される、そんな相手に悪戯を仕掛けてこそ、この不死身の命も燃え上がるってもんよ! うおおおおおおおおおお燃えるぅー!」

「ち、ちょっと落ち着きなさいよサニー」

「……あの危険な気配。私じゃなくても、わかりそうなものだと思うけど」

 神社全体から、目に見えぬ炎のような禍々しいものが立ちのぼっている。

 昨日から社務所に籠もりきりの巫女が発している、憎悪の気配。見えざる怨念の炎。

 それに、妖精たちは怯えているのだ。

「今日は……って言うかしばらくは、博麗に巫女に悪戯するのはやめた方がいいんじゃないかしら」

「私ら全員、一回休みじゃ済まない目に遭うわよ……」

「ふ、ふん。だらしないわね2人とも、いいわ。あたしが悪戯のお手本を」

「……やめて下さい本当に。妖精でも死にますよ」

 狛犬の像が、言葉を発した。

「今の博麗様は……そっとしておいて、あげて下さい」

「じゃ、あうんちゃんに悪戯しちゃう!」

 妖精の1匹が、狛犬の頭に花冠を置いた。随分と、懐いているようではある。

 妖精たちが狛犬像を囲んではしゃぐ様を、伊吹萃香は鳥居の上から見下ろしていた。

「お酒のあてとしては、少しばかり平和過ぎる光景ですねえ」

 射命丸文が、そんな事を言っている。

 博麗神社の鳥居の上に、萃香は寝転び、射命丸は腰を下ろしていた。

「……じゃ、おめえよ。今すぐ神社にカチ込んで、霊夢を引っ張り出して来いや」

 言いつつ萃香は、寝転んだまま瓢箪の中身を呷った。

「したら多分、あんまり平和じゃない事が起こるぞ。新聞記事にだってなるかも知れねえ、私も美味い酒が飲める」

「うふふ。私、きっと殺されます。天狗は妖精と違って死にますから」

「おめえが、そう簡単にくたばるかい」

「もう少し、待ちましょう。幻想郷を揺るがす大大事件が、間もなく起こります。間違いありません」

 射命丸の目が、キラキラと輝いている。こうして見ると、外見は可愛いものだ。

「博麗の巫女対幻想郷の賢者、大激突ですよ! 博麗大結界の内側を血の海に沈める、壮絶な殺し合い。もうスクープなんてもんじゃありませんて」

「どうかな。霊夢の方はともかく、あの腰抜けスキマ妖怪に……殺し合いなんて、やる気があるのやら」

「ほうほう。伊吹御前からご覧になって、八雲紫は腰抜けであると」

「あいつはな、ボロ負けすんのが恐いんだよ。ま、気持ちはわからんでもねえ。負けるのが好きなんて奴ぁいないしな」

 萃香は酒を飲み、息をついた。

「……自分で戦おうと思えば、ちゃあんと戦えるクセによ」

「自分はまだ本気を出していないだけ、ってやつですね。いますいます、そういう人」

「おめえもだよ、射命丸」

 じろり、と萃香は牝天狗を睨み据えた。

「年がら年中ヘラヘラしながらバカを演じて、本当の自分ってやつをひた隠しにしてやがる。私ゃあな、山にいる連中じゃおめえが一番、油断がならねえって昔っから思ってたんだ」

「買い被っていただけるのは、嬉しいですけどね」

 妖精たちと狛犬が、楽しげに話し込んでいる様を、射命丸はじっと見下ろしている。

「ねえ伊吹御前……お山へ、戻って来ませんか」

「ふん。私らがいない今、おめえら天狗は我が世の春なんじゃねえのかい」

「天狗じゃ駄目なんですよ。誰も言う事を聞いてくれません。私ら天狗は……鬼の方々よりも、ずっと嫌われてますから」

「……半分くらい、おめえが原因だと思うぞ」

「えっ、そんな事ないですよう。私は清く正しい射命丸ですよ」

 妖精3匹が狛犬像に抱きついている、その様に射命丸は鳥居の上から写真機を向けた。撮った。

「……ともかくね。御前様方がいらっしゃらないお山は、何か駄目なんですよ。物足りないって言い方は失礼ですけど、やっぱり違うんです。ビシッとしてません」

「おめえがビッとして、山をシメろ」

「無理ですよ。この方じゃあるまいし……」

 言いつつ射命丸が、胸元から何かを取り出した。

 綺麗な鎖骨と、深く柔らかな胸の谷間が見えた。手を突っ込んで揉んでやろうか、と萃香は一瞬だけ思った。

 それはともかく。射命丸が懐から取り出したのは、1枚の写真である。

「私……この方にも、お会いしたいです」

「何だ、また隠し撮りか。そういうとこが原因だって……」

 ひょいと萃香は、その写真を覗き込んだ。

「はい、隠し撮りです。皆様まだ、お山にいらした時に……だって私、この方の前に出るとドキドキしすぎて何にも言えなくて……撮らせて下さい、なぁんて言えるわけないじゃないですかぁ……」

 射命丸が、可愛らしく頰を赤らめている。

 この世で最も美しい筋肉が、その写真には写っていた。

 水飛沫を弾く白い美肌。しなやかで強靭な二の腕、美しい肩の隆起に若干、癖のある長い金髪。

 力強く引き締まった脇腹と背中の曲線。たくましいほどに豊麗な胸の膨らみは、しかしこの角度では一部しか見えない。一部分でも、圧倒的である。

 天狗の隠し撮りに気付く事なく、無邪気に微笑む端整な横顔。額から伸びた立派な角で、星が輝いている。

 萃香は思わず、目を見開いていた。両眼が飛び出しそうなほどにだ。

「おおおおおお前、殺されるぞ本当に!」

「よろしければ差し上げますよ。焼き増ししてありますから……他にね、こんなのもあります」

 様々な写真を、射命丸は扇のように広げていた。

 いささか育ち過ぎた白桃を思わせる尻、瑞々しく筋肉の膨らんだ太股。綺麗に割れた腹筋。

 飲んだ酒が、全て鼻に回ってしまったかの如く。萃香は、ドポドポと鼻血を流していた。

「こ、これだよコレ。このムッチリぷりケツ大臀筋がよぉ、あの馬鹿力を生み出すんだよなあああああ」

「この方の馬鹿力でね、ぶちのめされるとねえ、天にも昇る心地になるんですよねええ。私、何度も昇天しました」

「おう射命丸! もっと肝心なとこがバッチリ写ってんのはねえのか!? つか、てめえワザと肝心なとこ写してねえだろ!」

「当たり前じゃないですかああ。どうです、妄想もりもり捗るでしょ? 写真っていうのはね、何でもバッチリ写せばいいってものじゃあないんです。見る人にアレコレ妄想させて悶絶させる! これが天狗の侘び寂びですよお。もちろんバッチリ写す時もありますけど」

「おっおめえ、本当に性格腐ってやがんなああ。そこだぞ、そういうとこだぞ」

「ちょっと、境内に鼻血を落とさないで下さい。博麗様に殺されますよー」

 狛犬が、鳥居の上に声を投げてくる。

 聞こえぬまま萃香は、写真の中の美しく力強い裸身に見入っていた。



 巨大な骸骨が、冥界の天空を掴んでいる。

 そんな風景が、白玉楼に戻って来た。

 花を咲かせぬ西行妖。白骨の如き裸の枝が、果てしなく伸び広がる様。この広大なる冥界の、どこにいても視界に入るだろう。

 西行妖、以外の桜は、まだまだ見頃である。

 死せる大樹が、満開の桜の樹海を睥睨している。

 そんな有り様を背景とする白玉楼の庭園で、庭師・魂魄妖夢は今、1人の侵入者と対峙していた。

「八雲藍……貴様、やってくれたものだな」

 侵入者、とは言えないかも知れない。一応は訪いを入れながら、妖夢が気付いた時にはすでにこうして白玉楼の敷地内に佇んでいたのだ。

「あのような危険物ども……よくぞ迷い家を素通りさせ、白玉楼へと送りつけてくれた。得難い実戦経験が出来た事は感謝してやる。それはそれとして貴様らは許せん」

「言わねばわからんのか庭師。我らが迷い家にいるのは、別に冥界の防衛を担っているからではない。白玉楼を守ってやらねばならん理由など、どこにあると思うのだ」

 後光のような9本の尻尾が、炎のごとく揺らめいている。黄金色の炎。

「……紫様のお許しさえあれば、私が白玉楼に攻め入っていたところだ」

「遠慮はいらん、今それをしてみろ」

 妖夢は、楼観・白楼の二刀をすらりと抜き構えた。

「まずは私が相手になってやる……化け狐の、化けの皮を斬り裂いてくれるぞ。おぞましい中身もろともだ」

「庭師風情に用はない。西行寺幽々子を出せ」

「そうとも、私は庭師! この庭園を汚す獣は生かしておかぬ」

 半霊が、妖夢の細身を獰猛に取り巻いて飛翔する。九尾の妖獣に向かって、いつでも弾幕を放てる。

 一方。八雲藍は、広い袖の中で腕組みをしたまま身を屈め、跳躍に備えていた。

 この大妖獣が本気で回転を始めたら、手がつけられなくなる。その前に斬って捨てる、と思い定めかけた妖夢に、やんわりと声がかけられた。

「貴女はねえ妖夢。レティ・ホワイトロックとも仲良く出来たのだから、この狐さんとも少しは仲良くなさいな」

 白玉楼の主、その美麗幽玄なる姿が、いつの間にかそこにあった。

「ようこそ、迷い家の狐さん。今日は、あの仔猫ちゃんは一緒ではないの?」

「……貴女のような危険極まる化け物がいる場所に、橙を連れて来るわけがなかろう」

 八雲藍が牙を剥いた。

「西行寺幽々子……御自分の行いを、少しは省みておられるのだろうな!? 貴女は幻想郷を滅ぼそうとしたのだぞ!」

「八雲藍。貴女が、幻想郷を守ってくれたわ」

 幽々子が、にこりと微笑んだ。

「本当に、ありがとう。お疲れ様、お茶でも飲んでいきなさいな」

「……やめておく。貴女に、懐柔されるかも知れぬゆえ」

 八雲藍は、毒気を抜かれたようであった。

「今日は、そんな事のために来たわけではない」

「ふふっ。楽しい愉しい弾幕戦なら、受けて立つわよ?」

「そうしたいのは山々だが、貴女が弾幕戦をしなければならぬ相手は別にいる」

 謎めいた話になってきた。

「……以前、貴女が戦った事のある相手だ。私自身は、その戦いを知らんのだがな」

「私……あの時は、戦ってなんかいないわ。ただ、忍び込んで盗んだだけよ」

 何を盗んだのか、までは言わずに幽々子が扇を開く。

「……紫ったら、また性懲りもなく月に攻め込む気でいるのね」

「違う。次の異変では、月の者たちの方が幻想郷へと攻め入って来る……我が主・八雲紫は、そう見ている」

 自分が取り残されている、と妖夢は感じた。

 この化け狐は一体、何を言っているのか。

 月に攻め入る、月が攻めて来る。そんな馬鹿げた話に、幽々子が同調している。妖夢の頭越しにだ。

「安心しろ魂魄妖夢。貴様を除け者にしようというわけではない」

 八雲藍が、鋭利な眼光を向けてくる。

「当然、貴様にも戦ってもらうぞ。春告精の身柄を強奪し、幻想郷の春を奪った実行犯……貴様にな、贖罪の機会を与えてやろうというのだ。幻想郷を守るために戦え」

「あり得ないわ」

 眼前の、桜の花びらを扇で舞い上げながら、幽々子が言った。

「月人が攻めて来る? あの、どろどろしていない、ぎらぎらもしていない……何のために生きているのかわからない種族が、攻めて来る? 戦を起こす? 月の都から遠出をする? そんな事あるわけがないわ」

「八雲紫の言葉をひとつ、伝えておこう」

 大妖獣の鋭利な眼光が、幽々子に向けられる。

「どろどろとした、ぎらぎらとした……まさしく生命の穢れ、そのものと言うべき魂を、少なくとも1つ。貴女は月の都において、おぼろげながら感じたはず」

「……そう、ね。あれが、私の錯覚ではないのであれば」

 幽々子が、西行妖を見上げた。

「月の都にも、存在する。どろどろと穢れた魂を、ぎらぎらと美しくおぞましく輝かせる誰かが……そう、あの博麗霊夢のような」

「紫様のお言葉は伝えた。何の話か私にはわからん。ともかく西行寺幽々子、貴女は幻想郷を滅ぼそうとした。その事に対し雀の涙ほどでも思うところあるならば、幻想郷を守るために戦え」

「……紫は」

 聳え立つ巨大な死神、のような裸の大樹を見上げたまま幽々子が言う。

「他者を唆して動かす、ばかりではなく……今度こそ、自分で戦ってみようという気があるのかしら?」

「……あの方の分まで、私が戦う」

「駄目よ、紫を甘やかしては」

 幽々子が、くすくすと笑った。

「心配しなくて大丈夫。私はね、幻想郷が大好きなのよ。幻想郷を脅かす者がいるなら黙視はしないわ……妖夢も。力を貸して、くれるわよね?」

「無論です。この狐どもと共闘、という事になれば……どうなるものやら、いささか不安ですが」

「貴様らが我々の指図に従うなどとは最初から思っていない。勝手に動け。それが結局、紫様の思惑通りという事になる」

「我らが……あの小賢しいスキマ妖怪の掌の上だとでも言うのか貴様!」

「ああもう、駄目よ妖夢。それこそ紫の思惑通り」

 幽々子が、ふわりと割って入って来る。

「八雲藍。貴女も、ね? 紫のせいで仕事が増えているのでしょう。苛々していないで、ゆっくり桜でも見て行きなさい。貴女は今、幻想郷で一番忙しく頑張っている子。大丈夫よ、みんな見ていてくれるわ」

「……ゆっくりしている暇はない。お気持ちだけ、いただいておこう」

 1歩、八雲藍は下がった。

「この後も、会わねばならぬ相手がいる。もっとも、まだ面会願いを出したきり返事をもらえていないのだが」

 下がったところで、藍は気付いたようだ。

 幽々子は軽く目を見張り、妖夢は息を飲んだ。

 広い袖の中で腕組みをしたまま、藍が微笑む。

「たった今……どうやら、先方から許可が下りた」

 その背後に、巨大な扉が出現していた。

「……そう、彼女にも協力を求めなければならないのね」

 幽々子が言った。

「それほどの危機が、幻想郷に迫っていると……」

「……幻想郷を、守って欲しい。我々が貴女がたに望む事は、それだけだ」

 扉が、音もなく開いてゆく。

 開いた扉の奥に、いかなる空間が広がっているのかは、わからない。よく見えない。

 そこへ藍は、自分から入って行こうとはしなかった。こちらを向いたままである。

「西行寺幽々子、それに魂魄妖夢。お前たちはこの度、もう充分に異変を起こしたのだ。当分、無意味なやらかしは控えてもらう……次は、幻想郷のためになる事をする番だぞ」

 振り返りもしないまま八雲藍は、いつの間にか扉の奥の空間にいた。

 振り向かず、招き入れられ、吸い込まれるのを待つ。とにかく振り返らない。

 それが、扉の向こうに居る何者かに対する礼儀作法なのだろう、と妖夢は思った。

 ゆっくりと扉が閉まり、九尾の大妖獣の姿を包み隠す。

 やがて扉は消えた。八雲藍もいない。

 いなくなった者を呆然と見送りながら、妖夢は問いかけを口にした。

「幽々子様……あの八雲紫というのは、そもそも何者なのですか。幻想郷の守り手を自任しているようでもあり、それにしては行動力に欠けるようでもあり。全て、今の八雲藍に任せきりではないですか」

「紫は……幻想郷一の、嫌われ者」

 幽々子は、熟考したようである。

「と、言ってしまうのはかわいそうだけど……そうね。そろそろ博麗の巫女あたりを相手に、自力で弾幕戦のひとつもやって見せて欲しいところ。私や妖夢と同じく、痛い目に遭ってもらわないとね」

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