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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
37/48

第37話 U・N・オーエンは正義の味方(6)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 夜空が断ち切られた。レミリア・スカーレットには、そう見えた。

 何本もの、緑色の直線が、月夜の空を分断している。

 直線上に並んだ、無数の光弾であった。

 それらが、レミリアの逃げ道を塞いでいる。

 レミリアを、咲夜や美鈴とも分断している。

 自分よりも高空にいる妹に、レミリアは微笑みかけた。

「分断する必要はないわ、安心なさいフラン。咲夜にも美鈴にも手出しはさせない……貴女と私、2人きりよ」

 フランドール・スカーレットが、微笑み返してくる。

 人間たちの血、臓物の汁気、様々な殺戮の汚れにまみれた笑顔。

 だが、愛らしい。レミリアは、そう感じた。

 外からは汚れても、内からは決して汚れない。全ての汚濁を退ける、無邪気な笑顔。

「フラン、貴女……そんなふうに笑うのね。知らなかったわ……」

 真紅に燃え輝く光の槍を、レミリアは水平に構えた。

「……私、貴女の事……何も、知らなかったのね」

 言葉では応えず、フランドールが右手を掲げる。愛らしい五指でしっかりと保持した得物を、高々と振りかざす。

 巨大化した時計の針、とでも言うべき形状の槍。

 分断された夜空のあちこちで、爆発が起こった。

 爆炎が、いくつもの塊と化してゆく。大型の、光弾であった。

 それらが、緑の直線を破壊しつつ飛翔する。

 無数の小さな光弾が、直線の並びを崩されながら拡散し、レミリアを襲った。

 爆炎の塊である大型光弾が、それに混ざった。

 大小の光弾が獰猛に飛び交い、全方向からレミリアを撃ち砕かんとする。

 光の長槍が猛回転し、一閃した。

 大小の光弾たちが、薙ぎ払われて砕け散り、レミリアの周囲でキラキラと消滅してゆく。

 その煌めきを蹴散らしながらフランドールが、超高速で距離を詰めて来る。

 槍ほどに巨大化した、時計の針。そんな形状の武器が、可愛い右手で豪快に振り回される。

 その一撃を、レミリアはかわした。皮膜の翼をはためかせ、後方へと飛び下がった。凄まじい風が、眼前を通過する。

 フランドールの、もう1つの得物が、その時には別方向から一閃していた。

 可憐な左手で激しく燃え盛る、光の剣。

 襲い来る巨大な斬撃に、レミリアの方からも光の槍を叩き付けてゆく。

 弾幕の塊でもある剣と槍が、ぶつかり合い砕け散った。無数の光弾が飛散し、市街地に降り注ぎ、建造物や路面を穿つ。

 激烈な手応えが、レミリアの小さな両手を痺れさせた。

 両腕の感覚が戻って来るのを、待っていてくれるような妹ではなかった。

 フランドールの、得物を失った左手が、レミリアの鳩尾の辺りに突き刺さっている。

 咲夜の悲鳴が聞こえた。

 レミリアは、悲鳴を上げる事も出来ずに血を吐いた。血を吐きながら、悲鳴ではなく命令を叫んだ。

「美鈴! 咲夜を取り押さえなさい!」

 咲夜が、飛び込んで来ようとしている。それは気配でわかる。

「やめて妹様! お願いやめてええええええええッッ!」

 咲夜の泣き声というものを、レミリアは初めて聞いたような気がした。

「差し上げます! 私の命を差し上げますからぁああああああああっ!」

「お馬鹿な咲夜……フランが、貴女の命なんて……欲しがるわけ、ないでしょう……?」

 弱々しく、レミリアは笑った。

 フランドールも笑っている。無邪気で可愛い笑顔が、レミリアの眼前にある。

 愛らしい五指が、自分の体内で何かを握り潰そうとしているのを、レミリアは感じた。

 握り潰される前に、レミリアは自らの肉体を粉砕した。

 咲夜が、もはや表記不可能な絶叫を迸らせる。

 美鈴が、怒り吼えている。

「馬鹿野郎、レミリア・スカーレット! お前どこまで咲夜さんに心配かければ気が済むんだぁああッ!」

 聞き流しながらレミリアは、様々な方向に飛び散った己の破片を、全て蝙蝠に変えていた。

 無数の小さな蝙蝠たちが、羽ばたき、飛翔し、渦を巻きながら、真紅の光弾を発射する。

 渦巻く弾幕が、フランドールを直撃していた。

 微量の血飛沫を散らせて、フランドールが吹っ飛んで行く。

 その間、レミリアは集結した。蝙蝠たちが集合・融合し、吸血鬼の少女の姿を取り戻す。

 鳩尾に穿たれた大穴も、消え失せている。外傷は無くなっても、しかし妖力の消耗は凄まじい。

 消耗した妖力を、レミリアは無理矢理に燃え上がらせた。

 レミリア・スカーレットという存在を構成する妖力そのものを、燃やし尽くす。そうしなければならない戦いが、ここにあるのだ。

「私の全てを貴女にぶつけるわよ、フラン……たとえ、私という存在が! 消えて無くなったとしても!」

 レミリアの小さな身体が、妖力の炎をまとう流星となった。

 炎の螺旋を周囲に渦巻かせながら、流星がフランドールにぶつかって行く。

「消えて無くなる、だと!? ふざけんな、そうなったら咲夜さんはどうなる!」

 美鈴が叫ぶ。

 そんな事は関係なくレミリアは、フランドールに激突していた。

 吸血鬼の少女2人が、ひとかたまりになって市街地に墜落する。建物を、路面を、粉砕する。大量の瓦礫が、乗用車の残骸が、人体の破片が、噴出し舞い上がった。

 市街地そのものを削り取りながら、スカーレット姉妹が揉み合いもつれ合う。レミリアが上になり下になり、フランドールが上になり下になった。

 全身で瓦礫を粉砕しつつ、フランドールが微笑んでいる。レミリアの目の前で、無邪気に愉しそうに。

 こんなふうに戯れ合った事が、かつて1度くらいはあったのだろうか、とレミリアは思う。

 美鈴の怒声が聞こえた。

「こんな馬鹿な姉妹喧嘩やらかして何の意味がある! あんたは確かに強いけど、妹様の方が強い! それでいいじゃないか何が不満だ!」

 自分たち姉妹の傍には、いつもパチュリー・ノーレッジがいた。

 劣等感の塊であったレミリアは、今思えばパチュリーに甘えていた。

 思い出しながら、レミリアはゆらりと立ち上がった。

 倒壊した建物が燃え上がり、ちぎれた屍が散乱する。街そのものの残骸とも言うべき光景。

 いくら見回しても、フランドールの姿は見えない。路面もろとも磨り潰してしまったのか。

 そんなわけはない。どこかに埋れている、いや潜んでいる。

 美鈴は、相変わらず叫んでいた。

「カリスマか!? カリスマがそんなに大事か馬鹿野郎! 馬鹿お嬢! こんなに咲夜さんを泣かせてまで! 大事にしなきゃいけないもんなのかああああああああああッッ!」

「……私たちとパチェしかいなかった、紅魔館に……お前、いつの間にかいたわね。美鈴……」

 レミリアは笑った。

「この野良猫は一体、いつ頃から住み着いていたのやら……」

「悪かったな、あの頃の私はコソ泥だよ!」

 怒り狂いながら、美鈴は涙を流しているようだった。

「何か偉そうな小っちゃいのと半病人しかいなかったから、ちょろいと思ってたんだよ! 2匹とも食い殺して、めぼしい物さらっておさらばしようと思ってたんだよぉおっ! そしたら2匹ともバケモノで私は殺されかけて、何か色々あって結局おさらば出来なくなっちゃったんだよ紅魔館っておかしな所から!」

「お前、隙あらば私を殺そうとしていたわね華人小娘」

「咲夜さんは違うぞ。最初っから誠心誠意、あんたに尽くしていたんだぞ!」

 美鈴の叫びに合わせた、わけではなかろうが、レミリアの周囲4カ所で瓦礫が噴出し舞い上がった。

 破壊された街を、さらに粉砕しながら、4人のフランドールが出現していた。空中からレミリアを見下ろし取り囲み、微笑んでいる。

 1人が、巨大な時計の針を掲げた。

 いくつもの鋭利なものたちが飛来し、レミリアを襲う。

 光の時計。回転する針が、レミリアを切り刻まんとする。

 皮膜の翼を激しくはためかせて、レミリアは飛翔した。

 その羽ばたきから、いくつもの紅い宝珠が発生しぶちまけられる。真紅の大型光弾。

 それらが、飛行する光の時計たちとぶつかり合う。

 爆発、相殺。

 弾幕の破片がキラキラと舞い散る中、レミリアは超高速で身を翻した。小さな身体を竜巻の如く捻転させながら、可憐な両手で魔力をばら撒く。

 ばら撒かれた魔力が、無数の鋭利なるものに変じていた。真紅の針、あるいは短剣。

 2人のフランドールが、左右からレミリアに弾幕を撃ち込もうとしていたところである。

 一瞬早く、真紅の凶器の嵐がフランドール2人を切り刻んでいた。

 幻覚魔法と高速移動の併用。実体ではないフランドールの姿が2つ、ズタズタに砕けながら消滅する。

 レミリアは振り返り、見下ろした。

 咲夜がいた。美鈴に支えられ、瓦礫の上に立っている。

 青ざめ震える咲夜を、しっかりと抱き支えながら、美鈴は牙を剥いた。

「ねえレミリアお嬢様……こんな咲夜さん、見た事ありますか? あんたね、咲夜さんに……こんなに辛い思い、させてんだって事……わかってる? わかってんのか!? わかってないだろオイこらぁあああああああああっ!」

「……わかって欲しい、とは言わないわ」

 レミリアの右手で、魔力の輝きが発現し燃え上がり、伸びてゆく。

 真紅の、光の槍が出現していた。

「ねえ咲夜、美鈴。私はね……言葉にした瞬間、色褪せてしまうもののために今、フランと戦っているのよ」

 愛らしい右手が、光の魔槍を投射する。

 それが、フランドールの1人を串刺しにした。

「だから、理解を求めるのはやめなさい。2人とも、ただ……私を、見ていなさい」

 光の槍もろとも消滅してゆくフランドールに、レミリアは背を向けた。

 4人目のフランドールが、すでに眼前にいる。無邪気な歓喜の笑みが、レミリアの視界を満たす。

 それと同時に、光の剣が猛然と叩き付けられて来る。

「紅魔館の、主の姿を……その目に、心に、焼き付けなさい!」

 レミリアは、羽ばたきながら踏み込んでいた。襲い来る斬撃よりも速く、フランドールにぶつかって行った。

 光の大剣を振り下ろそうとする少女の動きを、全身で止めていた。

 間近から、フランドールを睨み据える。

 愉悦の笑みを浮かべる妹の口元で、白く美しい牙が光る。

 その牙が次の瞬間、

「うっぐ…………ッッ!」

 レミリアの首筋に、突き刺さっていた。

 小さく可憐な、だが恐るべき妖力の塊でもある細腕で姉の身体をがっしりと抱き締めながら、フランドールは吸血を行っていた。愛らしい唇と鋭利な牙で、レミリアの細い首筋にキスをしている。

 自分の血が、生命が、凄まじい勢いで妹に吸引されてゆくのを、レミリアは呆然と感じていた。

 自分を組成する妖力そのものが、フランドールに摂取されている。

 快楽にも似たものが、レミリアの思考を痺れさせ蕩かしてゆく。

(私……フランと、1つに……)

「くそっ……させませんよ、妹様!」

 飛び込んで来ようとする美鈴の腕を、咲夜が掴んでいた。

 俯いたまま、咲夜は何か言ったようである。美鈴が、今のレミリアに劣らぬほど呆然とする。

「咲夜さん……」

「………………頑張って…………」

 聞き取れなかった咲夜の声を、レミリアの耳は辛うじて拾った。

「……どうか、勝って……レミリアお嬢様……」

「……さく……や……」

 名を呟く。咲夜に届くわけもない、小さな声。

 美鈴を掴んで止めたまま、それでいて美鈴にすがりつくようでもある様を見せながら、咲夜はこちらを見つめている。

 青ざめた美貌は、特に体調が悪い時のパチュリーよりも弱々しい。震える両眼は、もはや涙すら涸れ果ててしまったように見える。

 レミリアを見つめる。弱々しく声をかける。今の咲夜は、それが精一杯なのだろう。

 フランドールは相変わらず、レミリアの首筋にしゃぶり付いている。赤児が母親の乳を吸うように。

「……美味しい? フラン……」

 レミリアは囁きかけた。

 ぼんやりとした視界を占めるのは、もはや廃墟と呼ぶべき市街地の有り様である。

 瓦礫が、残骸が、そして屍が、ぶちまけられている。

 唇や舌を触れてやる気にもなれないほど汚らしい血液を垂れ流し、哀れな死に様を晒している人間たち。

「……そう……不味かったのよね。外の世界の、人間どもの血は……」

 レミリアは左腕で、そっとフランドールを抱き締めた。

 右掌を、そっと妹の身体に押し当てた。

「……駄目よ? フラン。咲夜の手が入っていない血液なんて、とても飲めたものではないわ……」

 吸引されつつある魔力を、無理やりに燃やす。

 レミリアの右掌で、光が膨張した。

 真紅の宝珠が、出現していた。

 レミリアの首筋から、牙が抜ける。柔らかく可憐な唇が、離れてしまう。

 巨大に膨れ上がった紅い大型光弾が、フランドールを吹っ飛ばしていた。

 吹っ飛んだ妹が、宝石の翼をはためかせて空中に踏みとどまる様。見つめながら、レミリアは小さな右手を高々と掲げた。

 膨れ上がった真紅の宝珠が、さらに巨大化してゆく。まるで恒星のように。

 太陽を憎む魔物によって生み出された、もう1つの太陽が、破壊された街を禍々しく照らす。

 見えた。

 巨大な瓦礫の陰で、人間が2人、生き残っていた。

 震え上がり身を寄せ合う、女性と幼な子。母子であろう。

 子供は出来る限り殺さぬように。そんな事を思っていた時期が、レミリアにもあった。欧州にいた頃、大昔の話だ。

 この大型光弾をフランドールにぶつければ、爆発の余波で人間の母子など跡形もなくなる。楽に死ねる。今レミリアが思うのは、それだけだ。

 フランドールは、相変わらず愉しそうである。可愛らしい舌が、唇を舐める。

「……飲み足りない? ふふっ、はしたないわよフラン……」

 可憐な五指と掌で、悪しき太陽を掲げたまま、レミリアは妹に微笑みかけた。

「もっと美味しいものをね、今……食べさせてあげる。あーんしなさい!」

 太陽を、レミリアは投げ付けた。

 巨大な宝珠が、フランドールを直撃し、破裂して爆炎と化した。

 爆発が渦を巻き、廃墟を粉砕してゆく。

 フランドールの小さな身体が、錐揉み回転をしながら吹っ飛んで行く。

 美鈴が、咲夜を抱き運んで跳躍し、爆発を避ける。

 そのような事が出来るはずもない人間の母子が、跡形もなく消えて失せる……否。抱き合う母親と子供を、白いものが取り巻いていた。

 あまりにも弱々しい、だが一応は防壁の役割をなしているらしいそれが、砕け散りながら蒸発した。

 そして、即座にまた発生し、母子を護る。

 氷の、防壁であった。

「……ずっと……あたい、恐くて……動けなかった……」

 妖精が1匹、そこにいた。弱々しい両の細腕を、頼りなく煌めく氷の翅を、いっぱいに広げて母子を庇っている。

 そうしながら、氷の壁を発生させ維持している。

「今……こんな事したって、ぜんぜん遅いかも知れないけど……だけど……!」

 ひび割れ、砕ける寸前だった氷の壁が、ビキビキッと音を立てて固く凍り付き、厚みを増してゆく。

 そして爆炎に炙られ、爆風に圧され、ひび割れ溶けてゆく。

「……駄目だ……ダメだよ、フランも……お姉ちゃんも……」

 消滅寸前の氷壁に、その妖精は全ての力を注ぎ込んでいるようであった。己を構成する自然の力を。

 抱き合い怯える母子を背後に庇う、小さな少女。氷の翅を懸命に広げたその姿が、薄れてゆく。幻影の如く、消えてゆく。

 消滅しながら、その妖精は言った。

「あたいバカだから、よくわかんない……けど……これは……これだけは……やっちゃいけない気がする……」

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