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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
35/48

第35話 U・N・オーエンは正義の味方(4)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

「……魔理沙の事は、任せたよ」

「何故、僕に?」

 誰かと誰かが会話をしている。片方は、森近霖之助である。

「弾幕のひとつも使えない、僕では……魔理沙を、妖怪から守ってやる事も出来はしないよ」

「あんたじゃなきゃいけない。魔理沙はね、自分の身は自分で守れるさ。私が叩き込んだ魔法と……私じゃ真似の出来ない、生まれついての悪運でね」

 もう1人は誰か。

 知っている声、ではある。懐かしい声。

「私があの子に教えてやれる事なんて、もう何もない。だから私は……魔理沙の傍にいては、いけないんだ」

「魔理沙に、独り立ちをしろと?」

 霧雨魔理沙は、うっすらと目を開いた。

 視界が、ぼんやりとして定まらない。まだ寝惚けている。

 だが、ここがどこなのかは辛うじてわかる。

(…………香霖堂……?)

 魔法の森の入り口に建てられた、道具屋である。

 用途不明の、果たして本当に道具と呼べるのかどうかもわからぬ品ばかりを扱っている。

 口の悪い者たちからは『がらくた屋』などと呼ばれたりもするが、店主・森近霖之助の、道具に関する知識と技術は本物である。例えば魔理沙の持つ小型の八卦炉も、霖之助が作製したものだ。

 その霖之助が、滅多に客の来ない店内に、どうやら買い物が目的ではない客人を迎えているようであった。

「……私の方が、魔理沙から独り立ちをしなきゃいけないのさ」

 その客人が、来客用の椅子から立ち上がった。

 店を、出て行こうとしている。魔理沙の方を、一瞥もせずにだ。

 待って、と魔理沙は声をかけようとした。

 霖之助が、先に声を発していた。

「貴女は、どうなる。このまま存在が消えてしまうのか? それは死と同じ意味ではないのか? 魔理沙の心に深い傷を残す事になる、とは考えないのか」

「私らは皆……誰も知らない所で、のんびりと過ごすだけさ。死ぬわけじゃあない、ただの引退だ」

 出入り口の扉を開けながら、客人は微笑んだようだ。

「今まで死ぬような目に遭ってきたんだ。悪霊の私が、あと2、3回は死ぬような目に……ね。もう休ませておくれよ」

「魔理沙は」

「あの子は、私を忘れる。この先、思い出す事もない。それでいいのさ」

 良くはない、忘れるものか。魔理沙は、そう叫ぼうとした。

 忘れてはならない誰かの名前を、しかし思い出せない。

 客人が、香霖堂を出て行った。

 追う。魔理沙に出来る事は、それだけだ。

「待て、駄目だ魔理沙……」

 霖之助が、何かを言おうとしている。

 魔理沙は聞かず、店を飛び出し、追いすがった。つい今まで香霖堂の客人であった、その女性に。

「待って! 頼む、待ってくれ……」

「……いけませんねえ。未練、というのですよ。それを」

 女性が、振り向いた。

 赤いナイトキャップを被った、少女である。

 魔理沙は呆然とした。

「……誰だ? お前……」

「人を呼び止めておいて、それですか。まあいいでしょう、私は獏です」

 呆れたような、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。

「私がいるという事は。そう、わかりますね? わかりますか? 本当に、わかっているんですかぁ? ……まあ教えてあげましょう。ここはね、夢の中です。貴女は酔っ払って倒れて夢見心地の真っ最中なんです。が、いけませんねえ。これ、あんまりいい酔っ払い方じゃあないですよ」

 魔理沙は見回した。あの女性は、どこへ行ったのか。

「駄目です。あの人を追いかけては、いけません」

 獏が言った。

「たとえ夢の中でも……貴女はね、あの人と接触してはいけないのです。面倒な事が起こります」

「何言ってる……いいから、どけよ! 邪魔すると」

「それもいけません。夢の中で、私に戦いを挑むなんて」

 獏が、両手をかざした。

「夢の中で夢を見ている暇があったら、そろそろ目を覚ましましょう。いいですか、私が今この手を叩くと夢はおしまい。いち、に、さん。はい」



 ぱん、と霖之助が手を叩いた。

 魔理沙は、目を開けると同時に跳ね起きた。

 博麗神社の、石畳の上である。

「おはよう、魔理沙」

「こーりん……」

 魔理沙は見回した。

 何度見ても、博麗神社の境内であった。自分は香霖堂の前にいたはずなのだが。

「なあ、こーりん……あの人は?」

「どの人かな。魔理沙の命の恩人なら、ほらそこに」

 角を生やした少女が1人、石畳の上に倒れている。

 その周りで妖精が3人、泣きじゃくっていた。

「うわーん! 誰だか知らないけど、あたしたちを助けてくれた人が死んじゃったよー!」

「くすん……ありがとね、ありがとうね……」

「あの、博麗の巫女さん……神社で、お葬式ってしてくれますか……?」

「いや生きてるでしょ。ほら、起きなさーい」

 博麗霊夢がお祓い棒を揺らし、倒れた少女の鼻を紙垂でくすぐっている。

「……っくしゅん」

 可愛らしいくしゃみと共に、少女は目を開けた。

「わーい、生きてた!」

「本当に生きてる? ひんやりしてないから幽霊じゃないわね」

「……あの、大丈夫ですか?」

 妖精3人に囲まれたまま、一本角の少女は弱々しく上体を起こした。

「平気……でもないですけど、まあ死にはしません。丈夫じゃないと狛犬は務まりませんから」

「……そう。あんた、狛犬なのね」

 霊夢が身を屈めた。

「いつから? 最初から、そんなだったわけじゃないでしょ」

「いつの間にか、ですね。こうやって動けるようになったのは、つい最近かな」

 台座の上に、狛犬の像がない。

 知り合いの1人を、魔理沙は思い浮かべた。

「……魔法の森の、地蔵みたいなもんだな」

「そうだね。暖かくなったし、彼女もそろそろ動き出すだろう」

 霖之助が言う。

 ちらりと、魔理沙は彼の方を見た。

「こーりんは……何しに、神社へ?」

「魔理沙を捜していたのさ。ちょっと八卦炉を見せてごらん? かなり酷使したんじゃないのか」

「手入れはしてるんだけどな」

 言いつつも魔理沙は、小型八卦炉を製作者に手渡した。

 霖之助が八卦炉に見入っている間。狛犬の少女が起き上がり、石畳の上できちんと正座をして頭を下げる。

「改めまして、博麗様……狛犬の、高麗野あうんと申します」

「霊夢、でいいわよ。狛犬なら、まあいいわ。こいつみたいな妖怪だったら退治するとこだけど」

「そーかぁ、こまちゃんっていうのかあ。ひっく」

 角の生えた少女が、もう1人いた。小さな身体を精一杯、大きく見せるために生えているとしか思えぬほど立派な、2本の角。

「ごめんなあ。見物客まで危険な目に遭わせるつもりはなかったんだよ、本当にごめん。お詫びに1杯やりなよ」

「んむぐぅ……」

 高麗野あうんの愛らしい口に、瓢箪の飲み口が突っ込まれる。

 瓢箪の中身が、狛犬の少女の体内にこくこくと流し込まれる。

 あうんが目を回し、再び倒れた。妖精たちが悲鳴を上げる。

「わあん、高麗野さんが!」

「……ちょっと、あんた。誰彼構わずお酒を飲ませるのはやめなさいよ」

 霊夢が言った。魔理沙は訊いた。

「なあ霊夢……誰なんだ? そいつ」

「あら起きたのね魔理沙。あんたも私も、楽しく酔っ払って」

「あー……酔っ払ってた、のかな私」

「こいつが変なお酒ぶち撒いてくれたおかげでね。伊吹萃香、鬼なんだって」

「ひゃっははははは、萃香ちゃんでぇえええす」

 大きな角を生やした小さな少女が、ぐびぐびと瓢箪の中身を呷る。

「ぷはぁー……おめえ、魔理沙ってのか。このイカレ巫女の仲間だってんなら相当な玉だぁな」

「誰がイカレてるって? 自分の事、棚に上げちゃう? 棚ごとぶっ壊してあげよっか?」

「へっ。こまちゃんに免じてなぁ、今日はここまでで勘弁してやらあ。ひっく」

 その高麗野あうんは、妖精3人に介抱されながら、へろへろと酔っ払って意味不明な事を口走っている。

 同じく射命丸文が酔っ払って目を回したまま、鎖でがんじがらめに拘束されている。

「なあ、こーりん……一体、何があったんだ?」

「酔っ払い同士の喧嘩さ。幻想郷では、よくある事じゃないか」

 違う、霖之助に訊きたいのはこんな事ではない、と魔理沙は思った。

 あの人は、どこへ行ったのか。そして一体、誰なのか。

 それは、しかし魔理沙が思い出さなければならない事だ。

 忘れては、ならない事だったのだ。

 魔理沙は見回した。あの人は、どこにもいない。

 つい先ほどまで、何やら荒っぽい事が行われていたらしい境内を、霊夢も見回している。

「……ねえ……レミリアは?」



「何か今すげえ音聞こえた。あっちの方」

「火ぃついてんじゃね? アレ。燃えてるように見えんだけど」

「火事だか爆発だか起こってるみたい。何か……人とか、バンバン死んでるって」

「何それヤバい、撮るしかないっしょ!」

 通行人たちが、嬉々として駆け出そうとする。

 走り出しながら皆、消えてゆく。

 顔や身体の輪郭がぼやけ、失われ、輪郭線の中にあったものが流れ出して風景と混ざり合う。

 何事かあったらしく騒然としている市街地の夜景に、通行人たちが次々と溶け込んでゆく。消え入ってゆく。人間たちが、片っ端から消滅してゆく。

 その有様を呆然と眺めながら、

「これは……」

 八雲紫が、息を呑んでいる。

「まさか、そんな……こんな事が……」

「おい、何やってんだ八雲紫とかいうの」

 紅美鈴が言った。

「こっちの連中が死んだり消え失せたりなんてのは別に全然構わないけどな、あんまりわけのわからん事はするなよ」

「私は、何もしていないわ……私がいるだけで皆、消えてしまう……」

 紫が、綺麗な口元を扇子で覆う。

 この女は美し過ぎる、と十六夜咲夜は思った。不吉なまでの美しさだ。

「外の世界の人々は……ここまで、輪郭が弱くなっていたのね」

 不吉で胡散臭い美貌が、翳りを帯びる。

「自我が、弱過ぎる……自身と他者をしっかりと分離するための境界線が、あまりにも脆弱。私がいるだけで、崩壊してしまうほどに……」

「お前は……境界を司る妖怪、なのよね八雲紫」

 咲夜は微笑んだ。

「わかるわ。こちらの世界の人間どもは、自分を確立するものを何も持っていない。多勢に迎合し、流されながら腐ってゆくだけ。お前のような大妖怪が現れたとなれば、自我を保ってなどいられるわけがない」

「輪郭を消してしまう妖怪……か。とんでもない化け物だな、お前」

 美鈴が紫を睨んだ、その時。

「……おーい、美鈴! 咲夜、ゆかり!」

 空を飛んでどこかへ行っていたチルノが、戻って来た。

「大変だ、フランがいた! いたんだけど」

「そうか、見つけてくれたか。ありがとうよチルノ……その八雲紫に、近付いちゃ駄目だ」

 急降下して来たチルノを、美鈴が抱き止め、背後に庇う。

「おい境界の化け物。お前はあれか、その気になれば私らの輪郭も無くせるって事か? 私を、チルノを、咲夜さんを……今、この場で消せるのか」

「…………」

 紫が、美鈴とチルノを見据える。咲夜を見据える。

 何かをされている、と咲夜は感じた。

 その何かは、しかし自分に全く効果を及ぼしていない。美鈴にも、チルノにもだ。

 やがて紫が、ふっと息をついた。

「……無理ね。貴女たちの輪郭は、むしろ強過ぎるわ。居るだけで他者への危害となりかねない、あまりにも強靭な自我。私の力では、その境界線を崩す事は出来ない。安心していいわよ」

 存在そのものが他者への危害。欧州における紅魔館は、まさにそのような存在であった。

「そ、そんな事より! フランがいたんだよ、あっちに!」

 夜空が、赤く染まっている。その光源が、すなわちチルノの言う『あっち』だ。

 夜空が明るくなるような事を、フランドール・スカーレットが行っているのだ。

「私たちが欧州で行っていたような事を、ね……行きましょうか美鈴、チルノ。妹様を、お迎えに」

「合点です、咲夜さん」

「うん、フランがいたんだけど……フランだけじゃなくて」

 チルノの言葉を、紫がやんわりと遮った。

「フランドール・スカーレットの身に今、何が起こっているのか。それは貴女たちが自身の目で確認するべきだと思うわ。私は、こちらの世界で動き回る事が出来なくなってしまった。人々が消えてしまうから……ここから先は、貴女たちに全てお任せする事になるわね」



 あの時。姉の腕を、翼を、身体の様々な部分を、無邪気に笑いながら引きちぎっていたフランドール・スカーレットが、今は無表情である。

 感情なき人形の美貌を、虚ろなほどに澄んだ真紅の瞳を、ただレミリア・スカーレットに向けているだけだ。

「……愛想を、尽かされてしまったかしら?」

 レミリアは、妹に微笑みかけた。

 爆炎に染まった夜空に佇んだまま、スカーレット姉妹は対峙している。

「私は貴女にとって、感情を表すに値しない存在となってしまったのかしら……ねえ? フラン」

 レミリアの言葉に、フランドールは応えない。宝石の翼をぱたぱたと動かし、滞空している。

 空飛ぶ人形、とでも言うべき姿。

 この少女が人形ではなくなるのは、姉レミリアに対してだけであった。憎しみの笑いを浮かべながら、引きちぎる。破壊する。

 今のレミリアは、フランドールにとって、そんな能動的な事をするほどの存在ではないのか。

「……当然よね。私は、あのような醜態を……」

 レミリアは今、妹に微笑みかけている。

 その笑みは、あの時の自分に対する嘲笑でもある、とレミリアは思った。

「あのような醜態を……もう1度、私に晒させて御覧なさいな。フラン」

 心の中で、レミリアは炎を燃やした。

 あの時、フランドールによって踏みにじられ、踏み消されてしまった炎。

 無理矢理に、レミリアは燃え上がらせた。

「物言わぬ人形に徹するならば、それも結構……」

 皮膜の翼を、羽ばたかせる。可憐な細腕を精一杯、勇壮に振りかざす。

「……私の方が、お前に対して感情を露わにするだけの事よ……!」

 燃え上がる魔力が、轟音を立てて発現し飛び散った。

 真紅の宝珠が無数、夜空にぶちまけられていた。大型の、光弾の群れ。

 燃え盛る光の長槍が、レミリアの小さな右手から伸びて唸る。

「さあ受けて立ちなさいフランドール・スカーレット。長幼の序を、今こそ叩き込んであげるわ」

 宝珠のような真紅の弾幕が、フランドールを強襲した。

 時計の針に似た奇怪な得物で、フランドールは大型光弾をことごとく無造作に叩き落とした。

 真紅の宝珠が、市街地のあちこちを直撃する。

 路面が、車両が、建造物が、砕け散って火柱もろとも噴出した。

 かつて欧州で繰り広げた大破壊と比べ、いくらか景気が悪い、とレミリアは思った。やはり、自分の心の何処かにまだ怯えがある。

 怯えを抑え込みながら、レミリアは光の槍を振るった。

 弾幕の塊でもある長柄を、穂先を、ふわふわと回避しながら、フランドールはすでにレミリアの眼前にいる。

 虚ろなほどに澄んだ真紅の瞳に、レミリアの顔が映っている。怯え、引きつった顔。

 柔らかな感触が、右手首に巻き付いて来た。妹の、可憐な五指。

 フランドールの左手が、レミリアの手首を掴んでいた。

「…………ッッ!」

 引きちぎられる。あの時のように。

 恐怖心が、レミリアの心臓を鷲掴みにした。

 光の槍が、弱々しく細まり、萎縮し、消滅する。

 右手首を捕える、柔らかな握力が、一気に強まった。腕が、引き抜かれる。

 ……否。その寸前でレミリアは、消えかけた炎を再び燃やした。

 吸血鬼の少女の、小さな肉体を組成する妖力。それが、結合を強めてゆく。

 可憐な細腕が、今にも引きちぎられそうになりながら震えている。

「……同じ事が……通用する、とでも? この姉に……」

 レミリアは牙を食いしばった。怯えを、恐怖を、噛み殺した。

 何の感情もない真紅の瞳の中で、懸命に虚勢を張る自分の姿。

 見つめながら、レミリアは思う。

 これが、今の自分なのだ。受け入れるしかない。

 眼前にある、表情なき人形の美貌に、レミリアは、

「……なめるな……姉を、なめるな……! この、姉を! なめるなぁああああああああッッ!」

 左手を、思いきり叩き込んだ。

 フランドールの丸く愛らしい頰が、音高く痛々しく鳴った。

 人間の顔面であれば、跡形もなくなっているであろう平手打ち。フランドールの頰は、微かに赤く腫れただけだ。

 人形の美貌が、呆然としている。

 呆然としている妹と、レミリアは睨み合った。今までは、姉が一方的に睨んでいただけだ。

 今は違う。妹の方からも、眼差しを返してくる。

 虚ろに澄んだ赤い瞳に、何かが満ちてゆく様を、レミリアはじっと見つめた。

 禍々しいほどの、凶暴なまでの、歓喜の光。

 フランドールは、微笑んでいた。姉を引き裂き破壊した、あの時のように。

 レミリアも、微笑みを返していた。言葉と共に。

「今まで……遊んで、あげられなくて……本当にごめんね、フラン……」

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