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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
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第3話 名無しの人形使い

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 寒気が、冷気が、キラキラと凝縮して光弾と化す。

 冷たく煌めく弾幕が、霧雨魔理沙に向かって吹き荒れる。

 レティ・ホワイトロックの叫びに合わせてだ。

「凍って砕け散れ! その無惨な屍、永遠に晒せ! 腐りはしない、冬なのだからなあああっ!」

 冷気の弾幕に、レティの涙が混ざっている。

「リリーがいない……幻想郷はな、永遠に冬だ……」

「そういうわけには、いかないんだぜ。そろそろ花見がしたいんでなっ!」

 箒を駆り、冷気の光弾をことごとく回避しながら、魔理沙は叫んだ。

 空を切り裂く魔法の箒が、大量の星をばらまいていた。

 金平糖を思わせる、色とりどりの星型の光弾。

 無数のそれらが弾幕を成し、冬の妖怪を襲う。

 直撃。レティは砕け散った。雪の結晶が、キラキラと飛散した。

 目眩まし。それを、魔理沙は見抜いた。

 空中で、箒ごと振り返る。レティ・ホワイトロックがそこにいて、寒気の弾幕を放ってくる。

 魔理沙は箒を駆り、それをかわした。

「さすがにやるな、冬の妖怪……だけど」

 そこで、魔理沙の声は凍り付いた。

 さほど遠くない所に、凄まじく攻撃的な気配が生じたのだ。

 鮮血がしぶいた。

 それが自分の血である事に、魔理沙は少しの間、気付かなかった。

 かわすのに忙しかったからだ。

 箒を傾け、その上で身を捻リ、襲って来たものを受け流す。やり過ごす。完全な回避は不可能だった。

 魔理沙の全身あちこちで、白黒の衣服が裂けた。

 当然、厚着はしている。魔力を、防御に回してもいる。

 それでも、肌に達するほどの斬撃であった。

 噴き上がった血飛沫が、即座に凍って砕け散る。赤い粉末を漂わせながら、魔理沙は墜落しつつあった。

 どうにか魔力を振り絞り、箒を空中にとどめ、柄にしがみつく。

「致命傷を免れるとはな……良い見切りであった。誉めてやるぞ、魔法の森の弾幕使い」

 声が聞こえる。遠い、と魔理沙は感じた。自分の意識が、半ば朦朧としている。

 視界も、ぼやけている。だが辛うじて見える。

 1人の少女が、空中に佇んでいた。

 抜き身を携えている。男の剣士でも扱いやすくはなかろうと思える、長い反り身の刀身。

 一見たおやかな五指で、特に重そうな様子もなく柄を保持しながら、その少女は冷たく笑う。

「苦しみが長引いただけ……とも、言えるかな」

 少女の斬撃。

 それが弾幕となって、魔理沙の全身をかすめたのだ。

 かすめられた部分では、衣服も肌も一緒くたに裂け、噴き出た鮮血が凍り付いている。

 傷口に、寒気が容赦なく入り込んで来る。

 体内から凍えてゆくのを、魔理沙は呆然と感じた。裂傷か凍傷か判然としない痛手が今、自分の命を奪いつつある。

「斬って、冷やす……お前ら、なかなか……いいコンビネーションだぜ……」

 弱々しく笑う魔理沙を油断なく見据えたまま、剣士の少女は言った。

「良い仕事をしているなレティ・ホワイトロック。お前のおかげで、この厄介な敵に不意打ちを仕掛ける事が出来た」

「魂魄妖夢……春集めは、捗っているのか」

「これ以上、春を奪ったら、夏と秋が来るかどうかもわからぬほどにな」

 魂魄妖夢。そう呼ばれた少女剣士は、幽霊のようなものを従えていた。浮遊する布団にも見えてしまう、霊気の塊。

 それが、魔理沙に向かって弾幕をぶちまける。

「く……っ!」

 大量の血を失いつつ冷気に蝕まれゆく身体の中で、魔理沙は無理矢理に魔力を燃やした。

 いくつものマジックミサイルが生じて発射され、襲い来る弾幕を迎え撃つ。

 攻撃と攻撃が、空中でぶつかり合い、爆発した。

 魔理沙は、爆風に吹っ飛ばされていた。

「そんな事になる前に……西行妖が春を認識し、満開になってくれれば良いと思う」

 吹っ飛びながら辛うじて空中にとどまる魔理沙を睨み据えたまま、魂魄妖夢はなおも言う。

「そのためにリリーホワイトの力が必要なのだ。だから安心するがいいレティ・ホワイトロック。我ら白玉楼は、あの春告精を悪いようにはしない……お前がこうして、あの方の御ために働き続けてくれる限りはな」

「……あの方……ってのは……」

 声を発するのも、魔理沙は辛くなってきた。

「白玉楼とかいう場所の、主……西行寺、幽々子……って奴か?」

「おい冬の妖怪……貴様、その魔法使いにあの方の御名を明かしたのか!」

 魔理沙の目論見通り、仲間割れが始まってくれた、のだろうか。

 妖夢に剣を突きつけられながら、レティはしかし平然としている。

「幻想郷全域を巻き込むほどの大事を引き起こしておきながら、己の名前は隠すのか? 匿名でなければ何も出来ない臆病者なのか、お前の主は」

「貴様……!」

 今のうちに逃げるべき、なのであろうが魔理沙は動けなかった。

 逃走を妨げる形に、魔理沙の周囲で暴風雪が吹き荒れている。

 全身の傷口から、容赦なく寒気が入り込んで来る。

 体内で燃える魔力も、生命力の低下と共に弱まってゆく。

「とりあえず……霧雨魔理沙にとどめを刺してしまってはどうかな」

 体内外から魔理沙を冷却しながら、レティは言った。

「このまま凍え死にさせるも良し、弾幕で撃ち殺すも良し。それとも、だ。動けぬ敵を斬り捨てるくらいの事は出来るのか? 西行寺幽々子の威を借る半人半霊よ」

「……ちんけな冬妖怪の、ちまちまとした寒さでなぶり殺されるのも気の毒だ。楽にしてやるぞ霧雨魔理沙」

「……どいつもこいつも何で、私の名前を知っている……?」

「貴様が、博麗の巫女の協力者だからだ」

 妖夢が剣を構えた。

「貴様さえいなければ、博麗の巫女も大した働きは出来まい。ここで死ね。さすれば幽々子様にお目通り叶うであろう。光栄に思うがいい」

(私は……霊夢の、付属品……か……)

 もはや声も出せぬまま、魔理沙は呻いた。

(くそっ……あいつの代わりに異変解決、なんて……意気込んで、この様か……)

 薄れゆく視界の隅で、黒いものが飛んだ。

 黒い球体が、懸命な速度で飛んで来る。

 凍えきった声帯から、魔理沙は無理矢理に叫びを搾り出した。

「ルーミア……ばか、来るな! お前でどうにかなる相手じゃないんだぞ!」

「魔理沙ー」

 声と共に近付いて来る、球形の闇の塊。

 冷ややかに一瞥しつつ、妖夢が剣を振るう。

 その一閃が、矢の如く飛んだ。斬撃の弾幕。

 闇が、切り刻まれて消滅した。

 姿を露わにしたルーミアが、十字架の如く両腕を広げ、返礼の弾幕を放つ。

「魔理沙、逃げてー!」

 色とりどりの光弾が、レーザーが、少女剣士に向かって迸る。

 妖夢は、ただ剣を振るった。

 その一閃で、ルーミアの弾幕が切り払われ、切り散らされ、キラキラと消滅する。

 その間、妖夢の傍らに浮かぶ霊気の塊が、弾幕を発射する。

 ルーミアの小さな全身が、ズタズタに穿たれていた。

 魔理沙と色合いの同じ、白と黒の洋服が裂けちぎれ、柔肌が破裂し、鮮血の飛沫が溢れ散る。

 黒い、血飛沫。

 それはルーミアの体内を流れる、闇そのものであった。

「ルーミア……」

「ばか魔理沙……早く、逃げてったら……」

 妖怪の少女の可愛らしい顔が、半分近く撃ち砕かれ、噴出する闇の飛沫で黒く塗り潰されている。

 全身あちこちから闇を溢れ出させながら、ルーミアは今、半ば原形を失いかけていた。

「去れ」

 妖夢が言い放つ。

「楼観剣を汚す価値もない小妖怪……見逃してやる、消えろ。暗がりで怯えながら傷を治せ」

「言う通りにしておけ、宵闇のルーミア」

 レティの口調は、いくらか優しい。

「人間のために、妖怪同士が殺し合う事もない……いや、この状況。お前1人が一方的に死ぬだけだぞ」

「……なめるなよ、冬のレティ。それに……妖怪だか、人間だか幽霊だかわかんない奴……」

 潰れかけた顔で、ルーミアは牙を剥いていた。

「私だって幻想郷の妖怪だ! 弾幕戦で死ぬ覚悟くらい、生まれた時から出来ている! そして私が死んでも、魔理沙だけは絶対! 守って見せる!」

「……守るべき誰かのために、命を捨てる……とでも言うのか、貴様ごとき小妖怪が!」

 妖夢が激昂した。

「ふざけるなよ貴様、それをして良いのは私だけだ! 幽々子様の御ために、命を懸ける! 命を捨てる! それが私だ、私だけなのだ!」

「……美しいわね、その忠誠心。まるで、この子たちのよう」

 声が聞こえた。すぐ近くからだ。

 弱々しく箒にしがみつく魔理沙の傍らで、優美な人影が1つ、いつの間にか空中に佇んでいる。

 冬らしい毛皮の装いがよく似合う、金髪の少女。理知的な美貌が、レティに、妖夢に、向けられている。

 この子たち、と呼ばれた6つの何かが、ふわふわと場を取り囲んでいた。六芒星の形にだ。

 妖精……いや、人形である。

「何だ、貴様……」

 妖夢が呻き、剣を構えたまま硬直する。

「……強力な、魔法使いだな。博麗の巫女の一味か」

「私はただ、霧雨魔理沙を助けに来ただけよ。博麗神社に与するつもりはないわ」

 人形使いの少女が、たおやかな片手を軽く掲げる。

 6体の人形が、一斉に動いた。

 妖精の如く浮遊飛行をしながら、色とりどりの光をばら撒いている。鋭利で煌びやかな、大小の光弾。

「弾幕だと……!」

 魔理沙は息を呑んだ。

 6体の人形それぞれに、弾幕使いの能力が与えられている。魔理沙の隣で空中に立つ、この少女によってだ。

「……無茶をしたわね、魔理沙」

 人形使いの少女が、声をかけてくる。親友のように、あるいは姉のように。

「貴女の才能は認めるけれど……師匠の下から独り立ちをするのは、まだ少し早過ぎたのではなくて?」

「誰だ、お前……」

 身体が、内側から凍てついてゆく。脳が冷える。意識が、朦朧としている。

 それでも魔理沙は問いかけた。

「私の……知り合い、か? どこかで会ったっけ……それに、師匠って何だよ……」

「……貴女、やはり忘れているのね。様々な事を……私の事も、含めて」

 人形使いの理知的な美貌が、翳りを帯びる。

「いいわ、いずれ思い出させてあげる。今は退きましょう」

「くそっ、何者だ貴様!」

 妖夢が剣を振るい、襲い来る弾幕を切り裂きながら叫ぶ。

 人形使いの少女が、高らかに告げた。

「覚えておきなさい、我が名は神綺! 魔界の創造主。この幻想郷を支配下に置くのは容易い事、だけど今はそれをしないでおいてあげるわ」

(神綺……だと……)

 魔理沙は頭を押さえた。

(その名前……聞いた事ある、のか? 私……こいつの事、知ってるのか? それに……師匠って……)

「……ここは退却だな、魂魄妖夢」

 人形たちの放つ弾幕を、片っ端から凍らせながら、レティが言った。

「霧雨魔理沙を、とりあえずは退けた。今回はそれで良しとしておけ」

「寝言を!」

「わからんのか。あれを見ろ」

 赤いものが、魔理沙のぼやけた視界の隅で蠢いた。

 巨大な、光の球体。落ち着きのない生き物の如く震えながら、ゆらゆらと宙を漂い、近付いて来る。

 赤い光弾を、大量にばら撒きながらだ。

 生きた、弾幕の塊。それが妖夢に、レティに、ゆっくりと迫って行く。

「何だこれは!」

「……もう1人、どうやら魔法使いがいるようだ」

 レティが、なおも妖夢に退却を促している。

「この魔法の森そのものが、霧雨魔理沙の味方をしている……そんなふうにすら思えてしまう。敵戦力の把握が、もう少し必要ではないかな」

「……得体の知れぬ守りの力が、常に働く。それが博麗の巫女の一味か」

 歯を食いしばり、こちらを睨み据えながら、妖夢は剣を鞘に収めた。

「その力も、白玉楼では通用せぬ……幽々子様には通じぬぞ! 博麗の巫女に、そう伝えておけ!」

 妖夢の姿が、消えて失せた。

 こちらを一瞥しつつ、レティも消えた。超局地的な猛吹雪も寒気の嵐も、消え失せた。

 それを確認したかのように、赤く巨大な弾幕の塊も、ふっと消えて居なくなる。

(あいつ……)

 誰による助けであったのか、魔理沙にはわかる。

「何か、また……お供え、してやらないとな……それと、おいルーミアは……」

 原形を失いかけたルーミアの身体が、人形6体に運ばれている。

 その人形たちを操りながら、少女が微笑む。

「闇の小妖怪に、森の魔法地蔵さん……いいお友達を持ったわね、魔理沙」

(いや、だから……お前、誰なんだよ……)

 そう言葉を発する事が、魔理沙は出来なかった。

 意識が、遠のいてゆく。

 神綺。この人形使いは、そう名乗っていた。

 違う。漠然と、魔理沙はそう思った。

 神綺という何者かも、この人形使いの少女も、魔理沙は知らない。

 ただ思えてしまうのだ。この少女の名は、神綺ではないと。

(それに……師匠って……)

 師匠。

 それは今や気絶寸前の魔理沙を、妙に落ち着かなくさせる単語であった。

 その一方、安らかに魔理沙を気絶へと誘う言葉でもある。

 誰かが近くにいる。魔理沙は、ぼんやりと感じた。

 とても懐かしい誰かが、近くで微笑んでいる。ここにいるよ、と優しく囁いている。

 凍てつく脳髄が生んだ幻覚だ、と魔理沙は思った。 

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