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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
29/48

第29話 誰もいない紅魔館

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 艶々とした、豊かな黒髪。それと鮮やかな対照を成す、白い美貌。

 大妖精は、思わず息を呑んだ。月光の女神。本気で、そんな事を思った。

 これほど美しい女性は、見た事がない。

 清かな月明かりを浴びながら、その美女が振り向いてくる。

 大妖精は、思わず間抜けな問いかけをしていた。

「ええと、あの……ど、どちら様でしたっけ……?」

「今泉影狼だけど……」

 黒髪をはねのけて生えた獣の耳を、微かに揺らしながら、美女が名乗った。

「……寂しい。もう忘れちゃったの?」

「忘れていません、今泉さんの事はもちろん覚えています! 覚えていますけど……」

「今日は、毛皮で着膨れしていないものね」

 わかさぎ姫が、氷に腰掛けたまま楽しげに言う。

「人見知りの影狼ちゃんが、今日は随分と思いきったじゃない」

「ちょっと本気で走らなきゃいけないから……」

「うふふ。どう? 大妖精さんも小悪魔さんも。この子こんなに美人だなんて思わなかったでしょ?」

「……はい、思いませんでした」

 大妖精は、正直な事を言うしかなかった。

 小悪魔は、無言である。無言のまま、屍のようなものを細腕で抱えている。

 まだ辛うじて屍ではない、パチュリー・ノーレッジであった。

 昏睡状態である。今日1日、彼女はずっと目を覚まさなかった。

 いつ止まってもおかしくない弱々しい鼓動を、息遣いを、小悪魔は感じているだろう。

 かける言葉を、大妖精は見つけられなかった。

 影狼が、ちらりとパチュリーを見る。

「で、小悪魔さん……その人が?」

「……お願い、出来るかしら。今泉さん」

 小悪魔が呻く。

 影狼は歩み寄り、パチュリーの身体を小悪魔から受け取った。

 たおやかな少女の細腕、に見えても悪魔と妖怪の腕力である。人体の渡し受けは軽々とこなす。

「私に出来るのは、この人を竹林まで連れて行って、番人の老いぼれ兎に話を通すところまで。そこから先の交渉事は、小悪魔さんが自分でやらなきゃいけなくなると思うよ」

「……やるわ。何だって」

「何でもやるなんて、軽々しく言っちゃ駄目。じゃ行こうか、紅魔館の恐い方々が帰って来る前に」

 迷いの竹林に住むという薬師。

 パチュリーを救うためには、もはやその人物に望みを託すしかないのだ。

「大妖精さん……本当に、ありがとうね」

 小悪魔が言った。

「フランドール・スカーレット、それに十六夜咲夜に紅美鈴……どいつもこいつもパチュリー様を見捨てて好き勝手しているのに、貴女だけはずっと……パチュリー様の、お世話をしてくれた」

「違うわ小悪魔さん。パチュリー様を守ってきたのは、貴女よ」

 見ていて切なくなるほどに甲斐甲斐しく、小悪魔はパチュリー・ノーレッジに尽くしていたものだ。

「……パチュリー様にはね、貴女が必要なのよ。それを忘れないで」

 大妖精の言葉に小悪魔は応えず、ただ俯き加減に微笑んだ。

「……わかさぎ姫さんも、今泉さんも、ありがとう。生きて帰って来られたら、恩返しをさせてもらうわ。見ての通りの非力な小悪魔だから、大した事は出来ないけれど」

「楽しみにしているわ。是非とも無事に、帰って来てもらわないとね」

 わかさぎ姫が微笑む。

 そして影狼が、パチュリーを抱えたまま月を見上げ、吼えた。

 満月には、いくらか足りぬ月。凍り付いた霧の湖、冷たい夜闇に禍々しく佇む紅魔館。そんな冬の夜景に、澄んだ咆哮が響き渡る。

 影狼の全身から、妖力が溢れ出した。

 目に見える妖力が、影狼とパチュリーを、そして近くにいた小悪魔をも包み込みながら、形を成す。獣の形。

 それは、妖力で組成された、巨大な狼だった。その体内に、影狼とパチュリーと小悪魔はいる。

「迷いの竹林まで、ひとっ走りで行くからね。小悪魔さん」

「お、お願いするわ」

「じゃ姫、行ってくるよ。大妖精さん、またね」

「パチュリー様と小悪魔さんを、よろしくお願いします」

「気を付けてねえ」

 大妖精は頭を下げ、わかさぎ姫は手を振った。

 見送られて、影狼は走り出した。もう1度、咆哮を響かせながら。

 妖力の塊である狼が、影狼とパチュリーと小悪魔を内包したまま駆け去って行く。あっと言う間に見えなくなった。

 物を闇で包んで運ぶ、ルーミアの能力に近い。だが速度は、ルーミアよりも上である。

 すでに見えぬ姿を見送り続ける大妖精に、わかさぎ姫が問いかける。

「……これから、どうするの? 大妖精さんは……紅魔館の方々にしてみれば、勝手な行いをしてしまったという事に」

「なります。はい」

 今や妖精メイドたちしか居なくなった紅魔館を、大妖精は見上げた。

 十六夜咲夜も、紅美鈴も、それにスカーレット姉妹も、いずれ帰って来る。それを大妖精は疑っていない。

 戻って来た彼女たちは、まずパチュリー・ノーレッジの不在に気付くだろう。

 小悪魔を止めなかった大妖精は、罰せられる。

「逃げた方が、いいと思うわ」

 わかさぎ姫が言った。

「私の家へ、おいでなさい。吸血鬼なら、湖の中に入って来る事はないでしょう」

「……ありがとうございます。お気持ちだけ、いただいておきますね」

 冷たい冬の夜風が、しかし温んできている。

 ようやく春が来るのだ、と大妖精は思った。霧の湖の氷も、間もなく溶けるだろう。

「咲夜さんが、帰って来る……ような気がします。私、あの人から逃げたくないんです」



 何やら懐かしい、と紅美鈴は感じた。

 この、日傘の感触である。

 大昔、パチュリー・ノーレッジにまだ屋外を出歩く元気があった頃は、この傘を持つのは彼女の役目であった。

 つい最近までは、十六夜咲夜の役目であった。

 その両者の間にいるのが美鈴である。

「お前に、その傘を持ってもらうのも久しぶりね。美鈴」

 レミリア・スカーレットが言った。

「どうだったかしら。その役目……実は、お前が一番長かったような気がするわ」

「パチュリー様じゃなくて、ですか?」

「あの子はすぐに、お散歩なんて出来なくなってしまったから」

「筋金入りの病弱ですねえ……」

 美鈴は、溜め息をついた。

「そんなパチュリー様を私ら、放ったらかしです。きっと怒り狂ってますよ、小悪魔の奴」

「……私、殺されるわね」

 レミリアが、日傘の下から空を見上げる。

 晴天である。

 今まで冬によって抑え込まれていた春が、一斉蜂起して冬を蹴散らしにかかっている。そう思えてしまうほど暖かい。

 冬の寒気が消え失せた。雪も、急激に溶け消えてゆく。そして桜が芽吹いている。

 大急ぎで春へと模様替えしつつある博麗神社の敷地内を、レミリアは美鈴を伴い、歩き回っていた。

「あの、レミリアお嬢様……そろそろ、このお散歩の目的を教えていただけませんか」

 吸血鬼に対する太陽の力を、完全に遮断する日傘を掲げたまま、美鈴は訊いた。

「いやまあ、散歩に目的地なんて無いのかも知れませんけど」

「咲夜が」

 レミリアが、いかなる思いでその名を口にしているのか、美鈴にはわからない。

「外の世界で、狩りをしてきたでしょう? この博麗神社を通って」

「お嬢様……まさか、外の世界へ行きたいなんて」

「あのかわいそうな者どもをね、久しぶりに皆殺しにしてみたいわ」

 まずい、と美鈴は思った。

 残忍にして好奇心旺盛なレミリア・スカーレットが、蘇ってしまいつつある。

(私のせい……私がレミリア様を、中途半端に覚醒させてしまった……)

「美鈴はどう? あの殺戮と破壊の日々、懐かしくはならないの?」

「なります! あのくそったれども殺しまくるの、本当に楽しいですよねえ」

 うっかり同調してしまってから、美鈴は咳払いをした。

「……私たちは今、この幻想郷で平和に暮らしているんです。レミリアお嬢様も過去は捨てて、もう少し平和的な思考をですね」

「ふふっ……ねえ美鈴。お前この幻想郷が、そんなに平和な場所だと本気で思っていないわよね? まさか」

 レミリアが、にっこりと牙を見せる。本当にまずい、と美鈴は思った。

 フランドールと戦う。

 今のレミリアは、放っておけば、そんな事を言い出しかねない。

 境内で、レミリアはふと立ち止まった。

「……これだけ歩き回っているのに、外の世界へ出ないわね。歩き方があるのかしら」

「いえ……多分、ですけど」

 感じたままを、美鈴は言った。

「この神社から外の世界へは……今、行けなくなってると思います」

「あら」

「上手く言えないですけど、何か……誰かが、仕事をしたような感じがあるんです。世界と世界の境界を、がっちり補強する仕事です。生半可じゃない力を持った、妖怪の仕業ですよ」

「境界の管理者……とでも言うべき妖怪が、いるのね。美鈴が感じたのなら間違いはない」

 境界の管理者。

 そのような存在に心当たりがある、と思わせなくもないレミリアの口調であった。

 突然、レミリアは駆け出した。美鈴は日傘を掲げたまま、いくらか慌てて追いすがった。

「霊夢!」

 つい今までの、不敵に牙を剝く吸血鬼とは全く別のレミリア・スカーレットが、そこにいた。無邪気で無力な、幼い少女。

 博麗霊夢が、長い石階段を上って来て、鳥居をくぐったところである。

「霊夢、お帰りなさい!」

「……ただいま、レミリア」

 飛び込んで来たレミリアを、霊夢がふわりと抱き止める。

「ごめん、ちょっと厄介事が長引いちゃった」

「わかるわ、だって春が来たもの!」

 霊夢の、あまり大きくはない胸に、レミリアは可憐な笑顔を埋めていった。

「異変を解決していたのよね。霊夢のおかげで、春が来たのよね」

「うーん、そうでもないのよ。私なんか全然、何にも出来なかったわ」

 胸の大きさだけは自分の方が上だ、と美鈴は思った。

「魔理沙と、あのいけ好かないメイド長がね、いい仕事してくれたわ。私は全然駄目、1回死んじゃったし」

「うふふ、じゃあここにいる霊夢は何者なのよ。幽霊? 死霊? 霊夢の魂なら、とびっきりの悪霊になれるわ。私たち闇の眷属の仲間入りね」

「勘弁してよー」

 霊夢と咲夜、どちらの胸が大きいのか。

 咲夜の胸の感触を、美鈴は思い出していた。

 掌に心地良い大きさと形、柔らかさと張りの絶妙な均衡。

 直後、美鈴は咲夜に叩きのめされた。頭にナイフを撃ち込まれた。それも含めて天国だった。

 あの時に劣らぬ衝撃が、美鈴を吹っ飛ばしていた。鼻血が散った。

 悪しき妖怪を調伏殲滅するお祓い棒が、美鈴の顔面を直撃したのだ。

「で……紅魔館の門番が、何でこんな所にいるのかしら」

 左手で日傘を奪い取った霊夢が、右手でお祓い棒を美鈴に突きつける。

「しかも何ニヤニヤへらへら煩悩邪念丸出しで笑ってんのよ。何、お祓いして欲しいわけ?」

「も、もう祓ってもらったから……」

 鼻血を流しながら、美鈴はよろよろと立ち上がった。

「……私からも、お帰りなさいを言っておくよ博麗の。どこへ行ってたのか知らないけど、よく生きて帰ってくれたね。これでレミリア様を、あんたに押し付けておける」

「そう……あんた私がいない間、レミリアを気にかけていてくれたのね」

「私だけじゃない、秋神様と厄神様もだよ。3人とも、忙しそうにどっか行っちゃったけど」

「ちょっと厄介な異変だったものね。神様たちも、そりゃあ忙しいでしょ」

「それと……」

 美鈴は境内を見回した。狛犬の像が、視界に入った。

「……もう1人、だか1匹だか、いるような気がする」

「あんたみたいな妖怪が、勝手に住み着いちゃってるのかしらね。まあ見つけ次第、退治」

「……ねえ、霊夢」

 レミリアが、意を決したように言った。

「……パチェは?」

「……そうよね。元々、パチュリー・ノーレッジの生死確認が私の目的だったのよね」

 霊夢は天を仰いだ。

「レミリアには……言っておかなきゃ、駄目よね。これは」

「パチェに……何が、あったの……」

 レミリアの愛らしい顔が、青ざめてゆく。

 本当に、先程までの残忍で好奇心旺盛な吸血鬼とは別の存在だ、と美鈴は思った。

「パチュリーは……いなくなったわ、紅魔館から。家出したみたい」

 美鈴は、耳を疑った。レミリアもだろう。

 家出。そんな能動的・積極的な行動が、今のパチュリーに可能なのか。

「自分で、お医者を探しに行ったって。大妖精が言ってたわ」

 言いつつ霊夢は、ちらりと美鈴を見た。

「私が見たところ……あの病弱魔法使い、体調さえ万全なら異変の1つ2つ起こせる力は充分に持ってるわね。だから紅魔館で飼い慣らしておいて欲しかったんだけど」



 紅魔館が、妖精たちに乗っ取られた。

 十六夜咲夜は思わず、そんな錯覚をしてしまった。別に妖精メイドたちが叛乱を起こしたわけではないのにだ。

 自分たちが、勝手に紅魔館を留守にしていただけである。

 留守の間、この大妖精が、妖精メイドたちをしっかりとまとめ上げ、紅魔館の管理を行ってきたのだ。

 お前など、必要ない。

 咲夜に対し、そんな事を思っていたとしても不思議はない大妖精が、しかしそれとは違う事を言った。

「小悪魔さんが、パチュリー様を連れ出しました。私はそれを止めませんでした」

 淡々とした口調である。

「起こった出来事は、それが全てです……お帰りなさい咲夜さん。私の処分は、いかようにも」

「何を言うんだ大ちゃん、処分って何だ! 何なんだぁあっ!」

 チルノが、どこからか飛び込んで来た。

 紅魔館のエントランスホール。

 メイド妖精たちが整列し、咲夜を出迎えたところである。

 自分は客人として迎えられているのだ、と咲夜は思った。彼女たちは、メイド長の帰還を迎え入れているわけではない。

「チルノちゃんも、お帰りなさい。大変だったでしょ?」

 大妖精が微笑む。チルノは、切迫している。

「大変だったのは咲夜だよ、あたいなんか別に何もしてない。それより咲夜も大ちゃんも」

「落ち着きなさいチルノ。それに大妖精……貴女を処分なんて、私にそんな資格があるはずもないわ」

 咲夜は、チルノの頭を撫でた。

「私はね、勝手に出歩いて飛び回って、戦って死にかけて、チルノに助けてもらっただけ。結局、妹様をお連れする事も出来ず……ふふっ、こんな無能なメイドもいないわね」

「咲夜さん……」

「ありがとう大妖精。もう、臨時のメイド長なんて言えないわね」

 俯く咲夜の顔を、大妖精はじっと見据えた。

「咲夜さん。メイド長は、貴女です」

「私は……貴女の下で、一介のメイドとして働いた方が……いえ。こんな無能なメイドは紅魔館から追い出して……」

「寝ぼけたこと言わないで下さい。あのね、私もチルノちゃんも、ここで無理やりに働かされてるだけなんですよ? 咲夜さんの上になんて立てるわけないし、そんな事をする筋合いもありません」

 無理やりに働かされているはずの場所から、しかし咲夜の不在中も逃げ出さなかった大妖精が、なおも言う。

「みんな、咲夜さんが帰って来るのを待っていたんです。ほら」

 妖精メイドたちが、広大なエントランスホールを飛び交いながら、弾幕を放散していた。

 大輪の花が開くような、美麗な編隊飛行。そして弾幕展開。

 色彩豊かな弾幕の花を咲かせながら、妖精メイドたちは咲夜に微笑みかけている。

 呆然と見上げる咲夜に、声をかける者がいた。

「発狂して弾をぶちまける、だけかと思えば、こういう魅せるだけの弾幕もお手の物。凄い奴らですよ、妖精って連中は」

 紅美鈴が、壁にもたれて立っている。

「お久しぶりです咲夜さん……すいません不首尾でした。いやあ、強いですよやっぱりレミリアお嬢様は。私じゃ止められませんから博麗の巫女に押し付けてきました」

「不首尾は、私も同じよ……お疲れ様だったわね、美鈴」

「巫女が帰って来たから、もう大丈夫。レミリア様もね、神社で大人しくしててくれるでしょう」

 美麗に飛び交う妖精たちに手を振りながら、美鈴は言った。

「……と、いうわけで今度はパチュリー様です。これに関しては私たち、小悪魔に3回くらい殺されても文句言えませんね」

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