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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
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第2話 冬の霧雨魔法店

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 魔法の森。

 鬱蒼と生い茂る樹木のせいで地面に日光が届かず、常にジメジメと蠢くような湿気に支配されている。特に酷いのはもちろん夏だが、春も秋も快適というわけではない。

「一番、過ごしやすいのは冬……ってわけでも、ないんだよなあ」

 ぼやきつつ霧雨魔理沙は、意外と力のある細腕でスコップを振るい続ける。

 雪に埋もれた地蔵を、掘り出しているところである。

『放っておいてくれても、いいのに……』

 雪の中からほぼ露わになった地蔵が、言葉を発する。

 無論、地蔵菩薩本人ではない。お地蔵さん、すなわち石像である。

 それが己の意思を持ち、魔法使いと会話をする。

 この魔法の森なら、いや幻想郷ならば、そういう事もあるだろう、と魔理沙は思っている。

『私、見ての通り……石になっていれば、雪も寒さも平気なのよ』

「お前の顔見て、挨拶しておきたかったんだぜ。いつ帰って来られるか、わかんないし」

『……行くのね、魔法人間』

「伸ばし伸ばしにしても、しょうがないからな」

 日光を遮る魔法の森の樹木も、この降雪を遮断する事は出来なかったようだ。

 春夏秋を通して茸類の楽園である魔法の森の地面が、今は雪に覆われている。人間大の地蔵が、頭まで埋れてしまうほどにだ。

 冬が終わったわけではないが、とりあえず天候は落ち着いた。

 雪は、ちらちらと舞っている。だが箒で空を飛ぶのが危険なほどの吹雪ではない。

「なあ魔法地蔵。たまには生身にならないと、そのうち苔とか生えてくるぜ」

『春になったらね。冬の間は……生身になると、寒いもの』

「私の家にいろよ。しばらく帰らないし」

 雪で潰れそうでもある自宅に、魔理沙は親指を向けた。

 霧雨魔法店、という看板を一応は掲げている。業務の内容は実質、妖怪退治のみで、博麗神社の商売敵と言えない事もないか。

「中はまあ散らかってるけど」

『気持ちだけ、もらっておくわ。冬はね私、石になって雪に埋もれているのが一番いいのよ』

 魔法地蔵は言った。

『で……博麗の巫女の代わりに異変解決はいいけれど。調べるあてはあるの? どこから手を付ければいいのか』

「冬と言えば、冬の妖怪。レティ・ホワイトロックだぜ。あいつを、まずは捜す」

 得意げに、魔理沙は答える。

「終わらない冬の異変なんて、あいつが関わっていないわけないからな。とりあえず寒い方、寒い方へと行けば、そのうち会えるはずだぜ」

『……まあ、せいぜい頑張ってね。私、地蔵菩薩さま御本人の真似なんて出来ないけど、貴女の冥福を祈ってあげるくらいの事は出来るから』

「それよりさ、紅魔館にいる病弱な魔法使いの健康でも祈ってやってくれよ。じゃ行ってくるぜ」

『雪かきしてくれて、ありがとうね』

 魔理沙は箒にまたがり、離陸しつつ1度、魔法地蔵に向かって手を振った。

 そして、加速。

 雪のちらつく冬空へと向かって、箒を駆る。

「さて寒い方……とりあえず、北かな」

 空中は当然、寒い。

 だから魔理沙は、数日前に見た心温まるものを思い起こした。

 炬燵の中で、身を寄せ合っている霊夢とレミリア。

「……あれを守るために戦う、ってのも悪くはないかな」

 冬が終われば当然、あの光景は見られなくなる。春も夏も秋も、あの2人は仲良くしていれば良いのだ。

 霊夢は、レミリアを守っていれば良いのである。

「その間、霧雨魔法店は年中無休のフル営業かな……ま、儲けは期待できないが」

 全身で寒風を切りながら、苦笑する。

 魔法の森が、眼下に広がっている。木々がすっぽりと雪を被り、まるで巨大な白い茸が群生しているかのようだ。

 魔理沙は、箒の速度を落とした。

 キラキラとした人影が、前方に立ち塞がっているからだ。空中に佇み、魔理沙の行く手を遮っている。

 寒気の煌めきをまとう、1人の少女。

 魔理沙はふわりと箒を停止させ、まずは会話を試みた。

「……いきなり、異変の黒幕にぶち当たったかな?」

「博麗の巫女の手下が、動き始めたか……動かなければ、私も戦わずに済んだものを」

 レティ・ホワイトロック。

 冬の妖怪として、魔理沙も存在は知っている。対峙するのは初めてだ。

「聞いた事がある。冬の妖怪は、春告精と季節の引き継ぎをしない限り……幻想郷を、冬の寒気から解放してくれないらしいな」

 魔理沙は言った。

「とっとと引き継ぎを済ませちゃって欲しいんだぜ」

「出来るなら、とうの昔にやっている……!」

 寒気が、音を立てて渦を巻く。

「霧雨魔理沙……お前の事は聞いている。紅い霧の異変、実質的に解決したのは博麗の巫女ではなく、お前らしいな」

「天狗の新聞か? あんなの鵜呑みにしちゃ駄目だぜ」

「やってみろよ。この終わらぬ冬の異変、解決してみろ」

 寒気の渦が、魔理沙を襲う。

「私を斃せば解決する異変だと思うのならば、やってみろ!」

「もちろん、そんな事思っちゃいないぜ」

 轟音を発し荒れ狂う寒気の嵐の中、魔理沙は懸命に箒を制御し、その場に滞空し続けた。

「レティ・ホワイトロック……お前の口ぶりで、何となくわかった事が1つある」

「……その寒気の中、凍傷ひとつ負わないとはな」

「魔力を燃やしてる。ほぼマスタースパーク1発分の魔力が今、私の中で燃えているんだぜ」

 そうでなければ魔理沙など、とうの昔に凍え死んでいるであろう。

「それより冬妖怪、春告精はどこにいる……どこへ、さらわれたんだ。一体、どこのどいつに捕まった?」

「寝言は寝て言え!」

 レティの怒号に合わせ、寒気の大渦が砕け散った。

 破片が全て、光弾と化した。その一粒一粒が、人体を凍り付かせ粉砕する、冷気の塊なのだ。

 冷気の弾幕が、全方向から魔理沙を襲う。

「お前も、なかなか……綺麗な弾幕、撃つじゃないか」

 魔理沙は箒を駆り、その上で小刻みに身体を傾け、光弾を全てかわした。

 寒気の弾幕から脱出した魔理沙の周囲に、無数のマジックミサイルが生じて浮かぶ。

「だいたいわかるぜ。お前、春告精を人質に取られて戦わされているんだろ!」

 一斉に放たれたマジックミサイルを、レティは回避しなかった。ただ片手を上げただけだ。

 魔力の塊であるマジックミサイルが全て、凍り付き砕け散った。

 魔理沙は、にやりと笑った。

「噂通りだぜ。冬にお前と戦うのは、なかなか難儀な事だ」

「貴様こそ……」

 砕け散った魔力の破片が、寒風に吹かれつつ弾幕となり、魔理沙を襲った。

 鮮やかな回避飛行を披露する魔理沙に、レティが眼光を叩き付ける。

「その弾幕の見切り、見事なものだ……歴戦の弾幕使い、というわけだな」

 激しく、険しく、冷たく、そして哀しげな眼光。

 まっすぐ見つめ返し、魔理沙は言った。

「歴戦の霧雨魔理沙が、力を貸すぜ。春告精を助けに行こう。今回の異変解決は、つまりそれだ」

「助ける……リリーを……そう、だな。それが出来れば、どんなにいいか……」

 レティが微笑む。

 轟音が響いた。冬という巨大な怪物の、咆哮。大量に雪を含んだ暴風が、レティの周囲で吹き荒れる。

 轟音を伴う猛吹雪が、魔理沙を吹っ飛ばしていた。

「うおおぉぉ……」

 吹っ飛ばされながら魔理沙は、必死の思いで箒にしがみつき、箒を操った。襲い来る冷気の光弾を、辛うじて回避した。

「……無理だよ、霧雨魔理沙。私を一撃で斃せもしない、お前では無理だ」

 白く煌めく冷気の弾幕を、超局地的な暴風雪もろとも激しく渦巻かせながら、レティは言い放った。

「お前は、白玉楼の主がいかなる存在であるかを知らない……西行寺幽々子の恐ろしさを、あまりにも知らな過ぎる」



 冬眠をする生き物たちは、冬が忙しく動き回ってもあまり意味のない季節である事を本能的に理解しているのではないか、と矢田寺成美は思う。

 冬は、こうして雪に埋もれていれば良いのである。

 だが、人間にはそれが出来ない。

 石に変わる事が、出来ないからだ。

 じっとしていられないのが、人間という生き物なのである。特に、あの霧雨魔理沙という少女はそうだ。

 彼女と知り合ったのは、いつ頃であったか。気か付けば、何となく会話をするようになっていた。

(一緒に行ってあげるべきだったかなあ……でも生身になるの、寒いし億劫だし)

 思いつつ、成美は足音を聞いた。雪を踏む足音。

 毛皮のコートとロングブーツ。冬の装いが似合う1人の少女が、雪道を歩いて来る。

 魔理沙と同じ年頃、であろうか。人間であれば、の話だが。

 魔理沙と同じ金色の髪は、しかし魔理沙よりはいくらか短い。赤いリボンが、ヘアバンド状に巻かれている。

 理知的な美貌を、その少女はちらりと成美に向けた。

「そこのストーンゴーレムさん、ちょっとお訊きしたいのだけど」

『……私は地蔵よ。魔法地蔵。貴女たち魔法使いから見れば、まあ同じようなものでしょうけど』

 魔法使い、であるのは間違いない。雪道の傍に立つ地蔵を、会話の出来る存在であると見抜いたのだ。

 その少女が、微笑んだ。知性の溢れる笑顔。

「あら、ごめんなさいね魔法地蔵さん。改めて1つ、お訊きしたいわ」

 同じ魔法使いでも魔理沙では、こんな知的な笑い方は出来ないだろう、と成美は思う。

「この辺りに1人、魔法使いが住んでいると聞いたのだけど……貴女、ご存じない?」

『ちょっと左の方を見て。そうそう……あそこに、雪で潰れかけた建物があるでしょう。信じられないかも知れないけど一応、人の住んでいる家なのよ』

「あらまあ、本当に潰れそう」

『貴女が言ってるのは、あそこに住んでる霧雨魔理沙っていう魔法使いの事だと思うわ。ただね、今ちょっと留守なのよ。帰って来るまで潰れなきゃいいけど』

 言ってから成美は、ポツリと付け加えた。

『……帰って来られると、いいけど』

「無事に帰って来られないかも知れない……そんな戦いに赴いたのね、あの子。またしても」

『魔理沙の知り合い?』

 その問いには、少女は答えなかった。

 理知的な笑顔が、ふっ……と微かな翳りを帯びただけだ。

 雪に埋もれた霧雨魔法店を見つめたまま、彼女は言った。

「残念ね。あの将来有望な子を、私の配下に加えてあげようと思ったのに……魔界の神の統率下にあってこそ、魔理沙の才能は花開く」

『魔法の森にもう1人、魔法使いが住み着いたって話は聞いたけど……魔界の神って言った? 今』

「そうね。親切な魔法地蔵さんに、まずは自己紹介をしておかなければ」

 翳りある笑顔が、成美の方を向いた。綺麗な片手が、差し伸べられる。

「我が名は神綺、魔界の造物主。創造神の祝福を、貴女に」

(うわぁ……)

 成美は気付いた。

 神綺と名乗った少女の一見、理知的な瞳は、しかしどうやら現実を見つめていない。

 微かな重みを、成美は頭上に感じた。

 小さな人形が1体、いつの間にか頭に置かれている。頭の上に立っている、と言うべきか。

 金髪とリボンと洋装。可愛らしい少女の人形である。

 同じ形の人形が、成美の足元にもあった。ビーズの瞳が、じっと魔法地蔵を見上げている。

「あらあら。ユキもマイも、お喋りするお地蔵さんに興味津々なのね」

 神綺と名乗った少女が言う。

 その頭上に、たおやかな肩の上に、足元に、同じ形の人形が現れていた。

 成美は、問いかけた。

『貴女……人形使い?』

「失礼な事を言わないで。この子たちは人形ではない、私の大切な子供たちよ。創造神たるこの神綺が、心を込めて造り上げた魔界の精鋭……」

 人形使いの少女が、左右の繊手で、いつの間にか6体目の人形を抱いている。

「紹介するわね。この子はサラ、魔界の門番を一生懸命務めてくれる健気な子よ。この子はルイズ。好戦的で元気は良いけれど、ちょっとだけ実力の伴っていない残念な子。そこが可愛いのだけどね。そしてこの夢子はね、私の子供たちの中でも一番の要領良しなの。実力は今ひとつなのに立ち回り方が上手で、まんまと私の一番のお気に入りになってしまったわ」

 理知的な、だが現実を見つめていない瞳が、足元の人形に向けられる。

「最後に……この一番、冴えない子がアリスよ。かわいそうに、素質はあるのに世渡りと人付き合いが下手で、いつもみんなに虐められているの。ほら、こんなふうに」

 ユキ、マイ、サラ、ルイズ、夢子と名付けられた5体の人形が、冴えないらしい6体目の人形アリスに、ぽかぽかと暴行を加え始める。

 成美は目を凝らした。

 糸、のようなものが辛うじて見える。念動力の類ではなく、その糸で人形たちを操っているようだ。

 魔法の糸、である。

 ユキとマイが、左右からアリスを押さえつける。

 サラとルイズが、動けぬアリスに雪玉を投げつける。

 夢子が、小さな身体を反らして高笑いのゼスチャーをする。子分4人を使ってアリスを虐めている、という設定のようだ。

 人形使いとしての技量は卓絶している。おぞましさすら感じられるほどに。

「頑張って、耐えるのよアリス」

 神綺と名乗った少女が、美しい両手五指をゆらゆらと踊らせ、おぞましい人形劇を披露しながら声援を贈る。

「貴女は出来る子、強い子、優れた子……私は敢えて、貴女を崖下に突き落としたのよ。賢いアリスなら、わかってくれるわよね?」

(魔法人間の魔理沙……ごめん、本当にごめん。こいつに家、教えちゃった……)

 この場にいない少女に、成美は本気で詫びた。

 人形使いの少女が、ついには己の足でアリスを踏みにじっている。

「耐えて、耐えなさいアリス! 私は貴女を捨てたわけではない、見放したわけではない! 貴女に期待をしているから! 貴女が一番、可愛いから! 夢子なんかより、アリスがずっと……可愛いから……」

 本物の地蔵菩薩でも、これは救済出来ない、と成美は思った。

(私、逃げた方がいいのかな……でも生身になるの、寒いし億劫だし) 

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