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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
14/48

第14話 冥府の桜吹雪

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 雪深い山野。その全域を敷地としているかのような、豪農の邸宅。

 そんな感じの迷い家の風景が、果てしなく続いていた。

 妖精たちもいる。

 愉しげに編隊飛行をしながら弾幕をばらまき、だがその弾幕もろとも蹴散らされて砕け散り、再生し、何事もなく編隊を組む。

 普段通りの幻想郷とも言える、そんな光景の中に、鳥居が見えた。神社でもないのにだ。

「この世と、そうじゃない場所の境界、とでもっ!?」

 眼下の風景に見入っている、場合でもなく博麗霊夢は空中で身を捻った。

 色とりどりの光弾の嵐が、押し寄せて来る。妖精の弾幕とは比べものにならない激烈さでだ。

 光弾と光弾の隙間に、少女の細身がするりと滑り込んだ。紙一重の回避。

 直撃を喰らえば、良くて致命傷。そんな光弾が無数、全身各所をかすめるように飛んで行く。

 それを体感しながら、霊夢は細身をしなやかに捻転させ、白い付け袖を翼の如くはためかせた。腕を振り上げる、その角度を僅かでも誤れば腕がちぎれる。胴体の捻りが1つ遅れた瞬間、少女のはらわたが空中に散乱するだろう。

 袖の分離した巫女装束は、博麗の霊力を織り込まれた対妖怪装備である。そうでなければ今頃、跡形もなくちぎれ飛んで霊夢は全裸だ。

 裸になる事もなく霊夢は、小刻みな身体の制動で弾幕をやり過ごした。

 そうしながら、お祓い棒を振るう。

 弾幕の発生源である少女が、4人になったり1人に戻ったりしながら、斬り掛かって来る。殴りかかって来る。

 光の剣。槍ほどに巨大化した、時計の針。

 間断なく襲い来るそれらを、お祓い棒で受け流し、かわしながら、霊夢は飛行を続けた。

 フランドール・スカーレットが、猛然と追いすがって来る。紅玉のような瞳を燃え上がらせ、可憐な唇をめくって鋭い牙を見せながら。

「そう……今は、私しか見えてないってわけ? 照れるわねえ」

 微笑みながら霊夢は左手で、呪符の束を扇状に広げた。

「いいわ、あの化け狐を締め上げるのは後回し。こうなったら、とことん相手してあげる。だから」

 いくつもの陰陽玉が、霊夢の周囲を高速旋回しながら発光する。

 その光が、光弾となった。

「……レミリアなんて、ほっときなさい。もう」

 光弾の速射に合わせて、霊夢は呪符の束を投げた。

 ばらまかれた無数の呪符が、霊力の光を発しながら縦横無尽に飛翔する。

 陰陽玉の射撃を回避し続けていたフランドールに、発光する呪符たちが激突してゆく。全て直撃。

 光の爆発が起こった。微量の血飛沫が、飛び散ったようでもある。

 吹っ飛んだフランドールが、煌めく翼を羽ばたかせながら空中で踏みとどまる。そうしながら、巨大な時計の針を振りかざす。

 光の時計盤が、いくつか飛来した。鋭利な時針が高速回転し、霊夢を切り刻みにかかる。

「封魔陣……!」

 念じながら、霊夢はお祓い棒をかざした。

 赤色と青色。2つの結界が生じて重なり、いくつもの光の時計を押し潰す。

 全て潰れたところで、2色の結界も砕け散った。巨大な光の斬撃に、粉砕されていた。

 膨張した光の剣を元の大きさに戻しながら、フランドールが赤青の破片を蹴散らし、突っ込んで来る。

 霊夢の方からも、踏み込んだ。

 光の剣とお祓い棒が、激しくぶつかり合い交錯する。魔力と霊力の火花が散った。

「そう……なのよね」

 火花を浴びながら、霊夢は呟いた。

「あんたたち妖怪どもは結局、こんなふうに暴れて戦うしかない。荒ぶる力を持っていながら、大人しくしてるなんて……無理に決まってるものね」

 ひらひらと、優雅に舞うものが見える。

 桜の花びら。

 終わらぬ冬に閉ざされていた幻想郷が、ようやく春を迎えたのか。

「うちで大人しくしていられるレミリアの方が、妖怪としては異常……あんたは何にも間違ってないわフランドール・スカーレット。正しい妖怪の在り方よ」

 風景が、変化していた。

 冬の山野そのものを敷地とする、広大な豪農の邸宅。

 それがいつしか、ゆるやかな桜吹雪に変わっている。

「そんな化け物と、こんなふうに戦うのが……博麗の巫女の、正しい在り方なのよね。きっと」

 広大・長大な、石の階段が見えた。飛翔する少女2人の眼下、果てしなく続いている。

 博麗神社のちんけな石段とは桁が違う、と思いながら霊夢はお祓い棒を叩き込んだ。

 霊力を宿した、その一撃を、フランドールが光の剣で受け流す。火花が散る。

 同時に、重い唸りが生じた。

 槍のような時計の針が、吸血鬼の可憐な細腕に振り回されて霊夢を襲う。

 かわしながら、霊夢はフランドールと擦れ違った。

 擦れ違い様に封魔の針を打ち込む隙も、今や見いだせない。

「実戦だけで、際限なく腕を上げていく……」

 確か紅美鈴が、同じような評価を霊夢に下していたものだ。

「やっぱり駄目! こんな化け物、レミリアに会わせるわけには絶対いかない!」

 果てしない石の階段が、舞い散る桜吹雪によって幻想的に彩られている。

 それを背景に、博麗の巫女と吸血鬼の少女が飛び回って交錯し、ぶつかり合い、火花を散らせ続ける。

(やめときなさい、レミリア……)

 ぶつかり合いと擦れ違いを繰り返しながら霊夢は、ここにはいない少女に心の中で語りかけた。

(あんたじゃ、こいつ相手に3秒もたない……別にいいじゃないの、正しい妖怪の在り方じゃなくたって。私が帰るまで、お布団被って大人しくしてなさいよね)

 ぶつかり合いが突然、止まった。霊夢だけではなくフランドールも、動きを止めている。

 ゆらゆらと宙を漂う不吉なものが、2人を取り囲んでいた。

 いわゆる人魂に似た、霊体の塊。それが無数、尾を引いて浮遊飛行しながら一斉に弾を放つ。

 全方向から高速で襲い来る、霊気の弾幕。

 それを回避しながら、霊夢は陰陽玉を旋回・発光させた。

「何だか知らないけど、邪魔!」

 光弾の嵐が、霊体の塊たちを片っ端から引き裂いて砕く。

 その間フランドールが、魔法陣を円盤の如く投げつけていた。

 投擲された魔法陣から、小さな木の実をぶちまけたかの如く弾幕が溢れ出し、霊体の塊をことごとく粉砕する。

「気に入らぬ話ではある。が……レティ・ホワイトロックの、言った通りになってしまった」

 霊体の塊、の中でもひときわ巨大なものを背後に従えた何者かが、そこにいた。空中に佇んでいる。

 少女だった。黒いリボンで飾られた髪は、白髪に近い銀色である。

 細い腰にはいささか重そうな、大小の剣。その長い方を一見たおやかな手でスラリと抜きながら、少女は言った。

「博麗の巫女……博麗霊夢、だな?」

「人の名前を知りたい時は、まずは自分から……と言いたいとこだけど私あんたの名前には全然興味ないのよね。邪魔だから帰ってくれない? 見ての通り忙しいの」

「私も、今から忙しくなる」

 霊夢の言葉を黙殺して、少女は名乗った。

「魂魄妖夢という。白玉楼の庭師である」

「ふん。お庭を綺麗にするために、私たちを始末するとでも?」

「やはり貴様、霧雨魔理沙と別行動を取りながら連動していたのだな」

 魔理沙の名前が出た。

 フランドールとの戦いは、中断せざるを得なくなった。

「魔理沙が……どうしたって?」

「とぼけるな。あの魔女を囮に使いながら、自身はこうして隠密裏に白玉楼へと侵入を果たす。なかなかの知略であった事は認めてやろう」

「私こいつに、すごい派手に殺されかかってたんだけど。隠密の意味わかってる?」

「霧雨魔理沙、以外にも手駒を持っていたのだな。博麗の巫女、油断がならぬ」

 ちらり、と魂魄妖夢がフランドールに視線を投げる。

「……博麗神社では、吸血鬼を飼っているそうだな? 己の戦力として使いこなしているというわけか」

「天狗の新聞を鵜呑みにしてる馬鹿が、ここにも1人……」

 霊夢は、訂正するのも面倒になった。

 フランドールは、妖夢に人形の美貌を向けている。つい今までの激昂が嘘のようである。

「……ねえ庭師さん。あんた、魔理沙と会ったわけ? 戦ったの?」

「仕留める寸前だったのだがな」

「まあギリギリで生き残るのが魔理沙なわけだけど……ふん。あいつが戦ったって事は、あんた今回の異変の関係者ね」

 終わらぬ冬の異変。

 それを単身で解決して見せる、と魔理沙は意気込んでいたものだ。

「異変を起こす。それもねえ、正しい妖怪の在り方だとは思うけど」

「迷い家から入って来たのだな、貴様たちは」

 魂魄妖夢が、苛立たしげに溜め息をつく。

「まったく、あそこの連中は……こうもあっさり侵入者を通過させるとは、やはり信用ならぬ。胡散臭い」

「何、お知り合いなわけ? こりゃ本格的に、あの狐を締め上げないとね」

「その前に貴様たちは死ぬ。私に斬られて、ここで終わる」

 おぞましい気配が、周囲に満ちていた。

 霊夢はフランドールと、いつしか背中を合わせていた。

 またしても、取り囲まれている。

 醜悪、としか言いようのないものたちが前後左右上下、あらゆる方向で獰猛に蠢いていた。

 言葉で表現するのが不可能なほど、醜くおぞましく奇怪な生き物の群れ。幻想郷に、このような妖怪が生息していたのか。

 いや違う、と霊夢は感じた。これらは、幻想郷の妖怪ではない。

 そして、ここも幻想郷ではない。白玉楼、と魂魄妖夢は言っていたが。

「知らずに来たとも思えぬが一応、教えておく。ここは冥界だ。ここで死ねば、様々な手間を省く事が出来るぞ」

 妖夢が冷笑する。男の手にも余りそうな大刀を、細腕で軽々と振りかざしながら。

 その動きで、この醜悪なるものたちを統率しているのか。

「安心するがいい博麗の巫女。それに私と同じく両刀を振るう、吸血鬼の剣士よ……私は今から、手間隙をかけて貴様らを葬ってやる。六道の剣が念仏代わりよ」



「いる……!」

 実は氷であるという彗星のように飛行しながら、チルノが言った。

「やっぱり、この先にフランがいるよ!」

「馬鹿げたお話……だけど信じる事にするわ、チルノ」

 魔理沙の後ろで、十六夜咲夜が微笑んでいる。

「嘘をつくだけの知能が貴女にない事は、紅魔館でのこれまでの暮らしぶりで確認済みだから」

「ふふん。あたいの最強ぶりが、やっと咲夜にもわかったか!」

「なあチルノ、咲夜はお前を誉めたんじゃないぞ……いや、誉めたのかな。それにしても最強は違うぜ」

 霧雨魔理沙は言った。

 チルノに先導を任せ、咲夜と箒の二人乗りで幻想郷上空を飛んでいるところである。

 春の流れる径路。それを見る事が出来るのは、妖精だけだ。今はチルノの道案内に従うしかない。

「……お前んとこのお嬢様をな、こうやって箒の後ろに乗っけた事がある。姉貴の方な」

 魔法の箒を駆りながら、魔理沙は言った。

「まあ、向こうから勝手に乗っかって来たんだが」

「有望な霧雨魔理沙を吸血鬼にし損ねたと、レミリアお嬢様はおっしゃったわ」

「ふふっ、私は今のところ人間をやめるつもりはないぜ」

 押し寄せて来る風を、魔理沙は全身で切り裂いた。帽子から溢れ出した金髪が、音を立てて流れはためく。

 帽子は、魔力で固定している。魔力を、体内で燃やしてもいる。当然、厚着もしている。

 燃やす魔力を持たぬはずの十六夜咲夜は、メイド衣装に長いマフラーという軽装で、特に寒そうな様子も見せず、箒の長柄に品良く腰掛けている。

 ちらり、と視線を投げながら魔理沙は言った。

「レミリアを……いつまで霊夢に預けておくつもりだ?」

 天空を飛ぶ龍の尻尾のようにマフラーをなびかせつつ、咲夜は目を逸らせた。

「……レミリアお嬢様は今が一番、幸せでいらっしゃるのよ。貴女はそう思わないの」

「お前、見ないふりしてるだろ。肝心な事」

 風の冷たさが、増してゆく。この寒気には覚えがある、と魔理沙は感じた。

「霊夢も人間だぜ。まあ、そろそろ人間やめてる可能性もなくはないが……レミリアみたいに何百年も生きられるわけじゃあない。今のまんま霊夢に置いてかれたら、どうなっちゃうんだろうなレミリアの奴」

 その頃には恐らく自分も咲夜も、この世からいなくなっている。

「まあ確かに今、考えることじゃない……か。うん?」

 ひらひらと、何かが舞った。進行方向から、舞い漂って来た。

「桜……」

 ぼんやりと、咲夜が呟く。

 桜の花びら、であった。

「私はきっと、ご一緒出来ないけれど……レミリアお嬢様には、幻想郷の桜をご覧になっていただきたいわ」

「ご一緒するんだよ。これが終わって桜が咲いたら、みんなで花見の宴会だ」

 身に覚えのある寒気を、全身で切り裂いて進みながら、魔理沙は言った。

「お前ら、嫌でもレミリアと仲直りしてもらうぜ……おい、そこの! お前も呼んでやるから私たちと仲良くしろよ」

 前方で空中に佇む、寒気の発生源に、魔理沙は声を投げた。

「何も手伝えと言ってるわけじゃあない。そこを通してくれるだけで、いいんだぜ」

「……リリーの邪魔は、させない」

 レティ・ホワイトロックが応えた。

「西行妖が満開になるまで待て。そうなれば春は来る……幻想郷にも、冥界にもな」

「さいぎょうあやかし。こないだも、そんな事言ってたな。酒の銘柄か」

 言いつつ魔理沙は、ひょいと視線を迂回させた。

 レティの背後で、空が裂けていた。裂け目、としか言いようのないものが空中に生じているのだ。

 そこに、春が流れ込んでいる。ここまで来れば見えずともわかる。

「美味い酒を隠し持ってるなんて許せないぜ」

「魔理沙……違う、お酒なんかじゃない……」

 チルノの声が、震えている。

「……何か……とんでもない花が……」

「それが西行妖だよ氷精。お前も妖精なら、あの花の禍々しさが感じられるだろう」

 レティが暗く微笑む。

「禍々しく、そして哀れな花だ。リリーが放っておけるわけがない」

「ダメだよレティ、この花が咲いたら……幻想郷が、大変な事になる。そんな気がする……リリーに、そんな事させちゃダメだ!」

「馬鹿は黙ってろ! 同じ妖精でもなあ、お前ごときにリリーの何がわかる!」

 レティが激昂した。

 寒気が、燃え上がる炎の如く荒れ狂った。

 白く煌めく、冷たい炎。そんな事を思いながら魔理沙は、とりあえず訊いてみた。

「なあ冬の妖怪。お前の相棒……あの魂魄妖夢って奴は、いないのか? どっかに隠れて不意打ち狙いか、また」

「あれが相棒だと。本格的に死にたいようだな貴様」

 白く冷たい炎が、轟音を立てて渦を巻く。

「この先へ進んだところで、どうせお前たちは死ぬ。西行妖の肥やしになるしか道はない……だから進むな。ここで美しく死んでおけ。私が凍らせて砕いてやる。キラキラと光り輝くダイヤモンド・ダストに変わるがいい」

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