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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
11/48

第11話 妖精の目

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

「メイド姿が板についてきたわねえ、大妖精さん」

 穴の縁に腰掛けた人魚が、嬉しそうに手を叩く。

 霧の湖。凍り付いた湖面に穴を空けて、その人魚は姿を現していた。

「私、紅魔館のお嬢様が羨ましいわ。大妖精さんがメイドとして色々お世話をしてくれるなんて」

「紅魔館の方々には、良くしていただいてます」

 大妖精は微笑んだ。

「わかさぎ姫さんのおかげです。お料理とか、いろいろ教えて下さって。メイドのお仕事するのに、すごく助かってます」

「……貴女、咲夜さんにいいように使われているだけよ」

 小悪魔は、口を挟んだ。

「で……この人魚さんが?」

「はい、わかさぎ姫さんです」

「大妖精さんのお友達? 初めまして、わかさぎと申します。姫、は省いて下さって結構よ。付けていただけたら、それは嬉しいけれど」

「霧の湖に、人魚がいたなんてね」

 小悪魔は身を屈め、わかさぎ姫をまじまじと観察した。

「パチュリー様に御報告したら、興味を持っていただけるかしら……」

「だ、駄目ですよ。あの方は、また危ない実験をなさいます。わかさぎ姫さんが変な生き物に変わってしまったら、どうするんですか」

「……貴女ね、パチュリー様を一体何だと思ってるの」

「パチュリー・ノーレッジさんなら私、会った事あるわよ。紅い霧が出ていた頃に1度ね。珍しくお屋敷から出て、1人で湖畔を歩いていたから」

 わかさぎ姫が言った。

「どうして太陽を隠すのか訊いてみたの。お友達のためだって、あの人は言っていたわ。何日間も紅い霧を出し続けるなんて大変でしょうに。お友達思いの、優しい人なのね」

 そう。レミリア・スカーレットのためであれば、パチュリーはいくらでも己の命を削ってしまう。

 心の中で暗い炎を燃やしながら、小悪魔は言った。

「その、お優しいパチュリー様がね……無理をなさったせいで、寝込んでおられるのよ。ねえ、わかさぎ姫さんはご存じない? 迷いの竹林に、腕利きの薬師さんだかお医者様だかがいるってお話」

「あの人たちについては……私、友達から聞いた話しか知らないのよ」

「その、お友達に会えない?」

「……ちょうどいいわね。あの子、遊びに来たわ」

 わかさぎ姫が、ひょいと視線を動かす。

 その眼差しを、小悪魔は追った。

 湖畔の、森。人影のようなものが、いくらか慌てて木陰へ隠れたところである。

「あらあら……あの子、貴女たちを恐がってるわね。大丈夫よ影狼ちゃーん、こっちへいらっしゃぁあああい」

 わかさぎ姫が、手を振って呼びかける。

 こんもりとしたものが、木陰からおどおどと現れ、凍り付いた湖面に恐る恐る足を踏み入れる。

 そして、滑って転んだ。

「だ、大丈夫ですか!?」

 大妖精が、飛んで行って助け起こす。

 一言で表現するなら、毛皮の塊であった。

 何枚あるかわからぬ毛皮の外套を、歩行に支障をきたすほど着込んでいる。顔も見えない。毛皮と毛皮の隙間で、左右の眼光が頼りなく灯っている。

 そんな着膨れした生き物が、大妖精に助け起こされ、ぺこぺこと頭を下げている。

 着込んでいるのは、寒いから……だけではないようだ。小悪魔は、わかさぎ姫に問いを投げた。

「……人見知り?」

「許してあげてちょうだい。竹林に引きこもりがちな子なのよ」

「それでも、貴女には会いに来るわけね」

 わかさぎ姫に会いに来た何者かが、大妖精にエスコートされて、よちよちと氷上を歩いて来る。

「ひ、姫……この人たちは?」

 辛うじて女性であるとわかる、くぐもった声。

 おどおどと灯った眼光が、小悪魔に向けられる。

「あ、悪魔がいる! 恐いよー」

「……ふふん。恐ろしければ、ひれ伏しなさい」

「ちょっと、小悪魔さん」

 調子に乗った小悪魔を、大妖精がたしなめる。

 わかさぎ姫が、紹介をした。

「私の友達、今泉影狼ちゃんよ。迷いの竹林に住んでいるの。影狼ちゃん、こちらは紅魔館の方々」

「ええと、私は正確には違うんですが……ともかく今泉さん。貴女に、お聞きしたい事が」

 大妖精に続いて、小悪魔は言った。

「……竹林に、すごいお薬を作る人が住んでいるのよね。その人の事、ちょっと教えてくれると嬉しいんだけど」

「……病気か大怪我でもしたの? 誰か」

 言いつつ影狼が、毛皮の懐から小袋を取り出した。

「よっぽどじゃない限り、あの人たちには頼らず自力で治した方がいいと思うよ……はい姫。つまんないものだけど、お土産。雪の下に生えてた」

「あら、春の山菜がこんなに……ありがとう! すごく嬉しい」

「本当に、ちょっとずつだけどね。春に、なってきてはいると思う……ああ、それで悪魔さん。あの人たちの事だけど」

「教えて。お願い」

 小悪魔は、詰め寄った。

「私にとって、大切な方がね……今、よっぽどの事なのよ」

 自力で健康を取り戻すなど、今のパチュリーには明らかに無理である。

「その人たち、というのは……恐ろしい方々なの? 助力の対価に、例えば命や魂を要求してくるとか」

「悪魔じゃないんだから、そんな事はしないよ……と、思うよ」

 毛皮の塊が、頼りない事を言っている。

「親切な人たち、だとは思う。私も、助けてもらった事あるし……恩を着せてくる人たちでもない。何て言うのかな、親切過ぎて……ちょっと恐いと言うか」

「……わかる気がする。優しくされると、かえって恐い時あるわよね」

 小悪魔は思う。レミリア・スカーレットが、まさにそれだ。

 目下の者に対し、暴力的に振る舞う事もない。自分のような下等な魔物にも、優しく接してくれる。

 だから皆、結局はレミリア・スカーレットの思い通りに動く事となる。己の意思で、だ。

 あのカリスマは、妹によって容赦なく粉砕された。

 それでも紅魔館の面々は、レミリアを守るための行動を取り続けている。運命を操る程度の能力は健在なのか。

「ごめんなさい、上手く説明は出来ない……ただね、あんまり積極的に関わり合ったら良くない人たち、っていう気はする」

 影狼は言った。

「そんな人たちに、どうしても頼らなきゃいけない……ってなったら、私これからも時々、姫に会いに来るから。その時、言って。姫の友達なら、出来るだけの事はする」

「貴女が……私を、その人たちに会わせてくれるの?」

「私、そんなに大物じゃないよ。見てわかる通り」

 影狼は、笑ったようだ。

「ただ……あそこで働いてる老いぼれ兎とね、知り合いなんだ。信用出来る奴かどうかはアレだけど、話くらいは聞いてくれると思う」



「霊夢! こっちよ、こっち。早くぅー!」

「こらこらレミリア、走り回らないの。転ぶわよ? まあそれは一向に構わないけどほら、日傘をちゃんと差しなさい」

 博麗神社の境内で、レミリア・スカーレットが楽しそうにしている。

 博麗霊夢に、微笑みかけている。

 自分が知らない笑顔だ、と十六夜咲夜は思った。

 レミリアはこれからも、咲夜の知らない様々な顔を、霊夢に見せ続けるのだろう。

「……当然ね」

 鳥居の陰で咲夜は、霊夢とレミリアに背を向けた。

 自分は一体ここで何をしているのだ、と思う。

 レミリアの眼前に姿を現わす資格、どころではない。今の自分には、レミリアの顔を見る資格すら無いのだ。

「? どうしたの、レミリア」

「今……そこに誰か、いたような」

「気のせいでしょ。自慢じゃないけどねえ、この神社に来る奴なんて、あんたみたいな妖怪だけ! 吸血鬼が居候してる神社になんて誰も参拝に来ないわよ。まったくもう」

「ふふん。それなら、この神社! これから先はずっと私と霊夢、2人っきりね」

 そんな会話を背に受けながら咲夜は、とぼとぼと神社の石階段を降りて行く。

 そして、立ち止まった。

 小さな人影が、足取り軽やかに石階段を上って来る。にこにこと、無邪気に楽しそうに微笑みながら。

 人形のような美少女。だが今は、人形ではない。普段は無表情な美貌に、今は悦楽の笑みが浮かんでいる。

「妹様……!」

 咲夜は息を呑んだ。

 フランドール・スカーレット。この少女が、ここまで愉しげな表情を見せる相手は、ただ1人。

「駄目……紅魔館へお戻り下さい、妹様。ここから先、貴女様を行かせるわけには参りません」

 咲夜は立ちはだかり、ナイフを構えた。

 フランドールは立ち止まらない。愛らしい歓喜の笑みを浮かべながら、ぴょこぴょこと石段を上って来る。咲夜など、いないかのように。

 この少女には、姉レミリアしか見えていないのだ。

「お許しを、妹様……レミリアお嬢様を、どうか許して差し上げて」

 そこで、咲夜の言葉は止まった。それ以上、声を発する事が出来なくなった。

 ナイフを振るう暇もなかった。フランドールは、すでに眼前にいる。小さな身体が、咲夜に密着している。

 可憐な左手が、咲夜の鳩尾に突き刺さっていた。

 可愛らしい五指が、咲夜の体内で、何かを握り潰す。

 自分の身体が破裂するのを感じながら、咲夜は目を覚ました。

「おはようさん。よく眠れたか? もうちょっと寝ててもいいと思うぜ」

 声をかけられた。

「働き過ぎのメイド長。お前さん、寝坊や二度寝なんてした事ないだろ? いい機会だ、ゆっくり休んじゃえよ。どうせ他人の家だぜ」

「……霧雨……魔理沙……」

 柔らかな布団の中にいる自分の有様を、咲夜はまず認識した。

 紅魔館の寝室、ではない。魔理沙の言う通り、他人の家だ。

 他人の家で寝込むような事態に、自分は陥っていたという事だ。

「妹様は……」

「その傷、やっぱりフランドールにやられたんだな」

 魔理沙にそう言われて、咲夜は気付いた。思い出した。

 自分はフランドール・スカーレットを、止めようとして止められず、負傷したのだ。

 布団の中で今、自分が着用しているのは、下着と包帯だけである。

 美鈴あたりと比べて、随分と胸の貧弱な胴体に、きっちりと包帯が巻かれている。なかなかの手際だ、と咲夜は感じた。

 ゆっくりと上体を起こす。

 痛みはない。ただ何かしら激しい動きをすれば激痛が走るだろう、とわかる。

 広い部屋に、2つのベッド。片方を咲夜が占領しており、もう片方に魔理沙が腰掛けていた。

「……貴女が……私を、助けてくれたの?」

「残念、私じゃないんだぜ。紅魔館を仕切ってるメイド長に、思いっきり恩を着せてやりたかったんだけどな」

 魔理沙が笑う。

「まずはチルノに感謝しな。お前さんをここに運んで来たのは、あいつだ。そして運ばれて来た怪我人を手当てしたのは」

「私よ」

 この家の主であろう人物が、そこにいた。椅子に腰掛け、編み物の手を止めて、こちらを見ている。

 少女であった。魔理沙と同じ年頃、に見える。

 理知的な瞳は、しかし咲夜の方を見ているようで、どこかあらぬ方向を見つめているようでもあった。

「貴女、人間? 信じられないほど頑丈な身体をしているのね。ふふっ、まるで妖怪みたい」

「……人の道は、とうの昔に踏み外している」

 咲夜は言った。

「貴女が、私を助けてくれたのね。ありがとう……申し訳ないけれど、今は返せるものがないの」

「魔界の神はね、人間や妖怪に見返りを求めたりはしないわ。ただ救うのみ。その力と慈悲をもって、ね」

「魔界の神……貴女が?」

「そうよ。我が名は神綺」

 少女がゆらりと優雅に椅子から立ち上がり、微笑む。

「大いなる魔界の造物主……その慈悲を受ける事が出来たのは、貴女の幸運よ。感謝など必要ないわ」

 何体かの人形が、少女の周囲でちょこまかと踊る。魔界の神を讃える踊り、なのであろう。人形使いとしての技量は、まあ大したものだ。

 魔理沙が、何か言いたげな顔をしている。

 咲夜は理解した。

 神綺などと名乗った、この人形使いの少女は、どうやら本当にあらぬ方向を見つめている。現実を見ていない。

 見る必要などなかろう、と咲夜は思う。自分を魔界の神と、思い込むだけならば個人の自由だ。

 現実が嫌なら、無理に直視する事もない。

(直視し難いものと、無理に向き合う必要などないのですよ? レミリアお嬢様……)

 およそ五百年の間ずっと、レミリア・スカーレットは怯えていたのだ。己の背後でいつ目覚めるかわからぬ、フランドール・スカーレットという恐怖に。

 紅魔館の主として、しかし怯えを見せる事は許されなかった。恐怖心をひた隠しにしながら超然と傲然と振る舞い、カリスマを演出しなければならなかったのだ。

 針の筵であったろう、と咲夜は思う。

 そんな環境から、レミリアは解放されたのだ。今は博麗の巫女の庇護下にあって、安寧を享受している。

 そこへ咲夜が顔を出す事など、許されない。先程の夢の通りに。

(妹様は、私がお止めいたします。ですからレミリアお嬢様……その安寧を、どうかお捨てになりませぬよう)

「おお、咲夜が生きてた」

 いきなり扉を開けて入って来たのは、チルノである。

「咲夜は強い! フランにぶたれて、生きてるなんて」

「……私が生きていられるのはね、チルノのおかげよ」

 駆け寄って来たチルノの頭を、咲夜は撫でた。

「本当に、ありがとうね……ところで」

 おかしな生き物を1匹、チルノは伴っていた。

 包帯の塊が、黒い洋服と赤いリボンを着用している。

「お前、ルーミアね? 随分と酷い目に遭ったようだけど……また紅魔館に雇われてみる? 雇われ者を守ってあげるくらいの事は出来るわよ」

「えへへ、やられちゃった。咲夜さんと同じくらい恐い奴がいたなー」

「……私がちょっと馬鹿をやらかしてな。結果ルーミアに、こんな大怪我をさせちまった」

 魔理沙が言った。

「で……どうだった? チルノ」

「……うん、魔理沙の言う通りだったよ」

 チルノなりの、真剣な口調と顔つきであった。

「春が流れてる、川……って言うか道? みたいなのが空に出来てる。あれは確かに、あたいら妖精じゃないと、わかんないし見えないかな」

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