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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
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第10話 迷い家の朝

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 吸血鬼は、血液以外のものを摂取する事が出来ない……というわけではない。

 ただ吸血が最も効率的な栄養補給手段であるのは間違いなく、他の食物で代用しようとすると、とてつもない量が必要になるという。

 そうであるにしても、レミリアは少食だった。

「それで、あれだけの馬鹿力と発狂弾幕を出せるんだもの。燃費いいわよね、あんたの姉さん」

 博麗霊夢は、呆れ果てていた。

「……ちょっとは見習ったらどうなの、妹様」

 そんな言葉をひたすら無視して、フランドール・スカーレットは飯を食らっている。焼き魚を可愛らしい牙で骨ごと咀嚼し、大量の白米もろとも味噌汁で体内に流し込んでいる。

 朝食であった。

 迷い家の居間に、朝の日光が差し込んで来る。その明かりの中で、しかし吸血鬼の少女は平然と黙々と大飯を食らい続けている。

 迷い家だから、と霊夢は思うしかなかった。この場所では、何かしら妖怪を守る力が働いているようだ。太陽の光から、妖怪に対する殺傷力が失われる。

 そんな迷い家の主と言うか管理人である少女が、悲鳴のような怒声を張り上げた。

「お前ら、ちょっとくらいは遠慮するね!」

 割烹着が、実によく似合っている。人里の、家庭的な村娘といった感じである。

 だが、頭巾で隠せていない獣の耳と、二股に伸び分かれた尻尾は、この少女が人間ではない事を無言で雄弁に証明している。

「ほらほら、言われてるわよフランドール」

「半分以上お前に言ってるよ、博麗の巫女」

 人間ではない少女が、睨み付けてくる。

「お前、その吸血鬼の倍は食べてる。太り過ぎで空飛べなくなるといいね、この豚巫女が」

「この程度のカロリーはね、ちょっと弾幕戦やれば、あっという間に消費しちゃうのよ」

 言いつつ霊夢は白米を掻き込み、味噌汁を流し込んだ。

「……あんた、化け猫のくせにお料理なかなか上手じゃない。魔理沙ほどじゃないけど」

「藍様が教えてくれたね。藍様のお料理、最高よ。けど、お前らには食べさせてやらない」

 そんな事を言いながら化け猫の少女は、空になったお櫃を大げさに掲げて見せた。

「もう、お前らに食べさせるご飯は終わり。少し食休みしたら、とっとと出て行くね」

「一宿一飯の借りが出来ちゃったわね。何か困った事があったら、博麗神社へいらっしゃい」

 爪楊枝を咥えたまま、霊夢は言った。

 一宿一飯。昨夜は風呂にも入らせてもらった。暖かい布団で寝る事も出来た。

 その間、フランドールが戦いを挑んでくる事はなかった。霊夢の寝込みを襲おうともしなかった。食事中も大人しいものである。

 大人しい大食いで、力を貯めようとしている。霊夢は、そう感じた。食休みが終わると同時に、襲いかかって来るかも知れない。

 無表情な人形の美貌のまま、焼き魚の頭をバリバリかじっている吸血鬼の少女に、油断なく視線を向けたまま霊夢は言った。

「食休みの間、1つ訊きたいんだけど化け猫ちゃん」

「橙。名前、ちゃんと呼ぶね。大喰らい巫女の博麗霊夢」

「わかったわ、よろしくね橙さん。で、この迷い家っていうのは……結局、何なのかな? 私も一応ね、幻想郷全体を守るのが仕事だから。幻想郷の中に、知らない場所がないようにしておきたいのよ」

「迷い家、橙たちの拠点ね。藍様、忙しく動き回ってる。その間、橙がお留守番ね」

「拠点……何をするための、拠点なのかしら」

 橙が、じろりと霊夢を睨む。

「博麗の巫女……お前、言った。幻想郷守るのが仕事って。だけど幻想郷、本当に守ってるの藍様と紫様ね」

「こら橙、そんな事を言ってはいけないよ」

 声がした。

 霊夢は、気配を全く感じなかった。

 鋭利な魚の骨をしゃぶっていたフランドールが、その骨をバリバリと噛み砕きながら顔を上げ、見据える。

 視線の先に、その妖怪はいた。橙の傍らに佇んでいた。

 金色の後光が眩い、と霊夢はまず感じた。

 後光ではなく、全て尻尾であった。

「博麗の巫女はね、幻想郷を守るために危険な妖怪と戦ってくれているのだよ。特にスカーレット姉妹と立て続けに戦うなんて、私には恐くて出来ない」

 妖獣の証を隠そうともしない、九尾の美少女。ゆったりとした衣服でも、豊麗な肉感は隠せていない。

 橙が、嬉しそうな声を発した。

「藍様! お帰りなさい!」

「うふふふ。いい子にしていたかな、橙」

 九尾の妖獣が、橙の頭を優しく撫でる。

 化け猫の少女は、さらに嬉しげに声を弾ませた。

「橙いい子! 昨日もね、ほら! 迷い家にうっかり落っこちて来たバカども、拾って優しくしてあげたね。橙、すごくいい子してたね!」

「うふふふふふ。だから無闇に拾って優しくしてあげてはいけないと、この間も言ったばかりだろう?」

 九尾の少女が、橙の柔らかな頰をつまんで引っ張った。

「特にこの博麗霊夢とフランドール・スカーレットはね、幻想郷有数の危険物だ。私と初めて出会った頃の橙のような、可愛くて無害な野良猫とは違うのだよ。迂闊に拾って餌を与えてはいけない。まして迷い家に引き入れるなど」

「ふみいぃ……」

 橙が、泣き声を漏らす。

 藍様、と呼ばれた九尾の妖怪は、説教を続けた。

「この迷い家は、私たちの大事な活動拠点なのだという事を橙、お前もそろそろ理解しないといけないよ。いざという時ここを守るのは、お前の役目になるかも知れないのだから」

「み、見て見ぬ振り出来ないね藍様。その吸血鬼の子、博麗の巫女に殺されかけてたね」

「……こいつに殺されかけたのは私の方なんだけど」

 霊夢は、言葉を挟んだ。

 九尾の妖獣が、霊夢に微笑みを向ける。

「知っているよ博麗霊夢。君がすぐさま報復に走らず、レミリア・スカーレットの保護に動いてくれたのは幸いだった」

「あんた……」

「あの時、私も紅魔館にいたのさ。霧雨魔理沙なら、私と面識があると思う……名乗っておこうか、私は八雲藍。境界と結界の管理をしている。お見知りおき願おう、博麗の巫女」

「……私の事、知ってるみたいね。じゃ名乗る必要ないわね」

 霊夢は立ち上がり、後退りをしていた。

 気圧されている。この、九尾の妖獣に。

(大妖怪……)

 霊夢は息を呑み、ほとんど無意識に、お祓い棒を構えていた。

「幻想郷の事……私、まだ何にも知らないのね。まさか、あんたみたいな化け物がいたなんて」

「買い被ってくれるものだね。私は、ただの使い魔に過ぎないよ」

「その使い魔に……こちらのお嬢様が、ちょっと御執心みたいだけど」

 フランドールが、八雲藍をじっと見つめている。感情のない、虚ろなほど澄んだ真紅の瞳でだ。

 この少女が何らかの感情を露わにするのは、今のところ姉レミリアと自分・博麗霊夢に対してだけだ。

 チルノには、お気に入りのぬいぐるみ程度の執着心は抱いているようである。

 この八雲藍に対しては、どうか。

 人形の美貌に表情を浮かべる、ほどではないにせよ、何かしら思うところはあるのだろうか。

「五百年くらい封印されてた化け物と……昔馴染み、だったりするわけ?」

「その約五百年間、彼女の面倒を見ていたのは私だよ。私は封印に出入りする事が出来たからね」

 八雲藍が、いつの間にかフランドールの傍らにいた。

 どういう事か、と霊夢は考えた。

 フランドールを紅魔館の奥底に封印したのは、この八雲藍なのか。

 そして、危険物を内包する箱と化した紅魔館を、外の世界から幻想郷に転移させたのも。

「フランドール・スカーレット……よく、幻想郷で破壊も殺戮もせずにいてくれたね。パチュリー・ノーレッジを殺して雨を止める事も出来たろうに、それをせず紅魔館で大人しくしていてくれた」

 九尾の大妖怪が、吸血鬼の少女の頭を撫でる。

「そう……パチュリー・ノーレッジ女史が、本当によく頑張ってくれたね」

「……私、ずうっと思ってたのよ」

 霊夢は言った。

「吸血鬼の姉妹喧嘩に介入した奴がいて……結果、紅魔館が何かややこしい事になって。そいつはね、そのややこしい状態ごと紅魔館を外の世界から幻想郷に運び込みやがったわけ。一体何考えてんのか、聞いてみなきゃって思ってたとこなんだけど」

 九尾の大妖獣に、霊夢はお祓い棒を向けた。

「……ちょっと表へ出なさい、八雲藍」



「幻想郷に紅魔館を移転させたのが、私であるとして」

 迷い家の庭で博麗霊夢と対峙しながら、八雲藍は言った。

「そのおかげで博麗の巫女よ、君はレミリア・スカーレットという可憐な愛玩動物を手に入れる事が出来たじゃないか。いや彼女だけではない。そこにいるフランドール・スカーレット、それに十六夜咲夜たちとも君はこれから絆を紡いでゆける。それが幻想郷の新たな未来へ繋がってゆくとは思わないのか?」

「未来っていうのはね、今が台無しになったら跡形もなくなっちゃうものなわけ。紅魔館の連中は……今の幻想郷を、脅かした。私はそれが許せない」

 答える霊夢の左右に、2つの陰陽玉が出現して浮かび、不穏な発光を開始する。いつでも弾幕を放てる状態だ。

「レミリアだってねえ、何か1つでも間違ってたら、紅い霧なんかよりもっと洒落にならない事やらかしてたかも知れないのよ?」

「幻想郷を、血の海に変える。やろうと思えば、それが出来るスカーレット姉妹だものね」

「それがわかっていて、幻想郷に危険物を持ち込んだ奴がいる。一体どういうつもりなのか話してもらわないと。まあ話だけで済むとは思えないけど」

「それ、藍様じゃないね!」

 橙が叫び、可愛らしくも凶暴に牙を剥く。

「藍様に濡れ衣着せるの、許さないね! 幻想郷に紅魔館、移転させたの藍様じゃなくて」

「……橙。この拾われ者たちの世話にかかりきりで、お前の朝食がまだだろう? ゆっくり済ませておいで」

「藍様……」

「安心したよ博麗の巫女。今のところ君は、レミリア・スカーレットとの個人的な情誼を守るためにしか動いていないように見えたが……幻想郷全体を案ずる心を、失ってはいなかったのだね」

「……私とレミリアが少し仲良くなったからって、それとこれとは別問題。幻想郷に危ないもの持ち込む奴を、私は絶対に許さない」

「ふむ。許さなければ、どうする?」

 広い袖の中で腕組みをしたまま、藍は微かに身を屈め、跳躍に備えた。この相手と戦うとなれば、自分は一体どれほど回転をしなければならないか。

 跳躍したのは、霊夢の方だった。

 軽やかに地を蹴った、その足元を、謎めいた武器が横薙ぎにかすめる。ねじ曲がりながら槍ほどに巨大化した、時計の針。

 フランドールが、獣の如く霊夢に襲いかかっていた。

「ちょっと……ねえ、あんたの事忘れてたわけじゃないから。後で、ちゃんと相手してあげるからっ」

 跳躍をそのまま飛行に移しながら、霊夢はお祓い棒を振るった。その一振りが、光の斬撃を受け流す。

 巨大な時計の針を右手に、紅く燃える光の剣を左手に持ったフランドールが、空中へ逃れ行く霊夢をなおも追った。

 可愛らしい手で振り回される2つの得物が、無数の光弾をぶちまけながら飛翔する魔法陣が、円盤状に回転する光の時計が、博麗の巫女を猛襲する。

 全ての攻撃をかわしながら、霊夢は迷い家の屋根を飛び越え、空の彼方へと遠ざかって行く。

「私、まずはあの化け狐とお話をね、ってちょっと、ああもう!」

 逃げながらも応戦の構えを見せる霊夢を、フランドールが執拗に追撃する。愛らしく鋭い牙を、剥き出しにしながらだ。

 人形の美貌が、怒りの形相を浮かべていた。

 虚ろなほど澄んでいた真紅の瞳は、今や炎の如く眼光を燃やし、霊夢を見据えている。

 その目が一瞬だけ、地上の藍に向けられた。

「博麗霊夢は自分の獲物、手を出すな……と、いうわけか」

 一瞬の間に空の彼方へと飛び去り、もはや姿の見えなくなった霊夢とフランドールを、藍はじっと見送っていた。

「お人形が……ふふっ、良い顔をするようになったじゃないか」

 およそ五百年の間、あの少女は人形だった。

 敗北が、彼女を人形ではないものへと変えつつある。

「スカーレット姉妹が今、試練を乗り越えようとしている。それは紅魔館という新興勢力が、幻想郷のパワーバランスの一角として成長を遂げるために必要な過程……全て、貴女の思し召し通りというわけですか」

 この場にいない、だが今どこから姿を現しても不思議ではない女性に、藍は語りかけてみた。

 返事はない。

 橙が、藍の袖をくいくいと引っ張った。

「藍様、藍様。このままじゃ大変」

「ほう。何が?」

「あいつら、逃げてった方向……」

「ふふふ、そうだよ橙。よく覚えていたね」

 藍は、橙の柔らかく張りのある頬をそっと撫でた。

「そう、お前の言う通り。この迷い家は、幻想郷と、そうではない場所との中間点にある。ここから、どちらへも行く事が出来る。ちなみに、そうではない場所とは外の世界の事ではないぞ。どこであるのか、橙は覚えているかな」

「冥界……」

 橙が、正解を口にした。

「生きたまま、冥界へ行く……それ迷い家、通って行くしかないね。でも……人とか妖怪、生きたまま冥界行く。それ大変な事になる。紫様、そう言ってたよ藍様」

「大変な事を、しなければならない時もある」

 藍は、空を見上げた。

「こちらの方向……迷い家の正門を出て、ずっと飛んで行けば、幻想郷に戻る事が出来る。だが逆方向、迷い家の屋根を越えてしまえば、あとは冥界まで一直線だ」

 博麗の巫女と吸血鬼の少女が、戦いながら飛んで行った方角を、藍は見上げ見つめた。

「冥界には、この度の異変……終わらぬ冬をもたらした者がいる。博麗霊夢は異変解決の意志もなく、そちらへ行ってしまった。霧雨魔理沙の方は、異変解決の志を燃やしながら糸口も見つからず、傷だらけで悪戦苦闘していると言うのにね」

 藍は、橙の頬の手触りを楽しみ続けた。

「異変に関わるまいとしても、いつの間にか異変の元凶へと続く道を爆走している。それが博麗の巫女、か」

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