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異説・東方妖々夢  作者: 小湊拓也
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第1話 白い慟哭

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 冬が、荒れ狂っている。

 雪を孕む寒風が、轟音を立てて吹きすさぶ。それはまるで、冬という巨大な怪物の咆哮であった。

 東西南北、それに天空と地上をも真っ白に塗り潰す猛吹雪。

 その荒れ狂う白色の中、暴風雪の影響を全く受ける事なく、ゆらりと漂っているものたちがいる。

 雪ではない白さの、霊体。

 生前の意思をいくばくかでも保った死者の霊魂、ではない。自我も意識もない、単なる霊気の塊だ。

 それらが無数、冥界から溢れ出し、ここ幻想郷の冬景色の中を禍々しく漂っている。大量の光弾を放射しながらだ。

「邪魔だぁあああああッ!」

 レティ・ホワイトロックは吼えた。

 吹きすさぶ寒気がさらに激しく渦を巻き、レティを防護する。

 襲い来る光弾をことごとく弾いて粉砕しながら、寒気の防護幕はさらに猛烈に吹き荒れた。

 防護幕が、攻撃のための弾幕に変化していた。

 無数に漂い群れる霊気の塊たちが、寒気の弾幕に切り刻まれ消滅してゆく。

 そんなものを一瞥もせず、レティは見据えた。睨んだ。

 猛吹雪の向こうで空中に佇む、人影を。

「冬の戦いで、お前に勝てる者など幻想郷にはいない……とは聞いていたが、なるほど見事なものだ」

 その人影は、不敵に笑っている。

 右手で剣を構え、左腕で1人の少女を抱え捕えながらだ。

「レティ・ホワイトロック。お前の力、我が主君に捧げよ。あの方の御ためにのみ荒れ狂う吹雪となれ」

「その子を放せ……」

 世迷い言を聞かず、レティは言った。

「その子がいないと、幻想郷には本当の春が来ない……その子はな、幻想郷から連れ出していい存在じゃあないんだぞ!」

「我が主君もまた、春を求めておられる。この少女の力が必要なのだよ」

 その少女は、意識を失っているようであった。

 冬の間はずっと眠っている、にも等しい少女なのだ。

「その子を返せ!」

 レティは叫び、しかし動けなかった。寒気を操り、攻撃をする事も出来ない。

 空中に佇む何者かが、少女に剣先を突きつけているからだ。

「貴様……!」

「返せと言われて返すものを、最初から奪いはしない。わかるな?」

 一際、巨大な霊気の塊が、その何者かの周囲で渦を巻き浮遊し、そして弾幕を射出した。

 直撃を喰らい、吹っ飛びながら、レティは呻く。

「卑劣な……鬼畜生が……っ!」

「何とでもほざけ。我、生まれながらに生死定かならぬまま六道を巡る身よ……餓鬼・畜生にも、修羅にもなれる。あの方の御ためならば」

 少女に突きつけられていた剣が、レティに向かって一閃した。

 横一直線、まっすぐな斬撃。

 それが、そのまま直線状の弾幕に変わっていた。

 空間が切り裂かれ、その裂け目から無数の光弾が溢れ出したようにも見える。

「くっ……!」

 空中で踏みとどまりながらレティは、寒気の防護幕を周囲で渦巻かせた。

 そこへ、斬撃の弾幕が激突する。

 寒気の防護幕が、切り刻まれて砕け散る。

 レティは飛翔し、そこから脱出した。

 囚われの少女も、捕えた何者かも、すでにいない。

 姿はないが、声だけは聞こえる。

「いずれ博麗の巫女と、その一派の者どもが動くであろう。冬の妖怪レティ・ホワイトロック、お前には彼奴らと戦ってもらうぞ。我ら白玉楼の尖兵として、な」

 声も、聞こえなくなった。

 気配は、とうの昔に消え失せている。

 吹雪は、相も変わらず荒れ狂っていた。轟音を立てて吹きすさぶ暴風雪。

 冬の、咆哮。

 それは、レティの絶叫であり、慟哭でもあった。



「なっ、ん、じゃ、こりゃあああああああッ!」

 猛吹雪の轟音をも蹴散らすかのような、霊夢の怒号であった。

 昼下がりだが、空は薄暗い。真冬の曇天である。

 暗く、そして寒い。大量に雪を含んだ寒風が、幻想郷全域で吹き荒れている。ここ博麗神社にも、容赦なく叩き付けられる。

 冬そのものが叫んでいるかのような、暴風雪であった。

 社務所兼自宅の一室。巫女・博麗霊夢は、炬燵に下半身を突っ込んだまま怒りに震えている。

 新聞を広げ、睨みながらだ。

「紅霧異変の首魁、博麗神社に潜伏中……博麗の巫女との癒着・談合が疑われる……疑われる……疑われる……断定さえしなけりゃ何書いてもいいと思ってるわけ!? ねえちょっとぉおッ!」

「お、落ち着け霊夢。そんなの真に受ける奴いないから、きっと。多分」

 炬燵ではなく火鉢に当たりながら、霧雨魔理沙は言った。

 話の種にと思い、人里で出回っている新聞を持って来てみたところである。来た時は、これほどの吹雪でもなかったのだ。

「……ふん、わかんないわよ魔理沙」

 新聞が発火しかねないほど眼光を燃やしながら、霊夢は言った。

「あの紅い霧の異変、博麗の巫女が実績・名声獲得のために紅魔館の連中と結託して仕組んだもの……なぁんてハッキリ書いてあるわけじゃないけど、読んだ奴はそう思っちゃうかも。思わせぶりな文章の書き方が凄く上手い。たち悪いわ、これ書いた奴」

「まあ天狗だろうな。新聞を出してる奴らと言えば」

「ふん、なになに……文責在記者・射命丸文。なるほどね」

 霊夢は新聞を丸めて火鉢に突っ込んだ。

「天狗って連中とは、いつかきっちり話つけなきゃね。とりあえず、この射命丸って奴の身柄を差し出すように交渉を」

「交渉じゃなくて脅迫だろ、霊夢の場合」

 先程まで新聞であった灰を、魔理沙は火箸で掻き回した。

「まあ確かに、ちょくちょく本当の事が混ざってるのはタチ悪いよな、この新聞。紅魔館の親玉が博麗神社に潜伏って言うか居候してるのは事実だし……なあ、そこのこたつむり。お前さんはどう思う」

「……居候しているわけではないわ……」

 頭まで炬燵に潜ったレミリア・スカーレットが、辛うじて聞き取れる声を発した。

「私は、ただ……博麗の巫女を、己の戦力として利用しているだけ……」

「ふふん、そんな事言えるくらいならもう心配ないな。帰るついでにさらって行って、紅魔館に放り込んでやろうか」

「やめてあげて」

 霊夢が苦笑する。

 紅魔館の周囲は、今なお雨が降り続いている。

 この暴風雪が、豪雨のカーテンで遮られている。そんな不思議な光景を、見る事が出来るはずだ。

(パチュリーの奴、大丈夫かな……)

 あれからずっと雨を降らせ続けている魔法使いに、魔理沙は思いを馳せた。

 何しろ、この寒さである。

 ただでさえ身体の弱いパチュリー・ノーレッジが体調を崩し、力尽きるような事があれば。あの雨が、止んでしまう事があれば。

 流水を渡る事の出来ない怪物が、紅魔館から解き放たれる。

 そして、レミリアの命を狙う。

 その時の事を考えているのか、今は敢えて考えないようにしているのか、とにかく霊夢は言った。

「それより魔理沙。帰るついでって、帰る気でいるわけ? この天気の中、箒に乗って」

「何か吹雪いてきちゃったなあ。来る時はまあまあ晴れてたのに」

「お夕飯、作ってくれるんなら泊まっていいわよ」

「そうさせてもらうぜ」

 言いつつ、魔理沙も炬燵に入った。

 霊夢が、お茶を淹れてくれた。

「この寒い中……天狗の新聞なんか見せびらかすためだけに、わざわざ飛んで来たわけ?」

「……馬鹿話をしに来ただけだぜ。このところ暇だからな」

「異変の話でしょ」

 博麗の巫女の口から、異変という単語が出てしまった。

「本当なら、今……そろそろ桜が咲いてなきゃいけない時期だもんね」

「春先に大雪なんて毎年ある事だぜ」

 魔理沙は菓子を食らい、お茶を啜った。

 レミリアが、もぞもぞと炬燵の中を移動して霊夢に擦り寄って行く。

「春先の農作業が滞っている……秋の姉妹が今頃、戦々恐々としているかもね」

 そんな事を言いながら霊夢が、レミリアの頭を撫でる。

 魔理沙は思う。今の霊夢には、傍にいて守らなければならないものがある。

(異変解決は……私の役目、か)



 花鋏が、ぱちん、と枝を切断したようである。

 その音で、リリーホワイトは目を覚ました。

 がばっ、と上体を起こし、布団をはねのける。

 そうしながら、リリーホワイトは涙を流していた。

 とても悲しい夢を見た、ような気がする。

 猛吹雪の中で、誰かが泣き叫んでいた。慟哭していた。自分にとって、とても大切な誰かが。

「レティ……」

 名を、呟いてみる。

 当然、レティ・ホワイトロックは応えてくれない。彼女は、ここにはいないのだ。

 いるのは、レティではない1人の少女だった。

 少女。いや令嬢、あるいは姫君と呼ぶべきではないか。

 それほどの気品が、嫋やかな後ろ姿からは感じられる。

 大型の花器の前で、優美な背筋をぴんと伸ばして正座をし、花鋏を遣っている。鋏が重そうに見えてしまうほど、繊細な手で。

 その姿が、この世のものとは思えぬほどの高貴さと、どこか邪悪な色香を漂わせているのだ。

 ゆったりとした水色の衣服は、魅惑的な女体の曲線を全く隠していない。豊麗な胸の膨らみが、こうして斜め後方からも見て取れるほどだ。

 いささか目のやり場に困ったので、リリーホワイトは見回してみた。

 自分の部屋、ではない。

 恐ろしく広い、和室であった。自分は何故、このような場所にいるのか。

「あら……ごめんなさい、起こしてしまったわね」

 どこか不吉なほど気品と色香の漂う令嬢が、振り向いた。

 水色の被り物から、桃色の髪が溢れ出していてサラリと揺れる。

 透明感のある儚げな美貌が、優しく微笑む。

「貴女の寝顔を見ていたらね、お花を活けてみたくなったのよ。どうかしら? 容赦のない批評を聞かせて欲しいわ」

 嫋やかな繊手で、令嬢は自分の作品を指し示した。

 大型の花器の上で、桜が咲いている。咲き誇っている、と言って良いだろう。

 邪悪な咲き誇り方だ、とリリーホワイトは思った。

 自然に咲いていた桜が、この美しい令嬢に手折られて剣山に刺され、桜ではない禍々しい何かに変わってしまった。

 その感想を、リリーホワイトは正直に述べた。

「綺麗です……けど、とっても不吉だと思います。この世の桜じゃありません、まるで地獄か死の世界に咲く花です! 生きた桜をこんなふうにしちゃ駄目ですよー!」

「自然を司る妖精なら、当然そう思うわよね」

 令嬢の笑顔は、変わらない。

「けれど人はね、自然の美しさをも己のものにしたがるのよ。自分好みの美しさを求めてしまう……そんな人の愚かさを、どうか大目に見て欲しいわ」

「貴女は……人、なのですか……?」

「人間をやめてもね、人の愚かさは消えてくれないものよ」

 令嬢が扇子を開き、微笑む口元を隠す。

 リリーホワイトは、ぼんやりと気付いた。

「あの……桜、咲いているんですか? まだ冬のはずなのに……レティは、どこに」

 身体が、勝手に動いていた。

 翼を広げて布団を跳ね飛ばし、リリーホワイトは飛んだ。

 畳の大海を飛び越え、開け放しの襖から外へ飛び出す。

 庭園だった。

 桜吹雪の真っただ中に、リリーホワイトはいた。

「桜が……こんなに、咲いて……」

 自分は寝坊をしたのだ、とリリーホワイトはまず思った。

 毎年、冬の終わり際にはレティ・ホワイトロックが会いに来てくれる。起こしに来てくれる。

 今年は来てくれなかった。レティの身に、何かが起こったのだ。

「レティ! どこにいるのレティ……あ、そうだ。は、春ですよぉー!」

「……落ち着きなさい春告精。幻想郷は、まだ冬よ」

 声がした。

 楽の音も、聞こえた。

「うふっ、あはははは、ここは幻想郷じゃあないんだなぁーこれが」

「妖精が本来いちゃいけない場所なんだけどね」

 ヴァイオリンが、宙に浮いている。トランペットが、キーボードが、浮遊している。

 桜吹雪の中、宙を漂いながら楽曲を奏でる3人の少女。

 彼女たちは、ヴァイオリンを弾いている。トランペットを吹いている。キーボードを叩いている。

 なのに鐘の音が聞こえた。笙の音が、高らかに響き渡った。

 この少女たちは、3種類の楽器で無限の音色を生み出すのだ。

「プリズムリバー姉妹……」

 リリーホワイトは呟く。

 令嬢が、いつの間にか庭園に佇んでいた。

「しばらくの間、専属契約を結ばせてもらったのよ。白玉楼の庭園には、彼女たちの音楽が必要……ふふっ。幻想郷でこの演奏を心待ちにしている人たちには申し訳ないけれど、しばらくの間プリズムリバー楽団を独り占めさせていただくわ」

 美しい口元を扇で隠しながら、彼女はリリーホワイトを見つめた。

「そして春告精……本当に、ごめんなさいね。妖夢が恐い思いをさせてしまって。けれど、それは私の命令……私には、貴女が必要なのよ」

「私が……」

 違う、とリリーホワイトは思った。

 どうやら白玉楼というらしい、この場所で、春を告げる妖精を本当に必要としている誰か。それは、この令嬢ではない。

「……気付いたようね。そうよリリーホワイト、貴女を必要としているのは私ではなく」

 烟るほどに咲き乱れる、無数の桜。

 その光景の向こう側に、巨大なものがあった。巨大さゆえ視界に収まらず、巨大さゆえ視認し難いもの。

 それが樹木である事に、リリーホワイトはしばらく気付かなかった。

 死せる巨木。まずは、そう思った。

 花は咲いている。三分咲き、であろうか。

 様々な方向に鋭く伸びた、無数の枝。その大部分は花を咲かせておらず、まるで白骨のようでもある。

 三分咲きの、桜の巨木。それは、僅かな肉をこびり付かせた巨大な腐乱死体のようにも見えた。

 やはり死んでいる。生きてはいない、とリリーホワイトは感じた。

「ひどい……」

 呟いていた。

「この子……どうして、こんな……」

「……声が、聴こえる?」

 令嬢が言った。

「私にはね、聴こえてしまうのよ……」

「……聴こえます……私にも……」

 リリーホワイトは、またしても涙を流していた。

「この子……咲きたがっている……満開に、なりたいって……」

 自分はきっと、幻想郷へ戻らなければならないのだろう。

 レティが待っているに違いない。

 春告精と、季節の引き継ぎをする。そうしないと彼女は、幻想郷を冬の寒気から解放してくれないのだ。

 だがリリーホワイトは、この場にいない冬の妖怪に、心の中で語りかけていた。

(ごめんね、レティ……私、この子に春を……まずは、この子に春を告げてあげなきゃ……)

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