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サラフィー様の手の中で

覇王の望み

作者: Lance

「憂うとは俺らしくないな」

 ラメラー・ランガスターはバルコニーから城下を一望しながら言った。

 反アムル・ソンリッサ連合の署名に捺印したときに、己の限界を悟ったようなものだ。

 若かりし頃から戦場では孤立無援になりながらも血路を開き、臣下を、敵味方両方の兵達の肝を幾度も冷やしてきた。

 我が人生は剣と血と肉だ。

 各地を次々併呑し、一代で王国を築き上げた彼だったが、運命神は彼に残酷な定めを与えた。

「不治の病か」

 剣と血と肉、そこに突如として加わった不治の病は、忽ちのうちにラメラー・ランガスターの身体を蝕み始めた。どんな苦境をも剣と血の祝福と共に抜けて来た彼だが、不治の病は、魔族の強健な身体を容易く侵略している。

 我が、身体の何と無様なことか。

 ランガスターは、ラメラーという己の名を嫌っていた。響きが好きでは無かった。だから誰にもランガスター呼ばせている。己の妻もだ。

 彼は日に日に劣れてゆく己に呆れつつ、昔を思い出していた。

 臣下にググリニーグという魔術と剣術、転移の術を心得ている猛者がいる。

 自分より強い者を探しているという彼はランガスターに勝負を挑み、敗北した。壮健だったころのランガスターの唯一無二の思い出だった。自分を脅かす程の武芸者に出会えた。

 苦戦に苦戦をし、流れる血を舐め、どうにか屈服させた。

 ランガスターに忠節を誓い、その右腕として戦場では活躍してくれた。功を競ったこともある。軽率な行為に家老のユリシーズはいつも口うるさく諫言をしてきたが、笑い飛ばした。

 左腕にはフリード家のジークという若武者がいる。ランガスターの息子ブレストの剣術指南役も務めている。

 親と子の仲は冷え切っているか、そんなことはどうでも良いが、ジークの方が息子といる時間は長いだろう。

 アムル・ソンリッサか。

 果たして攻め甲斐のある相手だろうか。

 コルテスらを攻め滅ぼしはいる。その臣下にはシリニーグ、ブロッソなどそうそうたる顔ぶれが揃っている。

 ランガスターは咳き込んだ。

 口元から放し手のひらを見る。

 血だった。

 魔族に流れる緑色の血。

 この身体ももう持たないな。

 ならばせめて、最後は戦場で死を迎えたいものだ。

 己を凌駕する強敵に討たれたい。

 ランガスターはアムル・ソンリッサに賭けた。

「誰かいるか?」

「はっ、ここに!」

 閉められた扉の向こうから声が応じた。

「玉座に武将どもを招集させろ。アムル・ソンリッサを攻める」



 二



 アムル・ソンリッサを攻める。

 反アムル・ソンリッサ連合に加盟している以上、臣下達からの反対は無かった。

 演説とは程遠く、短く命令を下し、武将達を解散させる。

 だが、嫡子ブレストと王妃、家老ユリシーズ、武将ググリニーグとフリード家のジークは残した。

「ブレスト。お前に王位を譲る」

「はい、父上!」

 息子は十にも満たないのに、良い目をして応じた。

 残念だが、自分の様な絶対的な武芸者の血は継いではいないが、剣術指南役のフリード家のジークに鍛えられ、この年にしては良く剣を振るえるようになっているとは思った。

 親馬鹿かもしれないがな。

「ユリシーズ、ジーク、お前達は新しい王を守護し、もしも国が存続するようなら補佐しろ」

「はっ!」

 家老と若武者が同時に応じた。

 そしてランガスターは最後の一人に目を向けた。

「お前には来てもらうぞ、ググリニーグ。お前を斃せるほどの将がアムル・ソンリッサの国にいれば僥倖だ」

「仰せのままに」

 ググリニーグは黒竜の鎧兜を被り露出している口元を不敵に歪ませた。

 全員が退出し、ランガスターも玉座を後にした。

 番兵によって扉が閉められ、回廊を一人で歩んでいると、強敵の気配を感じて足を止めた。

「もしも国が存続するようならとは、覇王らしくもない言葉ですな」

 前方の柱の陰からググリニーグが外套を翻して言った。

「そうだな。俺も所詮は人の親というわけだ」

 自らを嘲笑う。

「覇王よ、もしも俺が生き残り、あなたが死んだとすれば、あなたは俺に何かを望むか?」

 その問いにしばし間を置き、新王ブレストと国を頼むと言いかかった口を止めて、発した。

「また新たな主を見付ける旅に出るか?」

「そうだな、そうさせてもらおう」

 ググリニーグは不敵に笑うと姿を消して去って行った。



 三



 軍勢の数ではランガスターが勝っていた。

 だが、アムル・ソンリッサの将兵はまるで不屈の力を得たかのように斬り進んでくる。

 そんな強敵どもを先頭で薙ぎ払い、血の祝福を浴びるのがランガスターには嬉しかった。

「覇王に御注進! ググリニーグ殿、お討ち死に!」

「死んだか、ググリニーグ。斃した者の名は?」

「分かりません、ただ、人間のようです!」

「人間?」

 そういえば耳に入ってきたことがあった。近頃、悪鬼という渾名の人間の戦士が名のある武将や豪傑の首を取っていると。

「アムル・ソンリッサ、更に楽しませてくれるかもな」

 ランガスターは笑った。

 傭兵団や援軍の合流もあり、戦況が拮抗から悪い方に傾きつつあった。

 これほどやるとは、アムル・ソンリッサ。願わくば、俺を討ち取る勇者が現れんことを!

「撤退!」

 ランガスターは号令を発した。

 脳裏を嫡子であり新王のブレストの顔が過ぎって行く。

 やはり、人の親なのだな俺は。

 ランガスターは肩を震わせ笑った。

 独り残り、それに対峙するのは、銀竜の鎧兜と黒い外套を纏った、アムル・ソンリッサの将でも勇将と呼ばれるシリニーグだった。

 こいつが俺の首を刎ねてくれるのか?

 その時だった。

 西の方から馬を飛ばして一騎馳せ参じた。

 血みどろの鎧兜姿をし、戟を手にした将と思われる男だった。

「アカツキ、来てくれたか」

 シリニーグが言った。

 アカツキ。そうだ。アムル・ソンリッサの買っている人間の名前だ。

 悪鬼、アカツキか。

「こいつを斃せば良いんだな?」

 アカツキは馬を下りると戟を放り捨て、腰から新たな得物を引き抜いた。右手に斧を、左手に剣だ。

 アカツキ、こいつが俺の人生に幕を下ろせる人物なのか?

 アカツキは打ちかかって来た。

 覇気漲る声に一撃だったが。

 ランガスターは落胆した。

 良いのは威勢だけだった。

 ランガスターは己が剣を振るった。

 病んでいるとはいえ、全力を見せ付けた。

 風を切る音と共にアカツキの鎧が次々砕けて行く。

 吹き飛んだアカツキを見て、ランガスターは前座にもならないと感じた。

「シリニーグ、お前が相手になれ」

 ランガスターが言うと、二万の兵が見守る中でシリニーグが双剣に手を掛ける。

 が、アカツキが立ち上がり、再びかかって来た。

 単調な剣の軌道、貧弱な一撃に、ランガスターは失笑し、勝負をつけることにした。

 どんな一撃でもアカツキ程度の命を奪うのは容易かった。

 そんな一撃を放った時、アカツキの身体が下がり、新たな影が姿を見せた。

 全身を殆ど隙間無く覆った大きな鎧の将。その手には魔剣デモリッシュが握られていた。

 暗黒卿。

 ランガスターの心が逸った。大陸最強の武名を轟かせる男の突然の登場だ。

「ランガスター、お前がいたか」

 そのくぐもった声を受けてランガスターは内心感涙しそうだった。

 我が武名も轟いていたか。

 アムル・ソンリッサを選んで正解だった。この男なら俺を。

 瀕死の重傷を負ったアカツキを振り返ると、暗黒卿から突然覇気のようなものを感じた。

 物静かだというのに、これは怒っているということなのか。

「暗黒卿! 我が生涯最期の相手に相応しい! 行くぞ!」

 ランガスターは勇躍した。

 剣と剣がぶつかり合う。凄まじい痺れが剣を伝って肩を揺らめかした。

 ランガスターは果敢に攻めた。

 暗黒卿は冷然と受け止める。

 速い一撃だというのに、見切られている。

 ランガスターは動く。暗黒卿もついてくる。

 ランガスターは足を止め、暗黒卿に全身全霊の剣を繰り出した。

 暗黒卿は見えぬ程の速さで剣を弾く。

 剣がランガスターの手から吹き飛んでいった。

 ランガスターは微笑んだ。初めてだ。己の手から武器がなくなるのは。

 暗黒卿という強敵の顔を見て、そして次に剣閃が煌めいたとき、ランガスターは己の身体を分断されるほどの一撃を受けたのを感じた。

 痛みは無い。

 暗黒卿の一撃が首元目掛けて振るわれる。

 満足だ。

 ランガスターは挑むように見終えることのできないその剣閃の行く末を見続けたのだった。

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