はっきり言って!
手を引かれるまま、どたばたとスミカは走って部屋を出ていく。
狭い廊下から玄関まで立ち止まらず、スミカの家を後にする。
「おお~……本当に、本当に異世界だ。向こうの人はエルフ、あっちにはドワーフっぽい人達がいる……!!」
通りに出ると色鮮やかな人達が歩き回っている。
建物からすると、中世ではない……さっきのスミカの家もそうだったが、もう少し文明度が高い。
歴史の教科書でいうと、近代くらいだ。
「通りも清潔だし……よかった!」
「この辺りはメインの通りですからね。あっちです! 向こうに煙が!」
「あの赤い煙だね。……ところで、もう手を繋いでなくてもよくない? 人混みがすごいわけでもないし」
正直、小さな手が繋がったままで照れくさい。
今の俺は若返っているとはいえ、15歳くらいのはず。
「迷子になったらどうするのです!?」
「ならないよ! 君の隣をついていけばいいだけだし!」
そう言うとスミカが名残惜しそうに手を離す。
ふう、とりあえずこれで良し。
いやに懐かれているというか、頼りにされているというか。
魔法学院を卒業。
たしか、一番最初にスミカはそう言った。
成績が悪くて卒業が出来ない、とも。
走りながらでも、その辺を聞き出そう。
勉強を教えるにしても、どういうことを教えればいいのか知らないと始まらない。
と、そこまで考えて俺は頭を振った。
「いやいや、そもそも悪魔族ってなに!? 成績ポイントってなんだよ!」
「悪魔族というのは、人類の敵ですよ。魔力が結晶化して悪さをするようになった存在です――キョウスケさん、見たことないんですか?」
「聞いたことも――いや、見たことはないです! ほんのり聞いたことはあるけど」
そう言えば神様は流れに任せればいいと言っていた。
俺は大賢者だとかスミカも言っていたし、完全に否定しちゃマズい。
適度に知っている振りをするんだ。
実は知ってるんですよ(全然知らないけど)的な流れを……!
「ふむ、この新大陸にしか悪魔族はいないですからね。召喚されたキョウスケさんが見たことがないのは当然でした。あ、ちなみにどんな悪魔族の名前を聞いたことがあります?」
「ふあっ!? あ、え~……え~……おー……悪魔族。悪魔、そうだ! グレムリン!」
しまった、映画のタイトルをそのまま言っちゃった。
俺のバカ! サタンとかルシファーとか強くて偉そうな悪魔は他にもあるじゃん。
「ほほう……さすがは大賢者なだけありますね。非常にマイナー、目撃例もほとんどない悪魔族の名前を出してくるなんて。これでこそ、呼び出した甲斐があります」
きらきらした瞳でスミカが俺を見つめる。
とりあえず期待通りらしい。でも突っこまれたらボロがでそうだ。
話題を変えよう、うん。
「そ、それで成績ポイントっていうのは?」
「成績ポイントというのは、これです……!! じゃじゃーん!」
スミカがごそごそとポケットから銀色のカードを取り出した。
厚みがあって、どことなくクレジットカードみたいな感じだ。表面に数字や文字がびっしり書いてあるので、なおさらそう見える。
「これこそ由緒正しきアイリス魔法学院の学生証です! このカードには倒した悪魔族の記録が自動的に残され、成績ポイントとしてカウントされるのです。卒業には一定数の悪魔を倒して、成績ポイントをゲットしないといけませんから」
なるほど、ゲームだとよくある設定だ。
でも……そうなるとこれって、俺も戦わないといけないパターンでは?
家庭教師のはずなのに!
カードをくいっと見せびらかすスミカは、そのまま俺の不安に気づかず話を進める。
絵に描いたようなドヤ顔だ。でもかわいい。
「成績ポイントを貰えるのは、カードの所持者が悪魔族にとどめを刺した時だけです。さらに戦闘中、キョウスケさんの力は借りられません。もし学生以外の関与がバレたら、成績ポイントは没収されて罰を受けることになります」
「ふむふむ、自力で倒さないといけないのか。というか、危険はないの? 悪魔族と戦うとか」
「今回みたいに街の外壁に現れるのは、E級かD級の悪魔族です。それくらいなら学生でも後れを取ることはないどころか……即座に討伐されちゃいますよ。早いもの勝ちなんです!」
だから走っているのか。
見上げると、走る方向の先に何本も赤い煙が立ち上ってる。
「悪魔族は魔力を含んだ武器や魔法でないと傷つけられません。外壁の兵士さんは悪魔族が現れると、ああして煙を上げて知らせてくれるのです」
赤い煙がだんだんと近づいてくる。
けっこうな距離を走っているけれど、全然疲れない。
前世では数百メートルくらいでひいひい息が切れたのに。
もしかしてアスリート並みの身体能力ではないのだろうか。
隣を走るスミカは、若干息が切れて汗が浮かんでる。
「もう少し、もうちょっとですよお! 成績ポイントのためにい!」
外壁が大きく見えてきた。曲がりくねった狭い路地をスミカは迷うことなく進む。
そんな中、路地の先に人が仁王立ちしているのが見えた。
「あ……! しまった、こっちは駄目でした! 引き返しましょう!」
「よーう、スミカ。逃げることはねぇだろう? 同じ学院に通う仲じゃねえか」
仁王立ちしていたのは、スミカによく似た服を着た大柄な男だった。
金髪碧眼、高校生くらいだが体格と鋭い目つきのせいで、威圧感がある。
さらに男は、右手に巨大なガントレットをつけていた。
ここがファンタジーな世界なので、あまり違和感はなかったけれど。
ゲームでよく見るやつだが、殴られたら無事じゃすまない。
スミカは目の前の男を認めてから、明らかに警戒している。
いままでとは180度違う雰囲気だ。
「……他に行きましょう、キョウスケさん。」
「いいのかよ、スミカ? 成績ポイントが足りないんだろ? このままじゃお前は進級できずに退学のはずだぜ。目の前の悪魔族は、是が非でも倒したいはずだよなあ? このゴンザ様の仲間が、先に倒しちまうぜ」
スミカに向けて、ゴンザがにやにやと言葉を吐く。
「隣にいるやつは、どっかから連れてきた冒険者か……? もう赤の他人の手を借りるしかないものな、お前は。本来は貴族しか入れない学院で、平民出身のお前を助ける奴なんていねぇしよ」
「……っ!」
スミカが眉を寄せるも、唇は引き結んだままだ。
怒ることも反論することもない。
多分、それはゴンザの言葉が事実だからだろう。
そして俺は自分がここに呼ばれた理由がわかった気がした。
本来であれば学校を卒業するのに、大真面目に神頼みなんてしない。
だけど、ここは異世界。
日本じゃなくて、貴族や平民がいる世界なんだ。
当人の力じゃどうしようもないことが起きてしまう。
勉強であってさえも……。そういう理不尽なことがある異世界なんだ。
なんだかムカムカしてきたぞ。
勉強に、そういう格差はいらない。
「なぁ……いい加減、俺の女になれよ。そうしたら進級も卒業も簡単だぞ。俺様は後々公爵になるんだからな。平民からすれば、俺に抱かれるだけでも上出来な人生だろ?」
「ふざけないでくださいっ。そうやって、弱い立場の女性を何人も追い詰めて……!」
ゴンザはゆっくりと俺達に近づいてくる。
獲物を見定めた肉食獣みたいだ。
「弱い、追い詰められる奴が悪いんだよ! この世界は弱肉強食だ。頭が良くてもな、努力なんかしても意味なんてねーんだよ!」
ぶちっ!
俺の頭の中で、何かがキレた。
「今、何て言った?」
「ああん? 平民風情の努力なんて、無意味だって言ってんだよ。なにが学院初の平民学生だ、馬鹿らしい。四の五の言わずに、弱い奴は尻尾を振ってりゃいいのさ! てめえも、身の程を知りやがれ!」
ゴンザは言い放つと、俺に向けてガントレットをいきなり振り下ろしてきた。
それを冷たい目で見ながら、俺は手を差し出した。
喧嘩なんてしたこともないのに、こんな奴に睨まれただけで前世ではちびってただろう。
「キョウスケさん……!!」
スミカの悲鳴を聞きながら、一瞬のうちにどうすべきかがわかる。
身体の中から――エネルギーが通り抜けていく。
本能が俺に、それが魔力だと知らせる。
どうやって使えばいいのかさえも俺はわかっていた。
神様の約束通りだ。
【鏡返しの盾】
イメージ通り、瞬時に俺の腕に魔法陣が組み上がる。
ゴンザのガントレットが魔法陣に触れた瞬間、それは起こった。
【鏡返しの盾】は物理攻撃を反射する高難度の防御魔法。
魔法陣に触れた物理攻撃の威力を、そのまま相手に返すのだ。
ゴンザの攻撃は、逆に自分自身に返るだけの結果になった。
自分自身のパワーに、ゴンザはたまらずふっ飛ばされた。
そのまま、路地にばったりと倒れ込む。
まさに因果応報。
俺はそれを見て、きっぱりと宣言する。
「勉強する奴を笑うな! はっきり言って真面目に努力する奴を邪魔するのは、最低だ!」
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