異世界転移しました
気が付いたら、俺は見覚えのない空間にいた。
そこはどこまでも果てしなく真っ白。奇妙な場所だけれど、不思議と雰囲気は良かった。
「な、なんだ……ここは?」
「ここは死後の世界です――伊藤京介さん。私は転生を司る神ミリテア、残念ながらあなたは死んでしまったのです」
神々しい少女の声が天から聞こえてきた。
姿は見えないが、聞いたことがないほどに偉い人のオーラがある。
だけど真実なのか。試しにちょっと聞いてみよう。
「もし本当に神様なら俺の秘密も知っているはずだ」
「中学生の時、女の子に告白したら無言で立ち去られたことですか?」
「あああっ!! トラウマがぁ、本物の神様だ! それじゃ俺が死んだってのも……本当なんですか」
「餅を喉に詰まらせてしまい、ぽっくりと」
思い出してきた。
アラサーの社畜サラリーマンだった俺は、正月休みを満喫していたのだ。
もっとも天涯孤独でぼっち気質なので、一人寂しく過ごしていたわけだが。
ネトゲをしながら餅をがつがつと食べて、たしかに喉に詰まった記憶がある。
慌てて水を飲んだところで意識が途絶えているけれど、あのまま助からなかったんだな。
思い出したら、へこんできた。
「全裸でコタツに入ってましたよね? そのまま警察に遺体が発見されました」
「解説しなくていいです、カッコ悪い!」
ばたばたと俺はふたたび身もだえする。うう、本当に悲しくなってきた。
彼女の一人もできずに死んじゃうし。
死ぬにしても、もうちょっとマシな死に方がしたかったよ。
「まぁまぁ……そんなあなたに、お得な異世界のお話があります。どうでしょう? 新たに生まれ変わるのではなく、そのままの人格と記憶を持ってファンタジーな異世界で暮らしてみませんか?」
神様の言葉にちょっとだけ気を取り直す。
ファンタジーな異世界だって!? この流れはよくある異世界のやつではないか。
「実は今、私のところにある祈りが届いているのです。叶えてあげたいのは山々なんですが、けっこう時間がかかりそうで……。私自身が叶えてあげるとなると残業は必須、でもなるべく残業はしたくないのです」
「神様でも残業は嫌なんですか?」
「嫌です。お給料でないサービス残業ですし。悪魔の次に滅ぶべき」
きっぱりとした天の声。俺は心の中で頷く。
社畜だった俺も、本心では残業なんかまっぴらごめんだった。
神様なのにサービス残業とか涙が出るなぁ。
なんだかかわいそうな神様だ。
「というわけで、手伝ってはもらえないでしょうか? もちろん、タダでとは言いません。望みはできるだけ叶えましょう」
「ちなみに、どんなことをやるんです? インドア系なので、ハードな冒険とかはちょっと自信ないんですけど」
「やってもらいたいことは子どもの家庭教師ですね。とある試験に合格したいというのが祈りの内容です。京介さんがこれまでやってきたことを、異世界でもしてもらえればいいのです」
お、それならできそうだ。
学生の時から塾のアルバイトをやっていたし、今も塾の講師として働いている。
子どもも好きだし、ぴったりだ。
というか、神様ならそのあたりもわかっているか。
俺の黒歴史や死因も知っているくらいだし。
どうせ現世にはあまり未練はない。
家族や友達はいないし、仕事もハードだったしなぁ。
不安はあるけれど神様の依頼でもある。うん、異世界で暮らしてみようか。
「わかりました、面白そうだしやってみます」
「あなたなら、そう答えてくれると思っていました。ではなにか希望はありますか?」
「若返ったりとかは? アラサーになって肩が重くて」
「オッケーです。肉体年齢は15歳くらいにします。その方が、子どもとコミュニケーションも取りやすいでしょう」
「あっさり通った! えーと、他には……ああ、魔法! 魔法を使ってみたいです。ゲームでやるみたいな」
異世界といえば魔法。勝手なイメージだけど、ネトゲでも魔法は欠かせない。
せっかくだし、魔法とか使ってみたい。
「生徒になる子どもは魔法使いです。教師役になるあなたには、必要な魔法力を用意しています。すぐに魔法は使えますし、言葉やお金の心配もありません」
「至れり尽くせり……なるほど。それはありがたいですね」
やりたかった魔法も使えるし、お金の心配もない。
けっこう好待遇な話なのではないか。
ちょっとうきうきしてきた。
「祈りを捧げた者の前にあなたを転移させます。流れに任せれば、教師になれるはずです。他になにかありますか?」
「え~と……あっ、仕事が終ったら俺は異世界でどうなるんでしょう? もしかしてその場で死ぬとか……?」
「その時にまた確認しますが、望むならそのまま異世界で暮らせますよ。嫌なら生を終らせることもできますが。いずれにしても仕事をこなせば、来世で転生ボーナスがあります」
おお、住んでもいいのか。
チートっぽい能力が手に入るし、若返るし。
仕事を終らせれば来世も良くなる。
こんなうまい話があっていいのだろうか?
まぁ、いいことにしておこう。現世では苦労させられたんだから。
埋め合わせと思うことにしよう。
「他にありませんか? ……大丈夫そうですね。では、あなたを異世界に送ります」
俺が頷くと、だんだんと空間が白く激しい光を放ち始める。
光が満ちると同時に、眠りにも似た感覚が俺を包んでいくのだった。
♦
目を開けると、そこはごちゃごちゃした部屋だった。
所狭しとガラクタっぽいものが置かている。
そして目の前に少女がいる――とてつもない美少女だ。
年齢は中学生くらいだろうか。
首元までの光沢ある黒髪に、深い夜のような瞳、アイドル顔負けのスタイル。
さらに、いかにも魔法使いな服を着ていた。
彼女が神様が言っていた『祈りを捧げた者』だろう。
つまり俺の生徒になるわけだが――こんな美少女が?
と思っていると、少女がばっと黒髪をかきあげて叫んだ。
「ふっふっふ……ついに成功しましたよ! 英知と魔力に満ちた大賢者の召喚に! これで我が野望はすでに成就したも同然ですね」
妙に台詞とポーズが似合っている。それは認めるが、俺は唖然としてしまった。
「私の名前はスミカ・フォン・クルスト! 伝説の大賢者よ、あなたの名前を教えてください」
「あっ……キョウスケです……」
「なんだかテンション低いです。ここはキメのシーンですよ。もっと大声で!」
「キョウスケです!!」
答えた俺に満足すると少女は腕を組んで満足そうに頷いた。
流されるままだったけれど、なんだこの子は。
中二病……? なんか変な子だ。
「キョウスケさん、あなたに切実な願いがあります。私、このままだと成績悪くて魔法学院を卒業できません。どうか、勉強を教えてください!」
どうやらスミカが『祈りを捧げた者』でよかったらしい。
それはいいのだけれど、ずいいっとスミカが近づいてくる。
近い、顔が近い。
あっという間に鼻先まで迫ってくる。
「わ、わかった……。というか、近すぎるよ! 息がかかるからっ」
「どうしたんですか? 顔が真っ赤ですよ?」
首を傾げるスミカに、俺は後ずさりする。
でも俺が後退した分だけ、スミカが踏み込んでくるのだ。
やめろぉ! 美少女なのに距離感が近すぎる。
「もしかして召喚に不具合がありましたか!? 体調が悪いとか、変な感じがするとか」
ついに後ろに下がり過ぎた俺は壁に追い詰められる。
しかしなおも、スミカは俺に近づく。
スミカはそのまま俺のおでこに手を当ててきた。
ほんのりとスミカの体温が伝わってくる。
「熱はなさそうですが……それにしても、すっごい魔力ですね。こうしているだけでビンビンに感じてきます。さすがは大賢者……!」
無自覚でやっているのだろうか。
不覚にも俺はドキドキさせられっぱなしだ。
でも俺を気づかってくれたり、悪い子ではなさそうだった。
神様に祈るくらいだしやる気もあるのだろう。
そう思っていると、突然地響きがする。
けっこう激しい揺れだ。
部屋全体からガタガタと音が出て、ガラクタが棚から落ちた。
「むっ……。 性懲りもなく来たみたいですね、あの悪魔族め。キョウスケさん、こうしてはいられません。成績ポイントのためにも退治しに行きますよ!」
言うやスミカが俺の手を取って駆け出した。
引っ張られるまま、俺も走ることになる。
スミカはそのまま、ものすごくいい笑顔で俺に笑いかけた。
「さあ、大賢者キョウスケさん! これで卒業まで一直線、私たちの伝説の幕開けですよ!」




